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デッドストック・トラベラー  作者: 妖刀まふでと丸
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6/7

第五話 豊かな國

 一級河川と呼ばれた大きな川の横を一人の旅人が軽快に歩いていた。

 背負っている大きな荷物は40Lのリュックで、一人旅の荷物をあらかた詰め込んでいる。まだ國についていないのに、よく整備された道だった。川にはどんな生き物がいるんだろうとか考えながら旅人は期待を胸に國を目指す。

 旅人は人間ではない。かつて大きな戦争があった頃に作られた人型端末。紅い色の髪をお気に入りの藍色、独特な刺繍が入ったリボンで結んでいる。ある國でもらった物だが、魔除けの意味がある棘の模様らしい。ショートパンツにスポーツタイプのスパッツ。黒いシャツに丈の短いジャケットを羽織っている。男か女か分からないユニセックスな顔つきから見える綺麗なパープルアイ。覗き込むとそれが機械、露某木人(ろぼくと)であることがわかる。

 気候もとてもいい。旅人の表情には笑顔が漏れる。


「確かに三拍子揃い、何でも美味しそうですね」


 旅人の目的は美味しい物を食べる事。


「しかし國まで遠いです」


 豊かな國、だから國までの国力を見せつけてるんだろうかと旅人は思う。戦争時そういう國は確かにあった。

 旅人は、そんな豊かな国に入国するのに、自分は汚れていないか手鏡で少しチェック。


「まぁ、大丈夫でしょう」


 ごく稀にドレスコードが厳しい国があるのだ。旅人は自分に送られてきたメールを思い出す。


“ネニ様、アラシカの事、聞いてきてね“


 旅人はネニ様と呼ばれているが、名前ではない。差出人が旅人の事を姉なのか、兄なのか判断しかねるということでついた敬称。旅人の名前はクオン。


「アラシカさん、トワの古い友人の消息が不明になったのが、この豊かな國に行くと言ってからです。豊かすぎて住み着いてるんじゃないです?」


[国まであと四キロ] 


 ふざけた看板に閉口しながら妹分のトワがいないのでクオンは呆れながらそう独り言を呟いた。


「こんなところから看板を出しているなんて、よほど自分の國に来て欲しいんでしょうか? 期待と謎が深まるばかりだ」


 はてなと首を傾げながらクオンは続ける。


「自慢ばかりの威張りん坊が大勢いたとしても食べ物が美味しければさして問題じゃないですしね」


 クオンは多少のことでは怒らないし、気にもしない。


「しかしアラシカさん。トワにあれだけご執心で連絡をしなくなるというのもどうなんでしょうか……」


 トワに好意を寄せていた人間の旅人。他に恋人でも見つけたんじゃないかと思いながらクオンは、生き絶え、干からびた片腕のない人の遺体を見つけた。赤いスカーフがなんとも寂しい。


「旅は危険と隣り合わせですからね。成仏してください」


 丁重にクオンは自分を作ってくれた國の方式で遺体を弔うと両手を合わせる。そして再び國を目指した。


 

 入国はいつも通り、人の門番だった。老夫婦のようだが、身なりは綺麗。

 入出国は十七時まで、滞在は期間を定めていない。そしてクオンがウォボットだと知ると、何故かすごい歓迎された。おすすめされたホテルへ向かう。


「ウォボットさん、お待ちしておりました! あぁ、なんて可憐で凛々しいウォボットさん。是非当店のフルコースをお楽しみください」


 クオンはえらいところに来てしまったと思う。城みたいなホテル。

 支配人は貴族のようですごい笑顔。クオンはこのホテルは自分の手持ちでは支払えないと伝えると、


「何をおっしゃいますやら! もうお代は頂いています! あなたが来てくれたことです」


 支配人にそう言われ、クオンは気分がよくなるどころか、何か自分は騙されているんじゃないかと本気で心配になってきた。ここまで歓迎されるのは気持ちが悪い。

 クオンの表情を支配人は読んだ。さすがは数多の旅人の世話をしてきた支配人ではない。

 クオンが心に想っている事をクオンを安心させるように支配人は話してくれた。寿命が異様に長いウォボットは他の國に行った時、この國の話をしてくれるから観光客が増え、國が潤う。

