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デッドストック・トラベラー  作者: 妖刀まふでと丸
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7/7

第六話 文字のない國

 あまり語りたくない話というものはある。

 僕の服は大抵が貰い物でそのファッションが出来上がっている。自分で服を選ぶということが苦手というか、知らないのだ。

 僕は、ウォボット。かつて大きな戦争で使用された代理戦争用の人型機械端末。その本土決戦型クオン・後期型である。戦争が終わり、僕たち人型端末にも権利を与えられ、僕は旅をする事にした。


 要するに、僕は目的を失ったので、目的を上書きした人型機械端末なのだ。

 これは、僕のお気に入りのリボンを貰った。

 あまり語りたくない話。

 


 

 まだ雪の残る森に続く道。

 踏み込めば濡れる雪と土が混じっていて靴の中まで染み込むのは不可避だった。それを最悪と見るか、解けた水が太陽の光を反射させる神々しい風景を見れる事に感動するかで感じ方は変わるだろう。

 燦々と輝く太陽とそれを反射させる雪と光の世界。空気はからっからに乾いていて、少しばかり空気も美味しく感じる。


 森に続く道は二俣になり、旅人にどっちを進ませるか悩ませる。

 暗い方がいいか? 明るい方がいいか? どちらも同じ場所に通じることを知っていてもなんとなくワクワクするので立ち止まる。

 そこを歩むのは一人の旅人。ズンズンと雪溶け道を進んでいく。40L入りの大きなリュック。落ちそうなテントの位置を元の場所に戻す旅人。

 旅人はデニムのハーフパンツにスポーツタイプのスパッツ。黒いシャツに丈の短いジャケット。長い背中まである紅い髪をポニーテールに雑に括っている。

 異様に整ったというべきか、均整が取れた顔だち。それは少年なのか、少女なのかわからない。ただ一つよく瞳を覗き込むとそれが露某木人(ロボクト)、人型機械端末であることが見て取れる。


「さて、そろそろ見えてくるはずですが……」


 誰にいうわけでもなく、独り言を呟く旅人。旅人は足が濡れる事をやや億劫に感じながら遠くを目を凝らして眺める。


「國はまだ見えませんが、誰かいますね」


 リュックの位置を直しながら、その人物とスムーズに話せるように旅人は何か甘い物がないかリュックをあさり、缶入りのキャンディーを取り出した。


「うまっ! ハッカ味ですね」

 

 旅人が見つけた人物、近づくとガソリン式の三輪車。ミゼットに大量の荷物を積んでいる。その持ち主は腰にダガーらしき大きなナイフ。背中に自分の背丈程もあるマスケット銃。

