穴とは
「危ない!!」
隊員が沢山乗った幌付きの車両に襲いかからんと接近してきた蟻、少なくとも私にはそう見えたので反射的に踏み潰した。
ぶちり、と不快な感触が足の裏に伝わる。
私の履き物は大きさもあって靴やブーツではなく、簡素に製造出来る地下足袋形状の履き物だ、底はそこまで厚くない。
ぶしゅー、じゅうううう、と紫の体液が飛び散って周囲のブロック塀やアスファルトが溶ける。
「なっ」
「急げー!」
「撤収ー!撤収ー!」
「サナさん、ソレをダンプに!」
「えっ、あ、はい!」
頭の潰れた蟻をつまんでポイっとダンプに載せる、その間にも蟻が数匹かさかさかさかさと迫って来た。
「ひっ、いやー!!」
元々虫が苦手な私は、これも反射的に蹴っ飛ばしてしまった。
数匹の蟻は数百m空を飛んでバラバラと【穴】へと落ちて行く。
私は車両の最後の1台が走り出したのを追い掛けて【穴】に背を向けて走り出した。
***
【穴】から蟻が現れて数日、区画整理は無期延期となり私は天王洲駐屯地で荷降ろしを手伝っていた。
自衛隊天王洲駐屯地は港であり空港であり陸上自衛隊の駐屯地でもある国内最大規模の土地だ。
物資の搬入は許可の下りたトラックが陸路からと、港に着けられたコンテナ船からで、私は20フィートコンテナを下ろしたり積んだりしていた。
蟻は幸か不幸か今の所【穴】から離れる事はなく、周囲にある空き家を噛み砕いているらしい。
周辺は国立公園整備の為に国が買い上げた土地なので、今の所は一般人の被害は出ていない。
それでも数百m先には人の居る市街地が有るという事で色々と大変らしい。
小夜さんによると害獣駆除は警察立ち会いの元、猟友会に協力をお願いするのだけど。
自衛隊のヘリで偵察を行った所、蟻は目視で300から500程居て、猟友会に任せられる規模では無いと判断されたらしい。
警察か自衛隊じゃダメなの? と疑問に思って聞くと、基本的に警察も自衛隊も害獣駆除は管轄外で武器の使用許可が下りないのだとか。
じゃあなんで銃とか戦車とかで訓練してるんだろう、と聞けば小夜さんは「法律が・・・、国内だと、災害対応なら、いや、市街地が近過ぎて武器弾薬の使用許可は・・・」と答えに窮していたので、よく分からないけど武器を持っているからと言って簡単に使ってはいけないみたいだ。
そして世界各国の穴からも蟻は現れたらしく、アメリカ ワシントンDCの【穴】の場合は大統領令で国民の避難の後にミサイルやら空爆により、蟻の出現から3日程で殲滅されたみたいだ。
隊舎からイヤでも漏れ聞こえてくるテレビの音声によると、賛否両論はあるものの迅速な対応に概ね好意的な意見が多く、対して日本は・・・と様子見の現状に不満が囁かれているようだ。