第4話 採用
ここから主人公視点での1人称になります。
特殊計算装置技術者の山田女史から実験部への転職について依頼を受けた俺は、願ってもないことと、X-71から事務所に戻るなり、さっそく実験部人事課の課長を務める同期にメールを送った。すると、ものの5分もかからず返事が返って来た。いくら超空間通信は無時間で通信可能といっても一般通信では中央とここでは多くの中継点を経ているので無時間ということはない。異常ともいえる人事課の対応の速さだ。
返事の内容は、即採用。しかも彼女は俺のもとでX-71専任の技術大尉となるようだ。
俺から見れば結果オーライだからいいようなものだが、いったい人事はどうなっているのか謎だ。まあ、山田女史がいくら外部の技術者といっても、機密の塊のような実験艦の内部で艦の中枢である中央演算装置絡みの作業することが許された人間であることからして、人物的には調べ上げられているはずだ。なので採用にはなにも問題ないのだろう。
人事から送られてきたメールの最初の添付ファイルには彼女の略歴が記されていた。俺はその略歴を読んで正直驚いてしまった。
氏名:山田裕子。年齢29歳
05年、皇国第1数理大学主席卒業
07年、同大学大学院博士課程修了、理学博士、工学博士。専門は、数理学、数理工学。
07年、皇国中央研究所演算装置開発部部長、新型演算装置の開発に携わる。のち研究員に降格。
11年、皇国中央研究所退職
11年、皇国演算株式会社技術部第2課長
部長から研究員に降格という一文が気にはなるが、こんなのが俺の下で働くのか? いや、こんなハイスペック女史の上で俺が働けるのか?
とはいえ、彼女が実験部に採用され、俺の下に配属されるのは事実だ。次の添付ファイルは、彼女へ俺が渡すべき採用辞令で、最後の添付ファイルは彼女のIDカードを作成するためのデータファイルだった。
俺の実質副官を務める吉田・エミリア・涼子少尉に言って辞令をプリントアウトさせ、専用のカードライターでIDカードを作らせた。
なぜ、吉田少尉が実質副官なのかというと、このURASIMAにいる実験部の人員が俺と彼女の二名だけのため副官的な仕事もさせているからだ。そういったわけで、山田大尉は俺に次ぐナンバーツーになるが、あまり意味がないわけだ。
専用用紙にプリントアウトした辞令を見た吉田少尉が、俺に聞いてきた。
「この方がうちに来るんですか?」
「明日からな」
「山田裕子さんって、ここに何度か来たことがある皇国演算の人じゃ?」
「よく覚えてたな。その通りだ。帝国演算を辞めてうちに転職することになった」
「そうなんだ」
「明日からよろしく頼む」
「はい」
吉田少尉が作業しているあいだに、俺の方は、明日の朝、実験部事務所に来るよう彼女にメールをいれておいた。事務所といっても建屋があるわけではなく適当にURASIMA内の一区画に数部屋が割り振られているだけだが、彼女も何度か打ち合わせのためにここにやってきたことがあるので、間違いはないだろう。
翌朝。
事務所に山田女史が指定時刻のきっかり5分前に現れた。
あまり上等とはいえない官給品の応接セットに向かい合って座り、軽く挨拶をしながら、
「おはようございます。
それで、昨日の今日というか本当は昨日の昨日なんですが、人事から山田さんの採用通知が届きました。連絡して5分もしていないのに返信があったことにも驚きですが、すでに、採用辞令、IDカード用のデータなども用意してあったらしく、すぐにこちらで揃えることができました。それじゃあ、形式だけですが」
俺はそう言ってソファーから立ち上がり、同じく立ち上がった山田女史に向かって、
「『山田裕子、貴殿を航宙軍実験部技術大尉として採用する。配属先はSS-72、実験部URASIMA事務所とする。当面実験艦X-71の専任とする』
こういった辞令です。よろしいですか?」
そう言って山田女史に辞令とIDカードを手渡した。
「はい。ありがたく拝命します」
「そうですか? それで、明日からX-71は性能試験を始める予定ですがどうします?」
「どうとは? とうぜん同行いたします」
「それはそうですよね。
おーい、吉田少尉、ちょっとこっちに来てくれ」
「はーい。今いきまーす」
「涼子、ここは実験部といってもれっきとした軍隊なんだぞ。『はーい』も『いきまーす』もないだろ」
「それを言うなら、『涼子』はないでしょう」
吉田少尉が湯呑を二つ乗せたお盆を持って現れた。緑茶の入った湯呑を山田新大尉と俺の前のテーブルに置いたところで、
「昨日も言った山田技術大尉だ。今日から俺の下で勤務する」
山田大尉が、吉田少尉に向き直り、
「山田技術大尉です。よろしくお願いします」
そう言って敬礼した。その敬礼に吉田が慌てて答礼した。さっきまで素人だったとは思えない山田大尉の見事な敬礼に俺まで驚いた。
「吉田少尉です。こちらこそよろしくお願いします」
「それで、山田大尉は、明日のX-71の性能試験にも同行する。準備もあるだろうから面倒みてやってくれ」
「了解しました」
「それでは山田大尉の部屋はこの事務所の隣に用意しています。
デスクやその他の備品、個人用携帯端末なども用意しています。もし足らないものがあればおっしゃってください」
「ありがとうございます」
「『ございます』じゃなくて、『ありがとう』だけでいいです。私もそうでしたが、仕事を含めて適当にやっていてもここでは叱るような人はいませんから大丈夫です」
「こら! 適当はないだろ!
俺は、ちょっと出かけてくるから、あとはよろしくな」
二人の話を聞いていても仕方がないので、散歩に出ることにした。後ろの方で吉田少尉が山田大尉に説明する声が聞こえてきた。
「明日の性能試験に同行されるということですので、まず実験艦乗艦時の注意事項を説明します。そのあと、軍服や艦内用戦闘服などを作るため採寸しますので、……、山田大尉、ごりっぱですねー、……」
人工惑星URASIMAでは回転するシリンダーの内側に施設を作ることで1Gの重力加速度を常に得ているわけだが、散歩は奨励されており、手の空いている者は俺のように通路を歩いている者やジョギングしている者が多い。
ぶらぶら歩いていたら航宙軍の駐留艦隊が管轄する区画まで来てしまった。見知った連中もそれなりに多いので軽く敬礼しながら歩いている。
ここ竜宮星系には、軽巡洋艦1、駆逐艦6、補給艦1の実戦部隊とこの部隊を支援する支援要員からなる第44艦隊がこのURASIMAに司令部を置いていて駐留している。第44艦隊の司令官は数カ月前に前任者と交代した瓜田少将。これまで数度このURASIMA内で見かけたことはあるがお互いに面識があるわけではない。噂では俺と違って几帳面で頭は相当キレる人物らしい。ここでの勤務を1年も無事に勤め上げれば中央での昇進が約束されているとも聞いている。
【補足説明】
艦内用戦闘服:
ヘルメットを被ればいわゆる宇宙服だが、その状態での内部気圧は1気圧に保たれているため一般の宇宙服と異なり減圧などの着用前の予備作業が不要である。外部が真空状態となった場合、1平方センチ当たり1キロの膨張圧力がかかるが戦闘服は膨らむことはなく、内蔵されたパワーアシスト機能により着用者の動きに支障は出ない。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、村田某、吉田某などの苗字は、拙作『異世界で魔王と呼ばれた男が帰って来た!』https://ncode.syosetu.com/n0154gb/ の登場人物の子孫のような脳内設定にしています。