「第九話」臆病者と糞餓鬼
朦朧とする意識の中、シュナは自分が不味い状況に置かれていることを察した。薄暗い裏路地、担ぎ上げられた自分の体……痛む全身の痛みが、自分に何が起こったのかを思い出させた。
そうだ、自分は確か用を足し終わって……魔法を使い終わった直後に後ろから掴まれて、殴られて蹴られて、それで気絶して……今、どうなってる?
「……あ」
声も出せない、全身が痛い。どれだけ酷い目にあわされたのか想像もしたくない。自分のことなのに、まるで他人事のように考えて、現実逃避している自分がいる。恐怖から、怖いという悪寒から目を背けるために。
「久しぶりだな、黒髪」
自分を担いだ男の声には、聞き覚えがあった。クリスと出会ったあの屋敷で聞いた声、腸が煮えくり返るほどの怒りを沸かせ、叫び出したくなるほどに恐ろしい声である。──ノストラード四天王の内一人、ガルベルだった。
体が反射的に震える。小刻みに、息も荒くなり……それだけで身体に響く鈍い痛みですら、自分の中にある恐怖を誤魔化すことは出来なかった。──ガルベルはそんな自分の様子に満足げだった。
「いい表情、態度を取ってくれるものだな。屋敷でもそのようにしていれば、今頃は私に雇われていたかもしれんというのに……いやはや、ここまで道理に背かれては笑うしかあるまい」
この時、真に理解した。このガルベルという男の本性、その心の醜悪さを。
クリスの言ったとおりである。この男は知性の皮を被りながら、表では礼節のある貴族のように振る舞う。しかし、それはあくまで自分に従う人間にのみ見せる態度……一度噛みつこうとすれば、容赦なく相手を押し潰そうと、何が何でも屈服させようとする。──貴族なんかじゃ、ない。
「貴様を餌にすれば、あのドブネズミもやって来ることだろう。前は突然だったのでもてなすことが出来なかったが……今度は大勢で、丁重に、良い思いをさせてやるつもりだ。正々堂々とな」
「……ふふ」
「うん?」
ガルベルが立ち止まり、「何がおかしい?」と聞いてくる。
その問いですら、笑える冗談のように感じてしまう。
「武人のくせに、正面から戦えない。おまけに一対一じゃなくて沢山の部下を引き連れて……おまけにそうしないといけないような理由を理不尽に突きつけて、正々堂々って何?」
「……!」
「お前はただ、クリスが怖いだけの……臆病者だ!」
腹部にとてつもない痛みと衝撃が走る。血の混じった吐瀉物がガルベルの顔面に吹き散らされ、精一杯……ボクは不敵に笑ってやった。
「糞餓鬼が」
苛立ったその一言を最後に、ボクの意識は途切れた。