出会い
「名前は糀谷 雪。親は糀谷財閥の会長。
僕は次男で、兄はスポーツができ、その上頭もいい。姉は絵が上手く、今は海外に留学している。」
これくらいでいいか?
「いいね、ありがとう。でも僕はもっと君の深い所まで知りたいなぁ」
「っ…」
6畳ほどの部屋。部屋には俺とこいつの二人しかいなく、ひとつの雑音も聞こえてこない。
真正面から俺を見る、20歳くらいの眼鏡の男。 地べたでへたれこんでいる俺を舐め回すような視線で見ている。
少し高い椅子に腰掛け、膝を組んで上から目線で見てくるのがむかつく。
せめて手が縛られていなかったら……
俺は今、変態に誘拐されている。
くそっ、今日は高校の入学式の日なのに…
高校に行く前にカフェに寄り道したのが間違いだった。いや、いろんなやつが集まるこの東京で、御曹司の俺が一人で行くこと自体、間違っていたのかもしれない。
というか、なぜこの男は俺を誘拐したんだ。
まぁ、あらかた金目当てだとは思うが…
明かりはついているが、カーテンが閉められているからか、少し薄暗さを感じる。
時計はなく、今の時間は分からない。
出入口は俺から見て右奥にあるのだが、そこに行くにはこいつの目を盗んで、こいつの横を通らないといけない。こいつが起きている以上、それは無理だ。
俺の目線の左上にはカーテン付き窓があり、窓の大きさは俺がギリ逃げられるくらい。
そしてすぐ左には棚があり、数十冊の本がずらっと並んでいるが、俺が読みたくなるようなものは無かった。難しそうな本ばかりだ。
「うーん、もっと知りたいんだけどなぁ」
知りたいってなんだよ…
くそっ、せめてスマホが手に入ったら、電源を入れた瞬間中に入っているGPSが反応して、すぐ助けが来るんだが……
きっと今頃、家の皆は俺が居ないことに気づいて大慌してるだろう。
助けが来るのはその後でも別にいいか。危害を加えるつもりもなさそうだしな。
と考えていた時だった。
この男が妙なことを言ったのだ。
「君、助けが来るって思ってる?」
「はぁ?」
「助けが来るって思ってる」だって?
俺が誰だか知らないのか?あの糀谷財閥の御曹司だぞ!
助けが来るに決まってる!こいつ、何言ってんだ!?
俺が呆気にとられて固まっていると、この男はまたまた妙なことを言った。
「来ないよ、絶対」
来ないだって!?そんなわけないだろ!きっと父さんや母さんが捜索願を出しているはずだ!
俺は嫌われてなんていない!だから絶対助けが……いや、待てよ………
俺は誘拐される前のことを思い返した。
そういえば兄さんと喧嘩をしていたんだった。
いや、それでも父さん、母さんは別に俺の事嫌いってわけじゃないだろうし、だいたい、誘拐された我が子を探さないなんてことは無いだろ…!
だが、こいつの言った言葉は何故か俺の頭に残った。「こいつの言う通り、助けは来ないのかもしれない」という根拠もない考えが頭から離れない。
黙り込んでしまった俺を黙ってじっと見ているだけかと思ったが、ふとこいつは動き出した。
気分転換のつもりなのか、急に窓を開けたのだ。
ヒュウと、涼しい風が俺の頬にあたる。
窓を開けても、木が風に揺れる音くらいしか聞こえてこないから、都心からは離れているようだが……いや、もしかしたら東京じゃないってことは、ないよな?
カーテンが、風によってなびき、その隙間から光が差し込んでくる。
急に明るいものを見たからか、不意に目を瞑ってしまった。
「あ、明るかった?ごめんね」
こいつ!!俺を子供扱いしてるのか!?
にしてもほんとに、こいつの狙いはなんなんだ!?
こんな狙いの分からないやつと、これ以上一緒にいたくねぇ!
早く誰か、助けてくれー!!!
と、1人悶々と考えていたらある事に気づいた。
「なぁ、お前のスマホ、貸してくれないか?」
俺の父さんは糀谷財閥の会長。つまり、超金持ち。
俺が居なくなったと知ったら、すぐにでも大々的に報道するだろう。
そしてそんな金持ちの息子がいなくなったという特ダネを報道陣は見逃さないだろう。
きっと今頃はニュースにでもなっているはず!
