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最終話 邂逅

 ボクと頼斗は椅子へと座り向かい合った。三須先輩は既に退室している。

 頼斗は余裕を感じる柔和な眼差しを、椅子に座ってからずっとボクへと向けてきている。


「頼斗……お前は何をやろうとしている?」


 恐れを知らないピッチャーのようにボクは直球ど真ん中へと放った。


「もう気付いていると思ったが、俺はアキラを買い被り過ぎていたか?」


 ボクの投球に対する頼斗のバッティングはまるで探り合いの見送りであった。


「もう御託はいい。言い訳できないようにもっと具体的に訊いてやろう。どうして過去の話を新属性と称してボクへと聞かせた? それに姫野さんや三須先輩の寸劇はなんだ? ボクを弄ぶのがそんなに楽しいのか?」


 厳しい口調で追及していくと、頼斗はばつが悪い顔で俯いてしまった。


「アキラ……。お前なら気付いてくれていると思っていたんだけどな。残念だよ」


「何に気付けと?」


「俺の口からは言いたくない。自分自身で気付いてもらいたい。だけどヒントぐらいならあげても構わない」


「そのヒントとやらをもらおう。下らない理由でこんな事をやっていたとわかったのなら、ボクは容赦無くお前を殴り飛ばすぞ」


「好きにしろ」


 さっきまでの無駄なハイテンションや含みのある笑みなどは一切消え、迷子になってしまった子どものように目元を熱くさせボクを見詰めていた。その態度の豹変の意味がボクにはまるでわからなかった。

 頼斗は机に両肘をつけて、右手の甲を顎に当てた。


「最初に言うが、姫野や三須先輩の訪問は俺が仕組んだものだが、それ以上の事はしていない。姫野の恋心は本人が抱いたものだし、三須先輩がお前を好きだったのもそうだ」


「好きだったってどういう意味? 好きになったじゃないの?」


 呆れたように頼斗は左手を額に当てた。


「三須先輩は最初からお前目当てで俺に関わっていた。俺への告白はお前へと近付くための手段だ。さっきの暴走だって、ヤンデレ的な思考の結果、殺して他の人には渡さないという目的だったんだよ。俺にもあれは流石に予想外だった。危険な目にあわせてしまって悪いと思っている。……まあとりあえず、三須先輩の言葉を思い出してみろ、お前へと向けられた言葉とも解釈できるだろう? あんな刃物をブンブン振り回されては冷静に対応はできなかっただろうけど、どれ一つとして俺に向けられた言葉は無かった」


 頼斗は何を言っているんだ。三須先輩が好きなのは最初からボクだった?


「そんな顔をしているようじゃ、やっぱり自覚は無かったんだな。実際にまともな会話をしたのは今日が初めてだしな。仕方ないか」


 勝手に話を進めるんじゃない。なんだこのどんでん返しの展開は?


「頼斗、次は姫野さんの事だけど……あれは演技なんかじゃなく、本気だったと?」


 雰囲気から察するにボクもそう思った。だけどまだ納得し切れてはいない。

 頼斗は苦笑し、視線を宙に少し彷徨わせてから、ボクの目を見た。


「姫野も可哀想な奴だよ。あんなに健気に恋してたのに、まるで気付いてもらえていなかった。俺には姫野の気持ちがよくわかるよ。まあ姫野の告白をOKしなくてよかったよ」


「…………そう。それじゃあどうして過去の話を聞かせた?」


 ボクが訊くと、頼斗はスッと目の色を変えた。真剣みを帯びた闇色の瞳は、濁った輝きを宿していた。


「新属性の話が俺たちの過去の話だと気付けてもらえただけで万々歳だね。何故聞かせたか、それは単純に思い出してもらいたかったからさ。思い出を、抱いていた思いを」


 愁いを帯びた瞳で頼斗は天井を仰いだ。その姿が小学校時代に一緒に星を見上げた頼斗の姿とダブった。電波キャラと成り果てた現在の頼斗の姿の方がかすれて見える。

 頼斗と目が合う。懐かしさに全身が震えた。あどけない笑みが、ボクに語り掛けてくる。愛おしさが込み上げてくるのと同時に心の奥底で恐怖が加速した。


「姫野の告白で思い出しただろう? あの時の答えを聞かせてもらおうか」


「……ッッ!」


 緊張で口内が一瞬で砂漠地帯と化した。紡ぐ言葉が浮かばない。ただひたすらに心が願う。ここから逃げたい、と。

 ボクの願いが届いたのか、古臭いチャイムの音が下校時間を伝えた。


「ボクは……その、もう時間だから、帰る」


 答えを待つ頼斗から逃げるためボクは帰宅を強行した。椅子を引き、立ち上がってドアへと駆ける。ドアノブに手を伸ばす。だけど、届かなかった。立派に成長してしまった手長猿の腕が、ボクを後ろから抱きすくめてきた。