 確かにそういう事なら一理あるかとクオンは納得した。


「ところで旅人さんはこの國には何目的ですか? 観光ですか? グルメですか?」


 支配人にそう聞かれたのでクオンはグルメであると答えた。


「グルメでしたか? 我が國は畜産も農業も盛んですから、シチュー等の煮込み料理がたいそう美味しいですよ」


 支配人は国内の説明をしてくれる。

 食物において国内自給率が破格の9割近いという。昔、輸入に頼っていた事があった時、周辺国家の不作により一度傾きかけた。当然、食べ物が少ない周辺国家はこの国に食べ物を卸さなくなる。国民は飢えた……そして大勢の餓死者と病死者が出たと……


「それから偶然、ある医師団がこの國にやってきてくれて、栄養の高い食べ物を分けてくれたんです。医師団が経営している食品会社と契約してしばらくの間食糧支援をしてくれました。その間に我が國は畜産と農耕に力を入れ、医師団へのローンを返しながらここまで國を立て直したんです」


 支配人は嬉しそうに語る。


「それは凄い! 是非、農地や牧場を見に行って見たいと思います」

「農地や牧場……ですか? おそらく旅人さんでも見学しにいけないと思いますよ? 国営の事業でして、立ち入り禁止なんです」


 少しだけ残念そうに支配人は言う。

 

 支配人が語るには、食べ物という物は命を預かる仕事だからだと政府は答えているらしい。かつてはこの畜産と農耕を観光名所にしようという案も上がったらしいのだが、心ない観光客のいたずらが蔓延した。

 そしてまだ王制だった頃に、食糧危機を一度知った王族は生産した食料を独り占めしようとした。

 国民達は立ち上がり、王制を民主政権に変え今に至る。結果として、畜産と農耕を国営事業に変え、不正がないようにお互いを見張る。しかし、就業についている人々への機密性も守られており、内部の情報が漏れないようにした結果、国民ですら立ち入れない物に変わった。


『食料生産率今年も400%超え』


 確かに、至るところにそういうチラシが貼ってある。

 事実、国民達の顔色はよく、料理店も盛んだった。商店や市場にも食べ物が溢れている。

 最近はその食料を加工して、外の国に輸出もしているという。国はさらに栄えていくだろう。

 今後、この国はさらに農地と牧場を増やしていくことを現在の政権のトップが公約として掲げているらしい、

 今年もたくさんの食材が作れたとお祭りが開催される事も教えてくれた。

 

「それは実にすごい。人類の、いいえ。法治国家の大勝利ですね!」


 クオンは心からそう言った。


「えぇ! ごく稀に税率が上がったり、国営の道路工事などに国民からそれでも不平の声は出るんですけどね。まぁ、それはどこの國でもどんな政権だったとしても国民は不平を言うものです。私は好きですよ! この国は平和です。そして飢える事もないです。旅人さん、是非我が國を堪能して、他の方に宣伝してください」


 支配人は少しばかり誇らしげに語った。


「支配人、失礼します」


 支配人に声をかける若い男性の従業員。クオンを見て、あからさまに表情を笑顔に変えた。


「団体の……お客様、お連れしました」

「もうそんな時間でしたか? わかりました。すぐに行きますのでお客様達にお茶でも()()()()()()


 支配人がそう言うと男性従業員はクオンに会釈をして去っていく。


「かしこまりました。旅人さん、ごゆっくり」

「ははっ、旅人さん。お話中に失礼しました。彼は新人で、焦るとすぐに私のところに報告にきて指示をもらわないと安心できないんですよ。困りましたよ。最近の若い子は自分で考えようとしない」

「……ハハッ、そうなんですかね」


 クオンは少しばかり困りながら話を聞いていたが、支配人はよほどクオンと話をしたいのか、中々話をやめない。

 クオンがガヤガヤ聞こえる声を気にすると支配人は言う。


「気になりますか? すみませんね旅人さん。大勢の団体客を私のホテルが受け持つ事になりまして……ご迷惑おかけします」

「いえいえ、同じお客さんなので気にしませんよ」


 クオンは少しばかり怪訝そうにそう答えた。

 しかしながら、いい國であることには間違いないので、支配人にこの国のおすすめの料理を尋ねてみた。

 それに支配人は自分の鼻に手を当てる。


「ふむふむ、旅人さん。それは……当ホテルに対する挑戦ですか? 挑戦ですね? そうですねぇ。先ほどお話した通りシチューなどの煮込み料理ですが、当ホテルはクリームシチューをパスタにかけて食べる料理が特におすすめですよ」