「え、嫌だよ」
「…は?」
うーん、まぁ、確かにそうか。一瞬ぽかんとしてしまったが、ふっつうに考えて、誘拐した奴にわざわざスマホ貸さねぇよな、んな危険なこと出来んわ。
いやぁ、でも、ニュースが出てるって知れたら、俺のこの不安も取り除けると思ったんだが……
「……僕が見てる真ん前で触るんだったらいいけど」
「……えっ!」
まじかっ!希望が見えてきた!
しかしこいつが見てるのか…いやでも、ニュースサイトを開いた瞬間多分勝ちだ!最近はそんなに凄いニュースも無かったから、きっと1番上の欄に出てくるだろう!この瞬間、逃がすかよ!
俺は少し前のめりになって言った。
「それでいいから貸してくれっ!」
俺の威勢のいい返事に少し驚いたのか、しばらくしてこいつは軽く返事をした。
返事をしたかと思うとこいつは急に立ち上がって、右奥のドアまで歩いていった。
「そこから動いちゃダメだからね」
そしてドアを開け、俺を置いて一人どこかへ行ってしまった。
「今なら逃げれるんじゃ…!」とも思ったが、後ろで手を縛られているので、ドアを開けることも少し時間がかかりそうで、その間にあいつが帰ってきたらと思うと、怖くて出来なかった。
まだあいつの目的は分からないが、何が危害を加えられるきっかけになるか分からない。そこは慎重にいかないといけない気がする。
そうこう考えているうちに、男は帰ってきた。
「わっ!ちゃんと動かずに待ってたんだ!偉いね!」
くっ、俺は子供じゃないぞ…!!
どうやらこいつは俺の手を縛っている縄を切るための道具を探しに行っていたようだ。
手にはハサミが握ってあり、もしも逃げようとしてるのが見つかっていたらと思うと、また、怖くなった。
男は俺を後ろに向かせ、縄を切ろうとした。
縄はすぐに切れ、俺の腕には縄で縛られてできた、赤い模様が残っていた。
「わっ、ごめんっ!君の白い肌にこんな痕付けちゃって!くぅっ、手錠がもう少し早く届いてくれてたら…!!」
…こいつの情緒はどうなっているんだろうか。
最初目が覚めた時は冷たい目をしていたから、怖いやつなのかと思ったが、この様子を見てみるに、意外と子供っぽいやつなのかもしれない。
でも、気を抜かないようにしないとな。こいつが俺を誘拐したことには変わりないんだから。
「なぁ、そろそろ後ろ……」
「あっ、うん!向いていいよ!」
俺は後ろを向いた。確かにさっきまで見ていた景色に変わりは無いのだが、自由を手に入れただけでも結構世界は違って見える。
…はっ!今はそんなことはどうでもいい!
早くニュースを!!
「なぁっ、スマホ!」
「分かってるって」
子供にする喋り方を俺にしてくる所に関して、俺はまたまたイラッとしたが、今はそんなのはいい。
男が渡してくれたスマホは、もうロックは解除されていて、壁紙は、初期の物を使っているようだった。
さてと、ニュースを…
「ねぇ、一体何をするの?」
あっ、
そうだっ、こいつが見てたんだった…!!
…いや、でも今思ったら、ニュースってそこまで警戒することか?電話やメールアプリならまだしも、ニュースだぞ?
別に言ってもいい、よな?
「別に。ただニュース見るだけ」
「へぇ、何か気になる出来事でもあったの?」
今だよ!今!俺がいちばん気になるのは今の俺の状況だ!
俺がいなくなったのは誘拐だってこと、今の俺の場所がどこなのかってことが、俺のいちばん知りたいことだ!
「いや、何となく…」
「ふーん」
もう何も突っかかってくるなよ…!
「今のこの状況について調べるの?」
「…えっ」
はっ…え、なんでその事知って……
気づかれた?いやでも、別にバレてもいいこと、だよな…?
もしかして、ここから早く立ち去りたいって思ってることもバレた感じ?
えっ、これって、やばくね……
「ま、別にいいけどね。多分、どこにもでてないと思うから」
「は?」
怒っては、ないみたいだな……
っていうか、は?えっ、出てないって、どういう…
俺はすぐにニュースサイトを調べた。
そこには、こいつが言ったように俺がいなくなったというニュースはひとつも無かった。
いや…は?おかしいだろ、だって、糀谷財閥の御曹司だぞ?特ダネだろ?
