表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第三章 雪華編
75/98

第71話 延長

 騎士団長邸の超高級であろう絨毯に汚物をぶちまけることだけは回避した朧雪華わたし

 だけどよっぽど顔色が悪かったのか、それとも単純に気を使ってくれたのかは分からないけど、その場は解散、部屋に案内してくれた。

 しばらくして食事に呼びに来てくれたけど、とても食べる気にならなかったから丁重にお断りして、瞑想して過ごした。


 瞑想してると何も考えなくてすむからね。


 次の日、朝早くから門倉さまが邸にやってきて、わたしの顔を見るなり謝られた。


「雪華、昨日はその、申し訳なかった」

「具体的にどれ?」

「当たりが強いのう!?」


 掌で目を覆って天を仰ぐ門倉さま。

 うん。


「有り難う門倉さま。でも今はお話を聞かせてくださいな?」

「む」


 そう言って真面目な顔をしてこっちを向く。


「昨日のメモだけじゃわたし、どうしたら良いかわからないから」

「承知した。詳しく話そう」

「ならば朝食を摂ってからだ。朧、きちんと食べろ」


 横からわたしの顔を見てエルリックさまが言う。

 そんなに心配されるくらい酷い顔をしてるんだ・・・・・・。


 食堂に移動。ヒマリとラベイラもやってきて、門倉さまと顔合わせをしてた。

 門倉さまはふたりが何者か分かってるみたいだけど、特に何も言わなかった。ラベイラが一切口を利かなくても全然気にしてないからその辺の事情も知ってるんだろう。心なしかラベイラが安心している様にも見える。むしろヒマリのほうがそわそわしてる感じで、ラベイラに窘められてるくらい。


 そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。

 メニューは葉物野菜と豆のサラダ、お芋のポタージュスープ、エッグベネディクト、各種フルーツにオレンジの果汁と真冬とは思えないほどの贅沢さ!

 流石騎士団長邸。出るモノが凄い。

 豪華さに少し気を持ち直したわたしは、早速手を合わせていただきますと一口。

 

 ・・・・・・味が分からない。


 それでも無理矢理胃の中に食べ物を押し込む。じゃないと門倉さまの話をまともに聞けないかかも知れないからね。昨日のウチに大事なことは聞いてるから、今度は吐きそうにならないと思う。

 ちゃんと紅茶の香りは分かることに安心して一息。


 皆が食べ終わったタイミングで門倉さまがわたしに向き直った。


「昨晩エルリック卿に聞いたと思うが、卿人は今マディシリア南西部、つまり帝国との国境にいる。この知らせはクラフターズから十三郎(卿人の親父)に届いた連絡だ」

「うん」

「原因は不明、十三郎めが答えなかった。クラフターズがらみならどうせろくでもないことだろうから追求はしなかったが、おそらく禁呪関連であろうよ。まったくクラフターズは秘密主義が過ぎていかん」

「門倉さま、話それてるよ?」

「ああ、すまぬ・・・・・・なので卿人はクラフターズと別れて単独で帰ってくることにしたらしい。彼らと一緒では村や町毎に滞在せねばならんからな」

「ひとりで帰ってくるって事?」


 それはちょっと危ない気がする。

 聞いた話でしかないけど、マディシリア南部は強力な魔獣が多いって聞くし・・・・・・。もちろん卿人が遅れをとるとは思わないけど、たくさん戦うならひとりだと万が一があってもおかしくない。


「そのあたりは卿人の判断次第だな。おそらく護衛付きの商人と行動することになるだろうが・・・・・・ユニリアまでとなると、こまごまといくつかの商隊を渡り歩かねばならんだろう、それを見越してだいたい2年というところか」


 2年。

 昨晩エルリックさまが見積もったのと同じ期間だ。


 さて。


 じゃあわたしはどうしたらいいだろう。


 ネルソーに帰って卿人を待つ?

 いやだ。これ以上待つなんてわたしには出来ない。


 なら卿人を迎えにマディシリアに向かう?

 これも出来ない。全く土地勘がないし、知り合いもいない。そんな状態で卿人がどこにいるかも分からないのにそんなことをしたらきっとすれ違ってしまう。


 ・・・・・・。


 違う!


 何をびびってるんだ、わたしは。卿人が連れ去られたときは子供だったし、実力もまだまだだったけど、今はそうじゃない。今度こそ、わたしが卿人を、迎えに行く!


 黙ってわたしを見ていた門倉様の顔色が変わる。


「いかんぞ雪華。それは許可できん」

「まだ何も言ってないよ」

「たわけ。お前が何を考えているかなどお見通しだ。その顔は無理にでもマディシリアにいくつもりであろう? 絶対にいかん。卿人なら問題無い、クラフターズにいたんだからな。待っておれば必ず帰って来よう。それにマディシリアとユニリアに国交はあるが、最低限だ。貿易相手以上の付き合いは無い。何かあっても助ける事ができんのだぞ?」

「それなら条件は卿人も一緒だよ? 何の後ろ盾も無い状態で知らない土地にほっぽり出されてるんでしょ? じゃあわたしが・・・・・・」

「マディシリアがどれだけ複雑な土地だと思う? 儂もマディシリア経由で帝国に行ったことがあるが、ルートが無数にある。だがどれも入り組んでいて、魔獣の発生状況や天候によってとるべきルートが変わる「平地の山」とでも言うべき場所だ。とてもじゃないが事前の打ち合わせ無しに合流など不可能、最悪打ち合わせていても合流出来んこともある。雪華、これはじじいからのお願いだ。マディシリアにひとりで行くのだけはやめておくれ」


