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デッドストック・トラベラー  作者: 妖刀まふでと丸
Be the last order
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第一話 家畜の國

靴の底が溶けそうな程熱くなったアスファルトが続く道。

 シングルバーナーのガスも切れて、野宿もそろそろ厳しくなってきたと思った矢先、遠くに見えるのは街の明り、今まで足元が汚れそうな土の道を旅人は歩いてきたのだが、そんな場所は夢だったかのように見渡す限り文明の灯り。


 道路と交通電子版が見える。この風景にありがたみを感じてしまうのはきっと人が自然から離別をしたからなのだろう。

 そんな事を人ではない人物は考えながら、急ぐわけでもなく、焦るわけでもなくゆっくりと街へ向かっている。目に入る大きな荷物は一つ。やや大きめの40Lサイズのリュックを揺らしながら。


 その人物は歩き慣れているように、歩幅は小さくジグザグと足に負担をかけないような歩き方を心がけているようだった。

 その人物は言葉通り、作られたようなと表現するのが間違いない黄金比の身体的特徴を持っていた。長い手足に細いウェスト、ショートパンツにスポーツタイプのスパッツを履いて、黒いシャツに丈の短いジャケット。そして大きなリュックに鞘付きの山刀を腰のベルトに填めてる。


 何処に出しても恥ずかしくないトラベルウォーカー。


 紅色の髪を結うリボンはお気にいりの藍色で、とある國の伝統的な模様が刺繍されている。それは棘を模しており魔除けの意味があるらしい。前髪には三本ピンで止められていてお洒落というよりはセットが面倒だという事の方が意味合いが強かった。

 スタイルに負けないくらい端正に、いや均整が異様にとれた表情にガラス玉のようなパープルアイ。まじまじと中を覗き込んで見つめるとその瞳が機械。


 露某木人(ロボクト)であることがわかる。お姫様のような、あるいは王子様のようなその人物は口元を緩め、独り言を呟く。


「むふっ。ようやく料理にありつけそうだね。川魚の丸焼きも、山の獣の丸焼きも美味しいけど塩味だけじゃ川臭さ、獣臭さは消えはしない。僕は思うよ。料理とは人間が発明した最高の文化だ」


 そう呟いた人はまさか独り言に返事が返ってくるとは思いもしなかった。


「そのフレーズ! もらい! 貴女? それともカレシ? 良い事を言うわね?」


 目の前には若い……きっと背が平均よりも低い人間の女性、少女? が笑顔で話しかけている。


「僕はクオンです。貴女は誰ですか?」

「よくぞ聞いてくれました! 美食本を出しているニノミヤと言えばわかるかな?」

「いえ、全然知りません」

「えっ、知らないの?」

「はい、有名な方なんですか?」


 クオンがそう質問すると、ニノミヤはユビキタシアをクオンに見せる。


「小型ネットワーク端末、電話もできるユビキタシアですね。ニノミヤさんは美味しい物を食べて、それをネットワークダイヤリーに書き込むのがお仕事なんですか?」

「ネットワークダイヤリーって……ブログね」

「ブログ……ですか」

「うん、ブログね。とりあえず入国しない? なんでも食べ物が美味しいって有名な美食の國らしいよ」

 

 クオンはニノミヤと國に入管する手続きを取るために列に並んでいると、妙に早い。一般的に人がいるはずの入国管理所にはカメラと何やらスピーカーしかない。

 こんな国は初めてだったクオンだが、人の流れについていく。本来は誰か入国管理官がいてその人物に色々と身分証明書などを渡したりチェックを受けてから入るのだが……そういうものはないらしい。


「クオンさんは、自動入国システムは初めて? これ、最初にみた時は私も驚いたけど、すごい楽だよ。クオンさんの自動入国システム、初体験!」


 優しくトンと押し出されたクオンは、ケンケンと少しばかりバランスを崩すが、重心を安定化させる機能が働き、ピンと姿勢よく直律する。そしてカメラはクオンを見つめる。


『初めまして、そして我が国への入国歓迎します。ウォボットさん。お名前と身分証明書をお願いします』


 機械の合成音声がそう話しかけてくる。クオンは自分の識別番号を述べる。


「は、はい。よろしくお願いします。旧帝都製・本土決戦型ウォボット。クオン後期型です。識別番号は……」

『識別番号確認。基本兵装の殆どを解除されているのでロックの必要はございません。トラベラーウォーカー様とお見受けしますが、他に何か危ない物等お持ちでしょうか? この危険物とは刃渡り二十センチを超える刃物、ガスやガソリンなどの燃料を使う火器などに相当します。あと、生鮮食品や、種子の類があれば全てお預かりし、出国の際にお返しいたします。以上ご質問はありますでしょうか?』

 

 頷いて、言われた通りに表情を作ったりして、預かるという物を預けるとすんなりとこの国には入国することができた。二週間を超えるような滞在期間になる場合は再度申請が必要だという事を除けばとても早く楽な入国だった。


「すっごい斬新でかつ楽な入国だったでしょ?」


 同じく入国処理を終えたニノミヤがそういうのでクオンは頷いた。


「はい、驚きました」


 なぜかついてきたニノミヤと共に、期待と不安を抱えてその国の表情を見た。

 