 ここだけの話ですよとホテルの名物料理を冗談ぽく語る。


「おぉ! 実に美味しそうです」

「ではでは、お部屋で期待してお待ちくださいね! 当ホテルの、我が國一の料理をお持ちいたします故、シャワーでも浴びてしばしの休息を」


 支配人は、そう言って部屋に備え付けてあるバスタオルを指差した。

 シャワーには目がないクオン。


「ありがとうございます。待ってますね」

「はい! すぐにお持ちします」


 支配人は微笑んで、ごゆっくりどうぞ戻っていく。

 

 クオンは前日を思い出す。

 シチューパスタ以外にも豪華な内蔵料理や野菜の盛り合わせ。

 そんな物を食べて、満足してベットで横になった時、思い出したのだった。妹分のトワの知り合いを探しにきた。身体の全体チェックをしながら、今日はどうしようかと考える。


「そしてお祭り、収穫祭みたいだな」


 観光としてはいい時期に来たなとクオンは思う。

 ホテルの朝食はビュッフェ形式だった。

 何度かこのタイプの朝食を出す宿に泊まったことはあったが、ここまで豪華な料理が並んでいるホテルをクオンは知らない。バター香るパンに質のいい卵で作ったオムレツ、そして豆から熱を与えずに引いたコーヒー。朝食というご馳走を堪能したクオンを待っていたのは最高のクリーニングで仕立てられた洗濯に出したクオンの服。

 それを笑顔でホテルの従業員は渡してくれる。綺麗に全て折りたたまれていた。


「ありがとうございます……あの、お代は?」

「宿泊料に含まれていますから」


 従業員は微笑む。


「嘘でしょ……儲けあるんですか?」


 流石にクオンは声に出して疑問を投げかけた。


「えぇ、少し赤字ですね」

「えっ? ならなんで、こんなサービスを?」


 クオンの当然の疑問とその質問に対してホテルの従業員は、


「ハハッ、旅人さん。それもウォボットさんだ。我が國の事を宣伝してくれればたくさんの観光客がやってきますし、ウォボットさんは私たち人間よりも長生きでしょ? その分、宣伝してくれる宣伝費だと思えば安いんですよ」

「……はぁ」


 クオンは気の抜けた返事を返す。


「宣伝の効果ってあるんですか?」

「そりゃもう」

「なるほど……」

 

 朝食を終えると、クオンは遠目からでも農地と牧場が見えないかと探索に出た。ホテルの支配人が言った通り警備の人が見える。しかし農地と牧場には絶対に誰も近づけさせないオーラを発しているわけではない警備の人たち。

 意を決して話しかけてみる。


「すみません。中には入れないんですよね?」

「えぇ、残念ですが一般公開はしてないんです。代わりにこれどうぞ。袖の下です」


 と警備の人は冗談を言ってクオンにこの国の人気のお土産であるキャラメルを一箱くれた。警備の人は兵隊ではないので、人懐っこくいい人だった。


「あの、少し前に入国したアラシカさんって方知りませんか?」


 クオンは意を決して聞くが、首を横に振られた。

 

 次の手がかりを探す為に警備の人におすすめしてもらった。レストランに足を運び、チーズしか乗っていないその店一押しのピザと、パリパリに焼いたパスタに舌鼓をクオンは打っていた。

 そしてここでも殆どタダみたいな料金でサービスを受ける。


「宣伝の収入でこれ元取れませんよね……謎は深まるばかりです」


 そしてクオンは自分が今滞在している支配人が、少しうす汚れた旅人を連れて観光? なんらかの引率をしている姿を遠目に見つけた。どうせなんで自分も参加しようかと思ったところ、巨大な皿に守られたサラダがやってきた。

 熟れたゴーヤと生ハムのサラダ。苦瓜と言われているゴーヤが熟れると甘いフルーツみたいになることにクオンは感動する。

 料理に意識を持っていかれている間に支配人の姿を見失った。

 

 今宵は収穫祭らしい。民族衣装のような物を来てダンスの練習をしている人達や楽器を打ち鳴らしている人たちがそこら中にいるではないか。妹分であるトワの知り合いを探すにはこの祭りが終わらないと難しい。

