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5話 来客

 ボクが鋭い眼光を浴びせると、まるで表情の浮かべ方を知らない人形のように頼斗の顔から一切の感情が消え失せた。


「別にただ新属性を見付けようとしているだけだが?」


 わからない。ここに来て、更に頼斗という人間がわからなくなった。

 ボクは向かい合う席に座る頼斗を頼斗と認識できなくなった。頼斗によく似た何かだと思えてしまう。精神衛生上それが事実の方が嬉しいのは当然なのだが、そんな非科学的なものに頼って精神の安寧を図るほど落ちぶれてはいないつもりだ。


「正直に答えろ、頼斗……お前は――」


 ボクの言葉を遮るように、背後で部屋の扉が勢いよく開かれる音がした。乱暴に開いたという雰囲気ではない、急いでいたのでつい力が入ってしまった、という感じだ。

 頼斗の位置からなら誰が訪問して来たのかわかるはずなのに、何も言わず黙っていた。


 ボクは若干の焦りを感じながらすぐに立ち上がり、後ろを振り返ろうとした。しかし、できなかった。何者かがボクの体を後ろから抱き締めてきていた。ギュッと力を込めて、身動きを取らせてくれない。


「後ろに居るのは誰?」


 抱き付くだけでそれ以上何もしてこないので少しずつ落ち着きを取り戻し始めていたボクだったが、背中に押し当てられた二つの感触を察知し再び冷静さを失った。こ、これは……姫野さん並みのナイスバディ。不味いぞ、こんな状況なのに涎が垂れる。


「…………笹風さん」


 背中に押し付けられた口がボクの名を呼んだ。どこかで聞いた事がある声。いつか妄想した感触。二つが見事に合わさり、ボクは抱き付いてきた謎の訪問者の正体に気付けた。


「ど、どうしたの姫野さん?」


 間違いなく姫野さんだ。


「笹風さん……私、素直になろうと思うんです……」


「素直になる……?」


 突然の訪問、唐突な言葉、ボクはまるで急展開について行けない。頼斗の顔を見ると、ニヤニヤしながらボクと姫野さんのやり取りを生暖かい目で見守っていた。


「はい……」


 今にも消え入りそうな声だった。不安に怯えるのを堪えて搾り出したような声だった。


「何に素直になるの?」


 突然の出来事だったので中々思考が回るのに時間が掛かったが、抱き付いたまま会話を続行しているのはなんとも奇妙な気分がした。しかしそれについて訊くのはいかにも無粋な雰囲気であるし、ボク自身姫野さんが許す限りそのたわわな二つの実を押し当てたままにしていてもらいたい。


「自分の想い――気持ちにです」


「どんな気持ち?」


「…………恋心です」


「えっ?」


 なんだろうか、この娘を嫁に出してしまう父親の心境は……。

 お腹の方まで回された両手が、まるでボクを見失わないように、手放さないようにギュッと力を強めた。胸がどうとか考えている余裕が――ああ、すごい、背中に押し当てられて形を変えていく――あるみたいだ。


「私……私は、笹風さんの事が……好きなんです」


「……………………はい?」と呆けるボク。


「あっはっはっはっは、おめでとうアキラ!」と盛大な拍手を送る頼斗。


 えっと、あれ? 姫野さんがボクの事を好き、という事でよろしいでしょうか? あはは、そうかそうか。姫野さんはボクが好きなのか。へ~すごーいビックリだな~。


「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 ボクの絶叫が木霊する。山に向かって発したのなら山彦が十回は返って来たに違いない。いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。


「ちょっと待ってよ! ボクさ、まるで展開に付いていけないよ? ねえ頼斗、これはなんのドッキリなの? そろそろどこかで映像を見ている人がプラカード持って出てくるタイミングだよね?」


 今だ抱き付いたままの姫野さんを振り回す激しい身振り手振りで、ボクは頼斗へと訴えた。もう流石に胸の事は――すごい、背中でリズミカルに揺れてよりリアルな感触が伝わってくるよ――意識せずにはいられない。