 …………その結果


「想像と違いました」

「うん、右に同じだね。なんかあんなレンジでチンみたいなクソ不味料理しかなくて美食の國とはこれいかにだね! ブログになんも書けないよ」


 二人は同じ事を考えながらかなり都会のこの国の中を歩く。


「商店とか市場もあんな感じということはないですよね?」


 クオンが美食家であるニノミヤにそう言ってみる。

 そして残念ながら悪い想像は当たるものだ。

 

「これって普通でしょうか?」

「いや、異常かな」


 商店と市場を二人で見て回ってから疑惑は確証に変わりつつあった。


「うまくないな」

「美味くないね」


 二人は見たこともない緑色の果実? それとも野菜のような物を齧りながらそう確認しあった。


「何か発見はありました?」

「ないね」


 お互い、商店と市場を見回って適当に見繕って購入したものを見せ合いながらそう話す。

 いまいち賑わいの乏しい大通りとそこで営業されているこの国目玉の市場通り、いくつもの商店が並んでいるのだが、商品がほぼ同じ物。クオンとニノミヤは他人だが、同じ理由でこの街にやってきた。

 そして同時に入国二十分少々で目的を失った。

 高層ビルやマンションが立ち並ぶ大型都市タイプの国。

 大戦前はさして珍しくなかったが、今やこの類の街はそれだけで観光名所となる。


「食に対して力を入れなくても人が来るからこんな感じになったのかな?」

「にしてもこれはいくらなんでも酷すぎよ」

「謎は深まるばかりですね」

 

 クオンは意識をほんの少し前に戻して思い出す。この国の観光名所の一つである市場街、そこに向かっただけで期待が持てる立派な門が出迎える。

 しかし、活気という言葉をどこに忘れてきたのか、人はいるのにも関わらず入る前からクオンはこの市場が死んでいるという事を感じていた。

 クオンがそんな事を考えていると、苦笑して入り口から戻ってくる二人のカップル。おそらく観光者だろう。クオンを見て会釈はするものの、その表情から入ることは全くオススメしていない。


 至る所にある市場案内を見てクオンはなるほどと理解した。

 クオンはとりあえず市場で一押しの商店にいき、店主達がオススメする見たこともない食べ物をいくらか購入する羽目になる。それらは全て共通して健康を推していた。

 ちなみに、料金は観光地らしい割高である。

 店主達、もといこの国の人々は皆笑顔でやや顔色が悪い。

 

 クオンとニノミヤの目的はお互いに美味しい物を食べる事だったが、まさかの挫かれかたをしてお互い喋る事もなくとぼとぼと歩く。実際は同じ方向を歩く必要はないのだ。お互いの滞在日も知らないし、なんなら素性だって実際知らない二人。その街を出る頃には再び、そんな人がいたなという程度の関係性に戻るハズなのだ。


 しかし二人の行動はあまりにも面白いくらい似ていた。何処かで宿を取ろう。宿であればその宿自慢のメニューの一つくらいはあるんじゃないか、そんな希望を抱きつつ、二人は宿屋街がある電光掲示板を見つけると目を合わせて微笑む。

 道中愛し合う者向けのホテル等もあったが、それですらクオンは珍しくラフ絵を描こうとしてニノミヤに止められる。


 二人がやってきたのは一般的な宿屋。食事を付けるかどうかで料金が少し変わる。掃除は行き届いているが所々くたびれている部分が見て取れるよく言えば老舗の宿。

 そして観光地料金として、無駄に高い。その宿経営者の娘らしい女の子が本を読んで受付に座っていた。客を受付することに小遣いをもらえるらし。クオンは非常食として持っていた虎の子のチョコレートを少女に渡すと大いに喜んでもらえた。


「クオンさんってロリコン?」


 ニノミヤがそう言うのをクオンはとりあえず無視することにした。クオンの隣の部屋をニノミヤが泊まるということで一旦お互い一息つくことにした。

 シャワーが共用施設でない事はありがたいなと思いながら、クオンは体を清める。ランドリーも外にあり、長旅の衣類をまとめて洗濯しようと心に決める。

 シャワーから出ると、まさかの部屋着に着替えたニノミヤが待っていた。そして2冊ほどガイドブックを持っているではないか、


 それはニノミヤが元々持っていたガイドブックと最新のガイドブックらしい。それを並べてニノミヤが難しい顔をしていた。

 この宿の近くにある市場街、そしてそれを囲うように古今東西数々のレストラン街が並んでいたのが古いガイドブック。だが、今はスポーツジムやホットヨガ、食事どころもあるが薬膳料理のような店が多数。

 そして本来、かつて繁栄の印とも言われた大型ショッピングセンターがこの国の中枢に座しているハズなのだが、大型健康施設なる名称に新しい物では変わっている。

 そしてよく見ると、高層マンション以外にも人々が居住しているエリアが点在している。いわゆる端に住う古代の言葉で()()と呼ばれた場所だろう。


「田舎グルメを求めるというのは流石に往生際が悪いかな?」

「これだけ生活水準でいえば住み良い環境が整っているのにも関わらずあえてこんな場所で生活する人たちは時代に取り残されたか、あるいは変わり者か……今のこの国の生活が嫌か……」

