第5章森に潜む牙
洞穴の奥は、湿った土と苔の匂いで満ちていた。
少女は片膝をつき、弓を背から下ろすと、暗がりに耳を澄ませる。
「……遠ざかった。けど、油断はできない」
その声は低く、感情を抑えているようだった。
カイは壁に背を預け、荒い息を整えながら問いかける。
「……あんた、名前は?」
少女は視線を動かさずに答えた。
「セラ」
それだけ言うと、彼女は腰の小袋から干し肉を取り出し、無造作にカイへ投げた。
「食え。今のうちに体力を戻せ」
口に運びながら、カイは探るように聞く。
「黒牙団のこと……詳しいみたいだな」
セラの手が、一瞬だけ止まった。
「……昔、村が奴らに焼かれた。あんたと似たような夜にな」
それ以上は語らず、視線を洞穴の入口に戻す。
外では、枯れ枝を踏む音が微かに響いていた。
セラは弓弦を引き絞り、耳をすませる。
やがて音は遠ざかり、代わりに低くくぐもった声が届く。
――場面は森の別の場所へ。
黒牙団の男たちが、地図を広げていた。
「ここの抜け道は使わせるな。谷を挟んで囲い込め」
「例の”標的”は必ず生きたまま捕らえろ。死なせるな、まだ使い道がある」
焚き火の火が、牙の紋章を赤く照らす。
再び洞穴。
セラは入口から目を離さず、低く告げた。
「……カイ、奴らはあんたを狙ってる。妹の仇討ちどころじゃない。今夜、生き延びることだけを考えろ」
暗闇の奥で、カイの拳が強く握り締められた。