 祭りの屋台は先行して、観光客相手の商売を始めていた。クオンもいくつか見た事がない屋台に並んでその味を楽しもうと思った。

 焼き野菜串と豚の内臓を濃い味付けにした物がセットになった屋台グルメに舌鼓を打つクオン。そこで一人の女性が叫んでいる事を見た。

 その女性が配っている紙を拾いクオンは他人事ではない気がした。


「誰か、この国にやってきたダレンという三十代の男性を知りませんか?」


 国の警備の人が、女性にビラ配りと騒乱の注意をする。

 そんな女性にクオンは先ほどの内臓料理を食べながら近づいた。


「すみません。レディ、お話伺ってよろしいです?」


 女性はクオンを見て、


「貴方は……ウォボットさんですか? もしかしてダレンの事ご存知なんでしょうか? ダレンは出稼ぎに色んな國を転々として私との結婚費用を積み立ててくれていて、この國に向かうというレターの後に連絡が途絶えました」

「そうですか、それはお気の毒に。道中でお怪我や何かご連絡を取れなくなった可能性は?」


 女性はクオンが話を唯一聞いてくれる事で、落ち着きながらもクオンの言葉を否定した。


「ダレンに限ってそんなことはあり得ません! 怪我をしたり、病気になれば私に連絡をしてくれますし……最悪の事態になれば保険に入っているので……その連絡もありません」


 そう言って女性は自分の腕をクオンに見せた。生体にチップを内蔵し、生命活動を衛星のネットワークを介してある程度の生存情報を知らせるその機能。

 女性はそれ以上語らないがクオンは察した。

 そして、クオンはここで一つの謎が生まれ、一つ糸が繋がった気がした。

 クオンが女性に見せてもらったダレンの写真。この女性と幸せそうに甘いお菓子を食べていた。そのダレンの首に巻かれている赤いスカーフ。

 女性は、何かわかれば教えて欲しいとユビキタシアの連絡先を教えてくれた。

 どうもその日のお祭りは心からは楽しめないクオンがいた。

 

 日付が変わる日を翌日と言うのであれば、翌日。

 クオンは人間が休息をとり、活動しない深夜の三時にアラームをかけて目覚めた。クオンはこの国はいい国だけれど、トワの依頼と少しばかり感じる違和感を払拭する為に、畜産と農耕エリアをどうしても調べたくなった。しかし、そこには警備ボットや警備の人間。隠れて見ていると、旅人らしき人々が入っていくのが見えた。

 真っ直ぐに農耕エリアに入ろうとしているのは旅人らしき人々。彼らはクオンが滞在しているホテルにいた団体客だった。

 クオンは彼ら団体客が入っていくと一人になった警備の人間に姿を見せて尋ねた。 


「こんばんわ、いえ。おはようございますでしょうか?」


 警備の人間はあからさまに渋い顔をする。


「……こんな時間にどうされました?」


 クオンは率直に聞いた。

 彼らはなぜ、国営企業の観光客が入る事ができないはずのエリアに入る事ができるのか? 警備の人間は彼ら観光客は農業組合の旅行者で、農業の広い知識を持っている為、アドバイスをもらう為に招き入れたと語る。


「大変、ありがたいことです。これで我が國はさらに繁栄します」


 警備の人間がそう笑顔を作って語る。

 なるほど、農業組合の人たちであれば国民でも入れない場所に入れるらしい。

 クオンは自分は農業組合に入っていないので入れないのかと聞くと……


「あはは、旅人さん。面白い事を仰いますね。確かに農業組合に入っていれば旅人さんも入る事ができましたね。まぁ、国営企業の農園なんで何も面白い物なんてありはしないと思いますけどね」

 

 クオンはユビキタシアで知り合いに連絡を入れると再び宿に戻って一休み。昼前を待って、荷物をまとめて宿をチェックアウトとした。同時にこの國を去る準備をする。いつものショートパンツにスポーツ用のスパッツ。丈の短いジャケットに黒いシャツ。

