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「第一話」魔法使いと盗賊

 入念な下調べの甲斐あってか、見張りに俺の存在を悟られることなく屋敷の中を忍ぶことができていた。


時には天井裏に張り付き、時にはそのまま廊下を突っ切り……強引な手段を使わずに済んでいるため、今のところは百点満点である。


──そう、今のところは。


 落ち着け、俺。


 自分で自分を戒めながら、俺は確実にそして迅速に目的地へと駒を進めていた。


 これは第一歩、母さんの命を奪った奴らへの復讐……その第一歩に過ぎないのだから。この一歩を踏み残ってしまえば、今まで積み重ねてきた努力が水の泡になってしまう。


そんなことは許されない、俺はアイツの喉笛を掻っ切るまで捕まるわけにはいかないのだから。


 曲がり角の向こう側。目的の品がある部屋の入口の周辺に、見張りはいない。

 俺はゆっくりと、音を立てないように部屋の中へと入っていく。


部屋の中は暗かったが、よく目を凝らせばどうってことのない程度である。月明かりを頼りに、俺は罠の仕掛けられた箇所を避けながら進んだ。──そして俺は遂に、御前へと辿り着いた。


 月夜に照らされ、その美しさは分かりやすく顕れている。亀にも似た神獣の黄金装飾が守るエメラルドの宝玉……これぞ、自分が追い求めていた『玄武玉』に他ならない。


 俺は、高揚する感情を抑えた。まだ何も終わっていないし、始まっていない。


 そう、これから始まるんだ。俺の復讐は、母さんを死に追いやった糞貴族への復讐だ! 思い出させてやる、こんな玉が無ければ並の魔法使いにも勝てないような弱小だという事実を。

そして味合わせてやるのだ……徐々に自分が弱くなっていく恐怖、落ちぶれていく自尊心、やがて自覚する個人の矮小さを!


「そしたら殺してやるんだ。俺が、この手で」


 口の端をぐにゃりと歪ませながら、俺は脳に焼き付くような夢へと手を伸ばし始めた。

苦しめ、気づけ……自分の力が、魔力が、その張りぼての権威が落ちぶれる事実に──。


「そこまでだよ! 悪党め!」


 幼い声、そして眩い。あまりにも眩い光に思わず目を覆った。

俺は慌てて懐にブツを突っ込み、外へと通じる窓の方向へと走った……しかし、視界を奪われたこと、突然の環境の変化などの要因は決して簡単に踏み倒せるものではなかった。


「っ!?」


 踏みしめた床が沈み、違和感を覚えたと同時に俺は縛られた。

魔法によるものか、それとも拘束ワイヤーのようなものか……どちらにせよ俺は体勢を崩し、顔面から床に突っ込んでいった。鼻っ柱に猛烈な痛みが走るが、それどころではない。


「っ……くそっ、くそっ! ぬぅぅああああああっ!」

「こら! 暴れるな!」


 見るとそこには、華奢な足があった。

更に見上げると腰に手を当てた黒髪の少女が、得意げな顔でこちらを見下ろしている。


「それ以上ジタバタしても無駄だよ! ボクの作った魔縄なんだ、君みたいな子供にはどうにもできるワケがないのさ!」

「この縄を解け! くそっ、ただじゃおかねぇからなチビ!」

「ちっ……!?」


 少女の詰まったような声。

ジタバタと暴れる俺が仰向けになった直後、突然腹部あたりに重い衝撃……いいや、勢いよく少女が飛び乗ってきたのだ。


「がはぁっ!?」

「チビじゃなーい! 何だよその口の悪さは! じいちゃ……里長にもそんなひどいこと言われたこと無いんだぞ!? もっとボクのメンタルを気遣え! 僕はすごいんだぞー!?」

「ごほっ……やめ、ちょ……ァァ」

「大体ボクはチビじゃない! 最近背が伸びたし何なら今のボクは成長期……ってあれ? あっ、ごめん!」


 酸欠により死を彷徨いかけていた俺に気づき、少女は俺の上から慌てて立ち上がった。

どうやら悪気はなかったらしく、指先をちょんちょんしながら俺の方を申し訳無さそうに見ている。


「……」


 なんだ、こいつ。素直にそう思った。


 不意打ちとはいえ、俺に気配を晒すこと無く確実に捕まえてきた。

縄の感触と本人の発言から察するに、このロープは確かに魔縄である。しかもとびきり強力な、そんじょそこらの魔法使いでは束になっても作れないようなレベルの代物だ。


 なのに、何だこの風体は。


 精神の幼さ、感情の起伏の激しさ……何より盗人である俺に対し大した危害も加えず、悪ふざけレベルの攻撃も、俺が抵抗すればあっさりとやめてしまう。あろうことか、謝ってさえきた。


「ごめんね、痛かった? 傷つけるつもりはなかったんだ……許してくれる?」


 段々と怒りが煮えてきた。

こんな大した目的も信念も無さそうな子供、しかも女に、俺の復讐は踏み潰されるのか? あんなに準備したのに、あんなに毎日毎日その瞬間を思い描いたのに……こんなに、あっけなく終わってしまうのか?


