第8話 親と兄と
炎華君は裸足を好みますが、外出時は底の浅い靴を履いてます。
「だめかぁ~!」
十三郎は手のひらで額を押さえ、天を仰ぐ。
九江魔法道具店2階。卿人と炎華のやりとりを九江夫妻はしっかりと見ていた。
戦っていたふたりも見られているのはわかっていただろう。
炎華は卿人を踏みつけた足を戻し、残心を取っていたが、ハッと正気に戻る。
「やっべ! やり過ぎた!」
慌てて介抱しようとしゃがみ込む。
「おい卿人! 生きてるか!?」
さっきまでの怒りはどこへやら。本気で心配している。
本来ふたりはお互い一目置いており、炎華にしてみれば可愛い弟分だ。
何故か顔を合わせればいがみ合ってしまうが、人間として尊敬しあっているわけで。
ボコボコにするのは決定事項だったが、半殺しにしてしまうのは本意では無かった。
加減を間違えたのは想定外に卿人が強かったから。
すると道場の裏口ががらりと開かれ、そこから雪華が出てきた。
卿人の様子を見て目をまん丸に見開いていたが、状況を一瞬で判断したのかダッシュで向かい、跳躍。
「ちぇすとおぉ!」
炎華の背中に跳び蹴りを突き刺した。
「ぐおおおおおおお!?」
ぶっ飛んで壁に叩き付けられる。さしもの炎華も死角からの不意打ちには対処出来なかった。
ましてやまだ子供とはいえ、充分な実力を持った同門の蹴りである。
そんな炎華の様子には目もくれず、雪華は卿人を担ぎ上げると道場の方に走り戻ると、丁度そこから暁華が姿を現した。
「おとーさん! おとーさーん! お兄ちゃんが卿人殺したー!!」
「騒がしいと思えば喧嘩していたのか・・・・・・うおっ!? これはいかん! 全身の筋肉が断裂している!? 雪華! 母上・・・・・・おばあちゃん呼んでこい!」
「わかった! おばあちゃーん! 卿人が死んじゃったー!」
「卿人は死んでいないぞ!」
そんな会話を背に、炎華は壁に叩き付けられた姿勢のまま泣いていた。
「妹に蹴られた・・・・・・」
十三郎はその様子を見て息をついた。息子が瀕死だという暁華の言葉で心臓が止まるかと思ったが、大陸中のどこの治療教会よりも雪華の祖母、秋華の方が信用できる。朧流格闘術の回生気功を使わせたら秋華の右に出る者はいない。死亡寸前でも問題なく回復させてしまうだろう。
「もうちっといけると思ったンだがなぁ」
卿人本来の戦闘スタイルではない無手のやりとりで、手加減していたとはいえすでに本物の格闘家とも言える炎華とあそこまで戦えたのは驚嘆すべき事である。
それ以上は贅沢な願望だが、親とはそんなものだ。
だがそれを冷静にぶった切る存在があった。
「いいえ、まだまだね。魔法式の構築精度も発動速度も悪い。あれじゃ有効打を与えられなくて当然。あの様子だとしばらく激しい運動は無理でしょうから、しばらくみっちりと魔法の訓練をして、もっと卿人を改造しなきゃ!」
母親の三春である。三春は卿人を想っているが故に、戦闘に関しては誰よりも卿人に厳しい。怪しい言動は片手に持った酒瓶のせいだと思いたい。
「お、おう、息子が死にかけてるのによく飲めるな」
「しにかけぇ? あんなのかすり傷でしょ~う?」
「あかん」
三春は酒乱である。ただし弱い。多分今日一日掛けてこの調子で酒瓶をからにするつもりだろう。
もしかしたら炎華相手に良く戦ったと喜んでいるのかもしれない。
という希望的観測を十三郎はしていた。
「店番どうすんだ?」
「さっきサラーサちゃんに引き継ぎ込みで頼んできたわよ~ケケケケケ」
「はえーなおい」
十三郎は盛大にため息をついてリビングのドアに手を掛ける。
「どこ行くのよ~付き合いなさいよ~」
「息子のとこ行くんだよ! いくら大丈夫でも行かなきゃ親として失格だろうが! オメーは来るなよ?」
ばん! とドアを閉めて出て行った。
三春はすっかりできあがった赤い顔で十三郎の出て行ったドアを見つめる。
酒瓶をあおって、酒臭い息を盛大に吐いた。
「けふっ。馬鹿ねえ、いけるわけないでしょ・・・・・・ごめんねぇ、お母さん卿人の看病出来ないわ・・・・・・」
机に突っ伏して肩をふるわせる三春。