 二十代前半の綺麗な顔をした若い男。何処か懐かしいアーミータイプのズボン。ベルトに大型リボルバーを二丁。

 そして近づく旅人に向けて両手にリボルバーを素早い動きで構えた。


「誰か?」


 男は旅人にリボルバーを向けたままゆっくりと近づいてくる。

 旅人はこの程度のリボルバーでは破壊されることはないが、両手をあげて無抵抗を示した。


「旅人のウォボット。旧帝都製の本土決戦型・クオン後期型です」

「何か?」


 えらく機械的な喋り方をする人間だなと旅人、クオンは思う。


「この先に國があると聞きまして、少しお喋りをと……キャンディー食べます?」


 クオンは尋ねる。


「この先……野蛮な國か」


 男がそう呟く。男はその國のことを知っている事にクオンはキャンディーの缶を差し出したが、男は受け取りを断る。


「僕はその國に奇食と言われた不思議な料理を食べに入国しようと思っているんです。奇妙な料理。なんなんでしょう?」


 クオンの言葉を聞いて男は、


「あの國はおすすめはしない」


 男がそう言うので、クオンは不思議な顔を見せる。

 それを見た男はクオンを睨みつけた。


「野蛮な國は言葉通り野蛮だ。もし、その國でお前が言う奇食という物が俺の知る物でそれを食べたなら……」

「食べたなら?」


 クオンは期待を込めた表情で見つめる。


「俺のこの背中に担いでいる銃を知っているか? 百年以上前に作られた電気式のマスケットだ」


 クオンはかつて自分が戦争の道具だった頃に作られたそれに覚えがあった。


巨人殺し(ジャイアントバスター)。僕らウォボットを人間が壊すための道具ですね」


 男は要するに威嚇と警告をしているらしい。お前を壊せるぞと。


「あの國に行って奇食とやらを食べるのか? あの國のことをどれだけ知ってる?」


 クオンを見つめる男。


「文字を持たない人たちだとか? 口伝でのみ文化が継承されているとか聞きましたが」


 クオンの言葉に対して、若い男はリボルバーをホルスターに戻す。意味がない事を知っているのだろう。


「そう、文字を使わない……いや、使えないのかもしれないな」

「あの國にいたんですか?」


 男は鋭い表情をする。


「あぁ、いた。巨大なヒグマという猛獣を殺して欲しいと依頼された。普通の銃じゃ殺せないが、この巨人殺しなら可能だからな」

「そのヒグマが奇食ですか?」


 クオンがそう聞くので、


「あいつらはヒグマという猛獣を仔熊の頃から育てるんだ。そして食べれるサイズになったらそれを神の御元に送るという祭をする。そして丸々と太ったヒグマは國の民の栄養となり命が円環するそうだ」


 男は不快そうにその話をする。クオンは聞いてみた。


「なるほど、それはあなたの仕事なんですよね?」

「あぁ、思いの外頑丈な生き物だったが、世界規模で言えばあれよりも凶暴な猛獣はたくさんいる。巨大なリバーボアや、ネコ科の最大猛獣。鎧のような体躯を持った陸上最大の草食獣。沢山殺してきた」

「へぇ、腕がいいんですね」


 クオンが感心して言う。


「運が良かっただけだ。野生の猛獣は危険だからな」


 男はしゃべりすぎた事にやや後悔した風にこういった。


「だが、そんな猛獣よりも人間の方が危険だ。それはこの國に限らずか……」


 何か含んだ物言いに聞こえた。


「そうなんですね」


 クオンがボリボリと缶入りのキャンディーを食べながら男の話を聞いているので男は話を続ける。


「お前はウォボットだから関係ないだろうけどな……ヒグマを仕留めたら、あの國の奴らは俺に女をよこしてきた」

「女……女を寄越すというのは……子作り的な?」


 クオンの言葉を聞いて男は頷く。


「そうだ……事もあろうか、まだ子供みたいな年齢のな」


 男は、胸ポケットから巻きタバコを一本取り出すと火をつけて話だした。


「渡せる金と食料には限りがある。だから國一番の娘を足しに出してきやがった。俺は人買いでもなければ、下僕をとるような人間でもない。獣狩りとしての俺をあいつらは汚しやがった。だから、用意された食料と金をもらって國を出た。あの娘も不憫な事だ。あんな國に生まれたばかりに、男の快楽の吐口か、交渉材料に使われる。いずれにしてもクソッタレな國である事には間違いない。俺は二度と行きたくないね」

「もしかして奇食ってその事ですかね? であれば僕はウォボットなので関係ないですね」


 クオンの言う事も一理ある事に男は黙った。


「フン、どうしてもいくと言うなら止めはしない」

「えぇ、もしかするとハンターさんとは違う奇食を食べられるかもしれませんし」


 クオンがそう微笑んで言うと、クオンは國を目指す事に決めた。

 男に背を向けて歩き始める。

 クオンの背中に男は言葉をかけた。


「ヴィータという少女がいたら、そのキャンディーを分けてやってくれ」


 きっと、男に差し出され、男が抱かなかった少女の名だろう。

 

