第81話 リマイ伯爵
宿屋も良い迷惑でしょう
「ゼカン、貴様いつから詐欺師の真似事をしていた?」
早朝の宿屋で突然、リマイ伯爵による弾劾裁判じみた尋問が始まる。
店員さん達は遠巻きに、迷惑そうに見てるけど、尋問してるのが領主様ともなれば、文句も言え無いか。
九江卿人とペイマも手持ち無沙汰に見てるしかない。無関係じゃないから下がるに下がれないし。 そもそもこの状況自体、リマイ伯爵が作り出したっぽいよね。領主の館でなく、一般市民も見てるいる中で、というシチュエーション。
貴族の家令、しかもリマイ伯爵のお父上の側近ともなればそれ相応の権力を持っていてもおかしくはない。
そんな人物に対して、この仕打ちである。言い訳の出来ない証拠も挙がっているに違いない。
つまりは僕の行動がきっかけになったんだろう。僕の思い付いたいやがらせは渡りに船だったと言うことか。
問い詰められたゼカンは顔面蒼白。面白いくらいに泡を食っているが、それを見てあんまりニヤニヤするのはちょっとダメだと思うよペイマ?
「な、何を。言って・・・・・・」
「衛兵長と結託して旅人や商人から賄賂をとっていたそうじゃないか。貴様が絡んでいたのなら私にまであがってこなかったのも頷ける」
「な、なぜそれを・・・・・・」
「馬鹿め。父上が貴様に目をかけていたから今の今まで咎められなかったのだ」
「違う! 違うのです!」
「だから言っている。お前の忠義を疑ってはいない、話してくれ、ゼカン」
伯爵の猛禽の瞳は、先ほどとは打って変わって慈愛に満ちていた。
ちょっと何を見せられてるのかわかんないですね・・・・・・。
などと。
まあせいぜい不正を目撃してしまったクラフターズとして振る舞いますよ。
リマイ伯の視線に負けたのか、それとも最後の忠義が勝ったのか。観念してぽつりとぽつりと、ゼカンは語り始めた。
「最初から、下心などなかったのです」
やたらとしおらしくなったゼカン曰く、最初は商人側の不正の訴えだったそうだ。
密輸品を運び入れようとしたので該当品の没収と罰金の徴収を行おうとしたところ、その商人は事実無根だと訴えたのだそう。
実際は衛兵の方がネコババと賄賂を取ろうとして・・・・・・というまあよくある話。
問題はこの規模の、領主が常駐しているような街でそんなことが起こっていたという事実だ。領主が意図的にそうしていないのでは尚更。どうしてそうなったか。
これもまあよくある話で、当初ゼカンにその気は無く、普通に悪徳商人だとおもっていたらしい。というのもあの衛兵長はゼカンの甥らしく、衛兵の働き口もゼカンが世話をしたというのだ。
そのため疑う事も無く・・・・・・今度は不正の片棒を担いだと甥に脅される羽目になったと。
気の毒だとは思うけれど身内びいきの失敗は貴族なら注意してくれよ・・・・・・。
そうして流石に不正がばれ始めた。それでもゼカンの事を信じたリマイ伯爵のお父上だったが、僕の渡した短剣が流れてきたことでどうしようも無くなった、と。
そういうことらしい。
このゼカンという男の信用と甘さ。それと甥っ子の不明が招いた事態、ということだろう。
てゆーか、さ。
この話リマイ伯爵家のスキャンダルになるわけで。僕らがこれ聞いてるのまずいんじゃないのかな。
いやね、なんか突然始まった上に話の途中だったから勝手に下がるわけにもいかなかったし・・・・・・嫌だな、何を要求されるのかしらん。
暗澹たる気分になったところで、ゼカンについての追求は終了したらしい。
ロバ耳娘のロレンタがゼカンを引き起こして、そのまま外に連れて行った。ゼカンの方はといえばすっかり意気消沈、うなだれてしまって、引きずられるように連れて行かれた。
残ったリマイ伯爵は、美しくも鋭い双眸をこちらに向ける。
表情からは何も読み取れない。さすがは大きな街ひとつ任されているだけあって、佇まいだけで察するのは不可能だ。ともすれば見とれてしまいそうな程の美貌も、それに一役買っている。
さて、どうなる?