本当は今すぐに駆けつけたい。でも、今行ったらずたぼろの卿人を見てしまう。見てしまったら、目を覚ました時に思い切り甘やかしてしまう。そしてすぐにすべての訓練を止めさせてしまうだろう。メイスも盾も魔法書も取り上げてしまうだろう。二度と怪我をさせないほどに甘やかしてしまうだろう。
それは卿人の本意では無い。
あの子は、自分の力で精一杯生きることを決めているのだから。
だから、こんな時にそばにいる役目は父親と雪華に任せるしかなかった。
「うぅ、うぐっ、ふええええええええええぇ・・・・・・」
子供のように泣きじゃくる三春の声を、ドア1枚隔てて聞いていた十三郎は、その場をそっと後にした。
「母さん泣かせやがって、親不孝モンが・・・・・・」
十三郎も今後の訓練はもっと厳しくしようと決めた。
◇
この騒動で一番の被害者は誰か。卿人には違いないのだが、もうひとり。
そう、炎華である。
「弟傷つけて妹に蹴られたよほぉぉぉぉ・・・・・・」
壁に張り付いたまま嘆く炎華。特にシスコンという訳ではない。小さい頃から鍛錬に明け暮れ、友人と遊ぶのも最低限だった炎華にとって、妹が出来るというのはとても嬉しいことだった。
しかも同じ日に隣の魔法道具屋で男の子が生まれた。日頃から付き合いのあった九江夫妻には面倒をよく見てもらったし、美人な三春には恋心に似たあこがれも抱いていた。
だから九江夫妻に子供が出来たと聞いて、炎華は妹と弟がいっぺんに出来たととても喜んだのである。
炎華はふたりの面倒をよく見て、一緒に遊んでいたが、いつしか卿人と雪華のふたりで遊ぶようになっていた。
弟のように思っていた卿人が急に嫌いになった? いや違う。特に理由も無く、なんかおもしろくないと、なんとなく距離をおいた。
そうしたら雪華は卿人の方にくっついて行ってしまったのだ。
するともっとおもしろくない。
どうしてか、卿人とは顔を合わせれば喧嘩するような仲になってしまった。
本当は喧嘩なんかしたくないのに。
不仲だとしても、卿人は炎華にとって大事な弟だ。
そして今日、卿人の挑発に乗っかってしまい、大怪我をさせたあげく妹に跳び蹴りを食らってしまったのである。
いたい、背中と卿人に蹴られた足も結構痛いが心が特に痛い。
自分の未熟さが情けなくて仕方が無い。
「謝らないと・・・・・・」
そうつぶやいたところで、後ろから強烈な殺気を浴びせかけられた。
全身の肌が粟立ち、心臓を鷲づかみにされたような感覚。めまいすら覚えた。
すわ何者と振り返ると、そこにいたのは鬼の形相の暁華だった。
秋華に卿人を任せて、炎華の元にやってきたのだ。
普段優しげに垂れた目尻はつり上がり、顔には無数の皺が刻まれ普段の暁華とは思えぬ怒気を発している。
「炎華・・・・・・あれほど心を平静に保てと言ったであろうが!」
びりびりとした気当たりに身体がすくみ上がった。いくら次期瞬牙流当主といえど、朧流格闘術のほとんどの修行を修めようと、この父親にはかなわないと全身が悲鳴を上げている。
自分が怒っているじゃないか、とは突っ込まない。暁華は冷静に、怒るべくして怒っているのだから。
「卿人の挑発に乗った挙げ句、我を忘れて重傷を負わせるとは・・・・・・貴様は格闘家としての自覚が足らん! その身体が人を殺める凶器だという事を忘れたか!」
ずしん、ずしん、と1歩1歩。足下の地面を割りながら炎華に近づいてゆく。
顎を右手でガッ、と掴まれる。
余計に、向けられた気の波が全身を苛んだ。
「貴様に「活殺自在」などまだまだ遠いわ!」
「活殺自在」。朧流格闘術のすべてを極めた者のみが名乗ることを許される、一種の称号だ。前にも触れたが、朧流格闘術を修めるのはきわめて難しい。殺法、活法の両方を十全に使いこなし、無用の殺生はせず、自分の力のすべてを制御できて初めてこの称号を名乗ることが許される。
卿人の挑発に乗り、自分より劣る者を、自分だけの怒りの儘傷つけた事は朧流として、いや、格闘家として失格である。
挑発した卿人も悪いのだが、卿人は(中身は別として)子供だ。炎華は成人である以上、それを指導する立場でなければならない。厳しいかもしれないが、朧流格闘術はそれを要求する。
