1話 伝説
その日、生ける伝説となった頼斗は、全学園関係者から要注意人物としてかなり厳重な警戒態勢を敷かれると共に、色んな方面の人から標的とされた。
頼斗によって激動を迎えた悠橋学園なのだが、とても予想外な事態が起こった。何が起こったかというと、告白という本来は甘酸っぱい青春イベントが発生したのだ。頼斗に言い寄る女子が居た事からして驚きだが、まさか愛の告白など予想外にもほどがある。
ボクは、何人もの挑戦者たちの姿を見て、その内頼斗も誰かと付き合うんだろうな、と考えていた。しかし、ボクは間違っていたのだ。頼斗の妄言は確かに本気だったのだ。
それを知るのは、入学して少し経った頃の事だった。
ある見た目も中身もロリロリな女子生徒が、全校集会の時に果敢にも告白へと望んだのだ。どうしてそんなタイミングで挑んだのかは、学校の七不思議を八不思議にする勢いだったので誰も余り深くは考えなかった。
『黒澤くん、好きです!』
告白現場から位置が近かったボクはもちろんの事、全校生徒が空気を読んだかのように即座に沈黙した。壇上に上がって話を始めようとする校長先生までも、口を大きくあんぐりと開けて呆然としていた。
そのなんとも居心地の悪い沈黙を破ったのは、頼斗だった。頼斗は伏し目がちに反応を窺ってくる女子生徒を見下ろした。数秒の間全身をなめ回すように観察し、ゆっくりと口を開いた。
『ただのロリに興味は無い。きみは、本当に面白みの欠片も無いな。持っている属性からしてロリだけじゃないか。いや、ロリにも成り切れていないか。ロリは大人っぽくする必要など無い。もちろん、背伸びする姿は萌えを生み出すが、見た目相応におたおたしてた方のが俺は好みだ。かといって、ロリはツインテールという固定概念に囚われるのはよくない。需要は高いのかもしれないが、俺はどちらかというと、ポニーテールのが好みだ。意外性を望むなら、ボーイッシュに行くのが一番だろう。新属性を求める俺からしたら、一番嬉しいのは意外性だ。それをよく考え、新属性を模索し、そして挑んで来い』
頼斗は平坦な声で長々と語り、言い終えたのか、何を考えているのかわからない無表情で壇上に立つ我らが校長の方へと目を向けた。
勇気ある女子生徒は、ポカーンとしていた。それもそうだろう。ボクだってポカーンだ。あんな大量の電波情報もとい毒電波を零距離で送信されては、もう受信処理が追いつかずフリーズするに違いない。
それから静寂が場を支配し、数秒後、女子生徒の咽び泣く声が空気へと染み入るように響いた。
ボクはその女子生徒に何か言葉を掛けるべきだったのかもしれない。または、とりあえず頼斗に毒電波を日本語へと翻訳するように頼むべきだったのかもしれない。何をするべきか、それすら迷うが、ボクは一つの衝撃により体の自由を完全に奪われていた。
あの妄言は本気だったのか!?
