第78話 リマイへ
折角純攻撃魔法使いが出てきたので少しお話
リザードマンの処理もそこそこに急いでその場を移動する。肉食獣が多いのでほっといても勝手に片付けてくれるらしい。それは人間種だろうと魔族だろうと変わらない。つまりココで行方不明になったら死体も残らないということ。
前世で九江卿人の死体が野生動物に喰われたという話を思い出してげんなりしてしまった。
僕はさっきの戦闘で何もしていないので引き続き御者を。康造さんは出発と同時また先行してしまったし、サムはまた馬車の中に引っ込んでしまった。
ペイマはまだボーッとしている・・・・・・お、起きたかな?
僕が御者をしながら膝枕をしていたのだけど、目の焦点がはっきりしてバッチリ目が合った。
「おはようペイマ。戦闘中に消耗して倒れるのはいただけないかな?」
「はい・・・・・・ごめんなさ・・・・・・ってぎゃー!?」
あわてて飛び起きる褐色の魔法使い。ワンドごと自分の身体をかき抱いて僕の方を見ている。顔は真っ赤だが、怒りというよりは羞恥の色。そのままおずおずと口を開く。
「・・・・・・叫んでゴメンね」
「いいよ、こっちこそごめん、デリカシーがなかった」
「そ、その。見た?」
「何を?」
「ローブの中・・・・・・」
「見てないよ!? 僕が朦朧としてる女性の服の中見ようとする変態に見える!?」
いきなり何を言い出すんだこの娘は!?
だけど、その表情は至って真剣だった。
「別に見られたからどうだというわけでもないのだけど」
「いいのかよ!? でも見ないよ・・・・・・」
「ふうん」
真顔でペイマは僕の顔をじっと見ている。真意を探ってるのだろうけど・・・・・・。
「いやだなあ、僕はついてきてもらってる側なんだから、そんな不用意な事はしないよ」
と、冗談めかして言ってみる。
そもそもなんでそんな思考になったのか気になるとこではあるけど。
待ってみても、こちらの顔をじっと見ているだけで返事がない。意図的に無視されているのかとちょっぴり傷つきつつ、この話題は止めようと方向性を変えてみる。
「さっきも聞いたけど、何でぶっ倒れるような魔法を撃ったの? 危ないでしょう」
横目にそう聞くと、ペイマはびっくりした様子。まるで意外なことを突然言われたかのような反応。いや、実際そうなのか。
「戦闘なんだから全力で戦わないとだめでしょ? 死んだらそこまでなんだから」
んん?
「うん、理屈は分かるけど、でも意識失っちゃったら意味なくないか?」
「『透明』かけてくれたじゃない?」
「だからって」
「それにサムとコウゾウがいる。陸リザードマンの群れくらいならなんでもないわ」
「・・・・・・成る程」
ちょっと納得はいかないけれど、察するに長いことこの3人でやってきたみたいだし。 パーティーのやりかたに口を出すのもおかしいか。実際火力という意味ではペイマとサムはかなり高いのだから。
そんな僕の心の内が顔にでていたのか、それとも単純に照れ隠しか。ペイマはマントローブの首を詰めると、目をそらして。
「なんてね・・・・・・ホントは私もサムと同じ。タダ飯喰らいなんじゃないかって思ったのよ。道案内は確かに重要だけれど、やっぱり私は攻撃の魔法使いだからさ」
「なら今ので充分だよ。あんなに火力の高い魔法は初めて見た」
「そお? ま、自慢ではあるわ」
まんざらでもなさそうだ。だけど・・・・・・。
「良かったら魔法式見せてもらってもいい?」
「え?」
露骨に嫌な顔をされる。うんまあ、そうか。僕や師匠なんかはそうでもないけど、大抵の魔法使いは心血注いで組み上げた魔法式を開示するのを嫌う。
確かに魔法式には個人個人の使いやすさ、つまりは個性がでるから、いたずらに他人の魔法式を評価するのはよろしくない。
魔法学園では議論と研究のために専用の魔法式を組むので意味が全く違う。
ましてや冒険者の魔法使いにとって生命線とも言える魔法式を見せろ何て言うのはマナー違反だったかも知れない。
「ごめん、配慮が足りなかった」
「え、ええ。無闇にそういうことを言うのは避けた方が良いわ。貴方だって魔法式見せろなんて言われたらイヤでしょ?」
「いや、ぜんぜん。僕が普段使ってる魔法式はこんなのだよ」
目の前に魔法式を広げてみせる。ココノエ式でも圧縮でもない連結魔法式で組んだ状態の「透明」だ。やっぱり少し長いなあ。
「ちょっと! そうゆうのも良くないよ!? ・・・・・・え、見ていいの? ホントに?」
窘められるも、やっぱり興味があるんだろう。少しの逡巡のあと、魔法式を読み始めた。
とたん、綺麗な眉がひそめられる。
「何コレ? 全然読めないんだけど?」
「うん、ちゃんと読み方があってね。教科書通りの連結魔法式は読まれやすいから、アレンジしてあるんだ」
「え!? 連結魔法式ってアレンジ出来るの!?」
「え? しないの?」
「そんな簡単にできないよ・・・・・・。連結パターンなんてテンプレート通りに作らなきゃ無理だって」
「えー」
とりあえず今展開した「透明」を自分に掛ける。こっそり圧縮。
「発動早すぎない? いいわ見えないわよ」
言われて解除。すぐさま別パターンの魔法式を組む。
「全然違う魔法じゃない」
「『透明』」
「!?」
全く同じ効果の「透明」が発動。ペイマが息を呑む。