 髪の毛を棘の刺繍が入った藍色のリボンを結ぶ、

 そして代金を受け取る事を渋った支配人になんとか頷いてもらい、一番安い料金だけでも支払うとクオンは再び、農園や畜産が行われているエリアへと足を運んだ。

 警備の交代をしてはいないようで、深夜に立っていた警備の人間があくびをしていた事がクオンに見られた事で苦笑する。

 黙っておいてくださいねとウィンクをする警備の人間。


「おはようございます。警備員さん。これ見てもらっていいですか?」

「はい? えっ……これって」

「僕の知り合いに農業組合と関わりのある人物がいまして、僕も組合に入りました。なので入れていただけますか?」


 クオンはトワという今回の人探しを依頼してきた妹分がとある國で顔利きが聞く事で農園に入る為に一時的に組合会員にしてもらった。

 それを見た警備の人間は慌てて確認に入る。


「た、旅人さん。少しお待ちください」


 二十分程経った頃だろうか? 農園の責任者と思わしき男が笑顔で警備の人間と共にやってきた。男はクオンが見せる農業組合の証明証を見て微笑んだ。


「これはこれは旅人さん、警備の彼が農業組合会員なら入れると勝手な事を言ってしまって申し訳ない」

「入れないんですか?」


 農園の門の前で責任者と思わしき男は、ここには長期の出稼ぎ労働者が働きに来ているという全く違う話をし始めた。


「謎が深まります」


 クオンはそう呟いた。そんなクオンに責任者は尋ねる。


「旅人さん、あなたはジャーナリストか何かなんですか? 何故、他国の経営にそこまでご興味を持たれるのでしょうか? この國は以前輸入に頼り潰れかけました」

「聞いています。でもそれと頑なにここを見せたくない理由がつながりません」

「なんと言えばいいでしょうか」


 責任者の男が言う。なのでクオンは答えた。


「そうですね。やましい事がなければ、どんな仕事をしているのか開放すればいいと思います。昨夜この國で騒いでいた女性。そして僕もこの國に行くと言って行方不明の人を探しにきました」

 

 責任者の男はクオンの当然とも言うべき主張を聞いて、クオンに誓約書を書いてもらう事で特別に入園の許可を取ってくれた。

 その誓約書が、この農園、畜産場にて聞いた事、見た物を誰にも公言してはならないという事。クオンは考えたなと思った。自分達、人型端末は人間との約束を違えてはならない縛りがある。

 それに了承すれば公言できない。当然ユビキタシア等情報端末での流出も不可能である。


「了承しました」


 クオンが了承。責任者は安堵。


「旅人さんが、ウォボットさんで良かったです。これが人間だったらと思うと安心しました」


 情報流出についてかとクオンは疑問に思う。

 それに聞いた方が早いかとクオンは尋ねた。


「どういう意味でしょうか?」

「そうですね。人間の方で同じ事をされたら、今頃クオンさんが見る側ではなく見られる側になってしまっていたという事でしょうか? この國の農作物と畜産物はほとんど人件費がかかっていません。この國にお金を稼ぎにきた方々に誓約書を書いていただき、働いていただいているからです」

「働いてもらってるのに人件費がかからないんですか? えっ?」


 クオンはこの男は何を言っているんだと見つめる、

 責任者の男は、


「はい、誓約書には一切の賃金を受け取らずに、我が国営企業のノウハウを学び従事するという物です。裕福な我が國の事業を学ぶ事ができるのは、金品以上の価値がありますからね」


 クオンはそれを否定した。そして言う。


「いや、それはおかしいです。つながりません。だって出稼ぎに来た人は悪く言えば目先のお金を目的にしています。先ほどから、あなたのお話は嘘が多い」


 責任者の男は苦笑する。


「はは、流石にウォボットさんは騙せませんか」

「……実際は何が行われているんですか?」


 責任者の男は用意した水を一飲み。


「爆発的に国を立て直す為にはお金が必要です。この国はある医学団に借金をして助けてもらいました。借金返済の為に国民も政府も節約です。それでも中々返しきれないでいると、医学団の方々がとある薬を私たちに下さりました。その薬を使えば、人は言いなりになるのです。と言ってもとある魚と豆から取れる毒物で作られた薬で思考能力が低下したところ、こちらの指示に従ってくれるようになる。それを、私たちはゾンビパウダーと呼んでいますがね」

