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デッドストック・トラベラー  作者: 妖刀まふでと丸
Be the last order
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第三話 天国に一番遠い宝箱の國

 見渡す限り荒野、いや砂漠と言ってもいいかもしれない。

 そんな場所を旅人は一歩一歩、歩いていた。


 あたりを見渡す。

 見慣れない昆虫の抜け殻が落ちており、見たところなんらかの雑草。ありがた迷惑なことに雲一つ無い青空と真っ赤に燃えるお日様が常に見下ろしている。見渡す限り山も海も見えない。水を確保する術は見渡す限り無い事が確信できる。


 そんな場所を歩く旅人はパンパンに膨れ上がった40Lのリュックをリズム良く揺らしながら進んでいた。カバンに入り切らなかった水筒と火をかけても穴が開かないコッヘルはリュックにぶら下げてある。リュックの一番上には一人用の簡易テントが縛られている。


「さて、困ったな」


 旅人は誰もいない荒野でそう呟く。


「水が圧倒的に足りない」


 自分に言い聞かせるように言った。そして旅人はそのあまりにも不毛な発言に思考を停止させた。

 旅人は黒いシャツを着て、丈の短いジャケットに身を包んでいた。動きやすそうなハーフパンツにスポーツタイプのスパッツ。そして新調したばかりの赤い登山靴。紅色の髪は藍色のリボンで結われていた。


 以前立ち寄った國でもらった物。伝統的な魔除けを意味する模様が刺繍されている。前髪を止める三本のピンと共に旅人の数少ない身だしなみの道具である。

 そんな旅人の顔はあまりにも均整が取れすぎている。

 よく見ればわかるが人間ではない。覗き込むと機械である事がわかるパープルアイに彼とも彼女とも取れる。

 そして荒野の道は意外にも足を取られる事を知った旅人はやや歩きにくいそこを億劫そうに踏みやすい地面を選んでいる。

 今どこを歩いているのか分からない、時間に関わる機能が壊れてしまったので正確な時間は分からないが、太陽と影の位置である程度の時間は計測していた。


「そろそろお昼ご飯の時間なんですよね……」


 そのお昼ご飯を食べようにも水が圧倒的に足りない状態で今に至るのだ。旅人はユビキタシアを取り出すと、その通話機能を使って電話をかけた。


「もしもし、サテライト? 通話をお願いします。連絡先はヴァンさん」

『アドレス登録から検索。連絡先ヴァンさんへの通信を開始します』


 今回、こんなところを旅人が歩いている理由。そのヴァンさんという人物の依頼を兼ねているのだ。それ故、借り受けていた小型通信端末ユビキタシアで電話をかけた。そしてそれはすぐにかかってくる。


『こちら、ヴァンの代わりにぃ、タランがでまーす! ヴァンは別のお仕事中でーす』


 希望の相手ではない者からの返答。


「タランテラさん、こんにちは。ヴァンさんは別の御用なんですね……少し困りました。伺っていた場所に國どころか、街の姿もなく、水を切らしてしまいました。その某国のクラッカーを購入する事を第二優先に下げますね」

『へぇ、それは困ったねクオン』

「えぇ、ヴァンさんのご情報ですから間違いはないと思うのですが……」


 少女の声で話す人型端末タランテラが呼んだ旅人の名はクオン。

 クオンは誰もいない荒野での話し相手をしてくれるタランテラに言う。


「何も無いんです。見渡す限り砂漠みたいな荒野です。こんな場所にクラッカーが売っているとはどうも思えません」

『えー、でも確かにヴァンの話じゃ今年はその辺りにあるハズなんだけどな。どう思う? 怒らないから言ってみて』


 そう、クオンはとても美味しいお菓子が食べられると聞いて、ここにやってきたが國らしい場所はない。


「これを言うと怒られるのかもしれないけれど、ヴァンさんの情報はもう随分古くて、その國はその随分前に滅んでいて今は更地というリアルな事実が僕の脳裏で渦巻いているのだけれど……そんな辺りじゃないかなと思うんですけど……どうでしょうか?」

『…………は?』

「ほら怒った!」

『そりゃ怒るわよ! それじゃあヴァンが馬鹿みたいじゃない』

「そこまでは言ってませんよ!」


 通話をしながらクオンはいくアテもなく周囲を歩いている。


『謝って! タランとヴァンに謝って!』


 代理のタランテラが謝罪を要求する。


「はいはい、ごめんなさい……ん?」


 クオンが投げやりな謝罪をしていると何かの異変に気づく。それに通話中のタランテラはクオンの様子が変わった事に食いついた。おーいと声をかける。


「タランテラさん」

『ん? なになに?』


 何もないハズだった場所。そこの小さな地鳴りと振動とともに、最初は地震かと思った。そう思っていたらあれよあれよと言う間に何いやら黒くて巨大なマドレーヌ型の何かが地面から生えてきた。

 それは高さは数十メートル。周囲はどれくらいあるのだろうか? 一つの小さな國くらいの大きさがあるのではないかとクオンは思いながら眺めていた。

 それはなんらかの建造物。


「タランテラさん、見つけました! 多分國です」

『ほら! あったじゃない。クオン、アンタ何処かセンサー壊れてるんじゃない?』

「違いますよ……地面から生えてきたんです……というか埋まってたんでしょうか?」


 クオンは警戒しながらその巨大な建造物へと近づいて見る。多分人の住うコロニーの類だろうと思っていたが、なんらかの兵器であれば危険なのでゆっくりと近づく。


『ちょっとクオン入って見なさいよ』


 無茶を言うタランテラ。


「様子を伺ってからですね。そもそも人がいるのかもわからないですし」


 クオンが少し離れた場所でそれを眺めているとその入り口らしき場所が開き、防護服のような物をきた人物が現れた。そしてクオンに大きく手を振る。


「旅の方ですか? それともこの辺りの作業用人型機械端末の方ですか?」


 クオンは前者ですと返し、その人物は近づいてくる。防護服らしき中には中年の男性の顔が見える。そして何をしているのかを尋ねてきた。


「このあたりの有名なお菓子を食べにきたのですが……」


 男性は笑顔で手招きをして見せた。


「きっと旅人さんが言っているお菓子は僕の國の特産物ですね! しかし、旅人さんにその事を教えた方は物知りだ。今回のタイミングで浮上したわけなのだけれど。それを知っていたのかな? いずれにしてもこの出逢いに歓迎させていただきたい」

