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「おいおい、お嬢ちゃん。ここは子供のくるところじゃねぇぞ」

作者: 天兎クロス

「……よし!」


 わたし、ローリエは奴隷だ。

 しかし、御主人様である旦那様はこの前死んでしまった。理由は知らない。だが、わたしには今すぐにでもお金が必要だ。

 なぜなら――


 ぐぎゅるるる


「お腹、空いたなあ……」


 わたしたち奴隷が解放されてから、早3日。

 どこぞの勇者様か知らないけど、きちんと最後まで面倒を見てほしかった。……しかし、そんな妄想は空腹という現実によって淘汰されていく。


 だからこそ、わたしは……「冒険者」になろうと思う。

 幸い、魔法の才能もあるし、奴隷生活で鍛えられた体力もある。雑用だって、こなしてみせる。


「…………」


 街中を歩いていると、嫌でも注目を集めてしまう。

 ぼろ布一枚の格好で歩いていれば仕方ないことだけど――。

 しかし、視線の正体は憐れみでも同情でもない。

 恐怖の感情。……それは、わたしの()のせいだろう。


 ――魔人族。


 それがわたしの奴隷であった理由であり、そして危険で粗野な職業である冒険者になろうと思ったきっかけだ。

 冒険者はどんな種族であろうと、受け入れる。受け容れなくてはいけない。

 だから、そこに賭けるのだ。


「飢え死にはしたくない……!」


 その一心で、わたしは冒険者が集う場所――ギルドへと足を踏み入れるのだった。


***


「ふぅ……」


 緊張がわたしを包み込む中、扉を開けば併設されている酒場から届く騒ぎ声とお酒の臭い。

 思わず顔をしかめながら、中に入ると……やはり視線を集める。

 魔人族がよほど珍しいのだろう。それにわたしの容姿は、不吉の象徴……黒髪黒目なのも相まって、気味悪がられてしまう。


「…………」


 仕方ない……と分かっていた。

 でも、やっぱり目の当たりにすると――心がくじけそうになる。


「……っ」


 でも、わたしの生活がかかっているんだ。

 だから……



「おいおい、お嬢ちゃん。ここは子どものくるところじゃねえぞ」

「――っ! だ、誰!?」



 ふいに、目の前に現れた大きな男に声をかけられて、緊張が走る。

 一歩後ろに下がり、見上げると……二十代くらいの戦士風の男がわたしを見下ろしていた。腰には剣が携えており、わたしなんかよりもよっぽど強そうな見た目をしている。


「……聞こえなかったか? ここは子どもの遊び場じゃねえんだ。さっさと、母さんのところにでも買えるんだな」

「――あ、あなたには関係ないでしょ!?」


 声が上ずって、自分でもびっくりするくらい大きな声をあげてしまった。


「はぁ……まっ、もう少ししてから出直すことだなっ」

「ちょっ……離して!」


 しかし、相手の男は意にも介さず……わたしをつまみ出そうとしてくる。……必死に抵抗するも、筋力の差で、ギルドから追い出される、その直前のことだった。


 ――ぐぎゅるる


「…………」

「…………」


 先程よりも大きな……お腹の音が鳴ってしまう。

 思えば、ギルドに辿り着けたことですっかり安心してしまっていた。

 「今日はご馳走だ!」なんて想像をしてしまうくらいには。


「……ひっぐ」

「っ! ちょ、待て! 泣くんじゃねえ! ほらっ、ちょっと待ってろ! すぐそこでパンでも買ってきてやるから!」


 羞恥心から、目尻に涙が溜まってきてしまう。

 さすがに男もわたしに泣かれてしまうと外見が悪いと思ったのか、わたしを手放し、ギルドを出ていってしまった。


 ……それから、数分後。

 両手いっぱいにパンを抱えて戻ってきた男に慰められながら、わたしは久しぶりにお腹いっぱいになるのだった。


***


「――ってーと、お前は元奴隷で……金稼ぎのために冒険者になろうとここまできたのか?」

「そうだよ。どこかの誰かに邪魔されなければ、今頃がっぽがっぽ稼げていただろうね!」

「……だけど、ギルドは子どもを冒険者にするほど甘くはねーぞ? 十二歳から登録できて、十五歳未満なら保護者の同意が必要でな……」

「? わたし、23だよ?」

「まじかよ……オレと同い年じゃねえか……」


 ああ、魔人族は成長が遅いから……勘違いされるのも仕方ないだろう。

 まあ、魔人族で見ればわたしはまだまだ子ども同然なことには間違いないのだが……。ともかく、事情を説明して、ようやく理解してくれた戦士の男――エストは目の前でわたしの年齢を知ってなにやらショックを受けていた。


「そんなわけで、わたしはこれから冒険者登録に行ってくるので……えっと、その、パンのお礼はその内ってことで」

「あ、ああ。それは構わねーが……お前、金、ねえんだよな?」

「? 当たり前じゃん。だったら、空腹で恥をかくなんて……してなかったのに」


 恨めしそうに、わたしはエストを睨みつける。

 そうだ。

 確かにこの人はわたしの空腹を満たしてくれた。その恩は忘れない。……だが、公衆の面前ではずかしめられたことは、別だ。


「分かった分かった。そのことは謝る……すまん」

「……分かればいいんだよ。それで? どうしていきなりお金の話になったの?」

「――冒険者には登録料、講習料ってのがあってな……占めて、銀貨一枚かかるんだよ」

「…………え? どっ、どういうこと!?」


「勘違いしてるやつが多いんだが……冒険者ギルドだって慈善事業じゃねえんだ。依頼を仲介するからには、それなりの信用がいる。そして、冒険者は学の無い奴が多い。依頼内容をきちんと理解してくれねえと、ギルドだって困るんだよ。だから、教育して、立派な冒険者になってもらう。……それで、オレたちはきちんと稼げるんだからな」


「……そっか」

「それに、ある程度の実力がなきゃ話にならねえ。だから、振るいにもかけられる……よほどの自信がなければ、こんな職業はやめておくんだな」


 わたしの見通しが甘かった。

 冒険者は誰にでもなれるものだと思っていたけど……実際はそうではないらしい。

 はぁ……じゃあ、これからどうしようかな。魔人族のわたしを雇ってくれるところなんて、そうそうないだろう。

 もし、あったとしても見つけるまでにどれくらいかかるやら……。


「……はぁぁぁ。これもなにかの縁、か」

「……?」

「オレが、料金を立て替えてやる。どこかで野垂れ死にでもされたら夢見がわりぃ」

「……いいの?」

「ああ。ただし、まとまった金が手に入ったら、きちんと返すんだぞ?」

「も、もちろん! 魔人族、うそつかない!」


 エストはいい奴だ。

 でも、どうしてそこまでしてくれるのか……そこだけ、少し疑問に残った。でも、わたし(・・・)なら、すぐにわかる。

 エストは嘘をついていない。

 たくさん、見てきた。

 騙そうとしてくる人は、たくさん。


 だから、人を見る目だけは自信があるんだ。


「……オレが、魔人族を助ける……ねえ。なんとも皮肉なもんだぜ」

「……? エスト、なにか言ったった?」

「いや、なんでもねえ。ただの独り言だ」

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