第89話 白黒龍2
卿人君のふたつ名、まだ迷ってます
ドラゴンにしてみれば九江卿人が見届け役かどうかなんて関係ないわけで。
明確に敵対行動を取った僕に対して、ドラゴン大きく息を吸い込み、ぐるりと首を回して大きく口を開く。
「みんなふせろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
壁の向こうから絶望の叫び声が聞こえてくる。怪我人が多く、動ける者も少ない中出来る事は少ない。いくら直前にドラゴンのパンチに耐えたとは言え、青水晶の壁の向こうにはブレスの準備をしたドラゴンが見えているのだ。
普通ならば、特にドラゴンと戦ったことがある者がいるならば、その恐怖は想像を絶する。実際、叫んだのはドラゴンの相手をする予定だったランクA冒険者のひとりだ。彼も重傷を負っていて、大声など出せる状態ではない。実際吐血している。
ドラゴンのがぱりと開かれた口の中には、多重に展開された魔法式が並ぶ。ドラゴンのブレスにはその種族によって得意な魔法が付与される。黒白龍が得意とするのは「衝撃」。炎属性に衝撃という物理が付与される。黒白龍のブレスを浴びたモノは為す術無く灰になるかバラバラに砕け散るか、両方で塵になるかだ。
そして吐き出される衝撃の赤。
「キューブちゃん! パビス展開!」
「『Jawohl!』」
ガントレットから壁型の流体が発生。地面に突き立てて腰を落とし耐衝撃姿勢をとった瞬間。
衝撃!
灼熱の業火と、同時に叩き付けられる質量。本来ならば吹き飛ばされてしまうであろうブレスだが、オリハルコン相当の硬さを持つパビスと、僕のバフと、ガントレットの機能のひとつである断熱効果により蒸し焼きになるのも防ぐ。
そして広域展開したマナの壁も、そのブレスに耐えきった。
ブレスの余韻が終わり、壁の後ろで頭をかかえてうずくまっていた連中がおそるそる。という感じで頭を上げる。さすがだと思ったのは、リマイ伯爵の騎士達はきっちりと怪我人達をかばっていたことだ。
「うおお! 俺たち、生きてる!?」
「生きてる! 生きてるよ・・・・・・!」
「なんだこの壁・・・・・・!?」
壁の向こうからそんな声が聞こえてくる。
ちなみにこの壁は音声を通す。外側からはあらゆるモノをの侵入を阻害、内側から出るのは可能。再度内側に入る際にはガントレット自体の、実質僕の承認が必要になる。そして、内側の範囲内に居る者には・・・・・・。
「うう・・・・・・うん?」
「傷が、治っていく?」
比較的軽傷だったり、軽く目を回していた連中は目を覚まし始める。
拡張展開された壁の内部に居る者はインスタント・ヒールの効果を受けることが出来る。ホントはもっと効果の高い回復魔法が良かったのだけど・・・・・・。
もちろんこれほどの効力を発揮するためにはそれなりの代償を支払わねばならない。
具体的には膨大なマナの消費だ。普通、これだけの効力を持った魔法を行使すればその者は瞬時に干からびる。余程の魔力貯蔵量が無い限り発動すら出来ない。
魔道具にした場合、辺り一帯のマナが干上がり、生命活動に支障が出かねない。
それを、ガントレットの内側に彫り込んであるマナ消費軽減の魔法式で徹底的に軽減し、家電と変わらない程度のマナ消費量まで抑えてある。オリハルコン製で無ければ叩いただけでひびが入ってしまう量の魔法式だ。オリハルコンを精製しながら同時進行で刻んでいかねばならない作業だったので・・・・・・つまり僕は超頑張ったのだ。
・・・・・・すっごい安っぽく聞こえるね。
でも超頑張ったのは事実なので、このガントレットは僕の自信作で、クラフターズの師匠達に認められた作品で、唯一無二の僕の盾なのだ。
僕の後ろに被害なんて出させないよ。
「キューブちゃん、ヒーターに変更」
「『Jawohl!』」
青水晶の流体が形を変え、丸みを帯びた逆三角形を形作る。
「なんだと・・・・・・!?」
