第74話 同行者2
卿人君冷静ですが実は気が気じゃ有りません
九江卿人の言葉に、袴の兄ちゃんは表情を崩さない。
僕を見透かすように見つめているけど、僕にはこれ以外理由が無い。
何を真剣になってるのか自分で不安になった。
いや、真剣なのは当たり前なのだけど、冒険者ギルドを出禁になるような相手にここまでして頼んでよいものかとちょっと後悔してる。
でもなあ・・・・・・忍者さんは間違い無く実力者だし、魔族のペイマさんは話をきいてくれてるし。しかも袴の兄ちゃんも実は強いと思うんだよね。
袴には家紋がついているのだけど、その家紋、果国で代々剣豪を輩出している笹目家の家紋だ。この紋の事を知っていたのは、たまたま朧流の道場で目にする機会があったから。
そんなわけで実力もあって、話も聞いてくれるひとがいる。これ以上の冒険者を探すとなると難しいだろう。むしろ一発でこの人達に声を掛けることが出来たのは幸運だった。
はず。
やっぱり自信は無い。
なんて自己問答する時間があったような、無かったような。
袴の兄ちゃんは「フン」と鼻息を吐く。なんかやたら高圧的だ。
「嘘じゃなさそうだな・・・・・・わかった、受けよう」
「ありが」
「ただし!」
びっ、と僕の目の前に指を突きつける。
「使えないと思ったらお前の身ぐるみ剥いで放り出すからな!」
「あ?」
あんだと? 多少口が悪いのは全然いいけど、そいつはいただけない。冒険者同士ならともかく依頼者と冒険者だ。道中で足を引っ張ったならともかく最初にそんなことを宣言される謂われは全くない。
いやまて、それならそれでこっちが条件をつり上げて・・・・・・。
僕が黒い思考に支配されそうになったのを見計らったかのように、黙って聞いていた仲間ふたりが動いた。
「ちょっといい加減にしなさい!」
「それは聞き逃せぬな」
「おごっ!?」
忍者が足払いで体勢を崩し、魔法使いのペイマさんがどこからか取り出した金属製のワンドで後頭部を強打。
僕がキレる前にふたりが見事な不意打ちで袴の兄ちゃんを地面に沈めてくれた。
容赦ないな・・・・・・。
「ごめんね、こんな奴が一緒だけど・・・・・・いいかな?」
「あなたたちが居てくれるなら全然良いです」
このふたりが居てくれれば何とかなるだろう。というか贅沢を言ってられないというのが実情ではある。
この兄ちゃんに限らず、たびたびこういうこと言われそうだ。
でも自分から棒に振ったら元も子もないし、僕も言動には気を付けよう・・・・・・。
ペイマさんはホッとした様子で、僕の手を取った。ほっそりとした長い指先には黒いマニキュアが塗られている。
「改めて宜しく。Aマギのペイマよ」
ぱちりとウィンクして見せた。
Aマギは「アサルト・マジシャン」の略で、主に攻撃魔法を得意とする役割。
魔族は特にAマギが多いイメージがあるかな。
「拙者は東雲康造。シューター」
続いて忍者が自己紹介。
シューターって言うのは飛び道具全般を使うクラスのことだ。物理攻撃の後衛職ですよっていう宣言のようなもので、だいたい自らの獲物を提示するのだけど、東雲さんはそれを言わなかった。多分手裏剣とかクナイなんだろうけど。
それよりも気になった事がひとつ。
冒険者だけどフルネームで名乗った事は特に問題無い。それ自体はしない方が良いってだけの話。むしろ自分が何者か分かって貰うためには都合が良い場合もある。
つまり僕は、その名字に聞き覚えがあった。
「東雲って確か、禁裏を守護する忍びの一族でしたっけ」
「・・・・・・よく知っておるな。どこかの華族の出自か?」
「いや、残念ながら至って普通の平民です。たまたま忍びの者とは縁がありまして」
「ふむ」
めっちゃ疑われてる。この人も探りを入れるために名乗ったんだろうけど、知らないふりした方がよかったかもしれない。
いやホントたまたまなんだけどね。
雪華の祖母である秋華ばあちゃんの配下に東雲一族がいるって話を聞いただけだから。
「ほら、アンタも自己紹介ぐらいなさい!」
顔面から地面に突っ伏している袴の兄ちゃんはペイマさんに促され、よろよろと顔を上げる。妙にバツが悪そうな顔だが、口調はぶっきらぼうに。
「サムだ。アタッカー。何か質問は? 気になるなら今のうちに聞け」
・・・・・・意外と話せる人かもしれない。
