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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嫌なこと

作者: 城守 小海

昔に経験した、とあるトラウマの文字起こしです。気軽に嫌な気分になりたい方はどうぞ。

 嫌なことを思い出した。


 爽やかな朝の散歩の途中で、私の鼻に吸い込まれた微かな死臭のせいだった。何度嗅いでも慣れないあのまとわりつく悪臭の元凶は、少し離れた路上で轢き殺された、何かわからない小動物の腐った轢死体だった。


 思い出した嫌なこと。それは、4年前に体験したとある最悪な経験だ。


 4年前。小学校最後の夏休みだったように思う。私は、夏の暑さを避けるために山間にある祖父母の家に帰省していた。


 そこは、河川と湖が少しだけ有名なコンビニもない田舎の限界集落だった。


 夕暮れや早朝に目的もなく散歩するのが当時から好きだった私は、祖父から貰った古い音楽プレイヤーでお気に入りの音楽を流しながら、プレゼントのヘッドフォンをしてのんびりと散歩していた。


 家を出て堤防を登り、堤防沿いに歩いて湖へ。なんとなく固定化されてきていた散歩道の終盤だった。夕暮れの湖畔を歩いていたときに、ふと、死臭がしたのだ。


 死臭は濃密で、吐き気を催すほどだった。


 蝉が鳴いている湖畔に植えられた木の陰に、爽やかに涼しい湖からの風が吹いてきている。いつもは快いその空間の価値を、地に落とす勢いで不快な死臭が漂っている。


 私は、どこかの釣り人が魚でも捨てたのだろうかと思った。この湖はバスが釣れるとかで、よく釣り人が来る。一部のマナーが悪い釣り人が持ち帰れない魚や価値のない魚をその辺りに捨てて帰れば、こういうこともあるだろうと、そう思った。


 しかし、それが間違いだとすぐにわかった。


 私が視線を戻した先。捨てられた段ボールの蜜柑箱に大量の蠅が集っていたのだ。


 わざわざ釣果を段ボールに捨てる釣り人はいないだろう。私は嫌悪感を抱きつつも、気になって悪臭を放つ蜜柑箱に近寄った。


 蠅がぶんぶんと煩い中を、手で払いつつ近寄って蓋を開ける。しかし私は最悪な光景に目を逸らした。


 中身は、おそらく子猫だ。去勢を面倒くさがった飼い主が多頭飼いをすると、毎年のように子猫が生まれる。おそらく、それはその被害者だろう。段ボールの中には悪臭を放つ濁った汁と一緒に毛皮に覆われた動物の死骸が残され、そこには大量の蛆が湧いて蠢いていた。


 嫌なものを見た。そう思って私が蓋を閉じると、中から弱弱しいものの猫の泣き声が聞こえた。


 思わず蓋を開けると、中身が動いていた。


 暑さと衰弱で死んだ兄弟たちの中で一匹だけ、子猫が生きていた。目も開けずに鳴くその子猫は、真っ黒な毛皮を死骸から浸出した液体に濡らしながら、しかし懸命に生きて鳴いていた。


 助けたい。反射的に伸ばした手は、しかしすぐに止まった。死臭と蛆が詰まった箱の中で、泣いている子猫。彼か彼女かわからないその子は、日常生活で目にできるどんなものより臭く、汚かった。


 私はしばし葛藤した末に、踵を返した。


 許してほしいと、その子に言う気はない。私は残酷にも瀕死の子猫を見捨てた。


 既にあの子は手遅れだったかもしれない。祖父母や両親が飼うのを許してくれないかもしれない。私なんかが助けられるかわからない。いくらでも言い訳が浮かんだおかげで、いくらか私の気持ちは軽くなった。


 しかしそれでも、その日の夕食は美味しくなかった。少しでも安らかな最期を迎えさせてあげられたかもしれない。水をあげて、餌を一口でも食べさせてあげたかった。暗い箱の中で兄弟たちと一緒に死んで腐っていく以外に、この世界の思い出を贈れたかもしれなかった。そう思うだけで息が苦しかった。


 今でも蠅の羽音や死臭を嗅ぐと思い出す。そして稀にだけど探してしまう。あの腐った段ボールの中身と同じ、真っ黒な毛の猫のことを。



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