身構える僕に対して、リマイ伯爵はふっと表情を柔らかくした。
「クラフター九江。突然だが我が邸に招待させて貰えないか?」
「はい? 招待ですか?」
失礼とは思いつつ聞き返してしまった。
この場で何かしらの取引を持ちかけられてもおかしくなかったのだから。それを仕切り直しておまけに招待だって? 僕の立場を差し引いてもちょっとわからない。
「ご多忙かな? すまないが招待状は用意してないんだ・・・・・・」
「い、いいえ。喜んで。護衛も一緒でかまいませんか?」
「無論だ。何名かな?」
「僕を含めて4名です」
「分かった。では今夜、そうだな、日没前にお待ちしている」
「ありがとうございます。では、後ほどお伺いさせていただきます」
「うむ」
リマイ伯は鷹揚に頷き、優雅に一礼すると迷惑料とばかりに高額硬貨をテーブルに置いて去って行った。
・・・・・・主導権全部もってかれたなぁ。
流石貴族様だ。こちらの都合も手はずも全部無視して話を進められてしまった。
まあ、こちらとしてもそれで都合が良いのだけど。
「ペイマ、大丈夫?」
改めて声を掛ける。やっぱりびっくりしたんだろう、まだ顔を赤くして固まっている。
ペイマははっとして僕をみると、ちょっともじもじしだした。
うん?
「どうしたのペイマ? あ、やっぱりこわかったよね」
「いや、そうじゃなくって、その、ありがと。かっこよかった、よ?」
なぜかうつむいて、ちらちらとこちらを見ながらお礼を言う。
「そんなことないよ。サムだったら相手が抜く前に動きを制してただろうし、康造さんなら剣に手を掛けた時点で無力化したはずだよ? 僕程度じゃあれが精一杯だったんだ、ごめんね?」
「・・・・・・そうじゃないんだけどな」
「ん? なにが?」
ペイマは、はあ。とひとつため息。
「もういいわ。それで? お呼ばれされた意味はわかってるの?」
「うん。僕らと、ペイマに対する謝罪だね」
「そうね、でもそれは表向きでしょ?」
「うーん、裏かぁ・・・・・・怖いなあ」
◇
その日の夕刻。とはいえマディシリアの夕暮れは長いことで知られる。山沿いで無い限り遮蔽物が少なく、陽光が遮られずにいつまでも地上を照らし続けるからだ。
ならば伯爵の言っていた日没前とはいつだという話になるが、マディシリアでは「日没前」という時間が明確にさだめられているのだとか。
ペイマがいなければ危なかったかもしれない。
そうしてやって参りました。リマイ伯爵邸。
貴族らしく広い土地に大きなお屋敷・・・・・・でもない。
どちらかと言えばこぢんまりしている。もちろん貴族が住んでいるという前提ではあるのだけど。
門前には今朝も護衛に付いていたロバ耳の女性、ロレンタが出迎えてくれた。
彼女はこちらを認めると、綺麗なお辞儀をひとつ。顔を上げるとあまり感情を出さない声色で。
「ようこそおいでくださいました、クラフター九江と護衛の方々。どうぞお入りください」
そういって、邸内に案内してくれた。
ほどほどに華美な装飾品、清掃も行き届いている。
きちんと人を迎え入れるように出来ている邸内だ。
なんだけども。こっちのメンツがいただけない。
「おいペイマ、あの壺? 花瓶? 変じゃねえか?」
「ちょ! 何言ってんのよ! アレ相当な高級品よ! 触ったらだめだからね!」
おそらくこういう場所に慣れていないのであろうサムとペイマがうるさい。康造さんはそもそも無口だから関係ないけれども。
「ほら見ろよ、あの彫像なんか首が欠けてるぜ? 修理した方がいいんじゃねえの?」
「馬鹿! そういう作品なのよ! アンタ少しは勉強しなさい!」
「ふたりともちょっと黙ろうか」
『はい』
うん、恥ずかしいからおとなしくしててね?