「笹目流剣術の使い手ですか?」
「うん?」
サムさんは立ち上がり、ぱんぱんと服の汚れをとりはらって腰に佩いた大小の太刀を示して見せた。
「ああ、笹目流剣術二刀流だ。康造の事と言い、随分果国に詳しいじゃないか」
「ええ、果国人の多いネルソー出身ですから」
ネルソーにおける果国人の割合はおよそ3割だ。普通ならユニリアの一部を乗っ取ろうと考えているととられてもおかしくないが、果国にそのつもりはさらさらない。単純に交易の要所としているだけだ。もちろん理由があるが、長くなるので今は割愛する。少なくとも、今のところ果国はユニリアに害をなすつもりはない、らしい。
話がそれたけど、つまりは僕が果国について詳しいのは別に不思議じゃないというアピールだ。実際ネルソーの商人なら種族問わずこのくらいの知識はある。
「では改めて。宜しくお願いします、サムさん、東雲さん、ペイマさん」
「呼び捨てでいいわ。それからタメ口でかまわないから。サムがいらいらしてるのも多分それが原因」
言われてサムさんをみやると、目をそらして頷いた。
「恥ずかしい話だから聞かないでくれ」
「成る程・・・・・・じゃあ宜しく、サム」
笑顔で右手を差し出す。
するとサムは一瞬不思議そうな顔をしたあと、何とも複雑な表情で握り返してきた。
「変な奴だな。へらへらしやがって」
「そっちこそ。眉間に皺が寄るとモテないぞ」
「ふん。余計なお世話だ」
・・・・・・まあ今はこんな所だろう。僕のことを警戒するのは当たり前の事だろうし。どちらかと言えば僕の方が余裕が無かった。
ふたりも分かってるみたいで、サムの言動に対しては何も言わないでいた。
とにかく、交渉成立したんだから契約しないといけない。
「ええと・・・・・・どうすればいいかな? 僕が冒険者ギルドに依頼を出せば良いんだっけ」
「いや、だいぶ特殊な形態になるから商業ギルドを通した方がいいだろう」
「そうね、どちらかと言えば『商談』に近いからそっちの方が揉めないと思うわ」
そういう訳で1時間もたたずに僕は商業ギルドに再び訪れることになった。
冒険者を連れて商業ギルドに入る者は珍しいのか、微妙に奇異の視線にさらされながら受付へ。さっき対応してくれたお姉さんが居てくれたので話が早い。事情を説明すると素早く必要書類を用意してくれた。
「こちらにいらしたのは正解です。冒険者ギルドでは余計な手続きが増えていたでしょうね」
「なるほど。ところでお嬢さん上がりは何時ですか? ディナーでもご一緒にどうでしょう? 良い店見つけたんですよ」
いきなりお姉さんをくどき始めるサム。
え、すっごいな、何の脈絡も無い。
「お断りします。サミュエル・ザイラ。冒険者ギルドに本名晒されるとか余程のことですよ。いったい何をなさったんです?」
「誤解です。冒険者ギルドの連中が狭量なんですよ」
「女の子に見境無く声をかけるからよ」
「ペイマこのやろう!?」
完全にどん引きである。
なんだろう。出会ってから分単位でサムの評価が下がっていくのだが。
やっぱり早まったかも知れないとか思いつつ、必要書類と契約書を作成。破格の条件に眉をひそめながらも承認印を押してくれた。
「ではこれで契約成立となります。期間は明日から、ユニリア王国王都に到着するまで。途中放棄によるペナルティはクラフター九江自身による途中完了及び破棄、もしくは不可抗力で無い限り2ランクダウンです」
「え!? 厳しすぎませんか?」
「なんでお前が驚く」
僕がびっくりしたらサムに突っ込まれた。
「契約内容がクラフター九江に負担が掛かりすぎているというのもありますが、貴方はクラフターズです。本来であればVIP待遇で護衛されるべき対象なんですからね? ご自分の立場を正しく理解してください」
お姉さんが説明してくれたけど、あきれ顔で怒られた。
ううん、実績が殆ど無いのにVIPとか言われるのはもどかしいなあ。
とりあえず今は帰れる目処がついたことを喜ぼう。
「まあ、それはそのうちに。ところで・・・・・・こちらで馬車は扱ってますか?」
「ございます。長距離移動ですから、キャラバンクラスの大型の物をお勧めします」
こちらの意図をくみ取ってくれたみたいで、お勧めの馬車をいくつかピックアップしてくれた。バリオスが曳くのを想定してかかなり大型だ。
