霧ヶ崎の酔っ払いパレード
中島海斗、25歳、会社員。スーツはシワだらけ、ネクタイはどこかへ消えた。手に握った缶ビールは空っぽ、足元にはもう一本。金曜の深夜0時、霧ヶ崎駅のベンチに座り込む。
「…ここ、どこだよ?」
看板には「霧ヶ崎」とあるが、そんな駅、知らない。周りは真っ暗、ホームの向こうは田んぼと林。コンビニもカフェも、時間つぶしの場所はゼロ。ホテル? 財布に千円札2枚と小銭300円で論外だ。始発まで5時間、どうしろと?
海斗は頭を抱え、記憶を辿る。今日、昼間。元カノ・彩香に振られた。「海斗、なんか…合わない気がする。」カフェのテラス、彩香の冷たい声。やけ酒で居酒屋をハシゴ。ビール、焼酎、日本酒。気づけば霧ヶ崎駅。終電を逃した? いや、この路線、乗った覚えがない。振られた後、何してたんだ?
「家に帰りたい…ただ、それだけなのに…」
道端に座り込み、空を見上げる。星のない闇。自転車のベルがチリンと響く。
「おじさーん! 夜中に酔っ払って、ダサすぎじゃん!」
女子校生、16歳くらい。ブレザーに青いリボン、ショートカットが夜風に揺れる。自転車を止め、ニヤニヤ近づく。
「オジサンじゃねえ! 25歳だぞ!」
「えー、でもスーツボロボロだし、失恋顔じゃん! ミカだよ、よろしく!」
「ほっといてくれ! 家に帰りたいんだよ!」
ミカが目を輝かせる。
「帰る? ふーん、じゃあミカが付き合ってあげる! 逃げても、恋は始まるよ?」
「は? 何だよ、その思わせぶりな言い方!」
ミカに引っ張られ、駅前の細い道を歩く。舗装はガタガタ、街灯はまばら。海斗の頭は酔いでぐらぐら。彩香の声がフラッシュバック。「海斗、いつも逃げてるよね。」
「なあ、ミカ、こんな時間になんでウロウロしてんの?」
「夜の散歩、楽しいじゃん! オジサンこそ、振られたくらいでウジウジ? いつも逃げてんの?」
「だから、なんで彩香の言葉パクってんだよ! あとそれ流行ってんの?!」
ミカが自転車をくるっと回す。「ねえ、オジサン、昔の恋、どんなだった? 初恋とか、話してよ! ミカ、聞くの得意!」
海斗はムッとする。
「ガキに話すことじゃねえ。…高校の時、好きな子に告白できなくて、逃げた。いつも、そうだった」
ミカがニヤリ。
「ほー、逃げ癖、昔から? ミカもさ、家族とケンカして、家出ちゃう。夜しか自由ないんだよね。過去の糸、切れないよ? オジサンの初恋、まだ引っ張ってる?」
海斗はハッとする。ミカの無邪気な笑顔に、寂しさが滲む。彩香の「自分のこと話してよ」が重なる。
「俺、過去から逃げて、彩香とも…話せなかった」
ミカが笑う。
「ほら、過去、振り返ってみ! ミカも、家族と向き合えない夜、こうやって走ってる。オジサン、過去の自分、ちゃんと見てよ!」
路地に酒の自動販売機。海斗は千円札を突っ込み、缶チューハイをガブ飲み。
「はぁ、生き返る…」
ミカがケラケラと笑う。
「オジサン、酒好きすぎ! でも、過去から逃げてると、ホントの自分、見失うよ?」
「ガキに言われたくねえよ!」
角を曲がると、スーツ姿の女性がタバコを吸ってる。28歳くらい、ショートカットに鋭い目。名札に「リサ」。ほろ酔いで、ふらっと近づく。
「ねえ、アンタ、霧ヶ崎駅、どこ? って、うわ、振られた男の顔じゃん」
「なんでみんな俺の失恋知ってんだ!」
リサがニヤリ。
「顔に書いてある。失恋の傷、なめてるだけ? 自分を変える気、ある?」
海斗はゾクッとする。彩香の「自分のこと話してよ」がリサの鋭さに響く。「ほっといてくれ! 家に帰るだけだ!」
リサがタバコを吹かし、並んで歩く。
「まあ、始発まで時間たっぷり。酔っ払い同士、付き合ってあげるわ」
海斗が叫ぶ。
「なんでアンタまで! こんな夜中に何してんだよ?」
リサが肩をすくめる。
「仕事でボロボロ、誰も見てくれない。今の自分、誤魔化して歩くしかないのよ。アンタもでしょ? 失恋、向き合ってる?」
海斗は言葉に詰まる。彩香の「いつも同じ」がリサの言葉に重なる。
「俺…変わらないで、逃げてただけか?」
リサが続ける。
「ほら、アンタの今、どんな糸で繋がってる? 傷なめてるだけじゃ、糸は伸びないよ。今の自分、ちゃんと見てみなさい」
海斗はムッとする。
「何だよ、糸って! アンタ、占い師か!?」
リサが笑う。
「占いじゃないわよ。現実よ。仕事で潰れそうな私も、今を誤魔化してる。アンタ、変わる気、ホントにある?」
さらに進むと、赤いドレスの女性が現れる。30代前半、妖艶な笑顔。長い黒髪、香水の匂い。ほろ酔いで、ふらりと近づく。
「君、この夜、帰れないよ? 心の鏡、映してるだけ…」
「誰だよ、アンタ!」
「ナナミ、よろしく。この道、君の逃げ場じゃないよ?」
海斗は叫ぶ。
「何!? みんな思わせぶりすぎだろ! 家に帰らせてくれ!」
ミカが笑う。
「ナナミさん、ミステリアス! オジサン、ビビってる!」
リサがため息。