「なんだか、いい感じに話が進みますね」


 これで大丈夫なのか念のためにタランテラに尋ねた。


『行ってみようよ! ヴァンの情報の正しさも守られたしさ』


 高みの見物をされているようで乗り気ではなかったが、これもまた旅の醍醐味とクオンは思うことにした。


「では少しだけ失礼させていただきますね」


 クオンの申し出に男は微笑んだ。


「そうこなくっちゃ!」


 そう言われ、クオンは男に目の前の建造物の入り口へと案内される。近くで見るとその建造物の色は濃いグレイでレアメタルでできているようだった。

 

 建造物の中は、空調が行き届いており、そして外から見るよりもずっと広く感じた。居住区と思われる場所、この建造物内のプラントのような場所。そしてこの建造物の心臓と思われる動力部が真ん中で稼働していた。その少し離れた場所には生簀、そして畜産でも行われているのか牛や豚が放牧されている。 

 男は防護服を脱ぐと何やら呼び出しボタンを押す。クオンの前にゾロゾロと人々が集まってくる。年齢は年配の男性に女性、そして後は中年の人々。若い人がいると思ったら、クオンと同じく人型機械端末だった。クオンはそんな人達に頭を下げた。


「初めまして、大戦時に作られたウォボット(代理戦争道具)のクオンと申します……歩いているとこのドーム? を見つけまして、こちらの男性に招かれました」

「そうなんだ! 百年も前の大戦を知るクオンさんです!」


 招いてくれた男性は旧知の仲の様にクオンを紹介する。そんな中で、きっとこのドームのリーダーらしき高価な制服をきた老人が帽子を取って挨拶してくれる。


「クオンさん、カプセルコロニーへようこそ! 私はこのコロニーの三世代目の首相を任されています。旅の方との稀な出会いはご馳走よりもありがたく、是非、旅のお話でもと思いまして、出来うる限りのおもてなしをさせていただきたい。まずはお部屋を用意しましたのでどうぞ」


 クオンの返答を待たずに、人型機械端末。若い女性型の同じくウォボットが案内してくれる。人々は皆にこやかにクオンを招いてくれる。ただし、クオンの知識にカプセルコロニーなんて物はないし、疑問符が並ぶ。

 このドームの人全てが集まってきたようで居住エリアはその部屋数に対して随分空室が目立つ。案内された部屋は一人で利用するには広すぎて、この部屋で快適に生活ができてしまう。超高級ホテルのスイートのようだった。


 冷蔵庫が完備されており、ウォボットの女性はそこからミネラルウォーターを取り出すと高価なグラスにそれを注いで渡してくれる。ごゆっくり、と言われたので深々と頭を下げてお礼を言った。

 クオンは一人になると巨大なベットに腰掛けて、荷物を地面に下ろした。新調した登山靴を脱いで、冷蔵庫からもう一本ミネラルウォーターを拝借すると、水筒に水を足す。そして、ベットに横になって目を瞑り全身のチェックと簡易メンテナンス。


「さて、荒野にある地図に載らない國……か」


 通話中のままにしていたのでタランテラが話す。


『黙って聞いてたけど、今、クオンはどこにいるの? サウンドオンリーで聞いていても高待遇である事はわかるけどさ』

「カプセルコロニーって場所らしいですよ。旅人は珍しいんだって……てかなん地面に埋まっていたんでしょうね。生活水準は極めて高い、整備の行き届いたウォボットに最先端の科学を見せつけられています」


 少しばかり本当に正直に悔しそうに言うクオン。それにタランテラが粋な返しをする。


『じゃあそこで暮らしちゃいなYO!』


 そう言うだろうなとクオンはベットの天井を眺めながら笑う。


「それは悪くない提案だね。でも、旅の目的は世界中の美味しい物を食べる事だから、丁重にお断りしよう」

『ぶれないね。きっとクオンに味覚機能をつけた人は本望だよ』


 それにクオンはまたしても笑ってしまう。


「タランテラにもあるでしょ? 味覚機能」

 

 洗濯をして、ジャグジーバスに浸かった後、クオンはこのカプセルコロニーの食事に招かれた。

 きちんとした服をと、昔大事な人がくれた大戦時に着ていた将校の制服を素早く着ると、呼びに来たウォボットについていく。そして所狭しと並べられたご馳走の前で再び紹介され、クオンも照れながら挨拶をした。

 立食形式のパーティーをクオンの為に用意してくれたらしい。ご馳走はどれも子供が好きそうなハンバーグ、スパゲッティ、カレー、グラタン……やや緑色が足りていないようにも思える。しかし、クオンももちろんこれらが嫌いなわけもなく一品一品味わった。


 そして十分な量のエネルギーを補給したと思ったが、よほど来客が珍しいのか、これも美味しい、あれも美味しいとクオンの皿に次々と何かを乗せてくれる。

 流石にこれ以上は苦しいなと思って席をたった「ちょっとお花を摘みに」このジョークは大いにウケた。

 お手洗いで用を足す必要はないが、あれ以上食べると何処か問題が出そうだったので、少し一人で館内を散歩。


「帝都のウォボットさん」


 それは立食パーティーに参加していなかった女性の、クオンを部屋に案内してくれたウォボット。

 食べた物をエネルギーに変換していたので、クオンは彼女が突然現れた事に少しばかり警戒する。彼女の表情はなんとも言えない。歓迎ムードにしてはややテンションが低く見えた。

