「第四話」一匹狼と共犯者
シュナの不敵な笑みに、俺は「やられた」と思わずにはいられなかった。
まず、ノストラードは現時点で世界最強の魔法使いだ。如何に汚い手や血みどろの道の果ての存在であろうと、奴が内包する力だけは本物である。奴を倒すためには『四獣玉』全ての力が必要だ、そこだけは揺るがない。
いや、待てよ?
「……それだと、俺にメリットが無い。お前の言う事を聞かなくても『四獣玉』は手に入る」
「手に入る、だけじゃ駄目なんだよ。クリス」
一つ聞くよ、と。シュナが足をもう片方の足に絡ませ、俺に指をさす。
「君、魔法が使えないでしょ」
「……父親と母親が魔法使いなのに、何故かね。──だったら、なんなんだよ。」
圧をかける。
そう、俺は魔法なんて使えない。魔法使いの血を引いているはずなのに、魔法が全くと言っていいほど使えなかった……故に俺は魔法に対してはめっぽう弱い。まぁ、そのおかげで魔法に匹敵するほどの肉体を鍛えられたのだが。
「クリスが持っている『玄武玉』もそうなんだけどさ」
シュナは俺の圧に態度を変える素振りすら見せず、淡々と話し始めた。
「クリスが言うノストラードっていう魔法使いは『四獣玉』……つまりは山一つを潤すほどの莫大な魔力の塊を、あくまで『自分という個人』のみに対して送り続けているんだ」
「だから、盗んだんだ。ブツが近くになけりゃあ、そんなことは……あっ」
言ってから、俺は気づいた。
あの場にノストラード本人はいなかった、という事実に。
シュナは俺の表情、そして心の内に深く頷き、話を続ける。
「こういう類の魔法は、距離とか場所とかで大した影響を受けないんだ。例えクリスが『玄武玉』を持って世界の裏側に逃げたとしても、ノストラードの力は衰えない。彼が全ての『四獣玉』に対して、そういう魔法をかけている限り……ね」
「そんな……じゃあ、魔法が使えない俺がいくら頑張っても、無駄だってことなのかよ!」
俺は、体の中から何かが抜け落ちていくような感覚に陥った。自分で敷いたレールは正しいはずだった、なのにいきなり現れた赤の他人……しかもその道のプロに「それは間違いだ」と残酷に言い切られてしまった。
項垂れるような、抜け落ちていくような、俺は平衡感覚を忘れて床にへたり込んだ。
「……終わりだ」
「クリス一人じゃ、そうなるね。──だから、ボクがいる」
垂れ下がった目線の先に、二本の華奢な足。
顔をあげると、そこには腕組をしたままこちらを見下ろすシュナがいた。
「お前、まだ座ってろって……!」
「ボクは黒髪の魔法使いだよ? 舐めてもらっちゃ困るね。魔力も戻ってきたし、自分の魔法で治しちゃったよ」
シュナはそう言うと、その場で色々と体を動かし始めた。ブリッジ、逆立ち、その場で宙返り……下手をすれば自分と同じぐらい身軽なのではないだろうかと、俺は思わず魅入ってしまっていた。
着地、そしてシュナは俺の前にしゃがみ込む。
「ボクなら、ノストラードの魔法を無力化できる。君の『力を削ぐ』っていう望みを叶えることができる」
──だから。シュナは俺が握りしめる『玄武玉』と、俺の両手を優しく包み込む。
「『四獣玉』を取り返す手伝いをして欲しい。ボク一人じゃ、成し遂げられない。でも君とならできる、そんな気がするんだ」
シュナの手は、やはり暖かかった。俺はその温もりと、目の前の優しい表情に思わず目を背けようとした……しかし俺の視界の端に映り込んだ光は、それを許さなかった。『玄武玉』から溢れ出る光が、まるで湯気のように立ち昇り……硝子のような音を立てて、消え去っていく。
「……お願い」
「……ははっ」
シュナに手を握られながら、弾けていく光を見ながら、俺はなぜか笑ってしまった。
「ははっ、ははははっ! すげぇな、すげぇよお前! こんな……こんな今日初めて会ったような、しかも泥棒に向かってここまで言うような奴だとは思ってなかった!」
俺はその小さな手を、更に上から強く握る。ぎゅっ、と。暖かさが更に強く、とろけるように頭の奥へ染み込んでいく。最初は違和感だったそれは、段々と心地よくなっていく。
「いいぜ、魔法使い」
ニヤリ、と。長らく上げていなかった口角を、親指でぐいっと押し上げる。
「今日から俺とお前は、共犯者だ」
その笑みはきっと、鏡で見れば笑ってしまうほど不格好で、悍ましくて、目を覆いたくなるほどのものだろう。
しかし、今の俺は笑っていた。心の底から、滾るような思いを携えて。
それはまるで、獲物を見つけた一匹狼のように。