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「第七話」耳に残るその言葉

店の中に入ると、これまた香ばしいパンが立ち並んでいた。長いものも短いものも、丸いのも変な形のものも、とにかく色々ある。


そういえば、俺もこのパン屋に入ったことがなかった。今までは食べるものなんてどうでもいいという思考だったからだろうか、毎日同じようなものを食べては、どうやって屋敷に忍び込むかとかそういう事ばかり考えていた。


あまり食べたこともないし、興味もなかった食べ物。それが様々な形や色で目の前にあり、俺はなんだか年甲斐もなく内心はしゃいでいた。


「クリリン! ボク、これがいい!」

「……あっ、俺か」


クリリンという即興あだ名にまだ慣れない。如何に「クリス」という名前が町中では禁句であっても、本名で呼ばれないというのは中々に不便である。こんなことなら、予備の名前でも作っておくべきだったか? 

いや、そもそもあの屋敷で調子に乗ったのがよくなかった。カッコつけようとして名乗ったせいで、この店の壁にも「お尋ね者クリス」とか言う張り紙がベタベタ貼ってある。


「ちょっと、聞いてる?」

「あ、悪い。んで、どれがいいんだ?」


ボーっとしたままの俺がそう聞くと、シュナは木の板上に置かれているパンを指差した。それはなんだかつやつやした表面にクルミのようなものが散りばめられた、不思議なパンだった。お手頃な数字が書かれた値札には「甘党のためのパン」というキャッチフレーズがきれいな文字で書かれていた。


「ねっ、美味しそうでしょ?」

「確かに美味そうだな、俺も買ってみるか……他にあるか? 欲しいの」

「えっ、いいの!?」


目をキラキラさせながら俺の方を見てくるシュナ。嬉しくもあるが、どこか遠い存在のように感じてしまう……眩しいような、決して手を伸ばしても届かないような、そんなどうしようもない距離を感じてしまったからである。


「……ああ、いいぞ」

「やったぁ!」


嬉しそうに店内を駆け回るシュナを、俺はただただ見ていた。

彼女との距離があるとするならば、それは決して埋められないようなものではないだろう。今からでも振り返り、それに向き合えば……きっと、俺はアイツと同じ場所に立つことができる、アイツみたいにキレイな目ができる。──手を、伸ばす。


『可愛いクリス、愛しいクリス……どうか、あいつらを生き地獄に落として』


耳に残るその言葉。


『落として、くれるわよね?』

「……」


振り払う理由など、どこにもない。

そう、忘れてはいけない。俺が生きる最終目標であり、唯一の存在価値を。


母さんの仇を地獄に叩き落すことである。


「……やってやる」


睨むように、はたまた妬むように、俺はシュナの輝かしい逆光を見ていた。

羨ましいという愚痴でさえ、喉の奥に押し殺して。


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