 彼女はクオンを見つめ、少しだけ微笑んだように見える。

 彼女は見るからに随分昔、言うなればクオンと同時期に作られたと思われる瞳の形状をしていた。現在では失われた精巧な技術で作られている。それもそう、クオンはこのタイプのウォボットを知っていた。

 セーラータイプのワンピースにエプロンをつけている彼女。もしかすると料理を作っていたのかもしれない。

 じっとクオンを見つめている。


「……えっと、何か?」


 クオンはこの間に耐えられず聞いてみた。


「その……」


 彼女は何か言いたげだった。


「この、カプセルコロニーの人たちはどうですか?」

「とてもよくしてくれますし、優しいですよ!」


 クオンの正直な感想。

 それに彼女は微笑む。


「そうですか!」


 何度もうなづいて、そして胸に手を当てて、スキップでもするようにクオンの横を通り抜けていく。

 

 もう一度風呂に浸かりゆっくりとその日は休んだ。

 クオンは体内時計が狂っているので部屋の備え付けの時計を見て、午前の十時半であることを知る。寝過ぎたなと思う。

 昨日の礼服はきちんとハンガーにかけて、クオンは普段着を洗濯しているので、室内着。上下黒のジャージという古代の民族衣装である服に袖を通す。部屋の外を出てみると、ドーム内プラントで野菜を収穫したり、放牧をしている住人。時折、ウォボット達に何かを教えられている住人。

 男性型のウォボットがクオンの前に歩いてきたので、クオンは自然におはようございますとお辞儀。すると……


「おはようございます。帝都のウォボットさん」


 挨拶が返ってきた。クオンは帝都のウォボットさんという言われ方は慣れないなと思う。

 食事はどうやら配給制度らしくプレートに乗ったボリューム満点のモーニングを受け取ると、共有スペースの食堂にある適当な席に座った。

 クオンが座るところに人々が集まってくる。スクランブルエッグに、バターの良くきいたロールパン。そして大きなソーセージにレタスがメインのサラダ。やはり野菜が足りないような気がする。クオンは皆に旅で食べてきた食べ物の話を聞かせ大いに盛り上がる。

 

 ゆったりとした朝食の後、このドームのウォボット達は皆総出で出かけるらしい。クオンがかつて作られた國と同盟関係にあった國のウォボット。制圧進軍型ウォボット・ルクス。共に演習をしたなと昔を懐かしむ。

 そんなことを考えていると四十代。あのクオンをここに連れた男性がやってきた。


「あっ、こんにちは……えっと貴方は」


 クオンは名前を聞いていない事を今にして思い出す。


「ヨハンです。クオンさん、外のお話教えてくれませんか? 大戦はどうなったんですか?」


 クオンはヨハンが目を輝かせてクオンの話を聞くので、色々と語る。すると、なんだか不思議な、いや少し妙だと思った。


「へぇ! クオンさん達の國は負けたんだ!」

「みたいですね……無条件降伏です」

「クオンさんは()()()んでしょ?」


 所々、この中年の男性は幼さを感じる。


「強いんですかねぇ?」

「強いよ! ルクス達は言ってた! 後期型クオンがもっといれば戦局が変わってたって」


 クオンの戦略的意味も教わっている。今こんな話を外でしようものならウォボット差別で大問題になりそうだなとクオンは笑う。


「実は僕は戦場にはあまり出向いていないんです。ラストナンバーの将校機だったので、終戦後はデットストックとして倉庫で眠ってました」

「将校機! すごい!」

「あはは、お恥ずかしながら……」


 かつてクオンは要人と共に宣伝等のような仕事が多かった。それは一部のマニアには敵国問わず人気があった物だが、当時を知る人は殆ど今はいない。


「ヨハンさん、ちなみにみなさんは外にはいかないんですか?」


 彼は防護服のような物を着て外に出ていたが、そんなものはいらないだろうと思って尋ねてみた。


「すごい久しぶりの地上だけど、ルクス達の許可がないと外には出れないんだよ。申請をして少し周囲の探索をさせてもらったけど、外って何もなくてつまらないね? クオンさんはウォボットだから平気だろうけど、とてもじゃないけど外では暮らせそうにないよ」

「……そう、ですかね?」

「地上は戦略弾頭で死の空気が漂っているから、後何百年も後じゃないと人は住めないんですよね?」

「……ん?」


 明らかにおかしい。


「違うんですか?」


 情報が間違って伝わっているのか……明らかにおかしい。


「でも、地上に来たということはそろそろ次の世代の、仲間達がやってくるってことだからワクワクしちゃいます」


 ヨハンがそう言うと横からヨハンより年上らしい男性が横から声をかける。


「ようやくヨハンよりも下の世代が来るんだ。嬉しいよな!」

「そりゃもう!」


 年配の男性とヨハンは二人で盛り上がる。


「クオンさんは人間の子供を見たことがありますか? 可愛いですよ!」

「えぇ、まぁ……はい」


 クオンは曖昧な返事を返す。


「子供達は小さいくて、とてもいい匂いがして、小さすぎると、ルクス達が育てるので、みんなで見学に行くのが楽しみで、でも私でもできると思うんだけどな」


 年配の男性は赤ん坊を抱くような仕草を見せる。


「イズミさん、私も、私も子供を抱いてみたいです」


 ヨハンも同じく赤ん坊を抱くような仕草でイズミと呼んだ年配の男にそう言う。


「クオンさん、ヨハンはこれから一番下の世代じゃないから、こんなワガママが言えなくなる事をまだ分かってないんです」


 クオンは言われている話が殆ど入ってこない。


「赤ちゃんが、ここにやってくるんですか?」


 イズミとヨハンは鳩が豆鉄砲でも喰らった顔を見せる。そしてどっと笑った。


「赤ちゃんだけじゃないです。年齢は様々ですし、何歳がくるかは分からないですよ。当然じゃないですか!」

「そうですそうです! だから楽しみで」

「ははっ! そりゃ、ヨハンは人一倍楽しみだろうな!」

「ふふふ!」

「今日は、あのお菓子が食べられるかもね!」


 二人の盛り上がりを見ながらクオンは少し部屋に戻る事を伝える。一つ疑問ができて、一つ答えが出た。疑問は間違いなくこのカプセルコロニーは人々の常識がおかしい、一つの答えは目的のお菓子が食べれそうだという事。


