第90話 成敗
お前の五体をひきちぎるううう!
横倒しになった白黒龍グラオは、九江卿人の口上を聞くと素早く体勢を立て直そうと試みた。翼を器用に使い、バンとひとつはためかせると、距離を取りつつ起き上がる。
ことは叶わなかった。
顔を上げてこちらを見た時点で、僕はその鼻先まで跳躍している。
今度は眉間へめがけてメイスを思い切り振り下ろした!
ごっ!
気による防御は既にぬいていて、あとは魔力障壁と鱗だけ。その魔法障壁も、今の打撃で突き破った手応えがあった。
ずどんと、頭を地面に叩き付けられたドラゴン。
僕は飛んだ勢いのまま、メイスを振り上げ落下の衝撃を乗せるように地面の頭めがけて再びメイスを振り下ろす!
だがそれは、ばさりと交差されるように繰り出された翼によって邪魔をされた。
白黒龍の翼は高硬質のエッジのようになっており、大抵のものは真っ二つにしてしまうほどの鋭さを誇る。
流石に縦に割れるのは嫌なのでナックルガードと盾で受け流す。
するりと滑らせるようにして着地。
ほぼ同時に横殴りの右足が跳んでくるけど、盾でパリィ。反動で1回転、まだ地面近くにある顔めがけてシールドバッシュ!
めきりと鈍い音がして、鼻先が割れ、大きくのけぞった。
追いかけるように跳び上がり、メイスをアッパースイング! 今度は右の下顎が砕ける。 たまらず距離をとろうとするドラゴン。
にがさねえよ! 離れたら面倒な事になる!
追いすがる僕に対して、白黒龍はこちらをぎらりと睨み付けた!
この目は金色に輝き、瞳には魔法式が浮かんでいる。
まっずい!
盾を前面に構えてその場で急ブレーキ!
刹那。
僕とグラオの間で大きなマナの爆発が起こる!
1回だけで無く、何度も連続して起こされた爆発の衝撃で完全に足止めされてしまった。
龍の瞳に備わる魔法だ。個体によって差があるから、とりあえず防御姿勢をとって正解だった。まともに食らっても生きてはいただろうけど、戦闘不能くらいにはなっていたかもしれない。
だけど、一足飛びとはいかない程の間合いを開けられてしまった。
「鼻先ばかりしつこく狙いおってからに!」
「一点集中は基本でしょう!?」
抗議の声を上げるグラオに向けてとにかく突っ込む。なにかしらされるだろうが、この距離では足を止めてしまう方がリスクだ。
低い姿勢で盾を構え、シールドチャージをしかける。
だが、やはりというべきか、白黒龍による龍魔法の詠唱が始まってしまった。
龍種はその色によって特色が有る。特に龍魔法を行使するときは特にそれが顕著になる。
赤は炎、青は水、黄色は大地、黒は闇、白は光。では白黒龍は?
精神と死だ。
『邊セ逾槭r遐エ螢翫縺鈴サ偵″蟆匁ァ』
龍魔法の詠唱は龍言語ではなく。龍魔法言語とも言うべき全く別の言語を用いる。
ヒト族には決して理解出来ない音。
やはり間に合わず魔法は完成、らせん状の、新体操のリボンのような光沢の無いドリルがぎゅるぎゅると音を立てて迫ってくる!
単純に見た目が怖い!!!!!
放物線を描いて……これホーミングしてきてるな?
角度を見極めて、速度を落とさないように最初に迫ってきたドリルを弾いて逸らす……!?