なんというか、どうやら頼斗はボクの予想をまた遥かに凌駕して行ったようだ。人は足りなくてもいいのだ、と今なら断言できる。余計なパーツが加われば人間は果てしなく壊れていけるのだ。
頼斗は小学生の頃と比べて何も失っていない。あえて失ったといえば、正気だろうか。とりあえず能力的な面では、頼斗は何も失っていない。寧ろ成長しているくらいだ。しかし、オタク文化を知り、二次元知識を得て、新たな萌えを開拓するフロンティア精神が培われたおかげで、もう矯正不可能なレベルの人格破綻者になってしまった。
それからというもの、ボクの絶望と呼応するかのように日本女児たちは素晴らしきチャレンジ魂を胸に秘め、頼斗へと挑んでいった。
だが、まあそうそう新属性を持つ女子生徒などはおらず、結果は惨敗であった。
頼斗は告白を受けるたびに、何がダメなのかを一人ずつに毒電波にて説明した。
『きみは、正統派ツンデレという噂があったね。……正直、正統派となると属性に染まり過ぎているがゆえに、変化するのは大変難しい。いや、だからこそ正統派ツンデレは素直になれないという魅力を存分に発揮するわけだが、残念ながら俺が求めているのは新属性ただ一つだ。だが、諦める事は無い。正統派とて一歩踏み間違えればヤンデレへと変貌できる絶大なパワーを秘めている。そのパワーのベクトルを変えれば、もしかしたら新境地へと至れる可能性も高い。それをよく考えてみてくれ』
『先生は、もう職業も属性も性格も保健室の先生で染まり切っていますからね。やはり、手っ取り早い解決方法から言えば、職を捨てることです。望みは薄いですが、保健室の先生、というのに新要素などを組み込んで、どうにかするという方法もあります。元々俺は生徒で先生は教師なので、そういう倫理的問題もあるかと思いますので無理はしないでください』
この二つはほんの一例だ。他にも腐るほど解読不可能な暗号が存在する。残念ながら、ボクの脳という記憶媒体が保存を拒否したので他は記録されていない。
告白を一回で諦める者がほとんどであったが、中には毒電波をよく吟味し、何度も挑む生徒も居た。しかしそんな頑張り過ぎる人の中には、度重なる毒電波に脳の回路がショートしたのか、ヤンデレへと変貌する者も居た。確か、三須先輩という人が刃物まで持ち出していたという話だ。
また、保健室の先生が突如辞職へと踏み切ったのは頼斗が原因に違いない。
そんな暴走気味な頼斗は、入学して三ヶ月ほどで女子百人切りという偉業を成し遂げると共に、『女殺し』の異名を得た。
色々と文句は言ったが、ようするに頼斗は皆の人気者だ。きっと、ボク以外の者はそこまであの変人的部分を気にしている者は居ないと思う。悠橋学園にオタク文化が蔓延り始めたので、ボクのような人間のが少数派だ。将来、日の目を浴びる生活を享受したいと願う一般人なのだが、オリコンランキングにアニソンが出てきたり、国民的ニュース番組にサブカルチャー用語が出始めた事から、日本の暗い未来を示すと共に、ボクのお先も真っ暗だと暗示されてしまっている。
日本の迷走へと不安を抱きつつ、頼斗の暴走に辟易しながらボクは今日も学校へといくのだ。
二学期の初登校。ボクはそんな頼斗の伝説というプロモーションビデオ的な雰囲気の一学期の思い出を振り返り、少し憂鬱になった。
九月の日差しはまだ強く、徒歩での登校をするボクは額に滲み出てくる汗を拭った。海から運ばれてくる潮風のせいで、汗ばんだ肌がべとべとする。それに喧しく蝉が鳴き続けているのも煩わしい。
「だるい……」
晩夏の太陽を睥睨しながら、ボクは呟いた。
「徒歩で七分なんだから文句を言うな。自転車の奴らなんてこんな暑い中を三十分ぐらい掛けて登校するんだぞ」
「あ、そ」
ボクは隣のうるさい奴に適当に答える。そして、見え始めた悠橋学園の校門に溜息をついた。あそこを潜ればまた騒がしい学校生活が再び訪れるのだ。
はぁ~、一体ボクが何をしたっていうんだろうか? 神様が居るのなら是非ともその理由を問いただしたいものだ。
「どうしたよ、夏休みは暇だから学校のが楽しいって言ってたじゃないか」
「…………」
とりあえず隣のうるさい奴は無視する。ついでにそっぽを向く。
「っておい、無視すんな! 俺が何かしたのか? それともなんかあったのか?」
うるさい奴はやっぱりうるさいので、ボクは仕方なく目を合わせてあげた。
「なんでもない」
短く答え、ボクは青い空を仰いだ。輪郭のくっきりとした雲が優雅に空の海を泳いでいた。その何にも縛られない自由さが、ボクの胸を締め付けた。
「……いつも以上に意味がわかんねぇぞアキラ」
うるさい奴がなんかセリフを吐き捨てたが、あえて反応してあげない。言葉を返すとすぐに調子に乗るのだ。子どもに物を与え過ぎてはいけないのと同じ要領だ。必要以上に反応するとすぐに付け上がる。
二学期の初登校。ボクはうるさい奴――頼斗と行く。
どうやら幼馴染という因果は、うまく断ち切れなかったようだ。本当に神様は罪作りだな。これが運命だというのなら、過酷過ぎる。