 そこは國というよりは、大きな集落に見えた。

 そこは冬になると雪が積もり、春や夏は草木が覆い。獣が闊歩する。クオンの知る国とはいささか見た目が異なる集落だった。

 そこはチーセと呼ばれるこの国の住民特有の家屋が等間隔に並び、信じられない事に家畜として熊を飼っていた。


「実に野性味あふれつつもセンスを感じます。そして……確かにハンターさんのいう通り、少し古い風習が残ってそうです」

「こんにちは!」

「こんにちは旅人さん」

「こんには、皆さん。僕は旅人のクオンです」


 思いの外、友好的で笑顔の絶えない国民性だった。

 

「旅人さん、奇食を食べに……はぁ! わざわざこんな辺境まで」


 集落の村長の元で目的を話すクオンに笑顔で頷いた。

 その料理は、近い内に食べられる。だからしばらく滞在して行けという。


「使っていないチーセがあるから、旅人さんの滞在時の住処に話を通してあげるよ。それに一人、世話係もつけましょうね?」


 村長がそこまでしてくれるので、クオンは素直に頭を下げた。

 クオンの返答。


「そこまでしてくれなくてもいいですよ?」


 クオンの言葉ははなから聞こえなようにクオンは入国する事になる。

 チーセ、それはコテージのようで全く違う。掘立柱を等間隔で配置され、梁と屋根を繋いである。積雪に強い作り、部屋の中にはアペーオと集落で呼ばれる囲炉裏があり、ここで魚を炙って食べると美味いだろうなとクオンは思った。

 そんなクオンのチーセにやってきた少女。


「旅人さん、なんなりと申しつけてね? 私はテテリって言います!」


 クオンは断ったが世話係としてテテリという笑顔が可愛い少女がつけられた。


「初めまして! 僕はクオンです。テテリさんよろしくお願いします。とても手厚い歓迎は嬉しいのですが、少々強引な気もしますね。お借りしているこの素敵な家の賃貸料もタダですし……謎は深まるばかりです」


 テテリはクオンの話を聞きながら、目の前の囲炉裏アペーオでお茶を入れようと火を起こしていた。手際良く囲炉裏に火をつける。

 テテリが尋ねた。


「そんなに珍しい?」

「えぇ、とても。流通が不便であれば旅人からはお金を徴収するのが普通かと」


 クオンがそう言うので、テテリは考えを述べる。


「クオンさんは、テテリ達の國が超ど田舎だから、卑しくたまにくる旅人さんに吹っかけてそれでがっぽがっぽお金儲けしているーとか思ってクオンさんはテテリ達の國にやってきたんですねー! ですが、思いの他、良心的でがっかりした!」

「いえいえ、感謝はしていますががっかりはしてませんよ。ただ正直驚いてます」


 クオンはこのチーセの中にある不思議な模様の後座。おそらく寝具であるそこにリュックを下ろす。そしてジャケットをテテリが受け取って上着掛けに丁寧にかけてくれる。


「……クオンさん」


 少しだけテテリが恥ずかしそうにクオンを見つめる。


「どうしました? テテリさん」


 クオンが聞くと、


「テテリ、夜のラタリアイアは……初めてだから」


 クオンはこの國の言葉を以前に覚えていた。それは……要するに夜伽の事。それにクオンはコホンと咳払いするフリをする。


「テテリさん、僕は、ご存知ないかもしれませんが、人間ではなくウォボット。人型機械端末ですので、生殖能力は持ち合わせていません」

 

 ポカポカとした囲炉裏の横で朝になったことに気づく。

 クオンは人間ではないが、時計機能が壊れているからか、朝はどちらかといえば弱い。

 開閉できる窓はないので窓に蓋をはめられていたら、日の光が入ってこないこともそれを後押ししたかもしれない。クオンは蓋を外して外の明るさを確認してから伸びをする。そしてチーセの中であぐらをかいて全身のチェックを始める。