別に内容はいいとしても声がおおきいのよ。ほらぁ、ロレンタさんも方を震わせて怒ってる・・・・・・。
「んぶふ」
・・・・・・まあいいか。気を悪くした様子じゃないし。
案内されたのは広めの部屋。来客に食事を振る舞うためのダイニングだろう、既にテーブルにカトラリーとナプキンがおかれ、お誕生日席にはリマイ伯爵が待ち構えていた。
ちょっとびっくり。本来主人は来客を待たせるものなのだけど・・・・・・。
僕の驚きを余所にリマイ伯爵は立ち上がると笑顔を浮かべ、両手を広げて歓迎して見せた。
昼間はよそ行きのフォーマルスーツじみた服装だったリマイ伯爵だけど、今は装飾の多くない、ただし高級な生地を使ったドレスを身に纏いっていて、それは気品と威厳を併せ持っていた。
「よくぞいらした、クラフター九江。それから・・・・・・ミス・ペイマだったかしら?」
「お招きいただき光栄です、閣下」
ペイマ達は僕の護衛としてきてるから、ドレスとかでは無い。普段来ているローブのまま、軽く頭を下げるペイマ。続いて後ろの男衆ふたりも会釈をする。
「ミス・ペイマ。この度は我が家の家令が迷惑を掛けた。謝罪させてくれ、受け入れてくれる?」
「もったいないお言葉です、閣下。謹んで」
「そう、ならば宴を。さあさ、こちらだ」
とまあ、ここまでテンプレだ。昼間のうちにロレンタさんがひととおりの流れを教えに来てくれていたのだ。だからあくまで形式的なものだけど、必要な儀式だからね。
全員が席に着き、ワイングラスに酒を注がれる。
「では、今日の良き日に、乾杯」
皆で盃を空ける。僕は匂いを嗅いだだけで遠慮させて貰う。
雪華に逢うまで酒は呑まないと決めているから。
これも事前にロレンタさんには伝えてある。理由は酒を呑めないってことにしてあるけれど。
乾杯も終わり、料理が運ばれる。マディシリア料理のフルコースだ。穀物を中心としたメニューが多く、ヘルシーな印象。贅沢なのには違いないが、とにかく肉! 魚! 脂! といったラインナップではないのが意外と言えば意外。
リマイ伯爵は背が高く、スレンダーな体型をしている。
リマイ料理を食べたらこうなりますよと宣伝されたら、男女問わず食いつく者は多いだろう。
そんな僕の思考を知ってか知らずか、伯爵は自慢げに料理を指し示す。
「どうかな? リマイの穀物は美味だろう?」
「ええ、とても。僕はネルソーの出身なので、穀物は食べ慣れているんですが・・・・・・おいしいです」
「ほう! では果国の血が?」
「はい、ネルソー生まれの果国人ですね。だからなのか米をよく食べるのですが、マディシリアの米も美味です・・・・・・ところで米はどうやって炊いているので?」
聞けば少量ずつ小分けに炊いているのだとか。あまりいっぺんに炊いてしまうとムラが出て食感や味が悪くなるのだと。
うん、予想通りかな。
「閣下、相談なのですか・・・・・・大量の米が一気に炊ける魔道具など、需要があると思いますか?」
「それは・・・・・・そんなものがあれば随分と助かるが。あれを上手く炊くには技術が要るぞ?」
「ええ、それをそれを可能にしたのです」
そんな会話と、僕の売り込みなどをしながら話が進んでいく。
開発しておいた炊飯器(魔道具)を買ってくれるということで……
販売権と技術料込みで売ってしまった。
長粒種米専用の炊飯器なのでネルソーとニーズがかぶることもないし、コレが広まれば料理が苦手な人たちでも美味しく米が食える。
うん、いいことづくめだ。
額が大きいので現金ではなく手形で……うん!
ちょっと吹っかけちゃったけど快く支払ってくれた。コレで当面の旅費と、みんなの給料は確保。
あとは……
「ところでクラフター九江、折り入ってお願いがあるのだが・・・・・・」
来たよ・・・・・・ってお願い? なんか今朝からちょっと変だぞ?
「お願い、ですか? そうゆうテイでのご命令では無くて?」
「何を言ってるんだ君は?」
伯爵は心外だとでも言わんばかりに大きく手を広げた。
「待ってくれ、何か勘違いしているな? 本来私は君に口止めしなければならない立場だ、意図的にとはいえ我が家の恥部をみせたのだからな? そこまでして・・・・・・クラフターズを利用してでもゼカンを止め、父上の目を覚まさねばならなかったのだから」
・・・・・・なるほど?
よく分からなかったので疑問の顔のまま皆を見てみる。
「ケイトがお人好しってことはよくわかったわ」
「よく今まで詐欺に遭わなかったな?」
「・・・・・・」
康造さんは何も言わなかったけどジト目でみられてしまった。
「話を戻して良いかな?」
「あ、はい。ごめんなさい」
「うん。頼みたいというのは他でもない、クラフターズとして力を貸して欲しいんだ」
「詳しくお伺いしても?」
「もちろんだ、目的から言えば」
伯爵はそこで一度、言葉を溜めた。
やや緊張した面持ちで。
「はぐれ龍種の討伐を手伝って欲しい」
伯爵耳長そうですよね