愕然とした表情を見せる白黒龍。
そりゃそうだ、今まで完璧に、少なくともブレスを無傷で耐えられたことなど無いはずだろうから。
で。
なんで僕がこんなに白黒龍に詳しいかというと。
いやもちろん、純龍種であるルーニィ師匠の教えもあるんだけど。
さっきの会話も含めて確信した。僕はこのドラゴンを、いち個体として知っている。
「白黒龍グラオ! こんなところで油売ってて良いんですか? ルーニィ師匠に怒られますよ!?」
愕然とした表情のまま固まっている黒白龍に、ドラゴン語でそう言ってやる。
それを聞いたドラゴンは今度は目を剥き、唾を飛ばさんばかりの勢いで。
「なっ! 小僧何者だ! なにゆえ我が主の名を・・・・・・!? 不敬であるぞ!?」
「自分のやってること棚に上げて何を!? はぁ、やっぱり僕の事は覚えてないんですね」
白黒龍グラオは白の純龍種ルーニィ・シルヴァドラッヘの腹心のひとり・・・・・・一匹だ。
ルルニティリで戦闘訓練を受けたとき、ドラゴンとはどんなモノかとルーニィ師匠が配下のドラゴンを呼びつけてくれたのだ。
赤、青、黄、黒、白、そして、白黒龍。
白黒龍意外のドラゴンは友好的に話をしてくれたのだけど、白黒龍は終始そっぽを向いていた。ルーニィ師匠は「困った奴め」くらいで済ませていたので、その信頼がうかがえる。
だけど、今この場にこのドラゴンが居ると言うことは、あの後すぐにここマディシリアまでやってきて、住み着いたという事になる。
眉間に皺を寄せて、とは言っても鱗で覆われていてよく分からないけど、目を細くしてこちらを見ていたドラゴンだが。
「小僧・・・・・・あのときの小生意気な人間種か!? 我が主をたぶらかした!」
「あれでたぶらかしたように見えたらたいしたものですけど!?」
ルーニィ師匠はドラゴンたちを呼びつけて何をしたかと言えばもちろん、僕と戦わせたのだ。
当時まだクラフターズで1年も修行していなかった僕にしてみれば死刑宣告と同義である。いくらルーニィー師匠から手ほどきを受けていたとはいえ、相手は本物のドラゴン。ぼろ雑巾みたいにされて無理矢理回復されてを繰り返していたのだ。
それをたぶらかしたとか言われるのは業腹である。
「ふん、おおかた主の弱みでも握ったのであろう。我はそんな主に愛想を尽かして家出したのだ」
「子供か!」
それから神話の体現でもある偉大な純龍種の弱みってなんだ!? 胃袋か!?
・・・・・・握ってたわ。
「とっ、とにかく早く帰らないとルーニィ師匠に怒られますよ!?」
「笑止! 既に追放されたわ!」
「手遅れだった!?」
「ゆえに、ゆえにだ! 小僧! お前を含め我は龍種の恐ろしさをヒト族に知らしめねばならぬ!」
そこに戻るのか・・・・・・。
白黒龍グラオは、すでにはぐれ龍種の要件を満たしており・・・・・・ルーニィ・シルヴァドラッヘの庇護の元にはないと。
つまりは、討伐対象である。
「師匠の信頼を裏切ったんですね」
「先に裏切ったのは主よ」
成る程。
ふざけんな!
ずだん!
一足飛びに。黒白龍の顔まで跳ぶ。
手の中で魔法式を展開、圧縮、発動。
「『魔法付与:対龍』」
メイスにエンチャントをかける。メイスの先が赤黒く放電、蛇のようにメイス全体にまとわりついた。修業時代に開発した、対ドラゴン用エンチャント。既にそのメイスは振りかぶっており、突然目の前に現れた僕に白黒龍は反応できていない。
その鼻面めがけて、思い切り横向きにメイスを振るう!
めきぃ!
白黒龍の纏う気、魔法障壁、自前の鱗。全部まとめてぶち抜いた!
「魔法付与:対龍」は、ドラゴン特有のマナに反応してその威力を増し、防御を弱体化、貫通させる効果をもつ。逆にドラゴン以外にはただの打撃でしか無い。
鼻面を殴られた白黒龍は、大きく首を吹っ飛ばされ、体勢を崩して横転した!
「白黒龍グラオ! ルーニィ師匠に代わり、僕が成敗させて貰う!」
さあ!
戦いはこれからだ!
(続きますよ?