 戦争時代の装備は全て外されているが、それでもクオンは代理戦争用のウォボット。人間よりも遥かに早く動くことができるし、力も今の何倍も強く出せる。全身のリミッターを瞬時に解除、そしてロック。身体機能の異常がない事を確認してから、水浴びをする。

 テテリの姿がない事を少しだけ気になってはいたが、目の前の囲炉裏を使わせてもらい。コーヒーを淹れ、硬いパンを焼いてチーズを塗って齧る。

 お祭りの日に食べられる寄食までしばらくこの國に滞在するといいと言ってくれた村長は言っていたが、具体的なお祭りの日は教えられていない。

 そんな事を考えているとテテリが巨大な魚を引っ張りながら部屋に入ってきた。


「クオンさん、ご飯は食べたんだね? 鮭持ってきたけど……チターター作るけど食べます?」


 クオンは頷いた。


「郷土料理です?」

「そんな大層なものじゃないですよ。鮭のタタキだよ」


 そう言って鮭を切り分け身を叩き出した。


「むむっ! 実にワイルドな料理ですね。そして味付けにクルミ、塩? 割と素朴な感じなんですね」


 テテリは笑った。


「香辛料は高価だからだよ」


 クオンはなる程と頷いた。

 鮭のタタキは酢をつけて食べるのだが、これが驚く程美味しく、クオンはそのレシピを記憶した。それをスープに入れても美味しいだろうなと考える。


「そうだ! テテリさん、ヴィータさんという方は何処にいらっしゃるかご存知ですか?」

「ヴィータ? あぁ、この前嫁いだよ」

「そうでしたか」


 テテリにヴィータに渡すキャンディを代わりあげると何かお土産を買うような場所はないかと尋ねてみた。

 それにテテリは少し考えてから、にへらと笑った。それがなんなのか、クオンには分からない。

 ついて来いと言われたので、クオンはついていくが、クオンが寝泊まりしたチーセと同じ形の別の建物に案内される。その時に見たが、集落の中心は広い広場のようだ。


「クオンさん、ここ入って」

「……ここは? 民家ですよね」


 そこには年配の女性と男性が笑顔でクオンを迎え入れてくれた。そして、この地域の伝統的な刺繍の入った織物を見せてくれる。それはクオンをしてこう言える物だった。


「すごい美しいです!」

「お母さん、チロール作るの上手だから、気にいると思った」

「お、おいくらですか?」


 クオンが財布と相談しそうな顔をしているのを見て、年配の女性は目の前でこの地域でチロールと呼ばれるリボンを仕立てあげる。

 そしてそれに染料を用意している男性。これは色をつけて完成なんだと絵が趣味のクオンは興奮する。


「テテリがお世話役を命じられたけど、めんこい子だ!」


 女性の方がクオンを見て、めんこいという。それはこの地域の言葉で可愛いを意味する言葉。それにクオンは頭をかきながら照れる。綺麗だとか、カッコいいだとかは言われてきたが、可愛いというのは妙に嬉しい。


「ほあー、しかし旅人さんは男かい? それとも女かい?」


 と男性の方が聞くので、


「僕はウォボットで、それも性別指定がありません」


 通じるのかが少し怪しかったがクオンが答える。

 再び女性の方が、自分の手先の作業を気にしながらクオンに質問をする。


「旅の目的はなんなんだい?」

「美味しい物を食べる事です!」


 正直に答える。


「要するに終わりのない旅という事ですか?」


 男性が尋ねる。


「ははっ、まぁ……そうなんですかね?」


 クオンは暇人に思われたかと苦笑する。

 そして女性の方が静かに言った。


「もしよければこの子、テテリを連れて少し旅をしてくれませんか?」

「そうだな。旅人さん、頼めないかな? お金は少ししか出せないけれど、食べ物や衣類。旅先で売れそうな工芸品などを持って行ってくれても構わない。どうだろう? テテリは料理も上手だしいい従者になると思うんだ」


