第四話 キノコ狩り
クオンはとある山にやってきていた。
それは紅葉が美しい、のんびりハイキングやお弁当を持ってピクニックも楽しいかもしれない。
そんな緩やかな山。
クオンは以前偶然再開した同郷のウォボット・トワとここに、ある用事でやって来ていた。
クオン達以外にも味覚機能がついた人型機械端末を中心にワークボットやウォボット達が集まってきていた。その目的は皆同じ。一人の山岳管理人ワークボットはクオン達を見渡して話し出した。
「この度は、キノコの会にご参加頂きありがとうございます! 今回は皆さんが味わった事のないキノコ料理を堪能していただければ嬉しいです」
山岳管理人はそう言って笑った。
山岳管理人は、キノコがどんなところに生えているか、そしてどんなキノコがどんな料理に合うか、説明してくれるので皆メモをとる。
「なるほど、勉強になります」
「ネニ様、ほんとそれ」
クオンの独り言に便乗する声。
その人物はクオンよりも頭一つ分小さいウォボット。それも同じ帝都製のトワ。クオンの妹分である。トワは、かつて帝都で存在したスクールユニフォーム。セーラー服という物にカーディガンを羽織り、長い黒髪は二つ結いに括っている。彼女は性別不詳のクオンとは違い少女型であるとすぐに分かる。アネ様なのか、アニ様なのか不明なので一文字づつ取ってクオンの事をネニ様と呼ぶ。
「この中に人間のお客様がいらしたらご申告くださいね!」
山岳管理人がそう言うが、今回の参加者には人間は見てとれない。そして名乗りを上げる者もいない。
山の危ないポイントを教わると、クオンとトワは見つめあって背中に背負った籠を誇らしく見せ合う。
何度か参加しているらしい常連のワークボット達は、もう既に籠に半分くらいキノコを集めている。中には生でかじってその味を確かめている者もいた。
二人の期待は大きくなる。
キノコ以外にも山菜の事も山岳管理人が教えてくれるので、それも少しずつ採集して今回は山の幸をふんだんに使ったお鍋をと二人は考えていた。
「トワ、キノコは旨味成分というアミノ酸が豊富なんです。ですからどれを食べても美味しいですし、スープにしてもダシがしっかりと出るんですよ! なので、料理下手の貴女でも全部煮込めば美味しくなります」
クオンが兄貴風か姉貴風を吹かしてそう話すが、トワは、「ふーん。わたし食べるの専門だからなぁ」と話を聞き流す。
この山には危険な獣の気配も感じない。なのに、クオン達のようなキノコ狩参加者しか見たところいない。
トワに聞いた。
「トワ、こんなに山菜やキノコがありながら、なぜ僕たちしかいないんでしょうね?」
「知らないですよ。ネニ様。参拝料とか取ってるんじゃないです?」
トワはそんなことよりも、自分の荷物の中から金属の串とオイル式のコンロを取り出した。周りのキノコ狩の客も採取した物を楽しんでいる。
「ネニ様、このキノコ。すごく美味しそう! 縦に綺麗に割れるし、真っ白で可愛いですね? まずはオイスターソースとマヨネーズで焼いた物を食べてみたいと思います! エクストラバージンオイルも持ってきましたからね」
「むむっ……原始的ですが……素焼きと調味料が織りなすハーモニーには抗えません!」
クオンはアミノ酸がなすいい匂いにそう言った。
本日は皆、この山でキャンプをして、菌糸であるキノコはいろんな環境や時間で採取できる物も違う。それを山岳管理官と一緒に一泊二日で堪能しようという素晴らしいツアー。
クオンはリュックから調味料の類を取り出す。
「この、火山みたいな形のキノコは七味と山椒が合いそうですね!」
ワクワクしながら火で炙ったそれにふりかける。
トワが採取したキノコと交換したり、山岳管理人オススメの食べ方を試してみたり、
「この、白いキノコですけどこの辺りでは“ワルキューレの使い“と言われているんです。どうです? そう思うと天使みたいで可愛く思えませんか?」
山岳管理人の話は面白かった。
ちょっとした料理なども試してみて、クオンはキノコという物の無限の可能性に感動する。
「トワ、僕はしばらくこの山に住みたいくらいですね……全種類食べられないのが惜しい」
クオンのその言葉は周囲の人型機械端末はみんな大笑いだった。このツアーはあまりの人気からもう十数年待ちなのである。最近動きが悪くなってきたワークボットの女性に代わりに、キノコ採集をしてきてもらうお駄賃にツアー参加権をもらっているのだ。クオンやトワのような旅人にとっては棚ぼただった。