「アキラ、少しは落ち着け、胸がどうたらって意味がわからないぞ?」


 不味い、喜びの余りに口に出してしまっていたか……。


「あ、あのあの……笹風さんは、私の事……どう思いますか?」


「えっ?」


 わざとハイテンションでそれから逃げていたのだが、やはりそうはいかないみたいだ。乙女の純情とおとこの戦いからは逃げるなと昔から言うからな。


「答えを聞かせてください。お願いします」


「姫野さん……」


 胸がキュッと苦しくなる。ボクはこんな場面に覚えがあった。今では大きな後悔の一つだ。だからわかる。中途半端な答えを相手は望んでいないし、自分自身も酷く後悔する結果になることを。

 さあ、言うんだ。姫野さんへ自分の気持ちを逃げずにしっかりと伝えるんだ。


「ボクは、ボクには、ごめんなさい……。ボクにとって姫野さんはやっぱり友達だよ」


 背中から柔らかい感触が消える。寂しげ足音と、すすり泣く声が後ろから聞こえてくる。


「そう……ですか」


 ボクには振り返る勇気が無かった。

 事の成り行きを黙って見守っていた頼斗が、椅子から立ち上がり、ボクの背後へと回った。どうやら姫野さんに何か伝えているようだ。頼むから余計な事は言わないでくれ。

 頼斗と姫野さんの囁きを盗み聞きしようと思ったが、中々聞き取れない。しかし振り向く勇気は無い。


「笹風さんっ!」


 待つ事数分、背後から元気な声が飛んできた。頼斗、何をやったのかはわからないが姫野さんの元気を取り戻してくれたんだな。やっぱり、どう変人になっても本質は変わらないんだね。ボクは懐かしの頼斗の姿を垣間見た気がした。

 気まずい雰囲気にはなる事が無いだろうと安心したボクは振り返る勇気を得た。


「私! 立派なメイドになりますねっ! ご主人様!」


「は、はぃぃぃぃぃぃっ!?」


 ボクはすぐに振り返った。確かに元気を取り戻した姫野さんが居た。オマケでまたニヤニヤ気色悪い笑みを浮かべている頼斗が壁にもたれて立っている。

 姫野さんは瞳に煌々とした光を宿し、ボクを見つめていた。その瞳には真っ直ぐで、一切の迷いが感じられなかった。


「ご主人様に恥を欠かせないためにも、頑張って礼儀作法を身につけますね!」


「えっ、あっ、その……」


 姫野さんはスカートの裾を摘んで優雅なお辞儀をすると、スキップで部屋から出て行ってしまった。追う気力は無かった。それに、頼斗へと話を訊く事のが先決だ。


「頼斗……お前、姫野さんに一体何をした?」


 頼斗は壁に背中をあずけたまま腕を組んで、目を瞑った。


「アキラはメイド好きであると助言しただけだぞ」


「…………」


 少しでも昔の頼斗を垣間見た気がした自分が恨めしい。


「まあそんな恐い顔をするな。一応は助け舟になっていただろう?」


 確かに救われた気がするが、後の苦労を考えると頭が痛くなる。今日は厄日なのだろうか?もう姫野さんの胸の感触を味わった至福の時が忘却の彼方へと消えていってしまった。


「あはは、もういいよ。新属性について考えようよ。うん、そうしよう」


「現実逃避に興じるという選択肢を取ったか……」


 なんとでも言え。ボクだって辛い現実から目を背けたい時だってある。





 ボクはただ現実から目を背けるためだけに新属性についての会議を再開させた訳ではない。頼斗がこの新属性というものを介して何か企んでいるのは明白だ。その企みを暴くためにボクは会議を再開させるのだ。

