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待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第3章 卿人編
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第84話 白い絶望

汝は白き絶望

その爪牙を以て

恐怖を撒くモノなり

 曰く、武器が通らない

 曰く、魔法が効かない

 曰く、その爪で切り裂けぬ物は無い

 曰く、その牙で砕けぬ物は無い 


 曰く。


 「白い絶望」からは逃げられない


 セイバーファングの評価はこんな感じである。

 幸いなのは「おそらく」個体数が少なく、「おそらく」滅多に活動しない。

 ということだ。

 

 突然村や町がほぼ全滅したり、高ランク冒険者がいきなり壊滅させられてひとりふたり逃げ帰ってきたりするのだ。

 連続して被害に遭った者はおらず、その後のセイバーファングの足取りが全く掴めなくなるので生態がはっきりしない。

 過去に数体討伐されているが、どれも死体の損傷が激しく、魔獣である事と、討伐された個体はおそらく雄だけであること。肉食である事くらいしか判明していない。それほどの攻撃を加えねば倒すことが出来ないのだ。


 討伐推奨ランクはA++。


 奇しくもはぐれドラゴンの討伐と同じであり、討伐数の少なさからセイバーファングの方が危険かも知れないとされている。直立二足歩行の大型熊サイズでこのランクは異常。

 

 そんな最悪凶悪魔獣がドラゴンとの進路上に現れた。しかもこっちに向かってだ。

 リマイの街は、ドラゴンとセイバーファングというふたつの脅威にさらされる羽目になったのである。


「卿人、逃走を具申する、今ならまだ間に合う。騎士達には悪いが、我々がそこまで付き合う必要は無い」


 康造さんが提案してきた。全くもってその通りだ。

 クラフターズでもセイバーファングと戦った事は無い。


 だけど、この状況で逃げるにはあまりにも・・・・・・。


「康造さん、せめて彼らに・・・・・・っ!?」


 戦っているBチームの方を見た瞬間、ヤバいモノが見えてしまった。

 木々の間を高速で接近してくる、白銀の塊。


 セイバーファングに違いない。


 そう認識した瞬間、僕は反射でそちらに向けて突っ込んだ。

 いくらなんでも早すぎるだろう! 康造さんが帰ってきてからほぼ間が無いぞ!

 走り込みつつ腰のパリングメイスを抜き、左腕のガントレットシールドに、その名前を呼びかける。


「キューブちゃん! 円形盾(ラウンド)展開!」

Jawohl(かしこまり)!』


 ガントレットから合成音声で返事があり、盾部分に開いた薄いスリットから青水晶ブルークオーツに輝く半透明のマナの膜が展開。中型のラウンドシールドを模した型を形作る。だがこれだけでは只のマナの膜だ。防御力など無いに等しい。だから。


「『天恵』!」


 次いで自分に全能力バフをかける。こうすることで、この張りぼてみたいなマナの盾は、マナの膜の発生源、つまりオリハルコンそものと同じ防御力を得る。そしてガントレットに彫り込んだ魔法式はバフ効果を高める効果があるので、このマナの盾は実質永久不滅金属オリハルコンよりも頑丈になっている。

 見た目はそのまま青色に発光するビームシールドである。

 宇宙世紀のロボットアニメを観たことがある人は凄い既視感があるもしれない。


 木々の間から急に現れた白い絶望に、相対した騎士は反射的に槍で防御姿勢を取ったものの、そこへ雑に振り上げられた爪での一撃。 

 ぎゃりん! という音を立てて槍がひしゃげ、切断されてしまった。軽量金属のポールを引き裂くほどの膂力と鋭さに戦慄を覚える。


 騎士はあっけにとらてしまい動けず、だけど目の前に出てきた魔獣がなんなのか察してしまったようで・・・・・・。絶望の表情で振りかぶられた爪を見つめていた。

 今まさにその凶爪が振り下ろされる寸前、僕はその隙間に身体をねじ込ませた!


 がぎん!


 マナの盾と爪のぶつかる音は意外と低く鈍い音だった。


 無理な体勢だったのでそのまま振り抜かれそうになるのをなんとか身を翻すようにして捌き、回転して逆手でメイスを肩口に叩き付ける!


 反発するような手応え。

 キチンと打撃が入る前に、攻撃に合わせてセイバーファングは後方に跳んだようだ。

 ダメージが入ったのか、無効だったのか。少なくとも魔獣特有の纏った気の防御は抜けていない。


 だけどセイバーファングが距離を取ってくれたおかげで、その姿を落ち着いて観察することが出来た。


 話通りの姿だ。鋭く尖った黒い爪。白銀色のたてがみと獣毛、獅子に似た顔、口元は大きく開かれ、鋭い乱杭歯が並ぶ。名前の由来である2本の白い剣牙は、犠牲者の血を啜ったせいか赤褐色の斑に彩られていた。金色にぎらぎらと輝く瞳は殺意をみなぎらせこちらを睨み付けている。

  二本足でまっすぐに立ち上がった体高、身長と呼ぶべきか、は2m半といったところか。思ったよりは大きくない。ただし熊の体躯なので威圧感が凄い。あの白銀色の体毛は硬く、柔らかい。衝撃吸収能力はかなり物だ。


 セイバーファングもこちらを伺っているらしく、ぐるぐると喉を鳴らしているが仕掛けては来ない。

 何でかは分からないけど好都合だ。

 ガントレット(キューブちゃん)を前面に構えて姿勢を低く保つ。

 普通ならば盾に視界を遮られる様な構えだけど、半透明のマナ盾なので頭を護ったまま向こう側が見えるのが利点だ。


「騎士様今のうちに下がって!」

「お、おお、すまない!」


 流石に無手では強がることも出来ない、素直に下がってくれた。

 他の騎士達も分が悪いと判断してか、下がった騎士をかばうように下がる。

 今のうちに!


