第75話 前途多難の予感
「え? 僕何かやっちゃいました?」 回です。
あんまりインパクトないですけど
サウスエンドの年末は、はっきり言って非常にうるさい。
街中の広場という広場で花火が打ち上げられるからだ。
花火と言っても火薬では無く、大きな音と閃光を放つ魔鉱石を上空に打ち上げるというものだ。
打ち上げられた魔鉱石はそのまま真下に落っこちるようになっているのでそのまま再利用される。
これはマディシリアの文化では無く、ダナドブルグ帝国の影響を色濃く受けたもの。帝国には大きな音と閃光で疫病や災害の元を追い払うという風習があり、帝国と付き合いの深いこの町ならではの催しだ。
年越しまではまだ日があるが、早朝だというのに街は活気づいていて、準備のためか人びとが寒い中せかせかと動く様はとてもせわしない。
魔族の多いマディシリア領なので、大柄な者が多く余計にひしめいている印象を受ける。
そんな中をやたらと目立つ着物姿と黒装束が並んで歩いていた。よくよく視ればもうひとり、三角の魔女帽子を被った魔族もその一行のようだ。
着物姿で金髪のサムライ、サミュエルことサムは、周囲から奇異の視線で視られていて不機嫌な様子だ。いや、彼は周囲の目を気にする質ではない。
「ねえサム、契約までしたんだからいい加減にしなさいよ」
フードローブの合わせを気にしながら、女魔族のペイマが窘める。
だがサムは不機嫌な表情のままだ。吐き捨てるように口を開く。
「よくよく考えてみればあの九江卿人ってやつ、クラフターズってだけで何が出来るのかも聞いてないし、学園に向かうってだけで仕事内容だって聞いてない。武装しちゃいたが戦闘だってどの程度できるのかも分からない。早まったかもしれないぜ?」
「それを言ったら向こうだって同じよ。サムとコウゾウが同郷っぽいからってだけで話しかけてきたんでしょ? それでたまたま目的地が一緒だったってだけで、私たちも詳細は話してないわ。これから王都に向かうならイヤでも分かるんだし、焦らなくても良いでしょ」
「やけにかばうじゃないか。なんだ? 惚れたか?」
「はあ? アンタじゃあるまいし・・・・・・」
そういいつつも、何となく強く出られない。
卿人は不思議な雰囲気を纏っている男だ。自分たちより若いのに、変に肝が据わっている。普通サミュエルの体格で凄まれたら怯んでしまうが、そんな様子も無く、きっちり交渉して見せた。
そのくせ営業スマイルが下手くそだ。多分商人には向いていないが、そのぶん誠実な印象も受ける。あと単純に少し軽薄そうな顔は好みだ。同じ軽薄そうでもサムは論外だが。
それに、彼の身につけていた耳飾り。あれは魔族の魔除けだ。左耳にしているということは、同じものを身につけた人物が居るはず。待たせている人がいるという話は本当だろう。
少なくとも、目的地に急いでいるという一点では間違い無く信用出来る。
「コウゾウはどうなの? あなたが人を評価するなんて珍しいから、びっくりしちゃったけど」
何となく言葉に詰まったので、黙って歩いている忍者、東雲康造に話を振る。昨日、卿人の装備に言及していた事に対してだ。
康造はちらりとペイマの方を向き、続いてサムを見上げた。
「あの卿人とやら、我らより強いかも知れぬぞ?」
「「は!?」」
あまりの驚きに固まってしまうふたり。
康造は気にすることも無くすたすたと歩いていってしまう。
「おいおいおい待てよ!? そりゃどういうことだ!?」
「貴様がランクBに上がれぬのはそういう所だぞ、サム」
「ぐ!? こっ、今後に活かすからどういうことか教えてくれよ!」
「・・・・・・あの者の足運びは、我々忍者に近い。おそらくは果国の武術を修めている。加えて某が苦無を突きつけた際、間合いを外されていた。某の踏み込みが見えていたということだ。故に、某は負けぬまでも勝てぬやもしれん」
「でも俺やペイマが勝てない理由にはならないぞ?」
焦りつつも不思議そうなサムに対し、康造はこれ見よがしに盛大なため息を吐く。