「それで、先ほどの誓約書ですか?」


 クオンは繋がってきた事に少し不快感を感じた。


「はい! 言うことを聞いてくれますので、賃金無しの最低限の食料で働きなさいという事にもしたがってくれます。本人が書いた公的文書ですから、誰にも咎められません」


 男は、さも自慢げに、いや自分が正しい事を言っているかのように語る。それにクオンは相槌を打った。


「最近はこの薬の原材料を我が國の農園にて栽培、養殖して逆に医学団の方々に卸していたりもします。医学団の方々はまさかこんな大きなプラントと契約できるとは思わなかったと先行投資をしてよかったなんて言ってくださいました」

「は、はぁ……」

「あの団体客ですが、小さな貧しい国の方々で、何か特産物を作ろうと、我が國に学びにきたそうです。あれだけの団体の方々が労働力に加わってくれると来年の収穫祭は楽しみですね。あーいう形で労働力が舞い込んでくることは稀でして、あの方々を招いてくれたホテルの支配人には報奨金が支払われます」


 男はハイになってきたのか話を続けた。


「しかしです。所詮は薬なのか、あるいは本人の体質による物なのか、薬の効きが悪かったり、あるいは薬が切れてしまう人がいるんですよね。そんな方々は医学団に引き渡したり……最悪暴れてしまう方は殺処分致します」


 クオンは聞いた。


「そんな悪魔みたいな事をして、心は痛みませんか?」

「えぇ、私たちの國は周辺国家から輸入という手段で付き合ってきたのに、裏切られました。國と言うのは自国ファーストである必要があります。そこには少しばかり黒い事があるのは仕方がない事なんですよ」

「バレれば大変ですよ?」

「大丈夫ですよ。旅人さんのように人型端末の方であれば、絶対に情報漏洩をしないという約束さえしてくださればバレることはないですし、人間の方であれば、ゾンビパウダーを使って労働者になっていただくか、医学団に学術サンプルとして出荷させていただくだけですから、当然それでも何かに気づく国々や組織があったとしても政府はそれなりの袖の下を使って隠蔽するでしょう」

「なるほど、そりゃ凄いです」


 クオンが探しに来たという人物を照合。


「アラシカさん、アラシカさん……あぁ! この方、体力には自信があると仰っていたので、畜産のエリアで働いていただいていますね。何やら想い人にプレゼントをしたいとかで申し込まれたそうです」


 責任者の男はここで奴隷同然に働かされている人間の情報が詰まったユビキタシア端末を見せてくれた。


「結局、人件費が大幅に削減されたとしても、こうして一番上で管理をしている私は残業も多いですし、あぁ! まぁそれなりのお給金はもらっていますよ? いずれにせよ仕事というのは最終的には人間が管理しないといけないという落語みたいなお話ですよね?」


 責任者の男はそう言うが、クオンは笑えない。


「労働をしている人たちは人間ではないと? 道具ですか? それとも……」


 クオンの質問に、責任者の男は少し慌てる。


「当然、彼らは協力者という人間ですよ。彼らがいなければ我が國の素晴らしい作物も畜産物も、さらに医学団に降ろしている材料だって賄えないわけですからね。そんな彼らの基本的人権を無視するわけないじゃないですか」

「基本的人権……ですか」

「はい、基本的に人間の権利というものは、食事を食べて服を与えて、眠る場所がある事が大変大事ですからね。私も最初はこんな事業の責任者なんてとんでもなく嫌だ! と思った時期もありましたが、国民の方々が裕福になるのを見たり、観光客の皆さんが美味しいって言ってくださる姿を見て、だんだんやりがいを感じてきたんです。そもそも責任感は強い方でしたからね……今年、収穫量で表彰され……報われましたとそう思いましたね」


 責任者の男は感極まって泣きそうだった。方や、クオンはどんな顔をすればいいのか分からない。


「これを知った人は稀に、非人道的だとおっしゃる方もいらっしゃいます。私はそれに対してこれは異なる事を言う方だと諭すようにしています。昨今、時間外労働にその残業費未払い、そして過労死。そんな物を平然と行っておりながら非人道的とはどうでしょう? 我が農園は四タイム性で週一の休息日を設けております。労働力の方々を少しでも長く活用できるように大事に扱っていますからね」