 この二人はテテリの両親なんだろうなとクオンは理解した。


「やめてよ父さん、母さん。クオンさん困ってるしょや!」


 テテリの両親で確定した。


「旅は道連れと言いますが、また何故僕と?」


 クオンを見て、クオンの両親は期待混じりにこう言った。


「あなた、戦争時代の兵隊機械さんだろ? ならテテリを守ってくれる」 

「……」


 クオンは少し考える。どう答えたものかと……


「お祭りまではまだ時間があるからできれば早く決断してほしいんです。次の国まででも構わないから、ほらテテリも旅人さんのリボン作ってあげなさい」

「もう! お母さんったら。でもクオンさんのお土産をテテリが作るのはいいかも!」

「ええっ! 僕の分までありがとうございます。何か……あげられる物。あっ、これ! 僕が戦争時代にもらった勲章です。そこまでの価値はないですが、金剛石と金がはめられてますので、テテリさんに」


 そう言って、髪飾り型の勲章をテテリの頭につけた。それにテテリはとても嬉しそうな顔をする。


 テテリの母親はクオンに尋ねる。


「この國にはどんな食べ物を食べにきたんだい?」

「噂で聞いた奇食っていう食べ物です」


 それを聞いたテテリの母親と父親は少し固まったように見えた。そして……「そうですか」と一言返した。そんな二人にクオンは寄食が食べられる日について尋ねる。


「そういえばお祭りっていつなんですか?」

「さぁ、早ければ明後日にでも……」

 

 それから数日、狩について行ったり、魚釣りをしたり、この國の郷土料理を教わったり、そしてそんな料理に舌鼓を打つ。クオンはこの國の一員になったくらいに國の人々に認知されていた。

 とはいえ、一向に寄食にはありつけそうにないので、クオンはこの國を去る準備も同時に始めていた。遠回しだが、テテリの両親がクオンに國をいつ出るのかとちょくちょく聞いてくるのも少し後押しした。


 そして、テテリの両親が住むチーセに来るようにと言われたので、テテリと共にクオンは向かうと、クオンが頼んでいた伝統的な刺繍がなされた織物が完成していた。

 さらにクオンの為にテテリが作ってくれたリボンもまた完成したらしく、それをテテリはクオンの髪を結ってくれた。ポニーテールに結ばれたクオンは旅がしやすいなと感心する。


