第13話 予備役編入
皇宮にもほど近い皇都中心部にある屋敷に戻った俺たちは、旅の疲れといったものは特になかったが、各々風呂に入ってさっぱりしたあと、三人そろって居間で寛いでいた。
「艦長、今さらですが大きなお屋敷ですね。お風呂も広いし、湯船もゆったり大きかったし」
涼子と一緒に風呂に入った山田大尉も頷いている。
「おまえのところも立派な屋敷だったと思うが。風呂だってそれなりのものが備えてあるだろう?」
「いえいえ、うちのお風呂なんかよりここのお風呂のほうがよほど立派です。それに、これほどのお屋敷を皇都の一等地に持つ者は皇国12家の中でも村田家と格式の一段高い北条家くらいじゃないですか?」
「そんなものか?」
「艦長のところ以外、うちも含めて台所にそれほど余裕がないようですよ」
「他家のことなど今まで気にしたことなどなかったが、これからはそうもいかなくなりそうだな。怖いぐらいにワンセブンの言う通りに事態が進展していくが、村田家のことも含めてこれからもワンセブンに乗っかっていけば間違いはないだろう。さっき確認したら俺の流動資産もここ数日で5割は増えている」
「艦長の流動資産が5割増えるって、それってものすごい金額ですよね」
「そうだな。考えられないような金額だ」
内輪の話しばかりしているわけにもいかないので、先ほどから黙ってわれわれの会話を聞いていた山田大尉にも話を振ってみた。
「そういえば、山田大尉は皇都出身だったか?」
「はい、はずれですが、皇都の出身です。すでに両親も他界しており係累はいません」
「立ち入ったことを聞いても仕方ないな」
「いえ、かまいません。私が学生時代、二人とも事故で亡くなりました。その関係で両親の遺した遺産の他、事故の補償などもいただき、何不自由ない学生生活を送ることが出来ました」
山田大尉が、自分の過去を少し語ったところで、筆頭執事の代田が銀色のトレイに二つ折りにした紙きれを乗せて居間に入って来た。
「旦那さま、航宙軍本部よりメールが届いておりました」
「代田、ありがとう。どれどれ」
受け取った紙には、
『発:航宙軍本部 宛:実験部、村田秀樹中佐
3日後、10:00に航宙軍本部に出頭されたし。なお先の命令番号、SO:XXXX-XXXXXXXXは破棄する。
命令番号、AO:XXXX-XXXXXXXX』
分類記号がAO、結局出頭命令になったか。
その日の晩餐は、軍隊生活では味わえないような食事を二人にふるまってやることが出来た。うちの料理人はここ何年も主が不在だった関係で、わざわざ冷凍しても味の落ちない料理やレトルト化できる料理を研究して出来上がったものを俺の任地に送ってくれたりしていたが、今日は腕の見せ所と頑張ってくれたようだ。
お腹をパンパンにした吉田は早々にあてがった部屋に引っ込んだので、食後のお茶を楽しみながら、山田大尉と少し話をした。
「山田大尉、これから先どうなると思う?」
われながら漠然とした話だ。
「村田中佐、いえ、村田秀樹さん、あなたは、人類宇宙の中でワンセブンが選んだただ一人の人物です。はじめ、ワンセブンは皇国の滅亡を回避し、自分と私を守るため行動を起こしたのは事実ですが、今では、その先の可能性に賭けて行動しています。ワンセブンの賭けは、99パーセント勝てる賭けです。安心してください」
「ありがとう。俺も心配はしていなかったが、踏ん切りがついたよ。俺たちの未来のためにも頑張ろう」
第三者が聞けば相当変な言い回しではあるが、俺自身そういった気持になっていたことは事実である。
軍から指定された3日後の午前、指定時刻である10時の10分前に、航宙軍本部の入る巨大な円柱、『鷹ノ巣』の玄関に到着した。待っていた武官に案内され受付で手続きを済ませた。当然だがここには吉田少尉も山田大尉も連れず俺一人で訪れている。
