働く私
私が巨人になって1ヶ月、学校の夏休みが終わってもまだ私は巨人のままだった。
血液検査と健康診断の結果、私は全くの健康体であることが判り、だからこそ何故巨人になってしまったのかは誰にも分からないという事実だけが残った。
身長15.2m、体重秘密の、健康で大きな人間、それが私という証明。
幸いな事に身の回りの事は小夜さんと自衛隊のお陰で落ち着いている事だけが救いだ、ママは毎日会いに来てくれるし、パパも週末には必ず天王洲駐屯地に来てくれた。
世間の事は分からない、多分ニュースにはなっているんだろうけどテレビやネットを見れない私に確認する術はない。
これ以上迷惑は掛けられないと思っているので小夜さんにも何も言っていない。
今日はこれからお仕事だ、モスグリーンのツナギに袖を通して足袋を履く、シュシュで長い髪を束ね、ツナギと同じモスグリーンの帽子を被る。
シュシュはある日小夜さんがトラックで持って来てくれたものだ、少しくらいはお洒落したいでしょ?と言ってくれたものでとても大切にしている。
巨人になってから1週間、2週間と経つにつれてこのままではダメだと思う様になった私は小夜さんに相談して決まったのが【穴】周辺の工事の手伝いだった。
穴周辺は国が買い上げて国立公園にする事が決まっている。
東京練馬区に開いた穴は直径60mで、地上げに時間が掛かり、周辺の家屋の撤去が最近になって本格化したらしい。
***
「サナさん!今日はここからむこうへ向かって解体お願いします!」
「はい!」
大きくなった私にとってブロック塀はかなり脆く、軽く蹴っ飛ばすと倒れる、一帯のブロック塀をバタバタと蹴り倒して近くのダンプに積み込む。
家屋も用意してもらった皮のグローブを着けて解体していく、これもブロック塀同様簡単に壊れるので適度に細かくしてはダンプに載せる。
1日で大体50軒前後解体出来るのだけど、これはかなり早いらしくて現場で私に指示を出している佐藤中隊長さんは笑顔で褒めてくれた。
「サナさんのお陰で予定が数ヶ月は早まりそうだ、ありがとう助かってるよ」
「い、いえ、これくらいしか出来ないので」
「いやいや、素晴らしい仕事だよ、胸を張りなさい」
佐藤中隊長は口髭をたくわえた自衛官で周りからは髭の隊長と親しまれている。
いつもニコニコとしていて、気遣ってくれる優しい人だ。
日暮れ前には引き上げるのだけど、この時間だけは苦痛だった。
朝は早くに天王洲駐屯地を出るので目立たないけど、帰りは穴のある練馬から天王洲へと、帰宅時間も相まって人目に晒される。
15m程の空荷のセミトレーラーに乗って私は移動する、都内の移動は安全上の問題から基本的に歩かない方が良いと小夜さんに言われていた。
『うおっ、巨人だ、マジでデッケー!』
『デカッ!ホンモノなんだアレ』
『初めて見た巨人だよ巨人!』
好奇の目が刺さり言葉が挙がる、スマホを向けられたり、なんなら待ち構えていたマスコミから大声で声も掛かる。
『佐藤サナさーん!一言!巨人になってどんな気持ちですか!』
『駐屯地ではどの様に過ごしてますか!』
『サナさん!一言だけでいいんで!』
『やべー、俺デケー女好きなんだけど?』
『デカすぎっしょ!?あれは』
『いやいや、1回で良いから挟まれてみてぇー、あの胸!JKだし、エロくね?』
『うわキモ!へんたーい!』
『ギャハハハ!でも確かに興味あるわ、俺も挟まれてみてーわ!』
移動時、私は何も聞きたくないのでトレーラーの上で体育座りで俯き耳を塞いでいる。
それでも巨人になって飛躍的に身体能力が上がったせいなのか、かなりの範囲の声が聴こえてしまっていた。
車道、歩道からの声は勿論、ビルの内部、ガラスの向こうからの声も聞こえる。
巨人、デカいはまだいい、どんな気持ちなんて答えようのないほど困っているし、気持ちの悪い声も沢山挙がっていた。
自衛隊預かり(所属?)の民間人協力者、それが今の私の立ち位置で、小夜さんには外では絶対口を開かないようにと何度も言われている為、この移動時間はただただ耐えるしかなかった・・・