第83話 クラフター九江
本人が淡々としてるのでわかりづらいですが
卿人君も雪華ちゃん並には異常になってます
時間は伯爵に招かれた次の日に遡る。
九江卿人らは早速伯爵の元に向かい、リマイ伯の騎士団及び冒険者達と顔を合わせ、ひととおりのミーティングの後出発となった。
ドラゴンの進行方向に正面から向かい、進路上に防衛ラインを構築。その後ドラゴンに接近し、まず交渉が可能かどうかを確認。無理そうなら先ほどの防衛ラインまで撤退しながら戦闘。その際、ランクA冒険者「翼壁」のふたつ名を持つタンクを殿とする。
ブレストプレートメインの軽装鎧だが巨大なタワーシールドとフレイルで武装した、もじゃもじゃのたてがみでとりわけ大きな体躯の魔族だ。何でも防衛戦、撤退戦闘が得意で自身の戦闘力もさることながら機動力も高く、タワーシールドを持ちながら風の魔法で自身を吹っ飛ばすようにして移動する。そうしていざ防御となれば、その大きな体躯を地属性魔法で固定、さらに風を纏わせて味方を護るといった防御をするらしい。
どちらかと言えば「翼壁」は魔法使いのようだ。魔族らしいともいえる。
防衛ラインまで下がった後、待ち構えていた魔法使い達が集中砲火、その後、前衛達が切り込み仕留める。仕留めきれなければ前衛は交代、魔法使い達が攻撃、前衛の攻撃。これの繰り返し・・・・・・と至ってシンプルな作戦。
正攻法でとても良いと思う。
そのためにはまず防衛ラインを構築する必要がある。この防衛ラインをどこに敷くかが問題だ。あまり街に近いと意味が無い。
なので街から約一日の距離にある少し開けた場所と定めた。けどドラゴンが丁寧に街道や人型の歩きやすい所を通ってくるわけでは無い。最短距離で進んでくるため、こちらも直線距離を移動せねばならない。道なき道を行くのはマディシリアでは日常茶飯事だからそれは良いのだが当然、ドラゴンが進む方向からは逃げてくる動物、もっと言えば魔獣のような危険生物も逃げてくるわけで・・・・・・。
「Aチーム下がれ! 前線交代するぞ!」
絶賛進軍、もとい交戦しながらの移動中である。
ドラゴンに遭遇するまでは撤退戦闘を受け持つ冒険者を温存するため、露払いはリマイの騎士団が行う。
あわただしいが、もともとこうなるのは織り込み済みだったのだろう。騎士達の士気は悪くない。
騎士達は露払いさせられて不満はないのかとも思ったけれど、良く教育されているらしく、仕事と割り切っているようだ。
「どうせドラゴンが暴れ出せば騎士団も冒険者もあるまいよ」
ヘラジカの角を持った騎士団長はそんな風に言っていた。
それもそうか。彼らにしてみれば、リマイの街を護ることが最優先なのだから。
ちょっと職人気質すぎるけれども、自分たちの誇りがどこにあるのかきちんと分かっているのは感心する。
で、その温存されているわけでもない、露払いをしている訳でもない僕らはどうしているのかと言えば。
僕に限って言うならクラフターズをやっていた。
同行している騎士団は騎士団長はじめ13名。AチームとBチームで騎士団長を除いた6名ずつ。
他は防衛ライン構築機材の運搬と街の守備にあたっている。
その騎士達に、幅広槍を配ってみた。
150cm弱の長柄に両刃の穂先を付けたもので、突くにも斬るにも適した長槍だ。
僕のお手製で穂先と石突きは鋼、ポールは軽量金属を使っている。素材だけで結構な値段するけれど、切れ味と剛性は折り紙付きだ。
騎士達もこの手の武器は訓練しているらしく、素直に使ってくれた。
サムを除いた僕らは後方待機、ではなく前線のすぐ後ろに配置された。なんとも危ない所だが、龍討伐のための冒険者より後ろという訳にもいかないので、この配置である。
伯爵もこの位置にいる。
軽装鎧を身につけて勇ましい。きっと有事はいつもこんな感じなのだろう。自分がいることで兵の士気を上げているのだ。
その伯爵は、さっきまで前線に立っていたAチームの活躍をみていたく感心した様子だ。