「謎は深まるばかりです」

 

 その日のお昼はあらかじめルクス達が用意していた昼食を配給され、夜になってもルクス達は帰ってこなかった。

 クオンは一宿一飯の礼代わりに、せめてここの留守番を兼ねた警備員くらいはしてあげないといけないなと考えを纏めていた。スカッシュに付き合わされたり、お話をしたり、ここの人間と関われば関わる程、異様に子供っぽい事に気づく。クオンは厨房を借りてパンケーキを振る舞ったり、旅の話を聞かせたり、翌日もそうして過ごしていたら、ルクス達が帰ってきた。


「クオンさん、留守中の警護ありがとうございます」


 他のウォボット達の後ろにぞろぞろと六人、下は三歳くらいから上は十四、五歳の子供達。皆同じようなボロを身に纏っている。

 その日のお昼は、半数のウォボット達が姿を現し、このカプセルコロニーの人々の給仕、いや教育というべきか? もう半数はいない。容易にあの子供達と共にいるのだろうと思われる。

 クオンはユビキタシタでタランテラに言った。


「この國? いや、施設はどこかおかしいです……でもみんな幸せそうだ」

『幸せは人それぞれでしょ? クオンはパトボットじゃないから何があっても我関せずでいいよ』


 まぁ、そうなんだけどと相槌。


「スイーツをいただいたら、お(いとま)しようかな……」


 それを聞いて、電話口のタランテラは旅人の自由は誰も阻害できないと粋な事をいう。


『タラン的にはもっと探索して欲しいんだけどな』

「あんまりウロウロするのは失礼だよ。無料で立派な部屋を提供してくれてるし」

『クオンがみんなに好かれるのそういうところだよね』


 タランテラとの長距離通話もなんだか慣れたところで、部屋に誰がが来たので通話をそのままにしてベットに置く。


「失礼します。クオンさん、よろしいですか?」

「ルクスさん、どうぞ」


 先日までどこかに出かけていたウォボットの女性。ルクス型。恐らくはこの施設の管制役の彼女が訪ねてきた。

 最初に会った時より、随分表情が柔らかい。そしてルクスは喋り出した。


「クオンさんの旅の目的はなんでしょうか?」


 今まで何度なく尋ねられてきた質問。トラベラー上級者は“そこに見知らぬ国があるから“とでもいうのだろが、クオンは違う。答えに困っているのでルクスはクオンに聞きなおした。


「何か理由のある旅でしょうか?」


 理由は一応あるなとクオンは返す。


「美味しい食べ物を食べ歩いてます」


 それを聞いて、ルクスは綺麗な瞳の奥の機械をカチカチと動かした。


「クオンさんは味覚機能が付いていたんですね……羨ましいです」

「当時では不要な機能でしたからね」

「今は、必要な機能と言えます」


 反応に困っているクオンにルクスは何かを言いたげだった。

 なのでクオンは聞いてみた。


「僕に何か御用ですか?」

「……はい」


 ルクスの表情は期待と不安が入り混じっていた。


「私たちと、このカプセルコロニーで暮らしませんか?」

「えっ?」


 とは返したが、この提案がほぼ予想の範疇だった。まさか、ウォボットに言われるとは思わなかったのだが……


「僕には確かにメリットがいっぱいありますけど、何故ですか?」

「味覚機能があれば、人間のみなさんにレシピ以外のアレンジした味を楽しんでもらえます」


 クオンはそれ以外にも何かクオンは思うところがあると睨んでいた。それにルクスは返事はまたと言って部屋を出て行く。


『あのウォボット、クオンに惚れてるんじゃないの?』


 タランテラの茶々にクオンは返す。


「光栄ですけど、多分違う気がします」

 

 そして、翌日の正午にルクス達はあのどこかから連れてきた子供達と共に現れた。子供達は綺麗な服を着て、血色もいい。そして、少し人を恐れたような目をしていた彼らに笑顔が咲いていた。

 そしてルクスは普段よりも笑顔を増して挨拶をしてくれる。


「クオンさん、そしてみなさん。こんにちは! 今日から新しい世代の子供達のご紹介をします! 一番歳上の子がトリエラ、そして二番目のお兄ちゃんがサキタ……」


 恥ずかしそうに挨拶をしていく子供達。


「皆さん! 今日は新しい世代の仲間が来たので……お祝いのお菓子を作ります! 夕食のご馳走の後に食べますので、少しだけお腹を残しておいてくださいね! いいですか?」

「わーい! 特別なお菓子だ!」「やった、てらみす! たらみす!」


 どうやら、クオンがこの國をたつ環境は整いそうだった。お目当てのスイーツである。


「では、私たちは材料の調達と歓迎会の準備をしますので、何人かのルクスと一緒に子供達と遊んであげてください。できればクオンさんも」

「はい、構いませんよ!」


 クオンは快くそれを受ける。

 ルクスはそれはそれは嬉しそうに頷くと残りのルクスを連れて再びどこかへと出かけていった。


「さて、その伝説のお菓子をようやくお目にかかれるわけで……楽しみです」


 クオンはやけにクオンに懐く女の子にクマのぬいぐるみで遊びながらハンズフリーで話す。


『ぜひ、写真も残しておいてよ?』


 クオンはいつでもこのカプセルコロニーを出れる準備をしていた。クオンの予想ではこのコロニーはもうそこまで長い間地上にはいないだろうと思っていたから……


『まぁ、クオン。色々思うところがあると思うけど、流されないようにね』


 クオンが何か躊躇していると気づいたタランテラがそういう。

 実は、クオンはその時、別の子供にせがまれて肩車なんかをしてその場を離れていた。


「あなただぁれ? クオンは向こうでご本読んでる」

『子供? 君こそ誰?』


 ユビキタシアを見て、興味深そうにそれを見つけた子供は喋るのでタランテラはこの子供の相手をした。


『私はタランテラ。最新型の美少女ガードボットよ』


 話を聞くとその子供の名前はモナコ。ここに来るまでは暗くて狭いところに入れられていたという。そんな時、突然ルクスたちが来てこの明るい場所に連れてきてくれたと語る。


「たらてらもクオン達のところいこ!」

『タランテラね? まぁいいや、うん。クオンの元に連れて行って』


 タランテラにお願いされるとモナコはとても嬉しそうに返した。


「うん、ここは天国見たいね!」

 