「ニノミヤさん的にはありということ?」

「うん、大いにアリかもしれない。でも一つだけ懸念事項として田舎ならではの謎の健康法をおすすめされるかもしれない」

「同じ健康でも謎の昆虫を出された方がマシだよ。あの人工的な栄養バランスは不味い」

「私もそう思う。ゲテモノより酷いね」

「僕は行ってみます。ニノミヤさんは?」


 きっと食の探求者であるニノミヤはついてくるんだろうなと思ったが、ニノミヤは苦笑する。


「行きたいのは山々だけど、流石に宿も取ってしまったし、今日すぐにという必要もなくない? あとさ」

「はい?」

「期待はしてないけど宿のおすすめ料理も気にならない?」

「いえ、全然。だってあの不味い栄養食品を宿のおかみさんが配っていたから」

「ありゃ、見てたか」


 そう言いながらまだクオンが横にすらなっていない綺麗にベットメイクされたそこにニノミヤはダイブする。


「ニノミヤさん、僕はわりとウォボットの中でもとりわけ温厚な方と言われているんです。ですが、最後に食べようと思っていたデザートを取られた時と、僕の為に用意されたベットに先に横になられることが激しく嫌いなんです」


 そう言ってクオンは同じく自分のベットに飛び乗って見せた。ニノミヤの体がボヨンと少し跳ねる。そしてたかだかそんなことにニノミヤは腹を抱えて大笑い。怒ったはずなのに笑われたことでクオンはニノミヤとは別の方向を向いてふて寝する。


「クオンさんは人間臭いなぁ」


 それは誹謗でも冗談でもない。ニノミヤの素直な言葉だった。

 

 宿の食事も、栄養バランスの考えられたレーションだった事をぶつぶつと文句を言って秘蔵のワインだとそれを飲んでいたニノミヤは少しまだ酒が抜けていない様子でクオンの部屋にやってきた。クオンはランドリーで洗った服が乾いている事に安堵して、大きいリュックは部屋に置き、小さめの携帯バックを背負うと軽食と水を入れる。調理具や刃物の類を全部預かられているのでとにかく軽装である。実のところ、標準機構と呼ばれた手についている振動兵器に関してはブラックボックスが多く、入国管理局は兵器として認識されていなかったったりする。それをクオンは使うところなんてほとんどないだろうと思ってはいるが。


 あくびをしながら髪を整えているニノミヤを横目にクオンは自分の体の全体チェックを進める。体には多くの可動部がある。それらを駆使して人間らしい動き、時には人間を超えた動きができる。基本的にオイルのような物は使わなくてもいいのだが、生身の生体部と呼ばれたところの診断はとても大事になってくる。酸素量も十分、体の動きにも異常はない。ただし、体内時計の機能は狂ったまま。瞬間、全機能のリミッター解除からそれらのロック、全体をくまなくチェックし終えると自分を覗き込んでいるニノミヤの姿にようやく気づいた。


 親指を立てるニノミヤに連れられたのは、朝からやってる薬膳粥の店。7つの薬草なのか、雑草なのかが使われた粥らしく、恐ろしくやばい匂いがする。

 ニノミヤはブログ執筆のためか、その粥を写真に収めては一口。

 このお世辞にも美味しいとは言えない薬膳粥という食べ物の値段もまた朝から出すには閉口させてくれる代物だった。

 薬膳粥を食べ終わるとサービスでついている生姜茶という飲み物もまた感動するくらい不味かった。


 お腹に物が入ったことでより冷静になった二人は、宿をチェックアウトして荷物をまとめて背負うとゆっくりと、辺境地区。要するに田舎へと向かうことにした。クオンは宿の店主、受付の女の子の父親にクオンがあげたチョコレートを取り上げられて、叱られゴミ箱に捨てらる光景を遠目に宿を後にした。ニノミヤには聞こえないが、女の子の泣き声をクオンは聞いて、音声をシャットアウトする。


 田舎と勝手にクオンが表現した場所は、同じ国内なのかというレベルの生活水準であった。

 そもそも、道が舗装されていない。アスファルトですらない土の道には何かを引きずったような痕が二本続いている。それがリヤカーのような物である事を、田舎の居住区に来て二人は知った。


 高層マンションのような中心部とは違い、木造だったり、石積みだったりとレトロな中にもモダンさを感じさせる。大袈裟に言えば命の息吹を感じるそれらに二人の期待は高まる。

 だがしかし、その期待はまたしても裏切られる事になるのだ。どうやら、人がかつて住んでいたというだけらしい。もぬけのから、それも結構時間が経ってそうだ。


 中に入るのは忍びないと思ったニノミヤも写真にそれらを収めていくにとどまっていた。だが、この家々は間違いなく人間の営みが行われていた残り香を感じる。

 今見える一体には人の気配を感じさせないので、さらさらと一枚風景画を描くとそれをクオンは置いていく。その絵を見たニノミヤは真顔になった。その風景画、相当下手くそだったのだろう。


 この田舎地域に関してはもう誰も住んでなくて、ゆくゆくはここも何かの施設でも経つのだろうかと、当初の田舎料理にありつくということが不可能と見えてきたので思考を変えるクオン。

