第92話 スクワール
ごめんなさい遅れました!
「いやー参ったッス! 目ん玉無くなったオモッタス!」
台詞とは裏腹な声色でそう言ったのは、薄茶で白色縞模様のツンツン髪。襟足が少し長い。装備はモスグリーンのツナギに皮の胸当てをつけた兄ちゃん。
マディシリア最南端の街サウスエンドで、今使っている馬車と諸々の道具を配達してくれた兄ちゃんである。そんな1回しかエンカウントしていない人物を何故覚えて居るかといえば。
「ダケドよくわかりァシタネ! 隠密は得意なンスケド!」
このものすごく癖の強いしゃべり方だ。妙に印象に残って、外見まで覚えてしまっていた。意外と礼儀正しいしね。だけど今の彼の台詞は、僕らをつけてきたという事。
「誰に雇われた?」
「ちょちょちょっと待って欲しいッス! オレァ皆さんに伝言を届けに来タンスヨ!」
刀に手をかけて脅すサムに対して、両手をぶんぶんと振って否定する兄ちゃん。
肩に提げた鞄から金属製の筒、正式な書類を運ぶ際に用いられる魔道具を取り出して、僕に差し出してきた。
「クラフター九江卿人。リマイ伯爵から公式文書ッス! サインお願いシャス!」
「あっ、はい」
リマイでしたように、受取書にサインをする。
早速、筒から書類を取り出して目を通す。
……。
「もしかしてリマイ伯爵ってすげえ有能だったりするのかしら」
僕がそう漏らすと、ペイマと康造さんが反応した。
「どうしたの?」
「どうやら誤解を解いてくれたらしいよ。しかもマディシリア王家のお墨付きまで取ったらしい」
「無闇に警戒しなくて済むのだな?」
「たぶん、そう、なるはず。ちょっとまって」
どうやら無条件というわけには行かないらしい。
ええ、何で手続きなんか……ああ。本人確認しないとなのね。
ギルドで登録後、きちんとした書類を作成して……でもこれだとカタリが出てきそうな感じがするけど。
あ、それで高ランク冒険者の立ち会いが要るのか。で、その高ランク冒険者って……。
「ジブンッス!」
「自分ッス、ね……はい!?」
いや、とても失礼な反応をしてしまったけれど、イメージとそぐわない……いや、やっぱり失礼な発言になってしまう。
僕が固まっていると兄ちゃんの方をじっと見ていたペイマが、はっと何かに気付いた。
「もしかして貴方、『運送屋』スクワール!?」
「ッス!」
にかっと良い笑顔で笑う兄ちゃん……スクワール。白い歯がまぶしい。
「有名人?」
「有名人も何も……」
『運送屋』スクワール。マディシリア国内を縦横無尽に駆け巡る冒険者。
その長距離移動速度と高度な隠密技術で、移動の困難なマディシリアにおいて運送業を生業としている。その移動を支えているのが彼の愛馬、というか愛ドラゴン。
その名も「ホースドラゴン」そのままの名前をしているが、見た目は翼の無い2足歩行のトカゲ……某恐竜映画でも有名なヴェロキラプトルに似ている。ただし爪も牙もなく、馬のように嘶く。このマディシリアという土地を駆け巡るのに特化した生物だ。
この亜龍種はマディシリアを3月で縦断するほどの速度と耐久性を誇り、マディシリアという土壌が産んだ奇跡とも呼べる生物だ。
もちろん希少な生物で、目撃情報は希。このホースドラゴンを飼い慣らしているという事自体が、スクワールという冒険者の評価をさらに高めている。
そのホースドラゴンを駆って運送屋という職業を選んだのがスクワールという冒険者だ。運べるモノのサイズは小型のものが中心。あくまで個人が運ぶのであまり大量には運べないが、その手腕から重要な書類や手紙などを請け負う。
スクワールに頼みさえすればほぼ紛失の心配は無いとされ、戦闘力という意味ではランクB冒険者の域を出ないが、その希少性と需要、ダントツの配達速度。それに伴う依頼達成率の高さでランクA冒険者として認定されている。