「放せっ、ボクは時間を守る人間なんだよ」


「ちょい黙ってろ。俺は、お前に聞かせたい話がある。ちょっとした昔話だ」


 大人びた声を耳元で囁かれ、不覚にもドキリとした。心臓が騒がしいほどに強く脈動する。更には有無を言わせまいと、頼斗は力強くボクを抱き寄せた。


「そんな話に興味は無い。だからさっさと放せ、この変態っ!」


「おおいいね、昔の調子が出てきてるよ。残念ながら、この話は最後まで聞いてもらう。なんてたってこの話が今日のメインディッシュだからな」


 また更に腕の力を強めた。力の差を思い知ったボクは、抵抗するのも馬鹿げてきたので、もういっそどうにでもなれ、と頼斗へと体を預けた。急に力が抜けたので拍子抜けした様子の頼斗であったが、ボクの行動の意味に気付くと満足そうに笑みを作った。


「しおらしいアキラも中々だな。んじゃ、本日のメインディッシュを語るとしますか」


 くぅ……なんという屈辱。後で殴る。顔の形が変形するぐらいにぼこぼこにしてやる。


「あるところにAが居ました。Aは、Bととても仲良しでした。最初こそBの態度は冷たかったもののAの必死の努力により少しずつ受け入れてもらえたのです。それから月日は流れAは遠くへと引っ越す事になりました。


 Aは、Bの事がとても好きでした。なので離れ離れになる前にその思いを伝えました。しかしBからの答えをもらえないままAは別れを迎える事になってしまいました。だからAは、もしも再会できる日が訪れるのなら、再び変わらない気持ちを伝えよう、と心に誓いました。


 それからです、Aは人が避けるような不思議な行動を取るようになりました。新属性を欲している! と妄言を叫び出したり、奇行をなしたりしました。他者からの関心を避ける事で、Aは、ただただBへの変わらない気持ちを抱き続けようとしたのです」


 頼斗は一度息をついた。吐息がボクの髪の毛をくすぐり、その触感が伝播し全身の緊張が高まった。


「やがてAは、Bと過ごした故郷へと舞い戻り、悠橋学園へと入学しました。この学園でもBへの気持ちを守り切るために、代表生徒の言葉にて、また妄言を叫ぼうと決めました。しかし、会場に入る際にAはBの姿を見付けました。驚愕すると共に、全身が歓喜に震え上がりました。それと共に、さっきまでなんとも無かったはずの緊張を急に感じ始めました。自分の名を呼ばれ、Aはカチカチになった体を引きずって壇上へと上がりました。


 入学式が終わり、Aは再会の喜びを噛み締めてBへと会いにいきました。しかし、期待は脆くも崩れ去りました。

 Bはまるで変わってしまっていたのです。ですが、ある日気付きました。もしかしたらBはただ昔の記憶を忘れているだけなのかもしれないと。

 だからAは、Bへと新属性の想像といって、昔の思い出を聞かせてみました。果たしてAの気持ちはBへと届いたのでしょうか?」


 ボクは長い沈黙を挟んでから口を開いた。


「なんだその自慢話は? Aは凄く頑張ってたんだね、って言ってもらいたいのか? ふざけるなっ!」


 中々開放してくれない頼斗の鳩尾を肘で正確に突き、ボクは両腕の戒めから抜け出した。腰を曲げて苦しみに悶える頼斗を見下しながら僕は憎々しい声で――呪詛を紡ぐように――語り出した。


「あるところにBとAが居ました。二人は離れ離れになる事になりました。その時、BはAから思いを伝えられました。離れた相手を思い続けられるほど自分は強くないと自覚していたので、素直な気持ちを出さず曖昧にしそのまま別れを告げました。


 それからBは、強くなってもしAにまた出会えたなら、今度こそ答えてあげよう。そう心に誓いました。BはAへの気持ちを忘れないためにも、面倒臭がりな性格を悪化させ、他人との関わりを断ちました。

 悠橋学園に入学した時、Bに奇跡が起きました。ずっと後悔していた記憶を払拭するチャンスを得られたのです。Aとの再会です。しかしAはすっかり変わってしまっていて、かつての面影を感じる事ができませんでした。


 それからは絶望の毎日でした。何かの間違いなのだろう、とAをこそこそとつけたり、それとなく周りに探りを入れてみたりしました。そういう行動はAを追う女子たちから誤解を受けるのか、何度かBは危険な目に遭いました。入学し幾らか月日が流れると、Aが突然話し掛けてきました。Bは適当に対応していく内に再びAと行動を共にするようになりました。でもやはりAに昔のAは感じる事ができませんでした」


 ボクは一気に語り切った。溜め込んだ思いを解き放つと、溜飲が下がる思いがした。


「アキラ……」


 腹痛を耐え切った頼斗が、どこか呆然とし立ち尽くしていた。


「帰る……」


 それだけを言い、頼斗へと背中を向ける。

 目元にじんわりと広がる熱が涙となり、頬を伝い、顎のラインを這い床へと落ちていく。

 ボクたちはどこまでも馬鹿だった。ずっと変わらない気持ちを抱き続けていたのだ。


 ドアノブに手を掛け、ボクは静かに響く頼斗の呼び声を無視し、部屋を後にした。下校時刻を過ぎた事もあり、元々人が余り訪れない特別棟の三階の廊下には静謐としどこか厳格な空気が漂っていた。そんな重々しい空気を切り裂くようにボクは一歩ずつ確かめるように歩いた。

次のエピローグにて物語は完結です。

こんな拙作ですが、もう少しお付き合いしてくださると嬉しい限りです。

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