「わからんか。某と同じ、いや、ともすればより早い速度で鈍器が飛んでくるのだぞ?」
「そっ・・・・・・!?」
絶句してしまうサム。
忍者に限らず速度を重視する者は死角を取りに行くのが定石だが、そもそも死角に入り込むだけのスピードが要求される。
いくら達人がスピードは関係ないと言おうとも鈍重では叶わない技術だ。
康造の発言はつまり、卿人の踏み込みスピードが忍者を凌駕している可能性を示唆していた。
「あの者の技量にもよるであろうが・・・・・・もし喧嘩を売るなら相応の覚悟はしておけ」
そう締めくくると、これ以上は無いとばかりに足を速めた。
「ペイマ、お前はどう思う?」
サムは康造の少し後を追いかけながら、横を歩く魔法使いに聞く。
康造の言葉に驚きこそあったようだが、サムほどの動揺は無いようだ。
「さあ? 私は最初から彼に敵対するつもりは無いし? 彼が自分の身を守れるほど強いのなら、比較的楽に王都までいけるんじゃないかしら」
「いや、それはそうだが・・・・・・」
「何? はっきり言いなさいよ」
「どうにも納得いかねえ」
「まったく、これだから男は・・・・・・格付けしようとかしないでよね!」
「するか! 契約破棄で2ランクダウンとかしたら師匠に○される!」
しない。と言いつつその表情はやはり得心がいっていない。ペイマは一抹の不安を覚えたが、自分と康造がしっかりしていれば滅多なことにはならないだろうと思ってもいた。
卿人の感じたとおり、話せば分かる男ではあるのだ。
そうこうしているうちに卿人との待ち合わせ場所である倉庫近くまでやってきたのだが・・・・・・。
なにやらかぐわしい匂いが漂ってきた。食欲を刺激し、唾液の分泌を促すような匂い。
特に康造とサムの反応は劇的だった。
「おい、康造、これ」
「うむ。間違い無い」
サムと康造は頷き合うと、匂いのする方向へダッシュで行ってしまう。
「あ、ちょっと!?」
訳も分からず慌てて追いかけるペイマ。長いローブが邪魔でどうしても少し遅れてしまう。
なんとか追いつくとそこは卿人と待ち合わせしている倉庫の前だった。
卿人は倉庫の前で座り込み、七輪でなにやら焼いている。匂いの源はどどうやらそこからしているらしい。
そこ魔道具じゃないんだ? とかどうでも良い疑問は先行していたふたりの大声にかき消された。
「うめえ・・・・・・うめえ!」
「まさかマディシリアでこのような・・・・・・旨い米が食えるとは・・・・・・!」
「よろこんで貰えたようで何より」
そうしてふたりの隙間から苦笑する卿人の顔が覗いている。
卿人は遅れてきたペイマに気付くと、スパッと手を上げて。
「おはようペイマ! 君も食べる?」
「おはよう・・・・・・何それ?」
挨拶と共に差し出されたのは、皿に載せられた茶色の塊だった。
ちょっと見た目にびっくりしたが、よくよく見ればいつも食べている米。
マディシリアでも米が栽培されていて、果国のジャポニカ米ではなくインディカ米と呼ばれる長粒種だ。
長粒種は粘りけが少なく匂いも強いため、あまり和食のような味付けは合わないのだが・・・・・・。卿人の差し出した茶色のそれ、焼きおにぎりは長粒種で作られたものだった。
見慣れているが見慣れない調理法の食べ物にペイマは一瞬怯むが、サムと康造の様子を見て興味の方が勝ったか、はたまた朝食を食べていないのが効いているのか。それを受け取った。
「い、いただきます」
目をつむってかぶりつく。すると表面のかりっとした歯ごたえと、中のふわっとした食感が口内を満たした。ごはんがふっくら炊けていないとこの食感は出ない。長粒種は炊くと言うよりは蒸し上げるのだが、それでこの食感を出すのは難しい。そして少し焦げた醤油と砂糖、酒を併せたタレが絶妙にマッチして、甘塩っぱい味が口いっぱいに広がる。
「おいっしい・・・・・・! え、これホントにお米!?」
思わずほぅ、とため息が出てしまったほどだ。
その様子に卿人はご満悦らしく、手を叩いた。
「よかった! 目の前のふたりなんか挨拶もそこそこに食べ始めたからどこの追いはぎかと・・・・・・」
