街中の戦い 1
『車は捨ててビルに入れ!』
恐らく軍や大統領から連絡が入ったのだろう、避難は間に合わないと判断したのか、消防や警察が一般市民に呼び掛ける、皆鉄筋コンクリートで出来た建物へ慌てて入って行った。
「イブ」
『目標135秒後に接敵、避難は間に合わない、サナ、・・・気を付けて、倒す必要は無いわ、時間を稼ぐか脚を止めれば十分よ』
「うん」
狼型も泥の巨人も討伐し慣れた相手だ。
でも防具無し、武器は小太刀、市街地だから空爆も出来ない、援護は無い、周囲の建物には人が大勢、となると話しは全く違ってくる。
【穴】周辺のワシントンDCなら何も気にせず暴れられる、ガラスが割れようが建物が砕けようが関係ない。
此処でガラスが割れたら、建物が崩れたら、私が敵を逃がしたら、被害はどれだけになるか分からない。
「窓から離れて!机を盾に!」
声を張り上げて周囲へ促す、気休め程度だけどそれでもやらないよりはマシだ。
足下には人は居ない、その代わり車やバイクが乗り捨てられていて多少は気を付けないと足を掬われるかもしれない。
「Gurrrrrrrrrr!!!」
最初に接敵したのは第一級敵性生物の狼型、泥の巨人は少し遅れている、なら!
「ふ!!」
相変わらず恐ろしい速度で首を狙い飛び掛って来る、逆に分かり易くて私はカウンターで脳天に小太刀を突き立てた。
首や胴を切り裂くことは出来ない、なら頭を潰すしかなかった、が、
バキン!!
狼型の速度のせいか、それともこれまで使い込んで来た金属疲労か、小太刀が根元から折れてしまう。
寄りにもよってこんな時にっ!
狼型はきっちり仕留めたけど・・・
ドン、ドン、ドン!
離れていた泥の巨人が目前に現れる。
討伐し慣れた相手と言ってもそれは万全の装備が有ってこそ、素手の私では・・・
でも退くことも出来ない、人が殺され、取り込まれるなんてあってはならない。
「すーーー、・・・ふううううう」
深呼吸をして私は腹を決めた、ハンカチを右拳に巻いて構える。
「Gyyyyyyaaaaa!!!」
「シィ!!」
ゴッ、ゴン!
堅いっ、ワンツーを打ち込んだ瞬間、拳に掛かる鈍い衝撃は私の拳を傷めかねないほどの手応えだ。
「aaaa!!!」
ゴウッ!ゴウッ!と唸りを挙げる拳を躱し、無防備な顎にフックフック、アッパーと入れた。
「っ」
やっぱり私の非力な腕と体重差を考えると殆ど効いた手応えが無い、泥の巨人は私のパンチに構わず、掴み、殴り、食いつこうと暴れた。
やっぱりダメだ。
バックステップでジグザグに後退する
「イブ、現地徴収は!?」
『どうぞ!許可は降りてます!』
放棄されたワシントンDCでは常套手段、此処のような人の住む市街地では基本的に禁じられているけど、そんな事は言ってられない。
許可が降りてるなら、と少し申し訳ない気持ちで近くの電柱を引き抜いた。
バシッ、バリバリ!!
火花と電光が散った、緊急時と言っても送電を止めるなんて間に合うはずがない。
「はあああ!!」
思い切り振り抜いた電柱は一撃で砕けた、泥の巨人は2、3歩たたらを踏んだけどそれだけだ、あまり効いたようには見えない。
「まだ、まだぁ!」
一本がダメなら二本、三本と続けるだけだ!
***
「うおおーー!!そこだ!やれ!」
「ヒュー!見たかよ、サナ・サトー強えな!」
「なんだ敵性生物なんて大したこと無いじゃない」
周辺の住民を避難させ、同じくビルに逃げ込んだ消防士の俺は盛り上がる周囲と違って楽観出来なかった。
サナ・サトーは確かに強い戦士だと誰もが知っている、しかし今の彼女は丸腰で敵と対峙していた。
ノンフィクション映画ではしっかり装備を身に付けて戦う相手に今日はスーツ、しかも唯一持っていた短刀も狼の敵性生物を倒した時に折れてしまった。
「窓から離れて!まだ危険だ!」
確かに彼女は華麗な身のこなしで、一見優位に、敵を打ち倒してしまいそうに見えるが、その表情は険しかった。
余裕が無いんだ・・・
だから俺は窓から離れるよう声を張り上げた、しかし初めて見る巨人の戦いに盛り上がる周囲は俺を邪魔そうに一瞥して窓に張り付いた。
これはSHOWなんかじゃないのに。
見る人が見れば分かる、彼女は周囲の建物に被害与えないように立ち回っているのだ、例えばビルに敵性生物、または彼女の体が叩き付けられたらどうなる?
ガラスは砕け、皆怪我をするだろう。
興奮した市民は人の話を聞かなかった、なんならフラフラと外へ出ようとする始末。
俺達消防士や警察はそれらの対応で手一杯になり、窓際から彼等を引き離す事が出来なかった。