 周囲の気配を探ったが反応はない。サーモ機能はクオンにはついていないので、生体反応を探ることはできない。


 この田舎エリアは奥にまだ民家らしき物が見える。やはり舗装が追いついていないが、そちらへはアスファルトで作られた凸凹の道。やや木々を切り開き人の営みを感じるが、これは国の事業というより、個人で行われたような雑さを感じる。

 小さな畑と、水車と何に使うのか分からない焼き物でも作れそうな炉がある。


 一つクオンが気になった事は、この周囲は手入れが行き届いているという事。それも人の手でだ。

 この民家らしきものは一つしかない。要するに誰かがここに住居スペース、それも自給自足できそうな小さな國を作っている。

 周囲を見渡してみると、作業用の自動機械は機能を停止しているらしい、これも故障ではなく人の手によって止められているのだ。

 クオンは畑ではよく知る甘い野菜が育っている事、そして水車の水は珍しく軟水で天然のミネラルも豊富。飲んでみたい。食べてみたいと素直に思える。

 意を決して民家の戸を叩いてみた。


「クオンさんは行動力あるよね」


 ニノミヤの言葉にクオンは微笑む。

 そして……クオンは呟く。


「人の気配はあるけど……」


 まだクオンは戸に手を触れている。


「人がこんなところに住んでるんだ」


 ニノミヤはやや呆れ気味に、期待より少し引き気味にそういった。


「多分中にはお年を召した女性、音を聞くと心拍数の上昇、呼吸も荒いですね。きっと僕らが訪ねてきているのに怯えている。中には……多分銃火器がある。この街は危険な国じゃないと思うけど、自衛かな?」


 クオンは戸に触れるのをやめた。


「クオンさん、とりあえずここから離れない?」

「そうですね。怖がらせて護身の銃火器をぶっ放されたら目も当てられないし、こんなところ住んでるから、それなりに訳ありなんでしょうね」


 ニノミヤの提案を聞いて、クオンはとりあえず誰かが住んでいるその民家の前から離れた。


「その訳ありっていうのがちょっと怖いよね。単に変わり者というわけじゃなければ、犯罪者か、あるいは最悪のケースか……」

「最悪のケースとは?」

「端的に言えば、何らかの理由でまともな人だけがここに住んでいたとか? だって普通に考えてあの街の中は異様を通り越して異常そのものだったでしょ? ここは美食の國じゃなくて健康意識の國だよ」


 クオンは離れたところから民家を眺めてみた。犯罪者がいるには、家のデザインにポリシーが感じられる。畑に関しては家庭菜園の作物としては優れた色艶をしているし……


「謎は深まるばかりだ」


 宿もチェックアウトしているし、宿屋街にまた戻ってここに来るという繰り返しをするのはお互い面倒に感じていたので二キロ程離れたところにテントを張った。

 お互いの旅の道具の年期を見て、なんとなく連帯感が湧く。クオンの骨ぐみタイプのテントと、ニノミヤの放り投げるとできる簡易テントの前に焚き火台をおいた。


 日が暮れてくると、国の中心部と違い辺りが暗くなって来たので、持ち込めた固形燃料と周囲の落ち葉や乾いた木々を適当に積んで火を起こす。

 クオンの焚き火台にニノミヤ自慢のケトル。不思議な事に焚き火を見つめていると言葉はいらない。美食の國( 笑 )の商店街で購入したまずいレトルトを消費してその日は眠りについた。

 


 翌朝、クオンが目覚めるとニノミヤが手持ちの食材で料理をしている姿だった。本来保存食として持っていた虎の子なのだろうが、この国の食材のあまりの不味さにギブアップした美食家のニノミヤは早朝から下拵え、寂しい森で戻した干し肉をカレーベースのソースで煮込む美味しそうな香りが包む。硬いパンをわざわざ焼き戻して、豆から引いたコーヒーを淹れる。


 クオンの分も用意してくれているので、クオンはその辺に転がる丸太みたいな倒れた木をボキりと折って焚き火台があるところに突き刺した。

 森の中で土に還る事を待っていた丸太みたいな木を椅子がわりに再利用。いつかはこのまま土に還る究極のエコ。

 料理ができるとお互いその椅子に座ってパンに干し肉とカレーで作ったソースを塗ってはむっ! と食べる。美食の國( 笑 )にきて多分一番美味しい食べ物だとクオンはこの食事をメモリーする。


 今更ながら、この国で勝手にキャンプなんてして良かったのか、罰金は? 何て事を気になり出すのは、美味しい物を食べて落ち着いたから。

 そして、誰かが近づいてきている事をクオンが気づかず、ぱきりと枝が踏み折れる音と共に、クオンが反応。


「誰ですか? もしキャンプが禁止で火起こしの注意ならごめんなさい!」


 とりあえず罰金回避をとクオンが先に謝罪する。

 今なお、パンにかぶりついているニノミヤと一体誰だか、考えてクオン。パンを飲み込むとニノミヤが挨拶した。


「おはよーございます!」

「何やってんだい?」


 年配の女性、クオンが言ったとおりの年代だからきっとあの民家に住んでいる人だろう。エプロンをして、腰一つ曲がっていない健康的な女性。捨て猫でも見つけたような顔で二人を見つめていた。


「見たところ旅人、それもバックパッカーかい? あー今はトラベルウォーカーだった?」


 どうやら、キャンプの件や、火を起こした事を怒られる感じではない。


「おはようございます。マダム。森、お借りしちゃいました」


 クオンは友好的に微笑んでみた。


「構やしないよ。どうせ誰の森でもないんだ。それにここは国に見放されてる()()()()さ」


 何だか、すごい不穏な単語が二人の耳に入った。何だって?