「活殺自在」は現在。暁華、雪華の祖母の秋華、瞬牙流現当主の佐々木相馬、シルヴァ流現当主のアダット・リルリオール・シルヴァの4名だ。
その中で暁華は大陸最強と呼ばれている。
その最強の活殺自在の説教はなおも続く。
「いいか、貴様はこれからひと月の間、朧流の業を振るうことを禁じる」
業を禁じる。という事は朧流格闘術の行使を禁じるということだ。
「並びにその間は終日精神修養を命じる! わかったか!」
暁華のあまりの気迫に炎華はがくがくと頷くと、余りの圧に耐えきれず、糸が切れたように気絶してしまった。
ぐったりした炎華を抱え上げ、道場へと足を向ける。
その足取りは軽い。
暁華は卿人が大変な時だというのに、その顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。
丁度、魔法道具店から十三郎が現れる。
「おい暁華」
「おお、十三郎。卿人はとりあえず大丈夫だ。母上が診ている。三春は大事ないか?」
「泣いてたよ、私は看病も出来ないってな」
「そうか、そうか」
「おめぇは嬉しそうだな?」
「我らが息子娘がこんなに強くなっているのだぞ? これを喜ばないわけがあるまい!」
暁華の顔にはもはや完全に笑いの形になっていた。
対する十三郎は不満げな顔である。
「お前見てなかっただろうが」
「卿人の傷の程度を見ればわかる。炎華とて武芸者よ、怒りで我を忘れていたとはいえ、実力のないものにあそこまでの手傷は負わせん」
「あ?」
「わからんか? 貴様の息子は炎華をその気にさせるほどの力を持っているということだぞ! 8歳の子供が! 15歳の大人に戦う決意をさせたのだ!」
「・・・・・・おう」
いつにない暁華のテンションについて行けない、さらにそう言われても息子は重傷なのだ、いくら問題ないと言っても素直に喜べない十三郎。
「そうか、日頃の鍛錬のたまものって奴だな。死にかけだが」
「応、それから貴様、卿人は一方的にやられたと思っているだろうがそんなことはない、こやつは卿人を踏みつぶしたのだろうが、その前に足首を蹴られているな?」
「ああ、びくともしなかったがよ」
「それよ! その蹴りがなければ卿人は死んでいたかもしれん」
「どういうこった!?」
息子が即死していたかもということで語気が荒くなる。
「そのままの意味よ、おそらくその蹴りで体幹がズレた。重心の盤石な炎華が蹴りひとつでずらされたのだ。わずかに威力が下がっていたはず」
「・・・・・・」
「そして卿人は生きている、よって炎華は後悔ではなく反省することが出来る! いずれは活殺自在に至ろうよ」
あまりに饒舌な暁華に辟易してきた十三郎だが、続けて聞く。
暁華は息子娘と言った。
「雪華は炎華に跳び蹴りしただけだが、アレもそうなのか?」
「無論。雪華の蹴りは炎華を丁度壁まで飛ばすという目的で放たれたのだろう、実際炎華は壁に叩き付けられたが、それだけだ。壁に傷一つ無いし、飛距離が足りなかったわけでもない。完璧に気を制御して見せたという事よ。卿人が重傷を負っているというあの状況でな!」
気の運用は精神状態によって著しく左右される。不安定な状態では思った効果は出ないし、怒りにとらわれていれば出力があがりすぎる。
雪華は不安定な状態でぴったり丁度、気を練り上げた事になる。
つい数ヶ月前まではまだまだムラがあったというのに。今では完璧に近い制御をしていた。
「あとはきちんと卿人が治ってくれれば万々歳だ」
「俺はそれが一番心配だよ・・・・・・」
後遺症が一番心配だ。尤も、杞憂に終わるであろう事は間違いない。
それでも心配は心配だ。肉体的なものだけが後遺症ではない。
「卿人も男だ、立派に立ち上がるだろう」
「ったく、戦闘狂め・・・・・・」
◇
「うわああああああああああああああああああああああああああ!」
道場に併設された診療所。卿人は次の日の朝目を覚まし、開口一番そう叫んだ。
何事かと、一晩秋華の診療所にいた十三郎が駆けつける。
診療所の主である秋華は朝の鍛錬で不在だ。
「どうした卿人!」
「あぁぁぁぁぁ、あぁぁぁ・・・・・・」
卿人は亀のように丸まってぶるぶると震えていた。
やはり死にかけた恐怖が出てきたか!?