「これはいいです! 実にお洒落で機能的です。テテリさんありがとうござました!」


 クオンは鏡に映る自分を見てウキウキしているのでテテリは微笑む。


「そんなに喜んでもらえたら作った甲斐があったですよ」


 テテリははにかんで自分の作ったリボンを受け取ってくれたクオンに言った。

 クオンはそのままテテリの両親が住うチーセにて、お昼ご飯をご馳走になった。テテリと四人で山羊の乳で作ったチーズや、スープなどに舌鼓を打っている。

 それは突然やってきた。食事中、この國の偉い人なのか、豪勢な民族衣装をきた人がテテリの両親のチーセにやってくる。


「本日、円環の祭を執り行うことになった。テテリは嫁ぐ」


 その人物はそう業務的に言い放った。


「準備をすぐに行い、國の中心広場にくるように」


 そう言ってその人物が去っていくと、テテリはクオンを見て、笑い。そしてテテリの両親はとても渋い表情をしていた。


「嫁ぐ、というのはテテリさんはお嫁さんになるという意味です?」


 クオンの質問、この國に来る前、ハンターの男性に聞かされていたヴィータという名の少女も嫁いだと聞いていた。


「あはは、そうだね。テテリはお嫁さんにナリマース!」


 テテリはいやに明るくそう言うので、


「テテリさん、その……おめでとうございます!」


 クオンは月並みのお祝いの言葉を述べる。


「クオンさん、ありがと! あれだねクオンさんの言う、寄食っての多分食べられるよ。テテリが嫁ぐ、お祝いに。良かったね!」

「テテリ、準備。手伝ってあげるから花嫁衣装持ってきな。急がないといけないだろう? 旅人さん、悪いけど、忙しくなっちゃったから、出直してくれるかい?」

「はい。分かりました。ではまた」


 クオンがその場から離れると、テテリの父親が一人追いかけてきた。


「旅人さん、今からでも遅くない。娘を……テテリを連れ出してこの國から出て行ってはくれないか?」


 テテリの父親はクオンの服を掴み懇願する。クオンは普通じゃないこの状況に話を聞こうとしたが……

 チーセから出てきたテテリの母親がそれを止めた。


「アンタ。旅人さんに無理言っちゃダメよ……旅人さん、行ってちょうだい。できればこの國から」


 テテリの母がそう言った。


「でも……母ちゃん」

「決まった事だよ。わかるでしょアンタ」


 クオンにはなんの説明もなく二人はチーセに戻る。


「さて、お祭りが始まれば寄食が食べられるみたいですが……テテリさんのお母さんには出国するように頼まれました……どうしたものか」


 クオンは寄食を食べにこの國に来たので、これからどうするか考える。そして目に入った近くにいる人に尋ねてみた。


「すみません! お聞きしていいですか?」

「どうしました? 旅人さん」


 お祭りについてクオンは語る。結婚式の事なのか?


「あー。テテリちゃんが嫁ぐのか、寂しいなぁ。旅人さん。抱いてあげなかったんですね?」


 住人の言葉に、


「全然話が見えてこないのですが……」


 クオンがそう言うので……


「國の中心の広場に行っておいでよ! お祭りの準備が整ってるから」


 集落の男が答える。

 指を刺す方、数キロ離れた先だが、何か催しの準備をしている。クオンはズームして確認すると巨大な獣が鎖に繋がれていた。


「えっ?」


 クオンは一体何が行われようとしているのか……理解できないでいる。


「……? なんですかアレ? 食べるんですか? 生きたまま? 謎は深まるばかりです」


 クオンが一人でその様子に疑問に思ってそう独り言を呟くので、住民が説明してくれる。


「あのヒグマ、この國で長い事育ててたんだよ。そして腹を空かす為に、数日餌を与えてないんだよ」


 男が言うには、あのクマを数日後に絞めて捌いて、國の皆で食べるのがそのお祭りなのだという。そして、クオンが目的としている寄食と呼ばれたそれはこのヒグマ料理の事。


「何故餌を与えないんですか?」


 クオンがそう言うと、住人の男が少しばかりバツの悪そうな顔を見せてからこういった。


「アレだよ……テテリちゃんと婚儀を行うからさ」


 クオンは本当に理解ができないでいた。あのヒグマはこの國の人々の食糧になる運命である。


「いや、本当に意味が分かりません。あの獣はテテリさんと結婚? でもあの獣を食べるんですよね?」


 クオンはもう一度、あのヒグマが繋がれているところを見る。そして、そこに向かって神輿のような物に乗って運ばれる人の姿。この國伝統の棘の刺繍。藍色の被り物をした花嫁の姿。それはクオンが今髪を結っている物と同じ模様。そして今日嫁ぐ事になったというのだから、あそこにいるのはテテリなんだろう。


「あれは、テテリさんですよね? 顔に赤い線のような模様を入れる化粧を施されています」


 男性の住人は気まづそうに言った。


「随分昔から行われてるんですよ……この婚儀は……外の國の血を混ざる事ができなかったプテシナ……出産可能な女子は、円環に至る。要するに自然に還るんです」

「ちょっと待ってください! それって、テテリさんは……」

「ふぅ、旅人さん。落ち着いて聞いてください。この國ではそれが普通なんです」


 住人の男は白状したように小さな声で話し出した。


「旅人さんが食べに来たという寄食というのは、僕たちがクマを育てて食べる。円環の事なんだけど、僕らとクマは対等なんだ。食べる代わりに、こちらも熊に嫁を差し出して食べてもらうんだ」


