第四章:沈黙の記録と、泡の子ら(中編)
カリスの案内で、泡の階層の“深部”にある集会室へとたどり着いたアークたち。
そこには、5〜6人ほどの子どもたちがぽつぽつと集まっていた。
年齢も姿もばらばら。けれど、みんな共通して——
その瞳の奥に“確かな光”を宿していた。
「彼らが、“泡の子ら”の仲間たち?」
「うん。記録に“なりかけて”なれなかった子や、
何かのきっかけで“書き換え”られちゃった子もいる。
でも、みんな今はここで“お互いを忘れずに”暮らしてるんだ」
カリスの言葉に、セラがそっと息をのむ。
「……記録が壊れても、人と人のつながりは、残るんだね」
「もちろん! それが“心”ってやつじゃない?」
子どもたちは最初こそ警戒していたが、セラとアークの柔らかな対応に、徐々に打ち解け始めた。
ちょっとした笑い声。くすぐるような空気。
泡の世界の中で、確かに“生きている”気配。
そのとき、1人の少年が突如倒れ込んだ。
「……あれ……目が、見えない……記録が……消えてく……!」
「ユウ!? どうしたの、ユウ!」
駆け寄るカリスの声には、いつもの明るさがなかった。
セラが駆け寄り、アークが少年の額に手を添える。
「これは——“記録改竄”が始まってる!」
泡の空間にノイズが走る。
記録観測機構からの遠隔干渉。
“泡の子ら”の存在を危険とみなした神側が、ついに動き出したのだ。
「これってまさか、“泡の階層ごとリセット”しようとしてるの……!?」
その瞬間、泡の壁に幾何学的な光が走った。
天井の歯車が逆転し、“記録書き換え”のカウントが始まる。
「くそっ……また、同じことを繰り返させる気かよ……!」
アークの刻印が光る。
セラがそっと彼の手を握る。
「アーク。“記録を守る”のが、あなたの力。
だけど、“記録する”のは——あなたの“想い”だよ」
「……わかってる」
アークが子どもたちをぐるりと見渡す。
「おまえたちの名前も、顔も、声も——俺が全部、覚えてやる」
「アーク……!」
「だから、消されるな。おまえたちは“物語の中に生きてる”。
それは、どんな神様にも書き換えさせねえ!」
刻印が空間全体に干渉する。
ユウの姿が、徐々に安定を取り戻し、記録ノイズが消えていく。
「ぼ、僕……覚えてる。カリス兄ちゃんのことも……みんなのことも……!」
子どもたちが涙を流しながら駆け寄る。
カリスが、アークを見つめて言う。
「……すごいよ、アーク。君の“記録”は、あたたかいね。
……君がいたら、僕たちは何度だって、名前を取り戻せる」
だが、その表情の裏で——わずかな陰が揺れていた。
「……でもね。僕には、“取り戻せない記録”もあるんだ」
静かに語られる、カリスの言葉。
空間に、彼の刻印のような“ひび”が走る。
「ねえ、アーク。セラ。……もし“自分”という存在が、
誰の記録にも残らないとしたら……それでも、生きていたいと思う?」
「……っ」
その問いに、言葉を詰まらせるアークとセラ。
だが次の瞬間——
「いた……!」
泡の奥から、もう一人の子どもが現れた。
淡い紫の髪、記録に抗うような強い瞳。
その姿を見たカリスが、わずかに顔を引きつらせる。
「……君……また、ここに戻ってきたの……?」
第四章:沈黙の記録と、泡の子ら(中編) 完