 ルクス達はいつも通りご馳走を沢山作って、共用の食堂にそれらを並べた。コンソメスープ。パプリカを使った鳥の煮込み料理、、大量のプディング、それらクオンが食べた事のない料理に目がいくが……やはり野菜が足りないようにも思えた。が、よく見るとどれにも沢山野菜が使われている。大量のスパニッシュオムレツの中にはたっぷりのトマトと玉ねぎににんじん。


 行儀良くルクスと首相である男がお祈りを皆に促し、それが終わるとゆっくりと立食が始まった。メニューはいくつかのパターンをローテーションしていたが、今回は見知らぬ料理が並んでいる。それをみていたら男性型のルクスが。


「外の世界でいくつか料理を学びました。牛や豚を食べることができない信仰を持つ人たちの料理、パプリカと香辛料で鶏肉を煮た牛や豚のような料理に似せているそうです」


 クオンはそう言われて、少量皿にとって食べてみた。少しピリ辛だが味のつきにくい鳥に良く染み込んでいて美味しい。


「クオンさん、このオムレツはどうですか?」


 別のルクス型ウォボットに勧められてそれを食べる。これも極めて美味い。

 今まではこのカプセルコロニーの人間達だったが、ウォボット達にも囲まれる。

 クオンはこれらレシピ通りに作られた料理に対して一貫して美味いと言い続けた。


「どこでこんな料理学んだんですか? 今までと違って野菜を沢山取れますよね?」

「……良くわかりましたね」


 男性型のウォボットは感心したようにそう言った。そして彼は。


「他の物も食べてみてください。感想が知りたいです」


 どれも健康面も栄養面も良く考えられている。

 クオンは言う。


「この料理は全部、とっても優しい料理です。食べてくれる人のことを考えられた素晴らしい料理だ」


 クオンは食べる手を止める。

 ルクス達はそんなクオンを不安そうに見る。本当は美味しくなかったんじゃないかと……


「周りの皆さんをみてください。笑顔で、美味しそうにたべています。これがきっとこたえですよ」


 ルクス達は、不安から驚愕。クオンと同じく人々を見て、うなづく。

 そして、管制塔の女性型ルクスが。


「クオンさん、この前のお返事は?」


 管制塔のルクスはじっとクオンを見つめる。さて、なんて返そうとかとクオンは考える答えはもう当然決まっている。他ルクス達も皆クオンを見ている。このカプセルコロニーはどこかクオンの知る常識とはかけ離れたところにあった。

 それ故万が一彼らが襲ってきた場合、手入れが行き届いたこれだけの数のウォボットを制する程の力は今のクオンにはないなと思った。

 念のために、唯一身体に残っている基本兵装のロックを外す。


「すみません。僕は旅を続けようと思います」


 クオンの返事に、ルクス達は俯く。


「クオンさん、私たちには新しい情報を知識を有するクオンさんがいてくれると凄く助かります。なんなら、私達の管制権限を与えても構いません」


 クオンは旅をすることを約束と決めた。であれば……彼らは?


「あなた達はどんな約束を持ってここにいるんでしょうか?」


 管制塔のルクスは答えない。代わりにここにいる人間たちに目を向ける。

 敵意はない。兵装に再びロックをかけるクオン。

 それに気づいたルクス達には安堵の表情が戻る。彼らも同様の行動を取ったのだろう。


「クオンさん、貴方が食べにきたこの國のお菓子。もう直にできます。それを食べてからにしませんか?」

「えぇ、それを僕は食べにきたので」


 クオンがそう言うと、何人かのルクス達は厨房へと戻っていく。

 今だにルクスはクオンを熱く見つめて離れない。もしかすると本当にルクスはクオンに対して他の感情を抱いているのかもしれない。心というプログラムは誰にも分からないのだ。

 クオンは運ばれてきた大量のスイーツを見てルクスに一緒に食べませんか? と提案してみる。


「クオンさんはお楽しみください」


 ルクスが優しく答える。それにクオンは頷き、そのお菓子をもらいにいく。


「はい、ではいただきます」


 うなづくルクス、周りに集まってきた子供達を相手をする。

 やや上の空で


「みんな、美味しいティラミスをたべていらっしゃい」

「ティラミス? 美味しいの? ルクスも一緒に食べよう!」

「……私は、残ったものをいただきます」


 ルクスが聞こえるかどうかの声で呟く。

 クオンは、声に出してしまった。


「なるほど、一つは一緒に食事を楽しむ。それで僕をここに誘ってくれたのか」

「クオンさん! てらみす。美味しいですよ! 今回はアイスクリームを入れてあるみたいです」

「それは実に楽しみです」


 クオンは、男性型のルクスがお皿一杯に入れてくれたティラミスを見る。

 確かにパティシエが作ったようなそれ、期待が持てる。


「クオンさんには皆さんより沢山、多めに盛らせていただきましたので! どうか……あの件、ご検討ください」

「えぇ……まぁ、はい」


 他の人々の三倍以上大量に盛られているティラミスにクオンは少し苦笑する。昔、一緒に住んでいたあの人も自分の機嫌を取ろうとして大量のお菓子をこうして皿に持ってくれたなと思う。

