「第五話」背を向けた物共
むくり。
瞼を擦りながら上体を起こし、布団を蹴飛ばす。これが俺の朝のルーティン……自分をぬくぬくと守ってくれていた布団に感謝と別れを告げ、その上で蹴飛ばす。夢から覚め、たった一つの目標、生きる意味を成し遂げるべく……けじめを付けるためである。
だが、そんな出鼻はあっさりと挫かれた。
「……どうなってんだ、こりゃ」
部屋がめちゃめちゃ片付いていた。
とっ散らかっていた小道具、盗んだ宝の数々、食料やそれを包んでいた紙袋……その他諸々がきちんと整頓されており、なんなら汚かった室内がピカピカに磨かれていたのである。
俺は今の今まで寝ていた、熟睡だった。どんなに寝相が悪い俺でも寝ながら掃除をするなんていうトンデモアクションは起こさない。いや、普通に人間はそんなに器用じゃない。
「おはよう!」
「わぁっ!?」
耳元で突然大きな声を出され、俺は瞬時に後ろへ飛ぶ。しかしここが室内だということを忘れてはいけない。俺は壁に背中を勢いよくぶつけ、ついでに壁に立て掛けたあったいろんな物が一斉に落ちて襲いかかってきた。
「ちょ……大丈夫!?」
「んなわけ、ねぇだろ!」
駆け寄ってきた少女を見て、ようやく目が覚めた。そうだ、この部屋の片付き具合はきっとこいつの仕業だ。俺以外にここにいたのは、こいつだけだから間違いない! 俺は自分の上にのしかかる色んな物を薙ぎ払い、シュナに詰め寄った。
「テメェ! よくもまぁ部屋の中を掃除してくれたな! お前のせいで……あれ、あれ?」
視界に映る少女の困惑した様子に、俺は不意に我に返った。掃除をしたからこうなったわけではなく、俺が驚いて後ろに飛んだからこうなったわけで……寧ろ、ゴミ屋敷同然のこの場を黙って掃除してくれていたのではないか?
……ひどくない?
「ごめん、驚かせちゃったよね。すごい音だったけど、頭とか大丈夫?」
「お、おう」
ぎこちない返事をした。いいや、それ以前に失礼な態度を取ってしまった。らしくないことは分かっているものの、このままざわついた胸の内を放置しておく訳にはいかない。そう、思った。
「その、まぁ……なんだ? ありがとよ、片付けてくれて」
思ったよりもムズムズするというか、口がうまく動かせない。いいや、頬が緩んでいるのか? 笑っているわけではない、怒っているわけでもない……不快なわけでもないのに、今すぐこの場から立ち去りたい衝動さえある。
「……へーぇ」
シュナはそんな俺を、俺の周りをぐるぐると回りながらじっくりと見つめてきた。俺は背を向けたり、目を逸したりして、どうにかして見られないように立ち回った。
「クリスって、意外に素直だよね」
「うるせぇっ」
まだ飯も食っていない、体を動かしたわけでもないのに、身体が熱い。いいや頭が熱いのか? 思考にいつものようなキレがないことが、自分でもよく分かる。ふんわりするような、しかしそこまで悪い気がしないような……思わず吸ったことのない煙草を知ったかぶる。
「ほら、屋敷の時もさ、なんだかんだ言ってボクのこと助けてくれたじゃん。メリットも何も分かってない状態で、咄嗟に」
「あ? メリットならあったぞ」
「えっ?」
何を言っているんだろうと思いながら、俺は当たり前のことを当たり前に言う。
「俺は盗賊だぞ? 自分が欲しいと思ったモノは、どんな手を使っても分捕る……当たり前だろ」
「──」
シュナの顔が、硬直する。俺を見つめたままみるみるうちに赤くなっていって、口をポッカリと開けたまま、俺に突然背を向けた。
「えっとね、クリス」
やけにオドオドしているというか、なんだか謎に興奮した様子でシュナが言う。
「ボクは、その……うん、そういうところが、良いと思う。大胆で」
「は、はぁ。そうか」
何か気に障ることでも言っただろうか? やれやれ、これだから自分よりも年下の女性というのは扱いにくい。俺はどうすればいいのだろうかと思考を巡らせながら、シュナの背中を見つめていた。
──正確には、束の間の幸せの向こう側にある、俺が為すべき復讐のイメージを。
今更戻ることなんて出来ない、戻り方なんて忘れた。
この道は一方通行であり、その先には必ず光が在ると思っていた。
しかしそんな輝かしい物どもは、今まで自分が目を背けてきた何かに他ならない。
皮肉だな、と、俺は口の端をそっと釣り上げてみた。
彼女に、背を向けられているというのは。