っていうか、本当にないのか!?まだ見つかっていないだけじゃ…!
「あっ…」
誤って別のニュースに飛んでしまった。
そこには「ペットの太郎に子供が生まれました!」という微笑ましい話が載ってあった。
「君が知りたかったのは、この微笑ましいニュース?」
「…あぁ」
違う。俺が知りたかったのは、俺の今の状況だ。だが、もうダメだ。いくら探しても俺に関するニュースなんてひとつもなかった。
俺は男にスマホを返し、座り込んだ。
男は俺からスマホを返してもらった後、何かを真剣に調べていた。そして俺に対して、「ほら、無いでしょ」と追い打ちをしてきた。
だが、そんな言葉が頭からすぐ抜けていってしまうほどに俺は今、頭が真っ白になっていた。
そして何分かがたった。
男は俺に追い打ちをかけた後も、スマホに対して何かをしていた。
俺はというと、やっと落ち着いて、思考できるようになってきた。
俺のニュースは無かった。
これから思いつくことは二つ。
まだ俺がいなくなったことがバレていないか。
もうバレている頃だとは思っていたが、あいつをスマホを借りた時に時間を見るとまだ12時だった。あまり俺は長い間眠っていなかったようだ。
そしてもうひとつは、考えたくは無いが、知っていてなお、報道していないか。
父さんの事だ。警察に頼んで秘密裏に…ということはせず、すぐにでも見つけるために報道するはずだが、まだ報道されていなかった。
つまり、父さんはまだ知らないんじゃないか?そして、父さんが知らないということは、常に一緒にいる母さんも知らないということだ。
だったら、知っていてもなお報道しない人といえば……兄さんだな。
いやでも、警察に頼んで秘密裏に探している可能性だってあるはずだ!
でも俺がいなくなったと知ったら、普通父さんや母さんに報告するはずでは?
いや、心配かけたくないから、そういう思いやりで、わざと言ってないとか……頭がこんがらがってきたな……
まあ、まだこのままでいいのかもな。
時間が経てば状況が変化するかもしれない。ここで変にこいつに勘づかれて、なにか対策されても困るからな……
でも、もしも。もしも助けが来なかった場合、俺はこいつと一緒にずっとここで暮らすのか?もう出られなくなるのか?
それは、いやだな……
俺がこれからの事を考えていると、スマホを触り終えたのか、こいつは俺に話しかけてきた。
「ねぇ、いくつか質問してもいい?」
俺が今抱えている悩みなんてどうでもいい、という、明るい顔でそう言った。
「いまさらなんだよ。もうこれ以上話すことなんてないって」
「もしかしたら一生をここで過ごすことになるかもしれない」という不安が俺の頭の中にずっと残る。
だんだんと不安になってきた俺は、こいつに悪態を着いた。
だがコイツは、そんな俺の様子も気にせずグイグイと質問してきた。
「会社は君が次ぐの?」
「兄だろ」
「うーん、君の好きな食べ物は?」
「ねぇよ、んなもん」
いつまで続くんだよ……
「ねぇ」
「ん?」
「君、最初と全然印象違うね」
「はぁ、んなわけないだろ!俺は俺だ!」
急に何言うんだ、こいつ?
「だって君、一人称「僕」だったじゃん」
そうだったか?いや、確かに、「僕」って言っったような気も……
猫、被ってたんだな。にしても、俺、なんでこんなに落ち着いてんだろ。
最近、何かとプレッシャーとかあったからなぁ。
第一志望校の高校に合格出来たのはよかったが、それまではずっと勉強、勉強。
合格した後も、最初のテストで1位を取るように言われてたっけ。良い親なんだけどなぁ。ちょびっと周りの評価を気にするからなぁ。
だからここは、そういうプレッシャーとか、期待とかは全然無いから、平気なのかな。
ま、そりゃ最初は緊張してたけどな。怖いって思うこともあったけど、なんか今は、慣れたのか、落ち着いてる。
「…どうかした?」
…あ!いっけね、今はこいつの質問タイムだった。
さっきからずっと思っていたが、こいつ、質問タイムが始まってからなんかやけにニヤついてないか?
はぁ、マジでわからん。
ここが落ち着く場所とは思ったが、誰か早くここから出してくれ!!!
読んでくださり、ありがとうございました!
またよろしくお願いしますっ!