「……何が目的なんだよ、お前」

「あなたの持ってるお宝だよ」

「は?」


 意味が、分からない。

 思考の硬直を振り解き、俺は問い詰める。


「……金目当てなら、この部屋にも他にあるだろ」

「違うよ、君みたいにお金が欲しいワケじゃないんだ」


 そう言うと、少女は俺の懐に手を突っ込んだ。どうにかして振り解こうとするが、両手の自由を奪われた状態では、為す術なく宝玉を奪い返される他に無かった。


「あっ、返せ!」

「返せも何も、これは元々君のものでも、この屋敷の主のものでもないよ」

「はぁ!? 何言って……」

「この『玄武玉』も、他の三つの宝玉も、みんなボクの故郷のものだったんだ! これが無くなったせいで水も緑も、あそこから無くなっちゃったんだよ!?」


 唐突に発せられた、奇声にも似た叫び。

 俺には分かる、あれが心の底からの怒りであり、嘆きであり、訴えだということを。


 少女は暫く俺を睨んだ後に、ハッとしたような顔をした。どうやら我に返ったらしく、眼をガチガチに泳がせた後に、張っていた肩を落とした。


「ごめん、君には関係ない話だよね」


 少女は溜め息をつき、その後に天井を見た。その次に『玄武玉』を懐にしまったのちに、俺の目の前にしゃがみ込んだ。


「自己紹介がまだだったね、ボクはシュナ。君の名前は?」

「答えてほしけりゃ、俺の縄を解いてくれ。頼む、俺はこんなところで捕まるわけにはいかないんだ」

「それは、できないかな。それだとボク、ガルベルさんとの約束を破ることになっちゃうし」

「──なんて?」

「約束したんだよ、この屋敷の主のガルベルさんと。『もしも泥棒を捕まえることができたら、この屋敷の中の好きな宝を一つだけ与える』って」


 脳内に、雷鳴が迸ったような錯覚を覚えた。そうか、そういうことか! それなら赤の他人のこいつが、わざわざ俺を捕まえようとするのにも納得がいく! だが、それじゃあこいつは──。


「……お前、騙されてるぞ」

「えっ?」


 シュナと名乗る少女は、純粋な表情のまま驚きを見せた。本気で信じているのであろう、あの人間のクズに忠誠を誓った、クズの垢を舐めるクズ以下の武人もどきを。


「ガルベルって言ったな? いいかよく聞け、そいつは表向きこそ模範的な武人だがな……裏ではギロチン刑をワイン飲んで眺めてるようなクソ野郎だ。欲しいものは力で奪う。酷い時には、気に入った女一人手に入れるために一家全員を皆殺しにするような奴でもあるんだぞ」


 若干の恨み節を込めたためか、シュナの顔は深刻さを真に受けていた。別に単なる親切な訳では無い、このまま錯乱して俺の縄を解いてくれれば……あとは『玄武玉』を力づくで取り戻して逃げればいい。


 迷いを隠せないシュナは、苛立ったように俺に言い放つ。


「君だって、泥棒じゃないか」

「──いいや、違うね」


 じゃあ、何? そう聞いてくるシュナに、俺はやさぐれた顔で一言……くだらない回答を投げつけようとした。──その時だった。廊下の奥から、神経がざわつくような足音が聞こえてきたのは。


 厳かに角ばった肉体、ブロンズの髪色を後方にかきあげたそれは、まるで獅子のような印象である。──最も、このガルベルという男にはそんな格好のついたイメージが似合わないということも、俺は知っている。


「捕まえたようだな、ご苦労」


 そう言って部屋に入ってきたガルベルを見て、俺の中の復讐心は限りなく煮え滾っていた。

殺せ、殺せ……縄で縛られていなければ、今頃俺の拳は奴の脳髄をぶちまけている頃だろう。それほど、俺の心と体は等しくガルベル、そしてその向こう側にいる男の『死』を渇望していた。


「貴様か、我が屋敷に忍び込んだ薄汚いネズミというのは……」


 俺に近づいてくるガルベル。いいぞ、もっと近づいてこい。その喉笛に噛み付いてやる。──シュナが、立ちふさがる。その足は震えていた。


「……何のつもりだ」

「言われた通り泥棒を捕まえたんだ。ボクとの約束、守ってくれるよね?」


 ガルベルは眉を顰めた。シュナはあとずさりしながらも、決してガルベルから目を逸らさない……いいや、正確には俺の前から退かない。なんとなく分かっているのだろうか、自分がここを退けば何が起こるのかを。


