恋風のとき ― 精霊たちの約束 ―
春の風が通り抜ける並木道。
少女と少年は並んで歩いていた。
前よりもずっと軽い足取り。
けれどその先には、また新しい分かれ道が見えてきていた。
「進むって、やっぱり少し怖いね」
「うん。でも、怖くても、ひとりじゃないなら…きっと行ける気がする」
ふたりが言葉を交わしたそのときだった。
風がふっと変わる。
まるで何かが、そっと舞い降りたような――静かな気配。
そのとき、彼らの耳に届いたのは、誰かの声だった。
「険しい道も、共に歩むんだ」
「私たちが、いつもそばにいるからさ」
ふたりは顔を見合わせた。
けれど、周囲に誰もいない。
でも、なぜか不思議と心があたたかくなった。
「今、聞こえたよね?」
「うん。たぶん…精霊、かな」
すると、春風に乗って、小さな光がひとつ、ふたりの目の前に現れた。
それは人の形をしているようで、していないようで――
でも確かに、そこに“存在”していた。
「私たちは“音の精霊”。君たちの想いと、音楽の中の願いから生まれた存在だよ」
その声は、心の奥に直接響いた。
「あなたたちが一歩踏み出すたびに、
私たちはそばにいて、そっと風を吹かせてたの。気づいてた?」
少女は赤いレインコートのすそを見た。
いつもどこかで風に揺れていたその布が、今日もそっと揺れていた。
「これから、険しい道がまた来るかもしれない。
けれど忘れないで。君たちのそばには、たくさんの“見えない力”があるってことを」
少年がつぶやくように言った。
「その見えない力って、歌だったり、風だったり、誰かの祈りだったり…」
「そう、それが“倍々”になって、君たちを支えてるんだ」
精霊の言葉に、ふたりは思わず笑った。
春の空に、音のような風が吹き抜ける。
それはまるで、目に見えない「がんばれ」を届けてくれているようだった。
ふたりは手を取り合った。
そしてまた、歩き出す。
険しくても、光がなくても――
風は、いつも彼らのそばにいた。