 しばらく皆デザートのティラミスを食べる。このティラミス。実はクオンは食べたことがある。というか、割とどこの国のケーキ屋さんでも食べられる。このケーキには意味がある。

 元気付けるとか、そんな意味だった。新しくきた子供達を元気づけるという意味なんだろう。

 流石にご馳走後に山みたいな量のティラミスはクオンもこたえた……


「皆さん、ごちそうさまでした! 本当にこんな美味しいティラミスを食べたのは()()()です」


 クオンがそう言うと、女性型の管制塔ルクスが近づいてくる。そう、クオンはお断りする事がなんだか人工的な胃が痛む気がした。


「クオンさん、少し……散歩しませんか?」


 ここでは話したくない事なのか、クオンはうなづく。

 ついてこようとする子供達や、元々の住人を他のルクスが相手をするので、カプセルコロニーの中をクオンとルクスは二人で散歩する。


「ここ、変ですか?」


 率直な質問だった。クオンは昔住んでいた人の言葉を思い出す。聞いてくるということは大抵答えが決まっているのだと。


「なんというか、少し……特殊ですね」


 カツン、カツンとヒールの音が響く。良く見るとルクスは少しお洒落をしているようだった。高価なヒールにイブニングドレスをいつの間にか着ている。

 そういえば、ルクスを作った國の人々のファッションセンスは優れていたなと思い出す。


「すみません。クオンさん、今から行くところは電子機器を嫌がります。ユビキタシアの電源を切っていただけますか?」


 何処に連れて行かれるか分からないが、言われた通り、電源を落とす。


「ルクスさん、僕を何処へ連れていくのですか?」

「見て頂きたい物があります」


 ルクスがそう言うと、別の男性型ルクスが敬礼する。


「管制官、よろしくお願いします」


 そこはこのカプセルコロニーの入り口からすぐ中心部。

 そこに地下へと続く入り口があった。


「この下にある物です」


 よく考えれば、クオンはおかしい事に気づいた。

 このカプセルコロニーの動力部がここにあるのは、何らかの効率を考えたものだろう。それは、この施設の各種電力共有の効率性だと思っていたが、動力部の下に何かがある。逆じゃないのか? 動力部が下にあるのではないのか?

 裏を返せば、この大きな動力部を上部に剥き出しにする理由。


「この下、相当な設備があるという事ですよね?」


 ルクスは、ゆっくりと頷く。


「ここは子供達を救う最後の方舟でした。生きる為の、生きていく為の」

「……えっ?」

「こちらです」


 ルクスはクオンの手を引いて、動力部の下にある階段を降りていく。


「ここは、私たち制圧進軍型ウォボットの指令。人間のアドルフ大佐が全ての財産を投入して作った“ハーメルン“」


 クオンは会釈して入室。


「凄い施設だ! さすが技術大国」

「恐縮です。大佐がご存命ならお喜びになられた事でしょう」


 そこは、現在は失われたであろう技術で作られた未来観測装置。その司令室。


「このカプセルコロニーは地上に出て、晴れの日が続くのであれば一週間の充電で五十年分の電力を充電できます」


 今日が一週間、そしてその間晴れ渡っていた。計測器のバッテリーは満タン近くに充電されている。


「僕がここにたどり着けたのは、結構奇跡なんですね」

「いえ、違うんです。これも大佐の作ったこの演算装置によるものです。誰かに、ここに来るように言われませんでしたか?」


 そう、ここに来たのはタランテラの相棒。中年の男性ヴァンにクラッカーを購入するように依頼された。


「言われました」


 クオンは、驚きを隠せなかった。


「いくら何でも……どうやって?」


 かつて量子コンピューターと言われたその演算装置でも、こんな予言めいたことはできない。


「気になりますか?」

「そりゃもう……もし、これがあるなら僕を作った國や、ルクスさんの國は戦争に勝てなかったとしても、講和条約を結ぶ方法くらいは提示してくれたんじゃないですか?」


 ルクスは装置をカタカタとタイプしながら、クスっと笑った。


「これは、私達も実は驚きました。三十年周期でこの施設は地上に上がってきます。だから、大佐は私たちに命令をしました。地上に上がった時、三十年後、天候等を考慮して前後十日程の三十年後、この場所で名物料理が食べられると流布するようにと。そして、出来ればここには帝都製のウォボットが訪ねてきて欲しい事を追記していました」

「何故に帝都製のウォボットでしょうか? 味覚機能ですか? これは稀に他国のウォボットにも搭載されている方がいますよね」

「味覚機能もそうですが、一番は振動兵器」


 ルクスはクオンの手を見てそう語る。


「この施設は、大佐が敗戦後に多くの子供たちが孤児や奴隷として売買される事を未然に防ぐために作られました。この前連れてきた子供達も劣悪な環境下に置かれた孤児を保護した子等です。ありがたい事に、私たちを上回る兵器の存在は地上では確認できていません。ですから子供達は保護し、この施設で快適な人生を歩んでいただけます」

「あの子達に関しては薄々そんな気はしてました」

「大佐は仰っていました。子供を大切にしない國は滅ぶと、ここは最後の楽園。いいえ、天国に最も遠い宝箱の國です」

「……はぁ」

「少し、おかしい……とは私達も思っています」


 ルクスはそう言った。


「クオンさん、私達は長い年月をかけて周辺の國々を見てまわりました。あの頃、私達代理戦争端末があった時と人々の営みにさほどの違いは見られませんでした。そして人間の持つ暗黒というものでしょうか? 人や機械を大切に扱わない人々は変わらず存在する。世界は終戦を迎えてもアップデートする事はできなかったと結論づけました」