 椅子へと座り直したボクは、今だ姫野さんの告白を断った事により沈痛な面持ちをキープしている。逆に頼斗は達成感に満ち溢れた、実に幸せそうな面をしていた。


「頼斗、次の新属性はなに?」


 ボクが声を掛けると、頼斗は更に瞳の輝きを増させ二度頷いた。


「うんうん、遂にアキラもやる気が出てきたか。いいだろう。次にいこうか」


 頼斗はメモ帳を見て気味の悪い笑みを零した。嫌な予感がする。


「ふっふっふっふっふ……。アキラよ、次はツンツン以上の力作だ!」


 ツンツンのどこが力作だったのかとても謎である。いや、価値観とは人それぞれか、口出しはするまい。それが大人のマナーだ。


「勿体つけなくていいからさっさと言え」


「わかったわかった、そんなクリスマスプレゼントを前にしておあずけくらったような子どもの顔をするな」


 そんな顔はしていない。もしそう見えるなら早急に眼科へと行くべきだ。それで解決できないようであれば精神科へと行く事をおすすめしよう。

 ボクは苛々ゲージが上昇し、頬の筋肉がピクピクと震えるのを感じた。噴火五秒前なボクの怒りのオーラに気付いたのか、頼斗は一度咳払いをすると早々に語り出した。


「次の新属性は、『口下手ツンデレ』だ!」


「長いな。口下手のツンデレ? それは、そんなにいいものなのか?」


「ふっ、もちろんだ。これにもショートストーリーが用意されている。それを今から聞かせてやろう。例によって、ツンデレ役はアキラで、その彼氏役に俺だ」


「…………是非聞かせてくれ」


 次はどんな話をするつもりだ頼斗。何が目的かはわからないが、受けて立ってやる。ボクは逃げも隠れもしないさ。

 ボクが決意を表情へと表すと、頼斗はそれを確認し、ゆっくりと妄想を紡ぎ始めた。



      *



「頼斗、い、一緒にかえ、帰りなしゃいよっ! あ、違う、帰りなさいよっ!」


 頼斗が下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから妙に安定感の無い声が聞こえてきた。聞き慣れた声にセリフ、頼斗は苦笑しながら後ろを振り返った。


「もちろんいいよ」


 あんなてんぱった命令形の言葉を使うのは頼斗の記憶ではアキラ以外居ない。だから振り返ればそこには当然のようにアキラが眉を吊り上げ怒ったような表情で仁王立ちをしているのだ。


「な、なにニヤニヤしてるのよっ。ただ荷物を持ってもらいたいだけなんだからね。こ、このへ、へんひゃい!」


 下駄箱から靴を取り出したアキラは、ニヤつく頼斗を非難した。しかし、それは持ち前の舌の回りの悪さで逆に笑いを誘うものになってしまっていた。


「……へんひゃい?」


 聞き取れなかった風を装って頼斗は首を傾げる。


「ち、違うっ! 変態って言ったの!」


 アキラは顔をカーッと赤くし激昂した。拳をブンブン振って威嚇する。そんな姿がまた頼斗を楽しませてしまっている事にアキラは気付かない。

 二人は外履きへと履き替え、並んで歩き始めた。荷物は頼斗がアキラの分も一人で持っている。荷物といっても学生鞄が一つ増えるだけの事だ。


「そういえば駅前に行ってパフェおごるって約束してただろ? ごめんな、今日さ、すぐに家に帰らなきゃならなくなったんだよ」


 からかわれた事でツンとした態度を続けていたアキラだったが、頼斗の言葉を受けて急にしおらしくなった。


「え、ええ、そ、そんな……。約束……あの、その、そ、それじゃあ、また、えっと……」


 素直になれない気持ちと、口下手が相まって的確な言葉が中々出てこずアキラは苦戦した。そんなアキラを見て、頼斗は微笑を浮かべて言った。


「大丈夫だよ。また今度、だろ?」


 長い付き合いなのだ、アキラが言わんとすることは大体想像がつくのである。しかし、フォローは入れることが出来ても、アキラのツンスイッチが入るタイミングまでは把握し切れていなかった。


「なっ!? そ、そんな事言おうとしてないわよっ!」


 目を剥き怒り出すアキラを見て、頼斗は内心で素直じゃないな、と呟きながらひょうひょうとした態度を取った。


「はいはい~」


 ツンモードになってしまったら何を言っても無駄だと経験上理解している頼斗は、軽く流した。しかし、これもまたアキラで遊ぶ手段の一つである。

 アキラは悔しそうに低く唸った。拳を作り怒りに震えさせる。しかし暴力を行使する気にはなれない。殴ってやりたいのに殴れない。そのもどかしさが胸をキュッと締め付けた。


「うぅぅ、頼斗の馬鹿! もう知らない!」


 結局は怒鳴る事で僅かな反抗をする事しかできなかった。



      *



 口下手ツンデレ劇場が終わり、頼斗はツンツン物語を語り終わった時のように楽し気に息をついた。ボクは最後まで半分放心状態で話を聞いた。頼斗が語り終わった後、思考がまとまらない間、全身が凍りつくような悪寒を味わい、そして沸々と煮えたぎるマグマのような感情が氷を溶かすように全身へと浸透していった。

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