「ふ、ふふ」


 ガルベルは暫くシュナを睨んでいたが、不意にそっと瞼を閉じた。


「フハハハははははははははっっっっっ!」


 そして、寒気がするほど奇妙な笑い声を響かせはじめた。笑っているというよりは、狂っているようにも思える。シュナは困惑していた、何故笑っているのか……どういう意味なのか? それが、全く分からなかったのだ。


 俺には、分かる。

 ガルベルは怯えるシュナを、笑いながら見ていた。


「黒髪の魔法使いは賢いと聞いていたのだがな、いやはや腕は立っても頭は回らないようだ」


 いいや、嘲笑いながら見下していたのだ。


「そんな約束、私が守る道理も義理もないということが……こんな簡単なことも分からないとは!」

「何を、言ってるの……? ただの嘘つきじゃないか!」

「黙れ」


 小さく、しかし恐ろしく鋭い拳。それがシュナの華奢な体に叩き込まれ、いとも容易く吹っ飛んでいく。武人のやることではない、いいや、人間として疑問を抱かざるを得ないような所業。


「くっ……ああっ」

「私への侮辱は死に値する。その軟弱な肉体をじわじわといたぶり、最後には火炙りにしてやる。──ネズミより先に、お前を殺す」


 目尻に涙を浮かべるシュナに、容赦なく近づいてくるガルベル。逃げられるはずもない、ガルベルは今……怒りという感情のせいで、シュナしか見えていなかったのだ。


 チャンスだ、と。俺は自分を素通りするガルベルを見て思った。

この魔縄は確かに強力だが、縄であることには変わりない……少しずつだが緩んできた、ガルベルがシュナに夢中になっている間に逃げ出すことは容易いだろう。


 ガルベルが、シュナに近づく。

 彼女は抵抗しようとしているのか、手をガルベルの方に伸ばしていた。あれだけの負傷だ……まだまだ魔法なんて出せないだろうに。


「……げて」


 だが、その予想はすぐに断ち切られた。

 俺を縛る、固く練り込まれた魔縄と共に。


「……は?」


 疑問、海よりも深く空よりも高い疑問。

 何故? という言葉が何度も頭を巡る。


 会ったばかりのはずだ、最悪の出会いのはずだ。守る義理どころか理由も存在しない、自分の命が今まさに危険に晒されているというのに……俺に、逃げろと?


「まずは、その生意気な口元を挽き肉にしてやろう」


 振り上げられた拳、ガルベルはシュナを見ている。しかし彼女は……その向こう側にいる俺を見ていた。


 笑って、今にも泣きそうな顔で。


 ──ああ、と。俺は俺の中で渦巻くそれを、止める術を持っていないことを思い出した。

 そんなことを許せないから、同じ目に合わせてやりたいと怒り嘆いたから……俺は、この道を進んだんだ。


 だから俺は振り下ろされる拳より疾く強く、そして大義を握りしめた鉄拳を叩き込んだ。


「がはっ……!?」

「隙を見て逃げようと思ってたんだがな、俺としたことが忘れ物をしちまってたみたいだ」


 ガルベルはそのまま壁に叩きつけられ、血反吐を撒き散らす。しかし気を失ってはおらず、突然介入してきた俺のことを睨んでいた。暫くは、立ち上がれないだろう。


「……お前は、何者だ……?」

「俺か? 俺はなぁ」


 放り出された『玄武玉』を拾い、気を失ったシュナを抱きかかえた俺は、見下すように……楽しむようにたっぷりと余韻を残しながら、こう名乗った。


「俺は、クリス。いつかお前の御主人様の喉笛に噛み付く、一匹狼だよ」


 そう言って、俺は駆け足で廊下に躍り出る。これほどの騒ぎになっているのに見張りが来ないということは、きっとガルベルが俺にやられたことを察したのだろう。やれやれ、奴も悲しい一匹狼だったわけだ。


「……くり、す……」


 名前を呼ばれて、俺はドキッとする。それよりも生きていたことへの安堵とか年頃のアレコレとか、そういうものも色々と一気に来た。


「ありがとう……」


 何を言われるんだろう。この期に及んで疑り深い気持ちでいた自分が、馬鹿馬鹿しく思えた。


「……寝てろって、痛いだろ?」


 小さく頷くシュナは、安心しきった様子で俺にすべてを預けていた。初対面の、しかも泥棒の俺なんかに。──寝顔はとても穏やかだった。


「……」


 一匹狼は、卒業なのかもしれない。仄かに笑みを浮かべていることに若干の自己嫌悪を交えながら、俺は屋敷の外へ脱出し、森の中を走り去った。














この後6時半にも追加投稿予定です

良ければご覧ください

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嗜虐心に正直で子供にも容赦なく、攻めに強くて守りはガタガタな小物っぽさが拭えないガルベル、早くも撃沈。 そして少年シュナと冷徹になりきれない復讐鬼の奇縁はどうなるなら……。
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