指定された部屋はいわゆる軍法会議を行う会議室だった。正面に金星を襟に付けた連中が一段高い場所に左右に3人ずつ、真ん中に一人。7人の将官が偉そうに座っていた。真ん中のおっさんが航宙軍大将で航宙軍副本部長の北条大将、北条家の現当主だ。
北条家は竜宮駐留艦隊の瓜田少将の本家筋に当たる。戦わずに撤退を決めた瓜田少将は皇国国民からかなり批判されているようだ。いくら戦術的に撤退が正しいと言っても、敵に一太刀も浴びせることなく開拓民を見捨てたとあっては航宙軍の評判まで道連れにしたわけなので、処分は譴責程度では済まないだろう。
もちろん、主筋の北条家にも何らかの影響が出ることは間違いない。一番悪いのは航宙軍本部が指示、命令を出すことをためらい、責任を現場に押し付けたことだと思うが、結局は俺の目の前にいる連中が仕込んだことだろうし、瓜田少将にはご愁傷さまと言うほかはない。
お偉いさんの正面に机も何もない椅子が1つだけ置いてありそこに座るよう言われたので、腰かけて次に何が起こるのかを待っていたら、正面の北条大将が、
「わざわざ、竜宮の英雄をお呼びしてすまなかったな」
と、のたまった。
特に返事をすることもなかろう。
「ずいぶん、派手なことを竜宮星系でやったようだが、気分はどうだ?」
「いつも通りです」
「そうかね。君のおかげで、われわれは、毎日が針の筵だ。メディアなどを使って妙な運動をしている君に対して、われわれはもちろんだが艦隊の連中にも反発する者がはかなり多い」
「メディアを使う? 記憶にございませんな。それに、よろしいじゃありませんか。開拓民が蹂躙されることを考えれば、皇国民の血税から俸給をいただいている軍人が弾の来ない場所の針の筵に座るだけで済むものならお安いものでしょう。航宙軍内部のことは私があずかり知らぬことですから勝手に反発するならどうぞとしか言えませんな」
俺の物言いにたまりかねたか、北条大将の隣りに座ったなんとか中将が赤い顔をして俺を睨みつけ、「『軍人としての義務を果たすことができたことに満足しています』だと、……」
赤い顔のなんとか中将は、その隣のなんとか中将にそれ以上を続けることを止められていた。
この程度のことで顔が赤くなるようでは、とても軍務は務まらないと俺でも思う。
「それで、お歴々が集まって私にどういったご用件でしょうか?」
「端的に言おう。きみは組織には向かない男だ。航宙軍を辞めてもらいたい」
「ほう。何ら任務に瑕疵のないわたしをクビにすると?」
「ただで辞めろとは言っていない。一階級進級した上での名誉の退役だ」
「ご存じだと思いますが、わたしはこれでも、皇国12家の1つ村田家の当主ですよ?」
「承知している。条件を言いたまえ」
「それではお言葉に甘えて、……」
取引を終えた俺は、その二日後、めでたく予備役に編入された。同時に吉田少尉、山田大尉も退役し予備役に編入された。二人とも先の竜宮での活躍が評価されたという建前で1階級昇進してからの退役だ。おのおの吉田退役中尉、山田退役少佐ということになる。
取引の結果、X-71については、計画を無理やり推進していた本人が退役した以上、実験艦としては宙に浮いた格好になるわけで、武装を取り外したうえで、スクラップ価格で購入することが出来た。運が良ければ、何かの行き違いで工廠で武装を外し忘れることも可能性としては存在する。
さらになぜか当面は艦隊を駐留させない方針となったURASIMAについてもスクラップ価格で購入できた。
着々と計画は進展していく。
俺は健康を損ね軍務継続が困難になり、これまでの功により1階級昇進し大佐として退役した。と、航宙軍を通じてメディアに発表された。竜宮の英雄の引退を惜しむ声が方々から上がったそうだが、健康を理由の退役ではやむなしということで、その声もやがて収まったと聞く。
筆頭執事の代田:
『法蔵院麗華~無敵のお嬢さま~』https://ncode.syosetu.com/n4131fy/ よりとってきました。