街中の戦い 2
周囲のビルからは歓声が上がっていた、それは私にとって最悪の状況だった。
窓を開けて、屋上から、足下の建物入口付近からワアワアと勝手に盛り上がる人に苛立ちが隠せない。
ギリギリで泥の巨人の攻撃を回避して、引き付けながら時間を稼いでいるのにこれじゃあっ!
パン!
乾いた音が街に響いた、音の出処は泥の巨人から前方50m程、3人程が柱の陰から銃を撃っていた。
銃声は泥の巨人の注意を引くには十分で、奴の視線が人へ向いてしまった。
「ダメ!早く建物に入って!」
「Haha!死ね雑魚!」
「敵性生物なんて銃があれば怖くねえ!」
そんな豆鉄砲、水鉄砲にも劣る武器で第一級敵性生物を倒せるなら誰も苦労はしない。
私は全力で泥の巨人へ突っ込んだ、巨人は市民に向けてゆっくりと振り被り、手を振り回した。
ギリギリ間に体を滑り込ませた私は強烈な衝撃を受けて地面転がった。
「あ、ぐぅぅ、」
泥の巨人が嘲ったように見えたのは多分気の所為だ。
でも今のは完全に誘い込まれた攻撃で、近くで腰を抜かしている市民を一瞥もせずに倒れた私に向かってきた。
ガードは間に合った、でもガントレットも胸当ても無い生身で受けられる程、泥の巨人は甘い敵ではない。
視界が揺れて、口の中に血の味が広がった。
どうにか立ち上がったものの脚は言う事を聞かない、たったの一撃でこのザマだ。
退けない、逃げられない、武器も無い
「ふ、ふふ」
なんか逆に笑えてきた、どんなに守ろうと頑張ってもあんな行動を取られてはどうしようもない。
バカみたいだ。
「ああああ!」
私は泥の巨人へ特攻を仕掛けた、細かいステップは無理でも前に走るくらいは出来る。
泥の巨人の剛腕を掻い潜り、胴と片脚を掬いタックルで倒すとマウント状態から素早く腕を回して密着、ホールドした。
もう、これしかない。
数mの体格差、数十tの体重差、腕力は遥かに敵が上、対する此方は一撃で脚を殺された、ゼロ距離で耐えるしかない。
ゴッ、ゴッ、ゴッ!
暴れる泥の巨人の拳が側頭部や背中に当たる、腕力だけでもかなりものだ、耐えるしかない。
アンドリューを腕力で持ち上げる程の力があるのは分かっている、だから片脚を絡めて立たせることは絶対阻止だ。
ゴッ!ドンッ!
叩き付けられる拳に私はただただ耐え続けた
30分、1時間は経っていない、10分は堪えただろうか、分からない。
腰の入らないパンチだからマシ、と言ってもコメカミは切れ、ドクドクと背中は痛む。
耳がキーンと遠くなり始めた頃合い、もう力を込めてる感覚も消えて平衡感覚は全く無い。
フと拳が振るわれるのが止まった、私は恐る恐る目を開けると泥の巨人の両椀が無くなっていた。
「はあはあ、よく耐えたなサナ」
汗だくのリリィが息も絶え絶えに言った
「うん・・・」
私の記憶は此処で途切れた。
***
頭部裂傷、背部打撲、全治10日。
目を覚ました私はベッドの上で氷嚢を当てられていた、半日程意識を喪失していたものの脳波に以上は無し。
但し、寝ている状態でもまだクラクラと揺れているので立てそうにはなかった。
「バカはたっぷり脅しつけてきたよ」
そう言うリリィは憤懣やる方ない態度で私の髪をサラと撫でた。
市民の数名の行動は公務執行妨害とされ、結果私の負傷を招いたと判断。
警察に拘束され、連邦捜査局国家公安部が現れ、アメリカ陸軍、そして国防総省と関係各省庁連名で市街地に於ける緊急時モンスター災害の行動策定が即座に明記される事となった。
ホワイトハウス、というか大統領が緊急で会見を開き、ワシントンDCの最初期【穴】災害時には市民の活躍で第二級敵性生物を撃退したことに触れた上で、特別強い言葉で怒りを表した。
「第一級敵性生物を倒せるのは軍と巨人特殊部隊の彼等しか居ない、緊急時には市民の冷静な行動を求める。
今回の件は、いいかね? 国家に対するテロ行為と表現しても過言では無い」
素人が出しゃばるな、とまで言い放ったので大統領が相当怒っていたのは言うまでも無かった。
「そう・・・」
なんか疲れたなぁ、戦いは大変だったし、面接は途中で投げ出しちゃったし、今になって現実を考えると気分は急降下だ。
「ま、ゆっくり寝てな、大丈夫サナの手落ちはひとっつもないよ」
「ん」
枕元でリリィは私の手を取りキスを落とした、私は「はあー」とつい大きなため息を吐いて、再び眠りに入った。