だけど今求めているのはそうじゃない。
「じゃあ・・・・・・これで」
「それですと4名は大分手狭になりますが?」
「ええ、僕はクラフターズですから。ここで腕をみせておかないと」
「・・・・・・成る程」
僕だってクラフターズの肩書きだけで信用して貰おうとは思っていない。できうる限り快適な旅を提供しようじゃないか。
「あとは・・・・・・みんな必要な物とかあったら言って。嗜好品じゃなければ全部用意するから」
皆にそう言うと、サムを除いて遠慮がちにリクエストがあった。だいたいは持ち込んだ物で足りそうだったけど、意外な物もいくつかあったので聞いて良かった。確かにカトラリーなんかは人数分欲しい。リクエストはもちろんペイマ。女性じゃないとこの意見は出てこない。
ちなみにサムは酒とか女とか言ってきたので無視。
やりとりを聞いていたお姉さんが明日には全て揃えてくれるそうなので、お願いすることに。お願いついでに空き倉庫を頼んで、そこに頼んだ馬車を搬入してもらう。
結構な出費になってしまったけど想定内ではある。
「じゃあ明朝、倉庫前に集合ということで」
僕の発言に皆は面食らったようで、ペイマがいぶかしげに。
「もしかして倉庫で一晩空かすの?」
「うん、多分遅くまで作業するから、そのまま馬車で寝るよ」
「作業って・・・・・・何かするなら手伝うけど?」
「気持ちだけ貰っとくよ。契約は明日からだし、僕がクラフターズとしてどんなもんかみてもらわないとだから」
「報酬の件だけでも充分よ、旅に支障が出られても困るわ」
「その辺りはきちんと管理するから大丈夫。まぁ、楽しみにしといてよ」
「そう言うなら・・・・・・」
渋々引き下がるペイマ。その心遣いだけで護衛をお願いして良かったと思える。
商業ギルドを出てその場で解散。
僕はバリオスを回収して、借りた倉庫へ。
丁度前世でいう車が2台くらい入るガレージみたいな倉庫だ。高さも充分あって申し分ない。暖房もあるから凍えることはなさそう。
まぁ無ければ自作するんだけど。
頼んだ荷物が来るまでに魔法道具を作っておこう。
バリオスから荷物をおろして、鞄のひとつからこぶし大の魔鉱石を取り出し、その場に座り込んでがりがりと魔法式を彫り込んでいく。
30分くらいで最後の一画を残して彫り終える。オンオフ式じゃなくて恒常的に発動させとくものだからね。彫るのは設置してから。
同じようにいくつもの大小の魔鉱石に彫式していく。
ひととおり彫り終えたところで馬車本体と頼んでいたものが届いた。作業着を着たにいちゃんと、栗毛の通常サイズの馬のコンビだ。
茶髪の兄ちゃんはにこやかに。
「お待たせッシタ! クラフター九江ッスネ!? サインお願いシャス!」
何て?
ペンと伝票を渡されて、受け取りのサインを求められてる事に気がついた。
「あ、ああ、はい。有り難うございます」
荷物を運んできてくれた独特なしゃべり方の兄ちゃんにお礼を言って、チップとマナポーションを2本渡す。
「アザッス! 助かりまス! でも自分ひとりッスケド!?」
「1本は馬に上げてください。おふたりともご苦労様です」
「あ・・・・・・! はい! アジャス!」
にかっと笑った兄ちゃんは前歯が一本欠けていた。
口調は独特だけど脱帽してぴっと頭を下げる様子は気持ちが良い。
兄ちゃんは何度か頭を下げながら帰って行った。
なんだろう。妙に懐かしい感じがするしゃべり方だけど、前世でもこうゆう友人は居なかったと思う。
しかし気になる兄ちゃんだったな・・・・・・。
注文したものは全部揃っていたし、丁寧に運んでくれたのか荷崩れも傷になった物も無かった。
名前くらい聞いておけば良かったかな?
軽く後悔しつつも、何となくまた会う気もしていた。
さてそれじゃあ。ここからがクラフターズの腕の見せ所だ。
商業ギルドに冒険者のランクを下げる権限はありませんが、冒険者ギルドに報告は出来ます
もともと商人への依頼に関しては商業ギルドがつよいので
冒険者ギルドもそれを参考に査定します
ですから商業ギルドが冒険者ギルドへ「ランクダウンに相当する」という報告をすれば
冒険者ギルドも調査をするので誤魔化しはできません
長々とごめんなさい、文中に組み込めませんでした




