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仮 3月の冷たい雨  作者: 春咲桜
11/25

1年後

木々が緑に色づき始めた5月。

広瀬さんが建築をすると決めた時からちょうど1年が経った。


あれから打ち合わせを何度も繰り返した。

途中、壁紙を変えたり、スケジュールの調整が入ったりとあわただしくなったものの、ようやくこの日を迎えることができたのだ。


そう、今日は引き渡しの日となる。

「本日はお越しいただきまして、ありがとうございました」

引き渡しは、儀式のようにしっかりと行うのが、うちの会社のルールとなっている。

いつもとは少し違った緊張した空気の中、軽くお辞儀をした。


「こちらこそ、長い間お世話になりました」

ご主人は、丁寧に頭を下げた。

その横で、奥さんも小さな頭を下げてくれる。


この家のテーマは“素材感”だった。

床はしっかりと天然木を使用し、外には花を楽しめる庭。

もちろんキッチンから、リビング越しに庭が見える間取りづくりにしたため、料理をしながらも景色を楽しむことができる。


そして、2階には子供部屋を作った。

奥さんが壁紙を何度も悩みながら決め、海外から輸入した可愛いデザインに決めたのは建築している最中だった。それゆえスケジュールも何度も見直すことになった。

今は納戸として使っているが、いつかは子供部屋に・・・という奥さんの要望がひしひしと伝わる部屋となっている。


「とても素敵な家になりましたね」

鍵を渡しながら、2人の顔を交互に見た。


「はい、おかげさまで。片桐さんのおかげです。もしよかったら、いつでも遊びに来てください」

ご主人は、初めのころの不愛想な雰囲気とは違って、とても優しく、温かく接してくれるようになっていた。


「あの、こちら、建築途中の写真を収めたアルバムです。よかったら、見てください」

カバンから取り出したアルバムをご主人に渡すと、2人で写真を見ながら、笑顔を交わした。



「あの、これ、よかったら・・・」


奥さんが、小さな小瓶に入ったハーバリウムをくれた。

中にはピンクのバラが入っている。


「ピンクのバラの花言葉は感謝なんですよ。よかったら、飾ってください」


優しい奥さんの言葉に、元気をもらいながら、会社へ車を走らせた。

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