後方から来るドラゴンから逃げてくるため、魔物や魔獣達は割り増しで凶暴化している。 この辺りはリザードドッグやアリゲーター・ベア等の爬虫類系変異種が主で、鱗が硬くタフネスにも優れた魔獣ばかり。
だけど僕のパルチザンは、そんな硬い鱗を易々と貫き、タフネスなど発揮する間もなく致命傷を負わせていた。
最初は慎重に戦っていた騎士達も、上手くやれば一撃で屠れると分かってからは皆イケイケモード。がんがんいこうぜ、だ。中には右手にパルチザン、左手に鉈を持って枝葉を切り払いながら魔獣と戦う猛者まで現れ始め、進行速度が倍になった。
といったところで予定の距離を進んだのでBチームと交代、Aチームは後方の馬車まで下がっていく。
「いやはや、クラフターズの武具がここまでのものとは・・・・・・恐れ入った。高額なのも頷ける」
そのタイミングで伯爵が話しかけてきた。目を丸くしている辺り本気で感心しているようだ。
「いいえ、騎士の皆さんの高い練度と、質の高いバフがあっての事ですよ。特に魔法は発動までのよどみが無い。さすがは魔族ですね」
そんな風に言うと伯爵は口の端だけで笑って見せた。なんだろう、美人がこういう笑い方をするとなにかをたくらんでいるようにも見える。
「私の騎士団を褒めてくれるのはうれしいが、やはり武具も良い物を揃えねばならんな」
「まけませんよ?」
「そこをなんとか!?」
そう、パルチザンはあくまで貸し出しである。
クラフターズ本人から譲り受ける場合、中間マージンはないので店頭に並べたものよりは遙かに安い。が、それでも材料は鋼とミスリル、クラフターズが定めた技術料があるので、大量購入は決して安い値段にはならない。
「緊急なので無料で貸します。なんて言葉で釣って、実際使わせて売りつけるつもりだったのだろう? 最初から!?」
「うがち過ぎです。それに炊飯器をお買い上げいただいたのですから、このくらいはアフターサービス・・・・・・」
「そのアフターサービスとやらで2本でいいから譲ってくれないか? 門番にもたせたら箔が付く!」
「だめです。それこそ2本程度なら購入なさってください、伯爵ならポケットマネーでも払えるでしょう?」
「うう・・・・・・クラフターズは銭ゲバなのか!」
「技術を不当に扱ってほしくないだけです。それと」
「それと?」
「慈善事業が苦手なお貴族様の代わりを務めるのもクラフターズの立派な仕事です」
「・・・・・・なるほどな」
リマイ伯がそういうことをしていないはずは無いが、伯は不正に厳しい方だ。そんな貴族達がいるという事を改めて認識して貰った方が納得がしやすいと踏んだのだけど。どうやら正解だったようだ。
このタイミングでBチームとの交代が完了、早速リザードドッグが現れたので交戦を開始。隊長が指示を飛ばした。
「Aチームの話では随分と質の良い槍のようだ! だが我々は慎重に・・・・・・」
「隊長! リザードドックの首一発で落とせました!」
「そうだろう、リザードドッグはその硬いたてがみで首元を護っているから武器が少し良くなったくらいでは倒せなにいいいいいいいいい!?」
丁寧な説明ありがとう。
Bチームの隊長は慎重に行きたかったようだが、テンション高く交代したAチームから様子を聞いていた他の騎士達は、さっさと戦い始め、交代前と変わらない戦果を上げ始めていた。
伯爵はその様子に眉根を寄せていたが、ふっと力を抜いて、諦めたように息をついた。
「わかった、ではあの長槍、今配って居る分と追加で10本、買おう」
「ありがとうございます! ではおまけで飾り付きの物を2本付けますので門番に持たせてあげてください。箔が付きますよ?」
「・・・・・・商売上手め」
「褒め言葉とうけとっておきますよ」
「ふん・・・・・・後ろの様子を見てくる」
言葉とは裏腹に気を悪くした様子も無く、馬へと乗り換えて後方に向かった。
おそらく冒険者達の様子を見るためだろう。
「ケイトは、あの伯爵の事嫌いなの?」
いままで隣で黙っていたペイマが話しかけてきた。康造さんは斥候にでてもらっている。通信魔道具は使えないからドラゴンの動向をみてもらっているのだけど。