ずきんと、軽く後頭部に痛みが走る。
一瞬、足を止めてしまったけど、無視して再び走り出す。
次々と襲いかかってくるドリルを、今度は足を止めずに弾き飛ばし続ける。
このドリルの威力自体はたいしたことないみたいだ。
「馬鹿なっ!?」
目を見開いて固まるグラオ。
びっくりさせてばっかりでゴメンとは思うのだけど。
僕は白黒龍グラオにとっておそらく、最悪の存在だろう。
白黒龍が放ってきた龍魔法はおそらく、精神干渉して心を破壊する系統の魔法だ。 防御も意味は無く、本来は高確率で触れた者を廃人に追い込むようなものなんだろうけれども……。
僕に精神干渉系の魔法や能力は効かないんだよね……そういうチートを貰っている。
「ならばコレでっ! 『謌代′閻輔?荳ュ縺ァ譛ス縺。繧育函蜻ス』」
グラオの背後から、闇をそのまま固めたような無数の腕が僕を取り囲む。
相当な速度で、あれよあれよという間に囲まれ、四方八方から伸びてくる手に捕まり……だがしかし、その腕は僕に触れるやいなやボロボロとこぼれ落ちていってしまう。
いやでもこの腕つめったい! 液体窒素かけられたようなレベルで体温が奪われる。
生命力を奪われるって冷たいんだなあ。
闇の腕の包囲網を振り払って突破、ドラゴンに向かって走る。
多分コレは、相手を拘束して生命力を根こそぎ奪い尽くしてしまういわゆる即死攻撃。そして残念ながら強制的な即死攻撃も、僕を物理的に拘束してしまう様な攻撃も、残念ながら効かないんだなあ。
チート万歳。ルーニィ師匠に言わせれば迂遠で無駄なチートらしいけど、僕は気に入っている。
そもそも状態異常の無効化が敵キャラの特権みたいなところが気に食わなかったのだ。 いいじゃん、味方に一人くらい混乱魅了麻痺即死無効のヒト族がいたって。
某竜冒険なRPGの麻痺とか凶悪すぎて嫌いだったのだ。
などと余計な事を考えてしまったせいか、白黒龍にまた間合いを離されてしまった。
「龍魔法が効かないだと!? いったい何なのだ貴様は!」
それは最早悲鳴だった。
「人間種舐めるからそうなるんだよ! 言っとくけど僕なんか弱い方だからな!」
『それはない』
何故か結界内の連中から総突っ込みを受けてドラゴンに向けて突っ走る。
なおもドリルと闇の腕を繰り出してくるグラオ。
そこのことごとくをいなし、そらし、受け止め、白黒龍に肉薄する!
ふつうなら100回は死んでいるような攻撃だけど、僕は御免被る。
ホントなら1回だって死んだら終わりなのに2回も殺されたくない。
「キューブちゃん! 衝角展開!」
「『Jawohl!』」
正面に構えた盾の少し先に、マナで出来たちいさな円錐が形成される。
それがだんだんと巨大化、目の前に僕の身長ほどの大きさはある円錐型の穂先ができあがる。それは、戦艦の先端に取り付けられた衝角のよう。
青水晶色に輝く巨大な槍だ。
さらに魔法式を展開、圧縮、マナを走らせて発動!
「『後考速!』」
『天恵』に加え、僕が考え得る最大の速度バフを重ね掛け。本来バフは重ね掛け出来ないものだけど、説明すると長いから今は割愛ッ!
タンクのくせに速度特化で特攻をかけるこの攻撃は、本来の役目を放棄するから使えない。だけど、僕のガントレットの力があれば、後ろを気にせず使うことが出来る。
「うおおおおおおおお!?」
最後の抵抗か、防御の障壁を張る白黒龍。
その甲殻が幾重にも重なったような魔法の壁に衝角が激突!
ほんの少しの抵抗の後、障壁は粉みじんに砕け散った!
吸い込まれるように、衝角はドラゴンの体表を突き破り……その身体を貫通、僕は残った身体に衝突してとまる。
展開されたマナの衝角は、自動で霧散。
後に残ったのは、首がちぎれかけ、無残にも身体に大穴の開いた白黒龍がのこった。
「おのれ……小僧……貴様などに……何故……わが主が気に掛ける……」
流石の生命力だが、最早目は見えていないだろう。
濁った瞳は、もう何も映していない。
「ルーニィ師匠の事を主と呼ぶなら、納得は出来なくても飲み込むべきだったかもね」
「人間種に説教など……いや、我が斃れているのが真理か」
「……」
「それでも貴様は許さぬ。末代まで祟る白黒龍の呪いを受けるが良い」
そう、呪詛を吐き、白黒龍は事切れた。
その死骸から、瘴気が立ち上り僕を包み込む。
ふん。
「おあいにくさま」
ぱん。
乾いた音を立てて、瘴気が霧散する。
これは僕のチートの能力じゃ無くて。
「ルーニィ師匠の加護は、僕も受けてるんだよ」
なぜだか、切なかった。
卿人君的にドラゴンスレイヤーの称号は
もらっても嬉しくないのかもしれません




