自衛隊 3
———防衛省 第2会議室
「やはり自衛隊が駆除するしかないのでは」
「だが名目はどうするのだ、市街地も近い、流れ弾は1発も許されない」
「派遣自体は災害対応でいけるだろう」
「武器使用の名目が必要なのだ!」
「仮に武器使用許可が下りたとして、装備の選定はどうする?」
「歩兵でいいのでは?」
「バカな、道路を行儀良く歩いて来るだけでは無い、建造物をものともせず進行するような大型の蟻だぞ! 隊員に被害が出るのは許容出来ない」
「ならば戦車かヘリでは?」
「国内の市街地、しかも首都東京で? 国民が黙っていない!」
「ならどうすると言うのだ!」
「警察に任せては? SATならば・・・」
「何の為の自衛隊、防衛省なのだと」
喧々諤々、ああでもないこうでもないと今日も防衛省第2会議室は荒れていた。
【穴】から蟻が現れて5日、市街地にほど近く国民に害をなすかも知れない状況なのにも関わらず、だ。
期限付き特措法として国内における自衛隊の武力行使を容認するには時間が掛かり過ぎる。
つまり現行法の中で害獣の大群を処理する為に自衛隊を運用しなければならない現状なのに、その対策会議で時間を浪費するという本末転倒な状況に防衛省は陥っていた。
はあ、何やってるんだろう・・・
超常現象特別対策本部の一員として私はこの会議に出席していたが、毎日同じ様な文言の繰り返しに呆れていた。
つまりは誰が責任を取るかの押し付け合いだ、防衛大臣か総理が一言命令を下せば済むような簡単な法律でもなければ、命令系統でもない、何をするにしても「名目」と「お膳立て」が必要なのは分かるけど、それに拘るあまり国民に被害が出たら目も当てられない。
警察に任せると自衛隊の意義が問われる、かと言って自衛隊がそう簡単に武器弾薬を自国内の市街地で使用する訳にもいかない。
先日起きた事件で北海道の自衛隊駐屯地に熊が侵入するというものがあった。
隊員数名が怪我を負っても結局対処したのは警察と猟友会なのだから、今回も害獣駆除ならば自衛隊の出番は無いとの見方が大勢を占めている。
とは言っても、体長1から3mの蟻を数百匹なんて猟友会に仰ぐ協力の域を遥かに超えている。
ファーストコンタクトでは現場に居合わせたサナちゃんが数匹の蟻を仕留めて、その内の1匹が髭の中隊長の判断により回収されているが、蟻は明確に人に襲いかかって来たと報告が挙がっているのだ。
数百頭の熊の脅威と同等と見ても良いだろうに本当に暢気な・・・
昆虫の硬さに、恐ろしい速さ、体液は強酸性、何よりも蟻は肉食だ、サイズ比で言えば人間が1番手頃な大きさなのは明白である。
「たかが蟻でこんなっ!」
「特措法成立を待った方が良いのでは?」
「だが蟻が法制立まで待つなんて悠長な・・・」
皆、真剣に考えているからこそ自衛隊を縛る法の前に苛立ちが募っていた。
今日も何も決まらずに解散かな、そう思っていた矢先、背広組の1人がハッとした表情になったかと思ったらとんでもない事を言い出した。
「いや、待って下さい、そうだ!たかが蟻なんですよ! だから巨人に踏み潰してもらうのはどうでしょう!?」
「バカな事を言わないで下さい!」
私は反射的に立ち上がり声を荒らげた、自衛隊でも警察でもないサナちゃんにやらせる? 有り得ない!
「彼女は名目上自衛隊預かりになっていますが正式な自衛隊隊員ではありません! 一般人ですよ! 未成年の!」
「そこだよ高橋小夜折衝役、一般人が蟻を踏み潰してなにか問題でも?」
「なっ」
「たかが蟻の100匹や200匹、そこらの子供だって踏み潰すだろう?
で、警察はそんな子供を取り締まるかね?」
「なるほど我々人間にとっては大きくとも、かの巨人からすれば只の蟻だな」
「法的には問題はないが、此方の面子はどうする? マスコミがうるさいぞ」
「放っておけ、どうせ自衛隊が撃っても警察が撃ってもうるさいのだからな」
「本気ですか!? 私は反対です!」
「折衝役、キミは巨人に少し肩入れしすぎではないかね?」
「そうだ、かの巨人にどれだけ血税を使ったと思っているのか、これくらいは役に立って貰わねばな」
「あの子は望んで巨人になった訳ではありません! 保護したのに、いくら使ったからなどとやり方が汚過ぎます!」
「口を慎みたまえ折衝役、嫌ならば別の所へ行けば良いのだ、自衛隊以外に巨人の世話が出来る所へな」
「外部に出奔となれば掛かった費用の回収を行わなければな、なんと言っても使われたのは国民の血税だ」
ギリと歯を鳴らす、今すぐ彼女が行ける場所など無い。
少なくとも民間へ行けば今のようにマスコミを完全シャットアウトは出来ないだろう、自衛隊預かりだからこそ守られている点があるのは確かだ、【穴】と天王洲駐屯地の往復でもサナちゃんに向けられる無神経な言葉は彼女を傷付けていると報告が挙がっているのに、だからと言ってこんなッ。
「理解したらさっさと本人に通達したまえ、巨人の御機嫌伺いはキミの仕事だろう折衝役」
「いやあ、数十億掛けて面倒見た甲斐がありましたね、月々の食費だって馬鹿にならない」
「自衛隊も同行すれば面目は保たれるな」
「報酬はどうする?」
「警察が猟友会へ支払っている額で問題ないのでは」
「害獣駆除は警察ではなく自治体の管轄ですよ、猟友会はあくまでボランティアの名目で、報酬も日当2~3万程だったはず」
「はははは、ではこちらにとっては安上がりですな」
勝手な事を宣う背広組に頭の中が怒りで真っ白になる。
ダメだ、感情に任せた発言はサナちゃんの折衝役から外されてしまう可能性がある、私は拳を握って怒りを呑み込んだ。