「第十二話」手放し難いむず痒さ
屋敷内の警備は想像以上に脆弱だった。その代わりに落とし穴などのトラップが大量に仕掛けられてはいた……しかし、それは俺にとってはバレバレの手抜き工事の代物であり、寧ろ追いかけてくる追手を足止めしてくれる便利なものであった。
見張り同士の連携も、罠の配置も何もかも脆弱であり、拙い。場数を踏んでいない素人ならまだしも、数多の貴族に吠え面をかかせてきた俺にかかれば、こんなものは朝飯前である。
落とし穴を飛び越え、罠が仕掛けてある場所に見張りを誘導し、屋敷内を混乱に導く……最早見張りとしての役目を放棄したものもいれば、見当違いの人間を捕縛している者もいる。正直、自分に襲いかかってくる人間はほとんど居なかった。
しかし、今回の目的は屋敷の破壊でも個人の暗殺でもない。俺は殺すためではなく、たった一人の少女を助けるためにここに来たのだから。
故にこの混沌とした状況は不味い。下手をすれば……どさくさに紛れてシュナがまた別の場所に連れ去られてしまう。──そうなる前に、助け出さなければ。
「シュナー!」
声は即座にかき乱される。やはりこの状況で一人を見つけ出し、助けることは非常に難しいのではないか? 弱音が頭の中を巡る度に、俺はシュナの名を呼び続ける。気がつけば、俺はとてつもなく震えていた。何を怖がっている? 何をそんなに、怯えているんだ?
……ああ、そうか。
役に立たない、寧ろ足手まとい。ほとんど利益が無いような条件で協力関係を結んだ、世の中の何も知らないあの少女は、どうにも俺の手の中にあった物を大きく変えていったらしい。
何の思い入れもないアジトを、疲れたら帰ろうと思えるような場所に。
腹を満たせるならば何でも構わないという考えを、食べ物を美味しそうだと思えたり、今日は何を食べようかという拘りに。
そして、何よりも。
隣に誰かがいるという、どうにも手放し難いあのむず痒さを与えた。
「シュナぁあああああああ!」
叫ぶ、騒音を掻き消すほどの咆哮で。
くまなく探す、邪魔する見張りを蹴散らす。片っ端から扉を開け放ち、襲いかかってくる見張りを適当に殴り飛ばす。疲労が溜まる、段々と狂気が薄れていく……少しずつ、見張り同士の統制が取れてきている。
諦めるか、粘るか。
その選択肢が俺の脳を掠めかけた時だった。──開いたドアの向こう側。広い広い部屋の真ん中に、見慣れた少女が横たわっているのを。紛れもない、シュナの後ろ姿だった。