「嘘でしょ・・・・・・? 嘘よね? あらかじめ違うパターンの魔法式用意しておいたのよね?」
「そんな面倒なことしないよ」
魔法を解除しつつ答える。
ううん、やっぱり連結魔法式の組み替えは変態がすぎるらしい。確かに最初は大変だったけど、慣れると組むのも読むのも出来るようになるんだよね。
ああでも、大賢者たるノートル師匠と魔法式の開発をしてたとき、側で見てた純龍種が青い顔してたけど、そんなに非常識だったのか。あれはココノエ式だったし、余計マズかったか。
「支離滅裂にしか見えない魔法式が飛んで回るのは気分がわるいな、気分が、わるいな!」
とかいってたっけ。
その純龍種と似たような青い顔でペイマがこちらを見ていたので。
「大賢者とかいう怪しいエルフに仕込まれたんだ」
とか少し茶化してみる。
でもホントのことだし。
すると急にペイマが顔を近づけてきた。ぶつかりそうになって思わずのけぞる。
「そうよ! 貴方の魔法道具に気を取られてすっかり忘れてたけど、クラフターズのリーダーは大賢者ノートルなのよね!?」
「そ、そうだけど」
「もちろん手ほどきを受けたのよね!? どんなのを・・・・・・って」
「そう、こうゆうのを仕込まれたんだ」
言って今展開した魔法式を示す。おそらくは、複雑怪奇な文字列にしか見えないであろう魔法式だ。げんなりした顔でそれを見るペイマが少し気の毒で、ちょっと解説してあげようとバリオスの手綱を脇にくくりつける。
「じゃあちゃんと説明していくから、みてて? バリオス、少し頼むよ」
ぶるる(まかされたわ)。
「頼む。ええっと、まず連結を解いていくから・・・・・・」
丁寧に連結を解いていき、テンプレート式の「透明」へと戻していく。最初は半信半疑で半眼になっていたペイマだけど、魔法式解いていくウチにだんだん前傾姿勢になっていった。
「へえ! こんなやり方が・・・・・・えっ? そこそんなにしたら意味が・・・・・通ってるわね」
そうして魔法式をバラし終わる頃には、ペイマはすっかり感心した様子。
「すっごい勉強になった!」
「よかった。ちょっと大変かもしれないけど、こうすると全体を短く繋げられるから、今とそんな変わらない長さで消耗を抑える魔法式も入れられるよ」
今ペイマに見せたのは連結魔法式の最適化だ。ココノエ式一歩手前ってところ。ココノエ式は片手間で教えるのは難しいからね。
ノートル師匠には軽々しく教えるなって言われたけど、ココノエ式を実践出来るのは師匠クラスの変態か天才くらいだ。
僕は天才なのかって?
生みの親なんだからもちろん変態の方だよ。
「・・・・・・ちょっと『破爆陣』組み直してみるわ」
「あ、ちょっと」
そう言ってペイマはいそいそと馬車の中に入っていった。
止める間もなかったな。まあいいや、集中したいんだろうし、魔法式見せてくれなかったからっていじけてなんかねえし。
とはいえ、ちゃんと注意事項を聞いてたかどうか・・・・・・大丈夫だと思うけど。
などと考えていたら入れ替わるようにサムが出てきた。
「あれ? どうしたの?」
「ペイマが入って来たんだから俺が出てこないとダメだろ」
ホントに入れ替わりで来たらしい。
「だからそんなに気を使わなくても」
「ちげえよ。いちようお前の護衛って事なんだから誰かしら側にいねえとマズイだろが」
「それもそうだ」
すっかり忘れてた。
「まぁ、あんな失態見せたら不安かもしれないけどよ」
「何の話?」
「ほら、さっきのリザードマンの・・・・・・」
「ああ、あんなのは別に失敗でもないでしょ。本来なら護衛対象・・・・・・僕がただの商人なのだとしたら馬車の中にいなきゃいけなかったんだし。外で突っ立ってた僕が悪いのさ。むしろ康造さんの攻撃が見れて少しラッキーだったまである」
「言っとくが康造の技のネタはバラさねえぞ」
「ちぇ。じゃあ本人に聞くよ。教えてくれるまで」
「・・・・・・やっぱお前変わってるな」
「クラフターズに居たというだけでその言葉に反論が出来ないんだよねえ」
「なんだよそれ」
「ところで馬車は快適?」
「快適すぎるな。セルフサービスが前提だが他は正直高級宿より余程良い」
「ぬっふ」
「きめえよ・・・・・・。でもマジだ、俺やペイマもそうだが、一番助かってるのは康造だろうな」
「そうなの? 殆ど偵察に出てもらってるけど」
「ああ、だからさ、戻ってきて遠慮無く・・・・・・とはいかんだろうが、少なくとも労ってもらったうえにあったけえ飯まで出てきてちゃんと寝れられるんだ。偵察兵にとってこれ以上はねえよ」
「食事も口に合ったようで良かったよ」
「ネルソー風だろ。俺もあの辺の出身でな、食べ慣れた味さ。まさかこんなとこで食えるとは思わなかったぜ」
こんな感じで機嫌良く、かどうかはちょっと分からないけど、次の目的地であるリウイの街までの数時間、サムは軽い調子で雑談に付き合ってくれていた。
そのリウイの街も見えてこようかという辺りで、康造さんが戻ってきた。心なしか、面白くなさそうな顔をしているが・・・・・・。
案の定、マスク越しに放たれた言葉は憂鬱そうだった。
「検問が少しピリピリしている。気に留めておけ」
そんなこっちまで憂鬱になりそうな台詞をもらって、僕達はリマイの街にたどり着いた。
急展開ですよ(たぶん




