選択 1
あれから2週間が経ち、次のアプローチのために、必死で作戦を練ってきた。
今日はそのお披露目になるわけである。
車で現地まで来てくれた2人は、いくつかの書類を抱えて車から降りる。
おそらく以前の案内をしたときに渡した書類だろう。
今日案内する予定の物件情報について、詳しく説明したものになっていた。
山のふもとにある三角屋根の家を示し、つられて2人同時にその家を眺めた。
「お越しいただき、ありがとうございました。今回ご紹介させていただくのは、こちらのお宅です」
少し見上げるような姿勢の2人に、言葉を続けた。
「奥様の好きな、お花に関する趣味をお持ちのオーナーさんです。多趣味な方で、老後のセカンドライフを楽しみたいという願いの詰まったお家になります」
自分の案内に2人で相槌を打つように、何度か頷いた。
話の途中で、家の中から一人の女性が現れる。
「こんにちは~」
ベージュのTシャツに、動きやすそうなネイビーのパンツを合わせた、カジュアルなスタイルの女性。
「こちら、オーナーの和田さんです。3年前に当社で建築されました。当時は、現在の支店長が営業担当を務めておりました」
ペコリと軽くお辞儀をした和田さんは、にっこりと歯を見せて笑う。
「ささ、立ち話もなんだから、中に入って入って!」
和田さんの案内通りに、ゆっくりと玄関に向かっていった。
玄関わきには、犬小屋があり、中には柴犬だろうか、少々大きい犬が吠えながら近寄ってきた。
「あ~!ほらほら!お客さんだから、吠えない!」
和田さんが、必死になだめようとするが、なかなか落ち着かない。
相変わらず不愛想なご主人を横に、奥さんは犬に近づいて挨拶をした。
「こんにちは。なんてお名前なんですか?」
「空よ!元気でしょう?」
「とても元気でかわいいですね。人懐っこくて、お散歩が楽しくなりますね」
「そうね!楽しいわね!まあ、でも誰にでも近づいていくから、全然前に進まなくて大変よ~」
和田さんとも笑顔を交わし、なんともほほえましい光景であった。
「奥様は、動物お好きなんですか?」
思わず自分から話しかける。
「ええ、とても。昔飼っていたから、それ以来すごく好きなんです」
どこか優しい雰囲気の理由は、こういうことか、となんだか納得してしまった。
玄関に入ると、毎日使っていることがよくわかるくらい、土が付いたスコップやバケツ、ガーデニング用の栄養剤などが乱雑に置かれていた。
「ごめんね、汚くて。これでもきれいにしたんだけど・・・」
「そんなことないですよ。より普段の様子が見れて、参考になります」
ご主人が、少しはにかみながら答えた。
「あら、ありがとう」
気分を良くした和田さんは、家の中へ招き入れた。
リビングは少々狭いものの、広めのオープンキッチンに、パントリーが付いている。
食品を買いだめするのに良いようだ。
キッチンから見える景色は最高で、庭と花々を一望できる。
「キッチンは本当に力を入れていたの。何といっても、花を見る時間が欲しかったから」
少し遠い目をしながら、和田さんは言った。
「今はね、アジサイがきれいに咲くの。ほら見て」
キッチンからリビングを越して、きれいに咲くアジサイを眺めた。
「とてもきれいですね」
奥さんが口を開くと、和田さんも嬉しそうに でしょ?と続けた。
2階には裁縫ができるようなちょっとした小部屋と、寝室があり、1部屋だけ荷物が乱雑に置かれた部屋がある。
「ここはね、息子の部屋。もう結婚して、家を出ていったけど、机とか処分するのも面倒で・・・」
納戸と化したその部屋には、ベッドや机、教科書など、時が止まっているかのように置いてある。
「それに、懐かしいのよね。この部屋。帰ってくる場所を作っておきたいっていうのもあるのよ」
優しく、悲しげに、まるで言葉を紡いでいくかのように、和田さんは丁寧に話をしてくれた。