「戦争は政治手段ですからね。でもここがどいういう施設かはよくわかりました」


 クオンは否定するわけでも肯定するわけでもなく答える。そして尋ねる。


「なぜ、僕の振動兵器を?」

「動力部の駆動の為です」

「どういう……」


 いまいちクオンはルクスが言っている事が分からない。クオンの手に内蔵されている兵器は破壊用の超振動。


「今回、浮上できた事で確信しました。何故、このカプセルコロニーの未来演算が、あなた達。帝都のウォボットをここに組み込まなければならないか」


 ルクスは自分の手を絡めながら、司令室のモニター画面を表示させた。そこで見た物。クオンは未だ繋がらない。


「十二回目の浮上。これは浮上確率50%程でした。私達、ルクス型の一基が節電を提案し実現できたともいえます。バッテリーの経年劣化。そしてこの時代にはこれを交換できる技術はありません。ですからあなたです」

「手動で?」

「はい、回りさえすれば発電はされます。そしてこの頭上にあるあの巨大な貝の形をした動力部は発電するには大きな振動の力、クオンさんに通常搭載されている超振動がまさにそれに当たります」

「……いや、無理」

「私達ではあの動力部を回せるだけの運動量を持っていません。クオンさんにしかこれは頼めない事になります。クオンさんはこのカプセルコロニーでとても充実した日々を過ごしていたようにお見受けします」

「そりゃ、楽しいですよ」


 想像通りの反応にルクスの表情が明るくなる。


「では!」


 さらにルクスは一つ提案した。


「クオンさんは将校機、私の全権を譲っても構いません」

「いえ、結構です」


 クオンの拒否、クオンがここに留まらないことを悟ったルクスは、


「同盟国の同志の頼みでもですか?」

「戦争は終わりました」


 少し、不快な表情をルクスは見せた。そしてチック、いやこの場合は何らかの命令反応かもしれない動きを見せた。


「どうしても、残っていただけませんか?」


 クオンは嫌な予感がしていた。

 ルクスは勧告する。


「クオンさんが残ってくれなければ、ここにいる人たちは電力が途絶えて死んでしまいます」


 クオンは理解し難い勧告だった。


「? えっ?」

「分かりませんか? 30年バッテリーがもたない状態で地下に潜ると、次は上昇する事ができません。それだけではありません。自家発電ができなくなり、プラントも数日で死に絶えるでしょう。子供たちが死んでしまう!」

「……いや、その考えはおかしいですよ」

「おかしくありませんよ! 私達は、子供たちを守らなければなりません。その為にはカプセルコロニーは健在でないとダメなのです」

「いや……おかしいです」


 ルクスはクオンの言いたいことを今だに理解しようとはしてくれない。


「私達は子供たちを守る為なら、手段を選べないところにまできています」

「…………」

「どうしても容認してくれませんか?」


 できるわけないでしょう。とクオンが言うと、一瞬、切ない表情をルクスは見せた。そして手を掲げる。


「全ルクス個体に指示を出します」


 なんの指示? とは聞かなくてもいい。管制塔のルクスはクオンを鹵獲する事を決めたのだろう。クオンは瞬間、全機能のリミッターを解除する。


「私達を排除しますか? クオンさん」


 クオンの性能なら、目の前にいるルクスの破壊は容易と計算していた。が、メンテナンスの行き届いた他十数体のルクスと交戦すれば間違いなく破壊されるのはクオンだとも思っていた。


「何故? 再びリミッターをかけました?」


 クオンは戦うつもりはない。ルクスは尋ねる。


「僕がルクスさんたちを壊せるわけないじゃないですか……みんな優しいのに」

「なら、残ってくれるのですか!」


 期待を持ったルクスに対してクオンは、ゾロゾロ入ってくるルクス達を見てから話し出す事にした。


「皆さん、聞いてください。僕はこのカプセルコロニーには残りません」

「何でぇ!」


 ルクスはそれこそ悲痛な声を上げた。当時のウォボットならではのこの感情の起伏。


「他ルクスの皆さん、クオンさんを鹵獲します。動力を動かしてもらわなければなりません」


 クオンはそんな動きを見せようとするルクス達に自分の右腕を見せた。

 ブォオオオン!

 各国解明する事ができなかったクオン型のブラックボックス。超振動兵器。ここにいる半数以上のルクスを道連れにできる程の威力を誇る。


「皆さん、これがどんな物か……それまではこの未来演算でも割り出せなかったみたいですね」

「何ですって?」


 クオンはゆっくりと階段を登る。「止まってください!」というルクス達に「ついてきてください。見せてあげます」とクオンは言った。


「この大型動力部を僕のこれでタービンを回すだなんて……不可能なんですよ」


 ルクス達は動力部にクオンが自分の超振動している手を向ける様子を眺めていた。

 それは何十年間もルクス達が望み、待っていた光景だったのかもしれない。


「これが、現実です」

「そんな……動力が」

「うそだ……壊れた……なんてことだ!」


 クオンの向けた超振動は貝型の動力を回すところか、粉々に粉砕して破壊してみせた。今の技術では、もちろん当時の技術で作られたルクスやクオンですらこの動力を復元する事はできない。


「これは、あなた達ウォボットや、それを載せてくる戦艦の類を破壊するために僕らに標準装備させられた物ですよ? 動力の代わりになるわけがないじゃないですか、僕を大量殺害の片棒を担がせないでください」


 クオンのその言葉に、ルクスは恐れたような表情を向ける。


「私達は、子供達を殺そうと……?」


 ルクスの思考にエラーがはじまる。

 本来子供達を守り育てるゆりかごがこのカプセルコロニー『ハーメルン』なのだ。そのカプセルコロニーに居続けると子供達を死なせてしまうという矛盾。それにアンサーを出せない。


 管制塔のルクスがエラーを出せば、同じく繋がっているルクス達も同時にエラーを吐き出す。そして彼ら、彼女らは小刻みに震え出す。どうにかエラーをバグを取り除こうとしているのだが、その根本の命令系統を取り除く事ができないので、無限ループに入る。こうなると、もうルクス達だけではこのエラーを解除することはできない。