ペイマの問いに、僕は肩をすくめて見せた。
「そうじゃないよ。クラフターズを低く見て貰いたくないだけさ」
「舐められたら負けってやつ?」
「・・・・・・うん」
「どうしたの?」
「いや、僕もすっかり染まってしまったなと」
「?」
ペイマは不思議そうな顔をしているが、僕にしてみればゆゆしき事態である。
「舐められたら負け」ってのは確かにそうなんだけど、そんな考えは前世じゃ嫌いだったのだけどね。所変われば考え方も変わりますか。
ペイマはそんな僕の顔をじっと見て居たけど、おもむろに口をひらいた。
「ホントにクラフターなんだね」
「今更!?」
「改めておもっただけよ。貴方、鍛冶師っぽくも商人っぽくもないから」
「じゃあどんな風にみえてるのさ?」
「・・・・・・傭兵?」
「何故疑問形!? しかも凄い物騒な方向に振れた!?」
「仕方ないじゃない。雰囲気的にそんな感じなのよ。ぼおっとしてるように見えて周りを見てるし、今だって前線から目を離さないようにしてるでしょう?」
「そりゃあぶないからね」
「そうじゃなくって・・・・・・戦況を読んでるっていうのかな。そっちの騎士団長さんと同じ目をしてる」
言われて気付いた。そういえば僕は、戦っている皆の様子をみているからこそ、こうやって雑談などしていられるのだ。目の前と言って良い距離でヒトが戦っているのに、ともすれば気を抜いたともとれる会話をしていられるのも、今の状態なら危険は無いと判断しているからだ。
それは後方腕組みで戦況を見守っている騎士団長がこちらに対して何も言ってこない事からも間違いは無いのだろう。
なるほど、だから、傭兵、ね。
なんとも物騒な雰囲気を纏うようになってしまったものだ。
雪華は、なんて言うかな。
・・・・・・。
ばちん!
両手でおもいきりほっぺたを挟むように叩く。
いかんいかん。いまのは完全に気が抜けた。
顔を上げると、ペイマがびっくりしていた。そりゃそうか。
「なによ! びっくりするじゃない!」
「ごめんごめん、ちょっと気が抜けてた。ところで康造さんが戻ってきたみたいだけど」
「へ?」
僅かに木々が揺れて、殆ど着地音をさせずに康造さんが現れた。
僕らにちらりと視線を送った後、そのまま騎士団長に近づいていき、何事か言葉をかわす。
顔色を変えた騎士団長はいきなり大声を張り上げた。
「Bチーム! 止まれ! 進まずその場での迎撃だ! いいな!」
『応!』
示し合わせたように、いや、実際こういった命令には即座に反応するように訓練されているのだ。
冒険者じゃこうはいかない。
騎士団長はそれだけ告げると、ダッシュで後方に向かう。
伯爵への報告と指示を仰ぐのだろう。
ぞくりと、背筋を冷たい物がはしる。
いやいや、騎士団長が前線ほっぽり出して領主に指示を仰がねばならないほどの事態って、なんだ!?
「卿人、ペイマ」
康造さんがこちらに来た。隠密として完璧な彼は、こう言ったときに感情を乱す事は無い。
まって、逆に怖い。
「セイバーファングが出た、こちらに向かっている」
淡々とした口調から、とんでもない名前が出てきた。
セイバーファング。
熊の体と、獅子の頭部。長い牙を持つ白銀の毛皮の魔物。
悪魔種の先兵であるワービーストと混同される場合があるが、れっきとした魔獣だ。
大陸全土で数匹しか確認されていないが、逆にその目撃報告は場所を選ばず、大陸のどこにでも生息していると思われる。
そしてセイバーファングは、出会った物は全て殺し、喰らう事が知られている。
小さな村や町など半日もたたずに全滅させられてしまうほどの凶暴性と食欲をもつ最悪の魔獣。
もちろん災害指定害獣だ。
そのふたつ名が、その魔獣の全てを物語っている。
「白い絶望・・・・・・」
そう言ったペイマの口調と顔色は、絶望に彩られていた。
セイバーファングのモチーフは
MTGの「剣歯ニショーバ(Sabertooth Nishoba)」です
マーベルのセイバートゥースを期待なさったかたごめんなさい