「ペイマ! 何でも良いから攻撃魔法打ち込んで! 康造さん! こいつこの場からひきはがすから手伝って!」

「そんな無茶な! セイバーファングに魔法効かないって噂・・・・・・」

「良いから動けペイマ! 卿人! 某は何をすればいい!」


 萎縮してしまっているペイマを叱咤して、康造さんが応えてくれた。


「あの、リザードマンにやった攻撃! あれを顔の所に打ち込んで! ヘイトが康造さんの方にいくかもだけど通さないから!」

「承知!」 

「ああもう! わかったわよ!」


 ペイマが魔法式を展開、同時にセイバーファングが大きく口を開けて・・・・・・。

 そこに不可視の何かが打ち込まれ、喉を押さえてガッガッっと咳き込むセイバーファング。

 

 康造さんの攻撃だ。僕は前を向いているから分からないけど、カチカチと何かを操作する音が聞こえたので魔道具か何かだろう。

 その隙を逃さす僕は突進、メイスを振りかぶって叩き付け・・・・・・嫌な予感がしたので急ブレーキ!

 つんのめるのではなく、盾を前に出して前傾姿勢のまま止める。


 刹那、ほぼノータイムで左腕が振るわれた。

 衝撃からの回復がはやい! いまのいままで喉元を押さえていた手を、一瞬で振りかぶってみせたのだ。


 ごっ! 


 今度は体勢充分! 受け止めを試みるが、有効打にならなかったのが不満なのか、少し押し込んできただけであっさりと引いた。

 ならば間合いを詰めて追撃・・・・・・!

 その時、セイバーファングの口が、にやりと歪んだ気がした。獅子の口のそれと同じものが、笑みの形に歪む事など無いはず?


 ぞくり。


 嫌な予感どころじゃない、明確な危険信号を感じて無理矢理飛び退く!


 目の前を、先ほどとは比べものにならない速度で振るわれた爪が通り過ぎて言った。もしあのままだったなら顔が吹き飛んでいたにちがいない。

 そこに飛来した炎の槍が、セイバーファングの胸元に直撃した!

 ペイマの「炎槍(フレイムジャベリン)」だ。


「ガアッ!?」


 セイバーファングが胸を押さえてたたらを踏んでいるうちに、僕は下がってペイマの前に立つ。


「効いてる!?」

「うん、全く効かないっていうのは大袈裟なのかも」


 ぶすぶすと胸元から煙をあげながらも、鋭い目でこちらを、正確にはペイマを睨み付けた。


「効くのとダメージがあるのは別かしら?」


 引きつった表情のペイマ。

 それに返事でもするかのように一声吠え、こちらに向かって突っ込んでくる寸前、康造さんの攻撃が目元に刺さる。

 ダメージは無くとも煩わしいのだろう。振り払うような仕草をみせると、やや強引に突っ込んでくる。

 そこで僕がまた迎撃、最初よりやや攻撃が雑なのが見て取れたので、間合いギリギリで盾の表面を滑らせる様にして捌き、少し下がる。

 それを2、3度繰り返したところで、騎士団長と伯爵が戻ってきた。

 半信半疑だったのだろう。実際にセイバーファングを目にした伯爵は目を丸くしていた。


「クラフター九江! 今、援護を!」

「要りません! 皆さんは予定の位置までいってください! 僕らはこいつを引きつけます!」


 僕らはドラゴンに向かう方向から少し外れ位置にいる。このままルートから外れて貰おう。

 僕の意図が分かった伯爵はなおも怒鳴る。


「無理を言うな! 貴殿達にはそんな真似」

「僕らがやらなきゃドラゴンに対抗する手数が減ります! ドラゴンと戦う前に戦力が割かれてしまっては意味が無いでしょう!?」


 そう、これは僕らが最初から戦力として計算に入っていないから出来るのだ。逆に考えれば今の状況は幸運だったとも言える。この場合幸運なのはもちろん伯爵であって僕らでは無い。それが分かっているから、伯爵は渋っているのだ。真面目な貴族である。


「大丈夫です! こいつの討伐報酬はきちんと請求しますから! 伯爵はドラゴンを倒して僕に払う報酬を稼いでください!」

「貴殿は・・・・・・!」


 伯爵はぐっと唇をかみしめると、自らの騎士団に命令を下す。


「リマイ騎士団! 前進するぞ! 客人にトラブルを任せるのだ! 失敗は許されんぞ!」

『応!』


 返事と共に、騎士団と車列が進んでいく。

 実際、伯爵と話している間も少しセイバーファングとの攻防があったが、なんとかやり過ごした。

 今は、セイバーファングが車列の方を気にしてはいるようだが、僕らのことが気になってそちらに行けないのだろう。

 そりゃそうだ。背を向けた瞬間、セイバーファングの後頭部に僕の一撃が飛び、ペイマの魔法が炸裂する。無事で済ますつもりは無い。


 つまりは、僕らはこの時点でセイバーファングの引きつけに成功したのだ。


 あとは・・・・・・僕らがこのセイバーファングとの戦にどうやって決着を付けるかだ。  

ガントレットシールドの命名はライブアライブからです(爆

この小説のプロット段階から決めていたのですが、

凄くタイムリーになってしまいましたw


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