 クオンは、全てを理解した。ヴィータが嫁いだという事。そしてテテリが嫁ぐという事。


「それは……ダメです。そんなのはダメだ! 人間じゃない僕でもわかる。それは人理に背いています!」

「そうかもしれない。いや、そうなんだろう。でも僕らはこのお祭りをやめてはいけないんだ」


 クオンは理解できなかった。こんな事が大戦の後にも行われているなんて、ありえない。


「やっぱりダメです。僕は今から死にに行く人を黙って見過ごす事なんてできません! 彼女を助けます!」

「それはダメだよ。テテリは外の血を増やすことができなかった……だから、円環に還らないとダメなんだ。血が近い者での交配はよくない事が多いんだ」

「なら、外に出ていけばいいじゃないですか! なんであんな残酷な事を……」


 クオンは自分で言って、自分の言っている事もエゴである事を理解した。


「旅人さん、僕らがクマを殺して食べてもいいのに、クマが人間を殺して食べちゃダメな道理はこの國では通らないんです。それに、旅人さん、テテリを連れ出して欲しいって言われませんでしたか? このお祭りが行われる前に」

「……言われました……でも、僕は納得できない」


 クオンは、腹をすかせたヒグマの元に向かうテテリを追いかけた。クオンのリミッターを外した全速力で、


「テテリさーん! 待ってください! 僕です! クオンです!」

「クオンさん、どしたの? あっ! テテリの花嫁姿見に来た? 綺麗でしょ?」


 クオンは、心というプログラムがバグを起こしそうなのを抑えて言った。


「テテリさん、あのヒグマという獣に食べられるなんてダメだ! 僕と、一緒にいきましょう!」

「ありがと。クオンさん」


 テテリはクオンにお礼を言って、クオンの頭を撫でた。


「でもごめんなさい。テテリはクオンさんとはいけないんだよね。テテリはあのヒグマのカルーチ()のお嫁さんになるから」


 そう言ってテテリは自分を運んでいる人たちに進むように指示を出した。

 クオンは、段々と遠くにテテリを運ぶ足音が離れていくのを聞きながら、

 クオンはそこから動けずにいた。人命救助を拒否されればもうクオンには何もできない。

 クオンはもう、この國の中心部を見ようとも見たいとも思わなかった。こんな命の使い方は理解できない。

 後ろからクオンは声をかけられた。


「旅人さん、娘をテテリを連れて行こうとしてくれたんですってね?」


 それはテテリの母親と父親が辛そうに、悲しそうにクオンを見つめていた。もしかするとこのテテリの両親はクオンに何か別の感情をぶつけたったのかもしれない。


「寄食食べていくかい?」


 クオンはその問いかけに首を横に振った。


「このまま國を出ます」


 クオンがそう言うと、テテリの両親はこの國の保存食と、伝統的な模様の入った羽織などをくれたのでお礼を言って頭を下げた。

 

 やや湿った地面を歩きながら、乾いた空気。遠くに見える草原。そんな物に意識をなんとか向けながら旅人・クオンは進む。


「おや……あそこにいるのは」


 クオンは歩きながら、遠くに見える人影を視界をズームせずに予測する。


「やっぱり、彼ですね……」


 クオンは40Lのバックを背負い直し、そして両手を上げて相手にこちらに敵意がない事を示した。


「まだいらしたんですねぇ! 僕です! ウォボットのクオンです」

 

 クオンの視界の先、そこには先ほどまで滞在していた國に入る前に出会い。少し話をしたハンターの青年。ガソリン式の三輪車・ミゼットには相変わらず大量の荷物を積んであり、野営をしているらしい。腰にダガーらしい大きなナイフ。二丁のリボルバー。大きなマスケットはミゼットに立てかけてあった。