急いで秋華を呼ぼうとした十三郎の耳に、顔をあげた卿人の懇願がとんできた。
「父さん誰も呼ばないで!」
「おう? なんだ、じゃあどうしたんだ」
すると卿人は顔を真っ赤にして枕に顔を埋める。むしろその下の布団にまで埋まろうとしているかのようだった。
「なんだ? やっぱり呼んでくるか?」
「・・・・・・しい」
「あ?」
「恥ずかしいんだよォ!」
「んんん? ああ、そういうことか」
十三郎は卿人の今の状態を分析し始める。
「アレか、炎華をさんざんいじくって怒らせた挙げ句、さらに煽り続けて調子乗ってたのにボコボコにされて負けたのが恥ずかしいんだな」
「言わないでえ!」
「おう、俺ずっと見てたけどすっげえダサかったぞ! 恥ずかしいな!」
「いやああああああああああああ!」
「お前は覚えて無いだろうが、あのあと雪華が助けてくれたんだぞ? 惚れてる女に助けられるとかどんだけ恥ずかしいんだお前」
「お、おええ・・・・・・ぐええええええぇ」
「それからお前が負けたせいで母さん泣いてたぞ、母親泣かすとか本気でダセえな」
「母さんごめん、僕もうおよめにいけない・・・・・・」
「雪華に貰ってもらえ。あいつならお前がいくら恥ずかしい存在でも受け入れてくれるぞきっと」
「僕の心が保たないよっ!」
がばっと上半身を起こして反論する卿人。
その様子を見て安堵の息をつく十三郎。どっかりとあぐらをかいて座り込む。
「そんだけ元気なら大丈夫そうだな」
「ご心配をおかけしました・・・・・・」
「おう、心配したぞ、反省しろ」
「はい・・・・・・。で、僕はどんな状態だったの?」
十三郎は指折り数えながら症状をあげていく。
「右側第11、12肋骨骨折、全身の筋肉断裂、一部内臓破裂、右脛骨骨折、それと心臓が止まりかけてたらしい」
「それはほとんど死んでるって言うんじゃ・・・・・・」
「おう、お前が悪あがきで炎華の足を払ってなけりゃホントに死んでたとよ。だから雪華が言ってた『卿人が死んじゃったー!』ってのはあながち間違いでもねえ」
秋華の活法による回生気功はそんな重篤な状態からでも、時間さえたっていなければ翌日には全快させるだけの効果を持つ。最も、ダメージ自体は残るのでしばらく十全には動けない。
だが、卿人の命は救われ、こうやって叫ぶだけの元気もある。
卿人は秋華の治療に最大限の感謝を捧げた。
「怖くねえのか?」
「へっ?」
「だからよ、お前炎華に殺されかけたんだぞ? 怖くねえのか?」
普通ならトラウマものである、本当の死の恐怖を知り、心が折れてもおかしくない。
「うん、大丈夫、悪いのは僕だし。自業自得だよ」
「そうか、おまえは強いな」
これは十三郎の勘違いだ。卿人は前世で一度死んでいる。精神が死を覚えているので、耐性があった。
「それでその・・・・・・炎華兄さんは?」
「聞いてどうする?」
「いや、謝っておこうかなと・・・・・・」
「お前をそんなにした奴にか? びびったか? ダセえぞ?」
「ダセえからです。僕のせいだし、それはそれでいいんだ。でも僕と違って炎華兄さんには責任があるから、何かしら罰を受けてると思って」
「お前が心配することじゃねえよ」
不意に、そんな声が掛かる。
いつの間にか部屋の入り口に、炎華がいつもの道着スタイルで立っていた。
不機嫌そうな表情で卿人を見ている。
「あ、炎華兄さん・・・・・・」
卿人も顔をしかめる。いざ謝ろうにも忌避感が先に立つようだ。
そんな卿人を見て、炎華も咳払いをひとつ。
「あー、その、何だ・・・・・・すまなかった」
炎華が頭を下げる。
びっくりしたのは卿人だ。まさか謝られるとは思っていなかった。
「言い訳はしない、お前に重傷を負わせたのは事実だ。悪いと思ってる」