「ち、治外法権? ってことはアウトローな感じで、マダムはヒャッハーな感じの危ないご婦人?」

「ニノミヤさん、めちゃくちゃ失礼ですよ。このマダムがそんな人なわけないでしょ」

「あんたら、面白いね」


 女性は口にシワを増やして人懐っこく笑ったのですかさずニノミヤも微笑む。


「マダム、ごめーん! いい人っぽし!」

「あんたらアレだろ? この国の美食を求めてきた? 違うかい?」


 何だか悪戯っぽく、クオンとニノミヤに指をさしては笑う女性は少しかわいく見えた。


「「はい」」


 そのはいにはおっしゃる通りでを込めて二人は返事したのだ。

 女性は思った通りだったことがよほど嬉しかったのか、完全に二人に敵意のような物をなくして知り合いのおばちゃんのように変わった。そして、ここにきてクオンとニノミヤはホームランを打つ。


「この國の美食、アタシでよければ食べさせてあげるよ!」


 カキーンと二人のふりかぶったバットに当たったボールはこの國を飛び出す場外ホームランのように……


「ぜ、ぜひお願いします!」

「ぶっちゃけ、それ目当てできたブロガーだからね私」


 しかし謎は解けていない。

 その謎の部分をクオンが考えていると、女性は「ははーん」とわざとらしく声を出して言うので、ニノミヤはププっとウケてクオンはどう反応したらいいか分からず、とりあえず微笑んで見せた。


「なんでこの國の料理がアンタ達が聞いていた物とは遠くかけ離れていて、家畜や害虫でも食べないような酷い出来なのか? これが知りたいんだろ? 大体この國に美食目当てでくる観光客はそんな顔してるのさ」

「流石に、僕もニノミヤさんもそこまで酷評はしていませんけど、クソ不味いなぁとは正直に思いました。もし、理由があって美味しい料理が食べられないなら理由を教えてもらえますか?」


 女性は、もう完全に近所のおばちゃんくらいには心を開いていくれている様子で頷いた。


「いいさ、本当のこの國の料理でも食べながら、土産話に聞いとくれ」

 

 昨日の夕方に通った森の道を抜けて、あの手入れが行き届いた民家の所に戻ってきた。

 当然というべきか、ここが女性の家で、昨日は頑なに閉ざされていたのに、今日はすんなりと中に招かれた。内装も拘ってあり、テーブルの足は動物のように外を向いて、切り株を加工した椅子に座るように促された。


 部屋はきつすぎない花のかおりに包まれて心地よい。

 そしてここはかつて、女性以外にも一緒に誰かが住んでいた気配をまだ残していた。

 クオンとニノミヤは荷物を端に置かせてもらうと、言われた通り椅子に腰掛ける。


「紅茶でいいかい?」


 そう言って、花柄が可愛いデザインのポットで入れてくれる紅茶は飲む前からうまいとクオンは確信できた。


「安心しなよ。わたしゃこれでも紅茶にはうるさくてね。自分で育てた今年初摘みの品だよ。特に今年はうまくできた自信の品さね」


 ニノミヤも香りをゆっくり嗜んでいる。


「どこか柑橘類を思わせるフルーティーな香りです。名前はなんと?」

「名前なんてないよ紅茶さ」


 意識の高い人や國なら本のタイトルみたいな長い名前を付けかねないくらいには美味しいお茶だった。


「これだけ美味しくて名前がないのも可哀想ですね」


 女性はクオンの話を聞いてか、聞かずか適量の砂糖をティーカップにまぶすと香りを嗅いで満足。そして口をつけて二度目の満足。ニノミヤも同じように真似して紅茶を口につける。


「よく発酵させてあるし、これ本当にいいお茶だね」


 女性は一瞬目を丸くしたが、満足そうに微笑んだ。


「昔ながらの方法で作った普通の紅茶だよ? 旅をしているのに、紅茶の一つも飲んだ事ないのかい? なーんて意識の高い職人なら言うのかもしれないね……ハハッ、久しぶりに笑ったよ。普通のティータイムがこんなにも楽しいとは思わなかったよ……さぁて、腐らす心配もないし、何を作ろうかね」


 女性はあれこれと食材を部屋中、畑からかき集めてくると、嬉しそうに、時折悲しそうに、テーブルに食材を並べていく。商店では見かけなかった化学調味料なども沢山見てとれた。ここはクオンとニノミヤからすればまさにオアシス、最後の楽園にすら見えてきた。