「いや、懐かしくてな・・・・・・だが本当に旨いぞ」
もぐもぐと口を動かしながら決まり悪そうに康造が言う。サムは黙って咀嚼しているが、バツが悪そうに目を明後日の方向に向けている。
卿人は苦笑を深くした。
「満足してくれたならいいよ! んじゃあ、早速準備して行きますか」
おにぎり最後のひとつを手に取り、はふはふ言いながら食べつつガレージの扉を横にスライドさせていく。
がらがらとローラー音をさせながら開いた扉の向こうに、サイズとしては6人乗り程度の馬車が姿を現した。通常は2頭立てのワゴンと呼ばれる窓のない箱形の馬車だ。大きさはまちまちだが、長距離移動を想定しているとなると卿人が注文した物は少し小さめかもしれない。
「とりあえず荷物を入れて、場所割りは相談して決めてくれ。今馬連れてくるから」
「場所割りったて・・・・・・このサイズのワゴンじゃ荷物置いたらいいっぱいいっぱいだろ? ・・・・・・ってもういねえし」
サムの言うことはもっともで、クラフターズの荷物が載った馬車だ。スペースに余裕があるとはおもえない。
だがもちろん、卿人が手を加えた馬車がただの馬車であるはずもなく・・・・・・。
「ぶっ!?」
サムが後部の出入口を開くとぴたりと固まってしまい、後ろに居たペイマが背中に顔を埋める形になってしまった。
「ちょっと! なによ・・・・・・」
サムの脇から室内を覗き、絶句してしまうペイマ。
馬車の内側が、この倉庫に匹敵しそうなくらい広いことに気付いてしまったから。
そうなのだ。
卿人が新たに作った空間拡張の魔道具は、一抱えほどのサイズでクラフターズの魔改造馬車に積んであるソレと、大人の身長ほどのサイズの魔道具と、同じだけの性能をしていた。
ミラーボールよろしく馬車の天井に取り付けられた魔道具は、明かりの魔法も追加されて煌々と光を放っている。
その光に照らし出された室内は、優に15畳はあるだろう。そして壁際には、両脇にベッドが2つずつ配置され、まるで4人部屋のホテルのようだ。部屋の前方には真ん中に扉と、両脇に部屋。
それぞれのドアには「浴室」「手洗い」と表記されている。
馬車内に水場があるのだ。
水を出すだけならばソレを可能にする魔道具はあるが・・・・・・汚水処理をともなう設備となると全く訳が分からない。
サムとペイマが混乱している横から、特に慌てた様子もない康造がするりと中に入り込んでさっさと手前のベッドを占領してしまう。
「ちょ、おま、康造!?」
「うむ? この寝床が良かったか?」
「そうじゃねえよ! 何でそんなに馴染んでるんだよ!? おかしいだろこんなの!?」
サムが叫んでいる間にも、康造は床に風呂敷を広げて道具の確認と整理を始めていた。
「果国の怪しげな陰陽師共が作る上下の感覚も曖昧な空間に比べたら、不自然に広い程度なんの問題も無い」
「お前すげえ経験してるんだな・・・・・・」
仲間の忍びの謎が1つ増えたところで、後ろに気配。卿人が戻ってきたらしい。
「あれ? 気に入らなかった? もちろん仕切りはあとで付けるよ?」
「いや、部屋割りとかじゃなくてだな・・・・・・ってグラニ種の馬か!?」
散歩に出していたバリオスを卿人が連れ戻してきたのを見て、サムが大声を上げる。マディシリアでグラニ種自体は珍しくないが、個人で所有しているとなると限られてくる。
王族か、物好きの貴族か。豪商か。それこそクラフターズか。
「・・・・・・朝から疲れた。準備するから出発するなら呼んでくれ」
怒濤の勢いで情報を詰め込まれてげんなりしてしまったサムは、諦めて中に入り康造の隣、奥側のベッドを陣取った。
残ったのは、馬車内をのぞき込んだ姿勢で固まったまま動かないペイマだ。
ペイマはいまいち状況が飲み込めていない様子の卿人をじろりとみやる。
「ええっと・・・・・・何かおかしなこと言ったっけ?」
「とりあえずはケイト。この馬車の説明をしてもらおうかしら。もちろん詳細に」
やらかしたという自覚のない卿人はきょとんとするばかりだった。
馬車、いいですよね