 青年はクオンを見るとマスケットを手に持って構えた。

 

「お前か、ウォボット」


 男はマスケットを下ろすと、そう言った。

 クオンはリュックを地面に下ろすと、男に笑顔を作って挨拶をした。


「また会いましたね。ハンターさん」

「ミライだ。俺の名前」


 クオンはハンター・ミライがやや心を開いてくれた事に少し嬉しくなる。


「あの國で色々な経験をしてきました。そして……寄食についても」


 クオンがそう言うのでミライは尋ねる。それをクオンは食べたのかと?


「いいえ、食べませんでした……というか食べる事は僕にはできません。今だに納得できませんけど、でもそれがあの國の常識なんでしょうね」

「そうか……ヴィータは?」

「僕があの國に入った時にはもう」


 ミライはクオンがあの國で何を見てきたのか……それを知らなければならないと思った。


「おい! ウォボット。あの國で何を見た? 何を知った? 俺が知らない以上にあの國は野蛮なのか? ヴィータは何故死んだ?」


 クオンはこんなにミライが感情的になる事に驚いた。

 そしてもう一度、


「……何があった?」

「ヴィータさんがお亡くなりになられた事。ご存知なんですね? 顛末を話してもいいですか?」


 クオンがそう聞くと、男は頷いた。


「お前と別れた後、俺はヴィータのメッセージを知った」


 死者からのメッセージを受けたというミライ。そして静かにクオンの話を聞いた。


「あの國では、旅人にあの國での出産適齢期の女の子を差し出す風習があるそうです。それは同じ国内での交配は血が近い事で共通の劣勢遺伝子が子に出るのを回避する為のようです。そして、旅人がそれを拒否すれば……空腹のヒグマに食べさせ生命の円環に還すそうです」

「そうか、野蛮を通り越して狂ってやがったか……あの國は永遠にあのままであり続けるのだろうな。戦争もない、住みよく人柄も悪くない……狂っている風習を受け入れれば楽園だ」

「僕の、お世話をしてくれた人も、自ら進んで……あれが普通だと思っていたんでしょうか」


 クオンの言葉を聞いて。

 男は一枚のスカーフを見せてくれた。それはクオンの物とは模様が違うが、紛れもなくあの國の伝統的な刺繍であった。

 クオンがテテリの両親からもらった羽織、そしてテテリからもらったリボンを見せる。

 ミライはそれを見てこう言った。


「これが、ヒグマに食われた少女の声無き叫びだ」


 クオンは意味が分からないという表情をするので、


「この棘の刺繍。魔除けの意味があるという事はお前も知っているだろ? だが、これは外の國の花言葉では苦痛。死にたくないと訴えていたんだよ。文字を持っていない彼女らはこういう物を使って俺たちに助けを求めていたんだ」

「……そんな」


 クオンはあまりの事に言葉が出ない。助けを求めていたテテリを自分は助ける事ができなかった。


「後で知った事だ。世話役の少女が、相手に刺繍の入った織物を渡すのはそういう意味があるとな。こればかりは俺にもウォボットにもどうしょうもない」

「……そうですね。二度とテテリさん達のような方が生まれないように僕はこの事を一人でも多くの方に伝えます。このリボンをして機能停止するその日まで」

「そうかい……ウォボット。近くまで乗っていくか?」


 クオンはお言葉に甘えてミゼットに乗せてもらった。このミゼットはかつて自分の先生が乗っていた物と同じ物。振動が懐かしい。


「これは俺の独り言だ」


 ミライがそう言ってクオンに聞かせるつもりで話した。


「この織物の刺繍が魔除けって意味は俺やウォボット、お前みたいな旅人にそれを配り、この話を広める事で、いつかこの死に方をする少女が出ないように考えた結果なのかもな」

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