 未開封のチーズや、固形調味料の封を開けながらゆっくりと女性は話す。


「誰かの為に料理を作るというのはいつ以来かね……これでもあたしゃ、昔は男顔負けの人気シェフだったんだよ?」


 女性は本当に料理が、食べ物が好きなんだなとクオンは思う。そして女性を諭すように聞いた。


「この國、何があったんですか?」


 女性は腕まくりをして、自慢の包丁を取り出す。そして困ったように笑ってみせた。


「本当にね。何がこの國をこうしちゃったんだろうね? 食べるという事を生きるに直結しちゃった愚かな國の方針をね」


 玉ねぎをサクサクサクと手際よく女性は微塵切りにしていく。クルクルと包丁を回して次の野菜へ。


「この國はかつて、アンタ達みたいな美味しい物好きが楽しんで旅行ができる國だった。その頃の国民は少し肥満や生活習慣病が問題になっていてね」

「はぁ、肥満。それで……あの食品?」

「あれはやりすぎでしょ」


 女性は人参とじゃがいもを大きめに切っていく。


「直接はあの不味いレーションと肥満は関係ないのさ。でも、アンタ達も覚えはない? 風邪をひいてからうがいをしたり、歯が痛くなってから歯磨きしたり、起こってからじゃ遅いのに、そんな事をしてしまう」

「……恥ずかしながら、風邪やインフルエンザにかかるとうがい薬でうがいするかな」


 クオンは正直助かった。自分には答えられないような難問である。風邪もひいた事なし、虫歯にも当然ならない体。


「そう……なんですね」


 クオンが人間でない事をニノミヤは知っているのでやや苦笑する。それ以上は何も被せないようにする事にニノミヤの優しさを感じられた。


「国民の半数以上が肥満に生活習慣病、その自覚症状や見た目からじゃ分からない人達も健康診断を受ければ何かどこかに体に問題が見つかる程度には社会問題になりつつあったんだよ。潤沢に食材はあるし、中立国で戦争をする事もなく平和。仕事も生活も全て機械が行ってくれる。食事量に対して運動が全然足りていない。そりゃ3食に何度もおやつを食べればそうなるだろうね。この国は摂取カロリーに相当する運動をすればよかっただけなんだよ。だけど偉い学者の先生を招いて、食事改善が始まったのさ」

「食事改善、それがあれですか?」


 クオンはあのゲキまずレーションをアレと表現する。ニノミヤもまた呟く。


「極端すぎるでしょ」


 女性は続ける。


「最初はそう、三食の内の一食を酵素ドリンクで置き換えるとか、置き換え食事改善。次に糖質をこの国の人間はとりすぎているからって、パンやお米とか主食を抜く糖質制限、いつしかお肉だけ、果物だけとか偏った食事が国内で広がったのさ、それでも美食の國、みんな制限下でも美味しい料理を開発したさ。それはそれで楽しかったよ」

「ん?」

「あり? アレに繋がらないな」


 女性の話ではまだ美食の國は健在だった。女性はひき肉を取り出して刻んだ玉ねぎと混ぜる。


「國中の料理人が美味しくて健康的になれる料理を競って開発したり、古来の料理を再現してみたり、この國は美味しくて健康的な料理が食べられる國としてさらなる観光客を呼んだもんさ。お肉の代わりに大豆を使ったソイミートは実は私が開発したのさ! アンタ等が携帯している補助食品のいくつかもこの國の料理人が特許を持ってた。健康的な料理を作る事は喜ばれる。そして……お金持ちになれる事を私たちは知ってしまった。私もこんな悠々自適な生活をしているしね。國も国民も健康で裕福になった」

「めでたし、めでたし?」


 当然、そうではないのだろうが、クオンは深まる謎を堪えきれずに冗談を言った。


「そうだね。ここでやめておけば、旅人にカフェバーで國自慢をしながら糖質の少ないワインでも振る舞っていたよ……人間は欲深く怖がりなのさ」

「おや? ようやく不穏な空気になってきた」


 ニノミヤはユビキタシアでブログ記事の叩き台を書きながら相槌を打つ。待ってましたといニノミヤに笑顔を見せて女性はお米をフライパンで炊く。そしてこの國が美食の國としての黄昏時(おわり)を迎える結末を語る。


「健康を意識した食事がお金になると分かると、チーズが体に良いと言われ出したり、玉ねぎが血液をサラサラにすると言われたりレモンは疲れ知らずだなんて、誰かに聞き齧ったような事をさも医学的根拠があるように語られはじめ、誰もそれを疑わない。ほんとバカだね。そして次々と変な物が体に良いと言われ始めたんだね。私達料理人はそれらの情報から、できうる限り美味しい料理を作ったさ。作った。それでも食事だけで全ての病気を根絶なんてできるわけがない。ある人が持病で亡くなった。その人が最後に食べた物はなんだ? 大通りの子羊のステーキだ。油が体に悪い、調味料が体に悪い。動物の肉が体に悪い。そんな悪評が経ってその店は潰れたよ。でも、みんなそれが真実だと疑わなかった」


 女性は話すのをやめると、肉や野菜から出汁をとったダブルコンソメに唐辛子と粉チーズをかけたスープをコトンと出してくれた。それをクオンとニノミヤは黙って飲み、お互い顔を見合わせる。想像通りの反応に満足した女性は続きを語る。


