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「第八話」図星

 アジトに帰る途中で、シュナがトイレに行きたいと言い出した。


 こういう時は普通、他人の家で用を足すしか無いのだが、まぁなんとも彼女は魔法使いである。人目につかない場所で出すものを出し、あとは魔法で燃やすなり流すなりで消し去ってしまえばどうにでもなるとのことである。


 そんな訳で路地裏へと走っていくシュナを見送り、俺は近くのベンチに腰を下ろしていた。


 暇だな、と、単純にそう思った。

 俺は暇が嫌いだ。暇だということは、俺は俺の目標に対して手詰まりであるか、もしくはその時を待たなければいけないということだからだ。一秒でも早くその瞬間に立ち会いたい俺としては、常に何か行動を起こし、その使命に向かって走っていたいのだ。


 とまぁそんな事を考えていると、俺の目の前を少年が横切る。身に付けた大きなカバンの中からはみ出したそれは、紛れもない新聞であった。


「おい、新聞を一部くれ」


 丁度いいところにやってきたその少年を捕まえ、俺は金を手渡す。少年は慣れた手付きで金を受け取り、カバンの中から新聞を取り出した。俺がそれを受け取ると、彼はさっさと去ってしまう。


 大したものだ、と。買い取った新聞を開きもせず、俺はその少年の背中を見ていた。自分よりも年下であろう子供が、自分よりも真っ当な仕事で日銭を稼いでいる。別にそれが羨ましいとか妬ましいとかそういう意味ではなく、ただただ、凄いなと思う。


 ふと、考える。もしも自分が今の自分でなかったのであれば、今頃はああやって働いていたのだろうか? 復讐のために盗むのではなく、生きるために日銭を稼ぐ。そんな、そんなありふれているであろう普通の生活を。


「何考えてるんだろうな、俺」


 そんな事を考えても意味はない。

 なぜなら俺は俺であるからだ。「する」か「しない」かの両極の選択において、「する」という選択を選んだ自分だ。その時点で「しない」という選択をした自分というのは存在しないし、それは虚しいもしもの話でしか成立しない絵空事である。


「する」選択をした自分は、それなりに事を為すべく努力する。その果てに何が在るかなんて考えない、考える暇など無い……利用できるものは、全て利用する。それが例え、目がくらむほど眩しいあちら側の存在だとしても。


「……はぁ」


 申し訳ない、可哀想だ。

 そんな言葉や感情が浮き出てくる辺り、自分はまだ揺れているのだろうか? 惨めったらしく、しつこく、醜く。──今更そんなこと、できっこないというのに。


 気分を紛らわせようと、俺は新聞を開いた。開いた大見出しには予想通りの内容が飾られてある。──『四天王ガルベル邸襲撃。秘宝奪われガルベル氏は重症』、と。


 俺は心の中で舌打ちをした。奴め、まだ死んでいなかった。勢い余って自分から名前を暴露してしまったこと、変装もせずに侵入したこと……顔が割れるだけでも痛手なのに、名前まで教えてしまった。


 仕留めきれたと思っていたが、腐っても四天王である。武術を極めた魔法使いを、一撃で倒せるほど俺は強くない……こうなることは分かっていた、分かっていたのだ。


 だからこそ、俺はもう戻れない。


「顔が怖いぞ、少年」

「……え?」


 新聞から視線を退かすと、そこには女が立っていた。白髪、吸い込まれるような大きな瞳……分厚い茶色のコートに身を包み、白い手袋をつけたその左手には、結婚適齢期には似つかわしい少し太めの杖が握られていた。


「突然話しかけてすまない。道を聞きたいのだが、教えてもらってもいいだろうか?」


 俺はまず警戒した、この女の態度が異質だったからである。礼節はあるがやけに圧があり、しかも俺のことを舐め回すように見ている……こんな感覚は初めてで、不快だった。


「……行き先は?」

「君のその新聞に書かれている場所さ」


 嫌な予感がした、多分これは当たる。そう思った俺は、平静を装いながら首を傾げた。


「知らないね。生憎、俺はこの街に来たばかりなんだ」


 堂々と嘘をつく、これでこの女は退く……そう、思っていた。なんと彼女は突然、俺の隣に座り込んできたのである。


「奇遇だな、私もこの街に来たばかりなんだ。仕事で来たんだが、いい街だよ」

「……へぇ」

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。こんな杖がないと歩けないような身体で、結構な時間を歩いたんだ……もう少し優しくしてくれても良いんじゃないかな?」


 そう言うと、女は自分の左足を杖でつついた。特に変わった様子も何もないが、これが演技にも見えない……座る時に彼女から感じた違和感から察するに、彼女は片足が動かないのだろうか?


「同情と警戒を同時に向けられるのは初めてだな、いやはや……君は思った通りの優しい人間のようだ」

「そうか」


 いっそのこと、俺がこの場から去れば良いのだろうか? いいやそれではシュナを置いていくことになる。かくなる上はこのままこの女をやり過ごし、シュナが帰ってきたタイミングでアジトに戻る。無論、この不気味な女は巻かなければいけないが。


「誰か待っているのかい? 女か?」

「……」

「図星のようだね」

「そういう関係じゃねぇよ」

「君はそういう関係を望んでいそうだが?」


 危うく殴りかかるところだった。俺は鼻で笑いながら、女に背を向けた。


「君の年であれば、素直になるというのはとても難しいとは思う。だが、それが出来た時に得られるものはとても多い。自分の欲や弱さを受け入れてこそ、人は真に成長できる……私はそう考えている」

「さっきから、何が言いたいんだよ?」

「復讐なんてやめたほうがいいよ」


 瞬時に、胸ぐらを掴んでいた。


「……何が分かるんだよ、お前に」

「乱暴だなぁ」

「俺はやらなきゃいけないんだ、俺は成し遂げなきゃいけないんだ! 母さんを殺したアイツから全部奪ってやるんだ……そして俺が殺す!」

「分かってないのは君だよ」


 ぎゅるん。腕を掴まれた瞬間、俺の視界はぐるりぐるりと回り、その果てに地面に激突した。顔面を地面に押さえつけられた俺は、そのまま身動きが取れなくなっていた。──早すぎて、反応ができなかった。


「なっ、テメェ……!」

「復讐は何も生まない。殺しても罪が残るだけ、費やした時間で何かを得られるわけでもない。君たち復讐者はどいつもこいつも、成し遂げた先に何かを得られると勘違いしているんだ」


 自分の中心にあるものがおかしな音を立てている。軋んで、歪んで、曲がって……この女の言葉を、これ以上聞きたくない。俺は押さえつけられた状態から必死に抵抗したが、この女に抑えられた部分はどうにも力が入らなかった。やがて俺は抵抗する気力も失って、その後に女は俺を開放した。


「テメェ……!」

「君に言いたいことは、ただ一つだけだ」


 杖を突き、立ち上がる女は背中を見せながら言った。


「クリス、君の隣にいたあの少女は……今何処にいるんだい?」


 その言葉を最後に、女は人混みの中に溶けて消えていった。

 俺は注目の的になっていることをそっちのけにしながら、頭の中でその言葉を反芻していた。──そして気づく、いつまで経ってもシュナが帰ってきてないことに。


「……クソッタレ!」


 歯噛みして、俺は人混みをかき分けながら走り出した。

 手の中の新聞は、グシャグシャになっていた。





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