「ナナミ、変なこと言わないで。こいつ、混乱してるから」
ナナミが海斗を覗き込む。
「君、未来のこと、考えたことある? 愛した人を失って、夜にしか会えない。そんな未来、怖いよね?」
海斗はゾッとする。彩香の「合わない気がする」がナナミの囁きに重なる。
「お前…何を知ってんだ?」
ナナミが微笑む。
「この夜、君の未来の糸、切れるか伸びるか、君次第。逃げたら、夜は終わらないよ。私は、愛した人の影を追いかけてる…」
海斗は頭を抱える。
「糸!? 何!? アンタら、運命の三女神か何か!? 俺の人生、勝手に操んな!」
ミカがケラケラ笑う。
「女神! やば、ミカ、めっちゃ気に入った! オジサン、過去の恋、ちゃんと終わらせなよ!」
リサが鼻で笑う。
「女神ねえ。今のアンタ、変わらないと糸は絡まるだけよ。現実、見なさい」
ナナミが首をかしげる。
「未来はね、君が選ぶ。家に帰る? それとも、夜に留まる?」
海斗は酔いでフラフラ。
「何!? 三人で俺を翻弄すんな! 家に帰らせてくれ!」
自動販売機でまたチューハイを買い、ガブ飲み。記憶が揺れる。彩香との喧嘩。「海斗、いつも同じ。」居酒屋で叫んだ。「もう、いいよ…俺は、死んでもいい…」
「え…? 俺、死に場所探して、ここに来た?」
ミカが首を振る。
「オジサン、生きてるよ! でも、過去のミカ、家族から逃げてた。夜しか居場所なかったんだ…」
リサが続ける。
「今の私、仕事で誰も見てくれない。自分を誤魔化して、夜を歩く。アンタも、今を誤魔化してない?」
ナナミが目を細める。
「未来の私は、愛した人を失った。夜にしか会えない。君の未来、どんな糸になる?」
海斗はハッとする。彼女たちの悲しみが、彩香の冷たさと重なる。ミカの無邪気さ、リサの鋭さ、ナナミの不気味さに、心が惹かれる。俺、過去も今も、逃げてただけだ。
海斗はチューハイを握り、フラフラ歩く。三人の声が、運命の糸を紡ぐように響く。
「…俺、死んだのか? ここ、死後の世界か? アンタらも…死者?」
ミカが笑う。
「オジサン、ドラマの見すぎ! でも、生きてても、迷う夜はあるよ! ミカ、過去の自分から逃げて、こんな夜ばっか!」
リサが鼻で笑う。
「死にたいなんて、酔っ払いの戯言。自分を変える方が怖いんでしょ? 私も、仕事で自分見失いそうになるよ」
ナナミが微笑む。
「この夜、君の心次第。生きるか、逃げるか、選ぶのは君よ。私も、失った人を夜に探してる…」
海斗の記憶が蘇る。彩香に振られ、居酒屋で泥酔。駅のホームで「もういい、死のう」と呟き、電車に乗った。霧ヶ崎駅に降りたのは、死に場所を探すため?
「俺…死のうとしたんだ…」
ミカが手を振る。
「でもさ、オジサン、生きてる!過去、捨ててもいいよ! ミカたちに会えたじゃん!」
リサが肩を叩く。
「ほら、歩きな。始発、近いわよ。自分を変えるなら、今でいいでしょ?」
ナナミが寂しそうに笑う。
「君の家、すぐそこ。未来は、君が選ぶよ…また、会えるかな?」
朝焼けが空を染める。霧ヶ崎駅に着くと、ミカ、リサ、ナナミが一斉に振り返る。寂しそうな笑みで、消える。
「…やっぱり、死者だったのか?」
海斗は彼女たちの悲しみを思う。ミカの家出、リサの孤独、ナナミの喪失。彩香を失った自分の痛みと重なる。
「生きてる時に、会いたかった…」
土曜朝、始発のホーム。海斗は電車に乗り、窓の外を見る。霧ヶ崎駅が遠ざかる。彼女たちの笑顔が頭に残る。涙がこぼれる。
「俺、生き直すよ。彼女たちの分も」
電車は揺れ、海斗は眠りに落ちる。
月曜朝、駅前。スーツを着直し、心機一転で出社する海斗。街の雑踏の中、ふと視線を上げると、目の前にリサが。タバコを吸い、名札を付けたまま。
「へ? リサ!? なんで生きてるの!?」
リサが眉を上げる。
「はぁ? 出会い頭になんなのよ。って、なんか見覚えあるよう…な?」
海斗は呆然。突然記憶が蘇る。金曜夜、泥酔で霧ヶ崎駅のホームで寝落ち。ミカは通りすがりの女子校生、ナナミはバーの客。リサは同じ電車で、酔った海斗をホームまで運んでくれただけ。
「全部…俺の勘違い?」
リサが笑う。
「あんた、酔っ払ってグダグダだったから、運んでやったのよ。感謝しなさい!」
海斗は目を潤ませる。
「リサ…俺、今を選ぶよ。過去も未来も大事だけど、俺、今、変わる!」
リサが鼻で笑う。
「30歳にもなってグダグダすんな! 今、動けよ!」
海斗は涙目で笑う。
「リサ…生きてて、よかった…」
「大人が人前で泣くな! 恥ずかしい!」
海斗は笑顔で頷く。霧ヶ崎の夜は、過去と未来を教えてくれた。でも、リサがくれたのは、今を生きる力だった。
「霧ヶ崎の酔っ払いパレード」を読んでくれてありがとうございます。
海斗の泥酔な夜、ミカ、リサ、ナナミの運命の三女神みたいな翻弄、どうだったでしょうか?
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