らしい。
いやまあ考えてみれば、リマイからこっち、消息も殆ど分からないような馬車一台を探し当てたのだ。書類の日付は10日前。つまりリマイから10日で僕らを見つけ出したのである。
僕らがもしまっすぐここに向かってきたとしていてもふた月は掛かったはずだ。
それを10日で、しかも僕らを捜し回ってである。
「運送屋」スクワールがホースドラゴン頼りの冒険者では無いと言うことは、今回の仕事ぶりで証明されている。
「おたく凄い冒険者だったんですね!?」
「いやあ、テレルッス!」
「え、じゃあなんでサウスエンドで僕に配達してくれたんですか?」
「タマタマッス!」
「さいですか」
ギルドが気を使ってくれたのは間違い無いだろうけど、そんなに有能な人なら依頼料凄そうなんだけど。あのとき配達してくれたのは普通の馬だったっけ。
なんにせよこのスクワールと一緒に街に行けば手続きがスムーズにできると。つまりは殆どの手続きをリマイ伯爵が済ましてくれてしまっているということだ。
リマイ伯爵には頭が上がらない。それだけ感謝してくれてるって事なのだろうけど。
「じゃあ次の街で手続きすれば、私達こそこそしないで済む訳ね?」
「本来僕らがリマイ伯爵の配下になったなんて噂が流れたことが原因だけどね。誰だそんな噂流したの」
「大方リマイ伯爵の政治的敵対勢力であろうよ。ドラゴンスレイヤーでクラフターズを使って国家転覆を企んでいるとかそんなところか。ろくなやつでは無い」
珍しく康造さんが饒舌だ。それだけ今の状況が気に入らなかったのだろう。
確かに迷惑な話だ。
「じゃあ、目的地は予定通り最寄りの街でいいね? えっと、何て名前の街だっけ?」
「ケイプの街ね」
マディシリア中央寄りにある大都市、ケイプ。
最初からここには寄る予定だったのだ。というのも、大きな街というのは貴族もたくさん居るのでそれだけ勢力もいくつかあり、お互いにけん制しているので長期滞在しなければ問題はないだろうという判断だった。
既に予定が少し押している状態だから元々長期滞在するつもりはなかったのだけど、それでもちょっかいかけられたり付け狙われたりが無いというだけでも随分楽なものだ。
きちんと補給もしたかったし、なにより娯楽という面では、魔改造とはいえ馬車では叶わない。
「ところでみなさん、随分余裕ッスネ?」
何気なく、いや、おそらくは本当に疑問に思ったのだろう事をスクワールが口にした。
「そ、そうかな?」
「ッス! ジブン、仕事柄追い詰められた人と関わる事が多いンスケド、そーゆーヒトらってスゲエカリカリしてるンス。クラフターサン達はなんつーか、アレッス。いまの状況に不満があるだけで、あんまり追い詰められた感が。ないんですよね」
さいごは、殆どふつうの口調で話すスクワール。何が、とはいなわないところがまた怖い。
さすがにこの流れで魔改造馬車のおかげで快適に過ごせてるんですよ!
とはいえない。
高ランク冒険者だからって口が硬いとは限らないのだ。
疑問だけ持つ分には一向に構わないけれど、中に超快適空間がありますとかばれたら面倒な事になるのは間違い無い。
むしろ貴族の覚えが良くなってしまった今。この馬車はとんでもない利用価値がある。
「それこそ、ぼくはクラフターズだからねえ……いろいろひみつがあるとおもってくれるとたすかるんだけど?」
……どうだ?
「ソッスネ! いやスンマセン! 仕事柄、変なのに出会うのも珍しく無いンスヨ! リマイ伯爵のお墨付きでもちょっと怖かったンス! スンマセン!」
あっさり引き下がってくれたけど、ちょっと今のは怖かった。
やはりランクA冒険者は伊達ではない。
ランクA冒険者って卿人のお父ちゃんのイメージありますからね……




