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仮 3月の冷たい雨  作者: 春咲桜
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出会い

どんなに辛いとわかっていても、それでも人は幸せを求めてひた走る。


3月の冷たい雨が、頬を伝って服を濡らす。

これは自分の体から流れ出る悲しみの水分か、嬉しさの水分か。

それかただの、冷たい雨なのか。

ただただ感情に身を任せて、その場に小さくなった。


片桐俊。32歳。

住宅営業を始めて、10年を迎えるが、いまだに営業は何が正解なのかわからずにいる。

特別成績が良いわけでもないが、その真面目で信頼できる性格からか、安定した受注が取れるようになり、課長に任命されたのはここ最近の出来事で一番うれしかったことである。


「暇っすね~」

最近異動してきたばかりの有川は、忙しい支店から異動してきたせいか、暇な状況にまだ慣れないようだ。

「平日だから、しょうがないよ」

まだ若い有川のモチベーションを下げてはいけないと、少しなりとも気を使いながら返事をする。

とはいえ、数字に追われている身として、この状況を放っておくわけにはいかない。


「ちょっと外出てくるわ」

仕事場は、住宅展示場の中にあり、お客さんが来ればすぐに接客することになるのだが、お客さんが来なければ、自分で探しに外へ出る。


大きくて豪華な家々が立ち並ぶ間の道を歩く人は疎らで、暇そうな爺さんや、犬の散歩を優雅にしているマダムくらいだ。


「こんにちは~」

天気のいい五月晴れの下、歩いているお爺さんに声をかけた。


「おう、こんにちは」

なんだか眉間にしわを寄せて不機嫌そうに返事をされた。

「今日はお散歩ですか?天気もいいから、気持ちいいですね」

「そうだな~。君ぐらいのときにはこういう家を建てていたんだけどね」


どうやら、この爺さんは、昔職人だったようだ。

確かに愛想が悪く堅物な感じは、職人特有だと感じる。

とはいえ、話したかったのだろう、昔話はしっかり10分ほど聞かされた。


話を聞いているときに、何人か目の前を通り過ぎた人を見かけたものの

爺さんの話を遮るのは申し訳なく、しっかりと最後まで聞いていた。


「pu~~」

突然仕事用の携帯が鳴った。

「すみません、失礼します」


爺さんは聞いてくれてありがとうと言わんばかりに穏やかな笑みを浮かべ、電話を邪魔しないようにその場を後にした。


「お疲れ様!」

それは部長の声だった。

「今月あと1棟必要だけど、目星は付いてるの?」

明るく、厳しいことをついてくる部長の言葉に、携帯では拾えないくらいの小さなため息をついた。


「すみません、まだありません」

見栄を張って、できるといっても部下に迷惑をかけるだけである。

とはいえ、ノルマを達成できないのは悔しい。


「まだ1週間あるし、最後まで諦めるなよ」

部長に頭が下がる思いである。こんなに士気を上げる部長も珍しいと思う。


「ありがとうございます。最後まで頑張ります」

この人のためにも、頑張ろう。そう思いながら、きれいな青空を見上げた。



「すみません、中を見てもいいですか?」

上を見ていたせいで、目の前に人がいることすら気づかなかった。

「はっ!はい!」

淡い茶色のワンピースに、サラサラのストレートヘア。

若干髪を染めているのだろうか、太陽が当たり、きれいなブラウンに見える。

手には何冊かのパンフレット。その中にはよく競合となるメーカーのパンフレットも見えた。


その何冊かのパンフレットを見て、ある程度の趣向を察知して、中へ招いた。

どうやら木のぬくもりを大切にしているようだ。

女性だから、ビジュアル中心に案内をしてみよう。

玄関。リビング。キッチンも少し時間を掛けてみようか……


なんてことを考えながら、名刺を差し出した。

「片桐と申します。よろしくお願いいたします」


「ありがとうございます」

その女性は、両手で丁寧に名刺を受け取り、パンフレットの一番上に置いた。

指は綺麗で、傷などが見当たらない。

子供がいないのか?家事をあまりしないのだろうか?

左手には光るものが見えるから、結婚はしているのだろう。


そのままリビングの椅子へ誘導した。

「今日はどうして展示場へいらっしゃったのですか?」

「今賃貸マンションに住んでいるんですが、結婚して3年が経つのでそろそろ戸建てを建てたいんです。」


明確な理由があるようで安心した。

中には、インテリアの参考になんて気持ちで展示場に来る人も少なくない。


「そうですか。では一通り展示場をご案内してから、ゆっくりとお話させてください。お時間は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」



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