「ネニ様って、ウォボットの中ではかなり常識と品位の高い人だと思ってるけど、食べ物絡むと空気読めなくなるよね?」
少し恥ずかしい思いをするクオン、そしてクオン達を遠くから見つめる者。
それは、クオンとトワが数多のキノコ料理を楽しみ、明日帰る時に依頼主と一緒に食べるキノコ鍋の材料を籠に残していた事で起きる。
月の綺麗な夜だった。
目を瞑り寝ているクオンとトワだが、何者かの気配を感じて即座に反応。
「何してるの? それはネニ様とトワのキノコなのだけれど? 犯罪行為に対しては人間相手でも力づくでいいって……」
トワの頭を押さえてクオンは言う。泥棒を働いていた人物。
「今すぐに食べたキノコを吐き出してください! これは人型端末しか参加できない毒キノコを食べるツアーです」
キノコを盗み食いした人物は人間の男。動画配信で一部人気の人物だった。
それは翌日だった。
人型端末が参加する毒キノコを食べるツアーと知って隠れてつけ、それを食べる事を配信してお金を稼ごうとしたらしい。
だが、お腹を下し、嘔吐を繰り返しそれどころではない。クオンがお湯を沸かして、それらを与えて、横にさせ、ツアーの後半を殆ど楽しめずに男の看病をする。
「君、ほんと迷惑! ネニ様とせっかく久しぶりに遊んでるのに」
「……すみません」
「すみませんですまないよぅ!」
「トワ、もういいですよ。ですが人の物を勝手に盗ってはいけませんし、毒キノコだとわかっていて食べてもだめですよ? 軽い食中毒でよかったですけど」
「すみません。あの……この事は」
「本当はめちゃくちゃ叱って欲しいけど、もう行きなよ……動画配信って最近人に迷惑かける人多いから反省してよ!」
「恩にきます」
クオンとトワはツアーの終了に集合する。
「もう、本当にプンプンだよ! ネニ様ももっと怒らなきゃ! トワとの時間を潰されたのよ?」
本当に怒ってトワが言う。
「まぁ、旅のトラブルもまた思い出じゃないでしょうか? ね? トワ」
「そういうところ! ネニ様、そういうところだよぉ!」
まだ膨れっ面のトワにクオンは言う。
それも真顔で……
「トワ、この籠の中にあるキノコ達。これらを使った鍋ですが……これなーんだ?」
「えっ……うそ……キャロライナリーパー……えっ? 手に入ったの? ネニ様、すごーい! 超激辛鍋が作れるぢゃん。ちょっと待って! え? ありえなーい! いつ買ったの? ネニ様っ」
「トワ、あのキノコ盗まれた事でこれを手に入れたんですよ! あの動画配信者の男性、お詫びと看病のお礼にと、くれました!」
「全く、人間の分際でちゃんと袖の下を用意しているんだったら、盗まずに言ってくれれば分けてあげたのにね? ネニ様」
腕を組んで可愛らしくトワがそう言う。
「トワ、貴女も僕に負けず劣らずの食い意地ですね!」
クオンが同郷ゆえに性格も似るのかとくすくす笑う。二人はお土産を持って依頼主の元へと帰る。
「では皆さん! このキノコ狩りですが、人間の参加者さんはいませんか? いたら申告してくださいね」
次のキノコ狩ツアーが始まり山岳管理の人型端末ワークボットは言う。そして参加者の一人が尋ねた。
「山岳管理人! 私はワークボットですが、家で待ってる人間のパートナーにキノコを持って帰りたいんですけど、何か注意点はありますか?」
それに山岳管理人は深く頷くと答えた。
「皆さんが、今回ツアーで食べるキノコは全て、人間からすれば毒キノコです。大抵が食中毒を起こす程度です。でも、絶対に食べてはいけないキノコがあります。それがこの、白いキノコです。“ワルキューレの使い“別名をドクツルタケと言います。食べると食中毒の症状が起きて、しばらくすると症状がおさまります……ですが、それは初期症状。数日後、内臓が腐って口が吐き出されます。人間からすれば致死率、100%の猛毒キノコです。食べてしまった場合はすぐに胃洗浄と人工透析をしなければ助かりません」
その注意を聞いて、参加者達は、その危険性を心に刻んだ。
それから、数日後……毒キノコを食べてきたという動画配信。
笑顔で始まったが、
「皆さん、こんにちは! ゲテモノフード配信者の……ゲホゲホ……なんだこれ?」
生放送中に……まっ黒い血反吐を吐いて倒れた男性がいた事をクオンもトワも知らない。