十三郎の表情が緩む。いくら喧嘩両成敗、両者に責任があるとはいえ、卿人を半殺しにした炎華には思うところがあったからだ。
炎華の方から謝罪したなら、十三郎から言うことはない。
「それだけだ、じゃあな、養生しろよ」
「炎華兄さん!」
「なんだ?」
「ご指導、有り難うございました」
布団に座ったまま頭を下げる卿人。
卿人がこう言えば、あくまで炎華は未熟な子供に指導をした、という面目が立つ。
形式的なことでしかないが、卿人にしてみれば大事なことだった。
めんどくさい関係のふたりである。
炎華はわずかに目を見開いたが、片方の口の端をあげて笑うとその場を離れようとした。
その直後。
「卿人ぉ!」
炎華は突然飛んできた雪華に反応出来ず、横合いからドロップキックをもろに食らう。
「おごぉ!?」
帰ろうとしたのと逆方向に吹っ飛ばされる炎華。
雪華は蹴りの反動を利用し空中で綺麗に一回転。着地すると低空タックルよろしく高速で卿人に近づき、そのまま抱きついた。
「雪華!」
「卿人生き返ったんだね!」
「いや死んでないよ?」
「ほんとにー? ちょっと良く見せて」
ぱちんと卿人のほっぺたを挟み込み、まじまじと見ると、今度は後ろに回り込んで、後ろから抱きつく。
「あの、雪華? 何してるの?」
「わたしの重さに耐えられるかな?」
肩に顎を乗せてのしかかる。
「軽い」
「合格」
「お前らいちゃつくならもうちょっと人目をだな」
十三郎はそう言うも、すでにふたりの世界だった。
これで息子が何を迷っているのかいまいち理解できない。
「妹よ、兄を二度も足蹴にするのはいかがなものか」
「ぐるるるるるるるる!」
よろよろと顔を出した炎華に対し、卿人に抱きついたまま思いっきり威嚇を始める雪華。
炎華はものすごくさみしそうな顔をして、がっくりと肩を落として去って行った。
それを見届けると、雪華はそのまま卿人の頭をぺしんと叩いた。
突然はたかれてびっくりした顔の卿人。
「卿人も! お兄ちゃんをあんまりいじめないで」
「・・・・・・ごめん」
それを聞いた雪華は、にっぱーといつものように笑うと卿人にすり寄る。
「ゆるす。じゃあ卿人ー、ひざまくらしてー」
「はいはい」
「卿人ー、なでなでしてー」
「いいこいいこ。助けてくれてありがとうね」
「んっふー!」
ちょっと胸焼けがしてくる十三郎。
子供がじゃれ合ってるだけなのに妙に濃厚なのだ。
「けいとー」
「んー?」
「けいと、あったかぃ・・・・・・すう」
卿人が頭を撫でていると、すぐに寝入ってしまった。
帰るタイミングを失っていた十三郎はようやっと立ち上がる。
「さって、じゃあ俺は戻るが、今日はお前も雪華も休みだ。それと悪いんだがな」
「いいよ」
「あん?」
「雪華寝てないんでしょ? 僕は枕になってるよ」
雪華に顔を向けたまま、さらさらと髪の毛をいじり、まるで自分が癒やされているような笑みを浮かべて答える。
卿人の言うとおり雪華は卿人が倒れて以来寝ていない。治療の邪魔になるからと、自主的に夜は卿人の部屋にいたらしい。様子を見に行った三春によればベッドに座ったまま、まんじりともせずにいたようだ。
「わかってんなら勝てない相手に喧嘩ふっかけんじゃねえよ。売られても無視しろ。雪華に負担掛けるんじゃねえ」
「努力はするよ」
「ハッ! あと母さんから伝言だ、しばらく動けないだろうから明日から魔法の修行だとよ、覚悟しとけ」
「うええ・・・・・・はーい」
「んじゃな」
ふたり残された病室。
卿人が雪華の髪の毛をもてあそぶと、くすぐったそうに鼻を鳴らす。
「強くならなきゃな」
ぼそりとつぶやいた卿人の顔は、とても悔しそうだった。
次回は魔法についての説明になります。