 クオンは、なんと言えばいいか考えていた。


「十分わかりました。これがこの國の事業なんですね。最後にダレンさんという方の所在はわかりますか?」

「ダレンさん、ですか? 少しお待ちください」


 ユビキタシアの端末に入力してからその情報を読み始めた。


「……ついこの前、逃げ出した方ですね。どうやら薬の効きが悪い方だったらしく。逃げる算段を立てていたようです。逃げ出した日、國の警備兵に銃撃されて腕を失っています。それでも国外逃亡したそうですが、まず助からないでしょうね。可哀想に、なまら目覚めてしまうから痛ましい事になります。腕に生体チップを入れていたようなのでそれだけ生命維持装置に繋いでいますから死亡は確認されていないはずです」


 責任者の男はダレンに黙祷をしていた。


「これに関しては医学団の方々に物申している最中です。私達も労働力の方も薬の効き目が悪いと幸せになれないと、改良を急いでくださっています」

「そうですか、早くできるといいですね。その改良薬」


 クオンがそう言うと責任者の男性は嬉しそうな顔をする。


「話は以上ですが、旅人さんは我が國の事業に対してご理解も早くて助かります。最初は警戒もしていたのですが、最終的には私が一人で熱く語ってしまいました。いや、実にいい時間でした。お話を聞いていただきありがとうございました。是非、農園や畜産の仕事風景も見学して帰ってくださいね」


 責任者の男に連れられてクオンは、虚な瞳で働く人々がいる農園と牧場を見て回った。

 生ける屍が作った果物も、牛の乳も驚く程美味しかった。そして責任者の男性から、ドライフルーツと野菜チップスに日持ちするチーズをお土産にもらうと、そのままクオンはこの國を出た。


「……」


 クオンは考えが纏まらない。さらに先ほどまで知り、見たものは誰にも言えないのだ。

 そしてクオンのユビキタシタが鳴った。


『ネニ様、もしもし? トワだよ』

「あぁ、はいトワ。こんにちは、組合の件ありがとうございます。お陰様で入れました」


 クオンの言葉に電話口の少女は返す。


『それで、どうでした?』


 答える事ができない。

 機能としてロックされている。


「そうですね……なんと言えばいいか、いや、言えないんですよね。ですからトワ、一度会って意識の直列共有させてもらっていいですか?」


 何か言えない約束をした事をトワは理解する。


『あぁ、うん。そっかそっか……いや、いいです。私が直々にその國に行きますね。ネニ様、今回は私のワガママを聞いてくださりありがとうございました』

「……いえ」


 クオンはなんとも歯切れの悪い言葉を返した。一歩一歩歩いた先に、クオンが赤いスカーフの人を埋めた場所まで戻ってきた。


「トワ」

『なんです? ネニ様』


 クオンは聞いてみた。


「人間とはどこまで邪悪になれるものでしょうか?」


 トワはそれに、


『そりゃ私たちが演算できないくらいには……じゃないです?』


 楽観的にそう言った。自分には関係ないくらいの勢いで。


『そうそう、ネニ様。そういえば』


 トワが何かを思い出したかのように興奮気味に言う。なんですか? というクオン。


『その國のお土産って、果物の蜂蜜漬けとヨーグルトらしいですよ。混ぜて食べると逸品だとか』

「えっ? そうなんですか?」


 クオンが残念そうな声をあげる。


『その感じだと買ってないですし、食べてもない感じですね。いいですよ。私が買ってきてあげます。多分、()()()()()()()()()()()()()と思いますので』

「……」


 クオンは立ち止まった。そして、もう一度遠くに見える。あの豊かな國をその瞳とメモリーに保存した。そしてスケッチブックを取り出すと、その絵を描いて、そっと、近くの木に貼り付けた。


「……そうですか」


 クオンのその言葉を聞いてトワはクオンを煽った。


『今から戻れば食べられるんじゃないです』


 トワの悪魔の囁き。


「まぁ、トワが買ってきてくれるのでしょ? それまで我慢します」


 クオンは期待していますよと付け加える。


『ありゃりゃ? 珍しいです。ネニ様が美食優先しないなんて』


 クオンは、再び次の國に向かいながら、ユビキタシタの声に向かって語る。


「次の美味しい食べ物が僕を待っていますから、旅にイレギュラーは付き物だって昔の友人が言ってましたし」

『それもそうですね』

「はい! では」


 クオンはそう言うとユビキタシタの通話を切った。空一面が青く、吸い込まれそうな晴天。その数日後、豊かな國と呼ばれた場所はその悪魔の如き所業が世間にバレて農園と牧場の解体が決まったと風の噂でクオンは聞いた。

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