「私達料理人は猛抗議したよ。お金を出し合って偉い研究者の先生にきてもらって死因は料理ではなく、持病の悪化。来るべきして亡くなっただけだったのだけれど、誰もそんな真実を気にもしない。すぐに店頭から調理用の油と香辛料に調味料が姿を消したね。賢い料理人や若い料理人はすぐにこの國を去って行った。私達、生まれ育った國を捨てられない者と腕に誇りを持った者が残り最高の健康料理を研究した。多分、私らも毒されていたんだ」

「えっと……それがアレ?」

「せっかちだね。お嬢ちゃん、どうせブログにするんだろ? これから國が末期に突入するいいところさ。食材も制限され、調味料に香辛料。油脂も使えないとなって私ら料理人ができる事ってわかるかい? 珍味さ昆虫から始まり薬膳になるハーブ。私も色々と体に良さそうな事を勉強したよ。そしてある料理人が絶対にやってはいけない事をしたのさ」


 女性の家庭菜園で採れた野菜でのコールスローを味わいながら二人は話の佳境に息を飲む。


「今思えば変な宗教にでもハマっていたのかもしれないね。彼は……事もあろうか、寿命を伸ばす料理と言って出した豪華な料理。それは香りもよく、味も見事だったそうだよ。でも調味料に香辛料、油脂もたっぷり使ってあった。材料は死んでまもない人間。私達料理人は激怒したよ。絶対にどんな事があってもしてはいけない事をその彼はやってしまった。当然、すぐに捕まって罰せられると私達料理人は思ったさ。でも、この國は完全に狂っていた。健康になれるなら食べてもいいじゃないか……ってね。それで残った三分の一の料理人は國から姿を消し、三分の一は同じく人間を調理するレストランを開いた。最後の三分の一は私達、プライドだけで生きている人間だね。一時期は繁盛していたねあの人食レストラン。でもしばらくして、変な病気が蔓延したのさ、立てなくなったり、喋れなくなったり、眠れなくなったりね……國はその奇病が起きた一大事に医学団を高いお金で雇って調べてもらったのさ。そこでわかった事はプリオン病って言う稀な病気。とある特殊な部族で一部近い症例が見られる病気だったんだよ。原因はもちろん人食。当然、人食レストランを開いていた者達はもれなく処刑、そして、料理人なんて信用できないと言われたのさ」

「……ううん、それは酷い。でもまだアレは出てこないんですね」

「料理人がいなくなって、店頭にまともに食材が並ばなくなったらどうなると思う? 呆れたよ。その医学団は自分たちが経営する薬品工場に健康食品を作らせてこの環境を改善すると言ったのさ」

「あっ、繋がった! 謎もとけた」


 思わずクオンは声を上げた。今、この美食の國に蔓延っている不味いあの食べ物達。


「味は二の次で必要な栄養素を取れるといそれを配り、國と何十年という期間で専属契約をしたのさ。プリオン病の患者達は皆、医学団の施設に運ばれて誰一人として帰ってこなかったよ。時折、プリオン病を発症するようなことがあれば、すぐに医学団に雇われた連中に連れていかれる。あいつらは解決させたんじゃなくて蓋をしたんだろうね。今思えば、この國はあいつらが来た時点で医学団と薬品会社のファーム。農場にされたんだよ。この國はお金だけは持っている國だからね。何が入っているか分からない健康食品という餌をこの國の国民は高い金を払ってありがたがってるのさ。出荷される牛や豚みたいに与えられた餌を食べてね。出荷される代わりにお金を払うのさ」

「どうりで、アレ。クソ不味いのに異様に高いんだ」


 完全にニノミヤは理解して、ブログのメモを取るのをやめて女性の話に感心していた。


「そういう事だよ。今までは医学的見解が全くない健康にいいという物を食べて騙されたと思った国民は、医学団という連中が言う事を鵜呑みにしてるのさ。本当にあの不味い健康食品が身体に良いのか誰も分からないのにね? それにすがっているのさ。自分達には医学団が、そしてそれらが経営する薬品会社がついていると言う信仰の元に、お金で健康が買えると本気で思っているのさ。自分達が……すでに自分達が、健康という言葉に過敏になる病気を患っている事に気づかずにね。さぁ、食べとくれ、この國が美食の國と言われていた頃に観光客に大人気だったロコモコだよ」


 女性はそう言ってメインディッシュを二人の前に出してくれた。グレイビーソースではなく恐らく外の家庭菜園で採れたトマトで作ったソースにホットチリソースを混ぜた物がかけられていた。

 二人は静かにそれを食べ、この国に来て良かったとこのワンプレートを見ながら同時に思う。


「美味しい」

「右に同じだわ」


 そう言って欲しい観想を聞いた女性は満足げに微笑む。


「私も、私の子供達も大好きだった料理よ。たっぷりの香辛料を使ったホットチリトマトソース、たっぷりのハンバーグに目玉焼き、油にバターで炒めたライス。カロリーモンスター。今のこの國の人々からすれば不健康な絶対に口にしたくない料理だろうね。誕生日や、勉強を頑張った時のご褒美によく作ってあげたものさ。もう随分昔にね」


