居場所 3
「お邪魔しました」
玄関で中村さんに挨拶をして、お礼の品を手渡す。
「また、お願いします!」
明るく挨拶をすると、中村さんもすかさず言った。
「当たり前じゃない!仕事頑張ってね!」
気さくな中村さんの笑顔に後押しされて、駐車場で待つ2人の元へ向かう。
「いかがでしたか。ご参考になりましたか」
「とてもすてきなお家でした!子供部屋も可愛かったし、書斎もいいですね」
口元を緩めながら、彼女は楽しそうに話をしてくれた。
「・・・ご主人はどうでしたか?」
「そうですね。とても素晴らしい家だと思いましたよ。よく、工夫されていて、ご家庭にフィットしているように感じました」
「それは何よりでした。打ち合わせも非常に丁寧に行いましたから、喜んでいただけて私も嬉しいんです」
「ただ・・・」
書類を差し出そうとした自分を遮るように、ご主人が口を開いた。
「家づくりは時間を掛けたいので、他のメーカーさんともお話をしたいんです」
そんなスムーズに話は進まないものだとは長い営業経験から熟知していた。
「もちろん、そうですよね。ちなみに今は他のメーカーさんとどのようなお話をされているのでしょうか?」
少々突っ込んだ質問を投げかけ、ご主人は渋々口を開いた。
「他に2社ほど話をしています。どちらのメーカーとも、今居住中の住宅を見せていただけることになっています」
「なるほど・・・」
少し重くなった雰囲気に、彼女が口を開いた。
「体力的にも大変なので、今見ている3つのメーカーさん以外には考えていないんですよ。だから、時間を頂いて、絞っていきたいんです」
「そうですよね。打ち合わせもあって、これから大変だと思うんです。私もたくさんのお客様を見てきて思いますが、やはり3社くらいから選ばれるのが体力的にも、精神的にもベストだと思います」
そこで、カバンから書類を出しながら、話を続けた。
「実はもう一つ、広瀬さんに見ていただきたいお家があります。奥様、お花を使った趣味がありましたよね」
そう、展示場に来た時、彼女はお花を使った趣味があると言っていた。
案外ズボラな性格で、時間を掛けた趣味は続かなかったが、簡単にできるハーバリウムに没頭できたと言う。
「同じ趣味をお持ちの方がいらっしゃるんです。その方は、セカンドハウスとして今の家にお住まいなので、自分の時間をゆったりと過ごしている方です。広瀬さんも、長く住み続ける家になるわけですので、時間が経って見えてくる景色を見ていただければと思っています」
「わかりました。片桐さんがおススメしてくださる家ですので、きっと素敵な家なのでしょう」
ご主人がしっかりと頷き、隣の彼女がすかさず言った。
「楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました」
お見送りをした後、車に乗り込み、伸びをする。
「くあ~~!疲れた~~~」
1時間程度の時間なのだが、この手の案内は本当に疲れる。
会社に戻ると、午後の2時。
次の打ち合わせも軽く済ませて、6時の終業時間を過ぎ、荷物をまとめているところに厄介な部下からの声が聞こえた。
「ちょちょ!課長!なに帰ろうとしてるんすか?!」
有川だった。
「なんだ?今日は早く帰らないといけないんだよ」
「なんですか?!俺、今日女の子と飲むんですよ!行きませんか?」
「行かないよ!有川一人で行って来いよ!」
結婚してからというもの、決して女の子のいる飲み会には行かないと決めていた。
というより、家庭の幸せを知ってしまったから、行くことにメリットを感じなくなっている。
「そうすか~~~。残念ですね。CAもいて、楽しくなるのに・・・」
「いかない!さっさと一人で行ってこい!」
「一人じゃないっすけどね~~~」
ちらりと近くの同僚を見た。どうやら、何人かでどんちゃん騒ぎをするのだろう。
「じゃあ、俺は帰るからな!」
「はーい、お疲れさまでした~」
有川の声を背中に感じながら、家へと車を走らせた。