 第三者の手による介入がなければルクス達は機能停止するその日までこのままだ。


「さて、このままこの場所を後にしてもいいんですけど」


 クオンは一宿一飯の恩を忘れる程、ウォボットができていないわけでもなかった。


「まぁ、それにこのまま経っても、判断力のないここの人たちは死んでしまうかもしれないし、これは同盟国だったよしみですからね!」


 クオンは司令室に戻り、システムを見渡していく。


 そして、カタカタとなれない手つきでタイピングを開始した。


「そういえば、僕はこういう事務仕事ってあんまり回ってこなかったですね」


 何でだろう? そういいながら続ける。


「とりあえず、このHAMELINこの命令を書き換え実行。これで大丈夫かな?」

 

 クオンが全ての命令系統を書き換得る頃には、エラーループから抜けたルクス達が、どさどさと倒れる音が頭上で響いていた。


「クオンさん……私達は間違っていましたか?」


 クオンは答える。


「間違ってはいません。あなた達は、いえ。僕もです。当時は命令されてそれを忠実にこなす道具だったのですから……むしろ僕はあなた達の働きに心震え、誇りすら感じます。でも、今の時代は僕たちにも権利があります」


 管制塔ルクスはクオンを見つめる。


「選んでも……いいのでしょうか?」


 クオンは微笑んで、頷いた。


「当然です! あなた達は法の下に自由です」

「私達は、自由」


 クオンが笑うので、ルクスは恥ずかしそうに聞く。


「できるでしょうか? 私たちにそんな生き方」


 クオンは、それに関して胸を張って言った。


「できますよ!」

「どうして?」

「この國の人々です」


 ルクスは今だにクオンの言葉を理解できない。


「母は強しですよ! ルクスさん」

「母?」

「皆さんは、戦争時代のウォボットなのに、子育てを、このカプセルコロニーを守る事を第一に考えて生きてきました。だから、新天地に子供を連れて行っても、きっと大丈夫です! 新しい場所の人たちとも仲良くやっていけますよ! 僕も微力ながら力を貸します!」

「……ホントですか?」


 クオンは小さく頷く、そしてルクスを見つめて


「何か必要なものがあれば言ってくださいね? これでも友人は多いんです」


 ルクスはそれに頷こうとして、首を振った。


「お気持ちは嬉しいですけが、ここで私や、私たちがクオンさんを頼ってしまったら、変われません」

「……」

「ふふふ、頼らない事も私たちの自由ですからね」


 ルクス達は、外の世界で生きていく事を選んだ。頼ろうとしたクオンの提案を“拒絶する“という事で……


「そうですか、ではこれは僕が勝手にやった事なので、聞き流してください。知り合いの旅人にルクスさん達が作られた國の末裔の人がいます。その人が、この近くの國の人たちからベビーシッターを探してくる要請を受けているんです。大きな孤児院なんですが、経営している方がご老体で、手伝ってくれている人たちを探しています。ここにいる人たちくらいはそのまま受け入れてくれる見たいです」

「そうですか、気が乗れば尋ねてみる事にしますね」


 はい、検討してみてくださいとクオンが言うとルクスは検討……ですねと笑う。クオンが別れをそろそろ告げようと思った時、ルクスが思い出したように語る。


「そうです! クオンさんに渡すものがありました」


 ルクスは男性型のルクスに包みを持って来させる。


「これは?」

「クオンさん、あなたがここに来た理由は、我が國……いいえカプセルコロニーの非常食を購入する事が目的でしたよね? これがそれです」


 包みをクオンは開けてみる。それを見てクオンは呟いた。


「これは……懐かしい」


 クオンの言葉にルクスは頷く。


「よく戦地で食べましたよね?」

「……えぇ、これがクラッカー……まぁそうなるのかな……帝都がルクスさんの國にたくさん支援しましたもんね?」

「えぇ、助かりました」

「……しかしクラッカーってこれかぁ」

「私は素朴で好きですよ。乾パン」


 ルクスが可愛く笑うので、クオンは少しだけ膝を落としてルクス達の國があった頃の作法をとる。ルクスの手の甲にキス。そして別れの挨拶。


「ルクスさん、かつての同志に会えて嬉しかったです! さようなら」


 ルクスは、服の端を持って、何かを言う事を抑えていたようだった。

  

 クオンの遠くで、大勢の人々があのカプセルコロニーから出ていくる喧騒を聞いた。手の中にはもう飽きる程食べた帝都製の非常糧食乾パン。今回、クオンにこの場に向かわせた人が欲した物。クオンはこれを食べたいとは嘘でも言えない。歩いていたら電源を入れたユビキタシアから声が響く。


「ハロー、ハロー。受信を許可します」


 電話に出たのは当然タランテラ。お預けされていた事を少しごねたが、事の顛末を語った事でタランテラはクオンに聞く。


『ところで、クオン。本当にクオンの手の振動兵器は動力部を回せなかったの?』


 あれかとクオンは思い出す。自分の手を見て何度か握りしめてみた。そして

独り言のように語った。


「昔、あのカプセルコロニーに使われていた動力部と同じ物が使われた病院がありました。その停電時、とあるウォボットは振動兵器でそれを動かしたそうです」


 クオンのその言葉を聞いてタランテラは『動かせるんじゃん』と一言つぶやいた。クオンはそれが出来たのにもかかわらず、それをしなかった。


『やっぱり、旅を続けたかったからついた嘘なの?』


 それにクオンは答えなかった。

 

 ただずっと考えていたのは、カプセルコロニーの名前。HA((彼は持っている))MEL((蜂蜜・宝・子供))IN((中に))。アドルフ大佐からすればルクス達も自分の子供であり、宝物だったのかもしれない。 


 だけど、子供を連れていく笛吹き男の名前もこんな感じだった。

 だから、クオンはハーメルンから子供達を解放したかったのかもしれない。

 

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