 女性も自分に作った料理を一口食べてフォークをおいた。

 口ぶりから、その子供達はもういないのだろう。少しの余韻の後、クオンとニノミヤは國を出る事を告げた。

 

「他にも沢山食べさせてあげたい料理はあったんだけどね。ここにある食材で作れるのはこれが精一杯だから代わりにレシピ集をあげるよ。いや、持って行ってやっておくれ」


 女性は、美食の國で料理人だった。そんな彼女が今まで書き溜めてきたそれはこの國の宝だった物と言っても過言ではない。 


「ありがとうございます。この料理、絶対全部作ります」

「小さいお嬢ちゃんもね」

「ブログで紹介するよ」

「変な子達だと思ったけど、勇気を出して話しかけて見てよかったよ。久しぶりに料理が楽しかったよ。もっと早くアンタ達と知り合っていれば食材の買い出しとかしたんだけどね」


 少し戯けたような表情を見せてから女性は笑った。


「本当にごちそうさまでした。この國に来てよかったです」


 クオンはそう言うと、何度も女性に握手をした。やや照れながらニノミヤも握手をする。

 そして田舎にあるその民家を離れようとした時、女性は戸惑うような表情を見せて……


「二人とも急ぎの旅なのかい? そう言う風には見えないんで一応、聞いておくね?」


 女性のその態度と言葉にクオンは振り返る。気がつけば初めてここに来た時のように日が沈みかけている。随分、長い時間女性の家にお邪魔していたらしい。

 女性は手に何やら包みを持っている。そして、なんとなく予想していた事を呟くように二人に聞いた。


「もう少し、滞在していかないかい? 二週間までは自由に滞在出来るから、明日はこの國で人気があったお菓子でも焼こうかね? ブログのネタになる話だって沢山まだあるんだよ? この國の健康を気にしすぎる話なんかより、もっと楽しい話題さね」


 クオンも見ていれば分かった。この女性は料理をするのが好きなんだろう。そしてその料理を誰かに食べてもらう事も……クオンは美食の國の名物料理を食べるという目的を達した。そしてそれはニノミヤもだった。だからクオンは逆に聞いてみた。


「マダム、貴女の腕はここで腐らすには惜しいです。一緒に旅をしませんか?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。そして困った顔をみせた。


「……あぁそうか、わたしゃ自分がこの國を捨てる気がないのに、アンタ達を引き止めようとしたんだね……すまなかったね。わかったさ。これお弁当。後で食べな」


 女性は清々しいとは言い難い憂いを帯びた表情で、クオンとニノミヤに弁当を手渡す。

 それを無言で受け取ると会釈した。

 女性はそんなクオンとニノミヤをじっと見つめている。

 ニノミヤがはにかんで見せたので、クオンも苦手ながら笑顔でグッバイの代わりとした。


 女性が手を振って、ライトで先を照らしてくれる。

 クオンとニノミヤも手を振りかえしてくるりと回れ右。

 しばらく言葉もなくクオンとニノミヤは並んであるいた。

 あの女性はこれからもあの民家で一人暮らしていくのだろう。

 

 美食の國( 笑 )を出る前に郵便屋にクオンは寄ると、女性からもらったレシピ本をある場所へとプレゼントとして送る手配をしていた。


「クオンさんそれ誰かにあげちゃうの?」


 ニノミヤが当然そう聞いてくる。


「はい、もう全てメモリに保存したので」

「うわ便利っ!」

「でも、このレシピ凄いね。色々試してみたいよ」


 ニノミヤは今なお食い入るようにレシピを眺めていた。


「美食とは、健康とは、そもそも食とは考えさせられるお話でしたね?」


 クオンは自分は人間ではないので病気とは無縁だったが、ニノミヤは少し応えたんじゃないかと思っていた。


「生きる事は食べる事だよ。美味しくなければそれは死んでいるも同然」

「そう……なんですかね?」


 ニノミヤは食べる事、今や女性のレシピの事で頭がいっぱいだった。


「私なら、あんなクソ不味い食べ物を食べて生きるより、美味しい物を食べて死ぬね!」


 クオンは確信した。

 ニノミヤは、女性が話す人食の話を興味深そうに聞いていたこと。國を出た時、別れ道で立ち止まった。


「ニノミヤさん、僕はこちらの道の先にあるコーヒーが有名な國に行きます」

「そっか、次も同じ國なら一緒に食べてみたい料理があったんだけどな」


 クオンは胸に手を当ててお辞儀をした。


「残念です。また何処かで美味しいものを食べましょう!」


 そんなクオンのキザな別れの挨拶にニノミヤはポンチョの端を持ってお姫様のように挨拶を返した。


「是非」


 クオンは、それからしばらくてニノミヤのブログが更新されなくなり、いつしかブログそのものが削除された事を知った。ニノミヤが貰ったレシピには一体()が書いてあって、ニノミヤがクオンと別れた後、()を食べて、どんな人生を送っているのか、クオンは知らない。


「食べる事は生きる事、でも死に直結する食事もあるなんて、不思議だな」


 とある國のなんでもない商店で、美食の國(笑)で高額で販売されていたあの健康食品が、二束三文の値段で叩き売られているのを見て、そう呟いた。

クオンは旅を続ける

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