「じゃあ卿人を放っておけって言うの!?」


 さすがにわたしもキレた。

 べつにわたしが我慢すればいいならそれでいい。でも、これはそうじゃない。

 卿人の話だ。

 しかも門倉さまは何か嘘をついている。何の嘘かはわからないけど、そんなそこと言うなら嫌だもの。

 

「門倉さまがわたしを心配してくれてるのはわかる。でも卿人は? 卿人の事はどうでもいいの? クラフターズに鍛えられたから大丈夫? そんなわけあるか! わたしだってユニリアに来るって言うだけでも不安でヒマリとラベイラに一緒してもらったんだから! それなのに・・・・・・」


 目の前が歪む。

 泣くのなんて、卿人が帰ってこないと分かったとき以来だ。

 あーあ・・・・・・卿人に会うまでは泣かないって決めてたんだけどなぁ。


 やけに冷静な考えとは裏腹に、わたしの口は感情を爆発させていく。


「それを! 卿人は勝手に帰ってくるまで待てば良いなんて、卿人をないがしろにしすぎ! そんなの、あんまりだよ・・・・・・」


 涙をぐいと拭って、門倉さまに向き直る。

 門倉さまは、愕然とした表情でわたしの方を見ていた。


「儂は、知らず卿人を切り捨てていた・・・・・・?」

「無意識で“損切り”していたか。そうでなければ商業ギルド統括などで出来ないだろうが、孫のような存在に対してそれは流石に引くぞ」

「うぬぬぬぬ・・・・・・」


 エルリックさまの容赦ない一言に、頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。そのまま少し唸っていたけど、いきなりがばりと顔をあげる。


「雪華、悪かった・・・・・・だがな、だからこそだ。お前にはマディシリアに行って欲しくないのだ」


 門倉さまも必死だ。

 確かに、卿人だけじゃなくてわたしまで消息不明みたいになったらと思うと心配だよね。そうなるのは分かるんだけど、それでもわたしは納得がいかない。


「ごめんなさい門倉さま。わたしは・・・・・・」

「あ、あの! 発言してよろしいでしょうか?」


 わたしを遮ってヒマリが手を上げる。

 いやヒマリ、今わたしが門倉さまにきちんと伝えないといけなくって!


「許可しよう。ヒマリ殿」


 そう思ってたのにエルリックさまが先を促しちゃった。家の主にそうされたら、わたしは黙るしかない。

 ヒマリは立ち上がって、隣に座ってるラベイラに目配せ。

 ラベイラは不安そうにしながらも、ゆっくりと頷いて見せた。


「雪華に提案なんだけど、一緒にムルディオまで来ないか?」


 ヒマリの言葉に、わたしはちょっと言葉に詰まる。

 何を言われたのかよく分からない。今は卿人の話をしてたはずだよね?


「なんで?」


 そこで待ってましたとばかりに門倉さまが手を打つ。

 あれ? なんだかわざとらしいぞ? なんかホッとしてるし。


「おお、城塞都市ムルディオならばマディシリアとも国交があったな。冒険者発祥の国だけあって魔法の研究には貪欲だ。なんでも共同研究をしているとかで特に魔法使いが頻繁に行き来しているという」

「うむ、さすが門倉卿。そんなことまでご存じとは。それならばそうだな、九江卿人の情報も入って来やすかろう」

「左様ですな! おまけに卿人は魔法が達者だったではないか。魔法使いならば一度は訪れるというマディシリアだ、卿人ならば必ず目指すだろう。クラフターズのひとりがマディシリアを目指しているともなれば何か情報が入るかもしれん」

「ふむ、ムルディオからマディシリアに掛け合ってその情報を譲ってもらう事が出来れば・・・・・・?」

「卿人の居場所を特定できるかもしれませんな」


 やたらと説明っぽい口調でたたみかけるように掛け合いを始める門倉さまとエルリックさま。

 なんだかあっけにとられてしまった。


「ではムルディオに掛け合わなくてはならないが」

「うむむ・・・・・・少し時間が掛かってしまいますな」


 そう言いつつヒマリとラベイラの方を見る。


 んんん?


 ヒマリの方はなんだか口ごもっていたけど、ラベイラに脇腹をつつかれてようやく喋り始めた。

 

「あの、ここにいらっしゃるのはムルディオ公国侯爵、キルトハウゼン閣下のご息女でございます。お嬢様から閣下に嘆願していただければマディシリアとの交渉も可能かと」


 いつものヒマリの口調じゃなくて、使い慣れてる感じの凄く丁寧な敬語。


「なんと!? それは僥倖! 雪華を同行させてもらえると!?」

「もちろんです。雪華さえよければですが」

「だそうだぞ? どうする雪華?」


 ああ。そういう・・・・・・。

 最初から仕込んでたんだね。

 じゃあわたしから言えることは。


「全員下手くそか!」


 オチたようだから突っ込んでおく。


「本気で怒ってたわたしが馬鹿みたいじゃない!」

「そう怒るな朧。実は昨晩門倉卿が来ていてな、打ち合わせをしていたのだ。そこのふたりも一緒にな」

「随分手の込んだ茶番デスネ」

「これは手厳しい。だがこれは必要な手順なのだよ。主に私と門倉卿にとっては」


 つまるところ、わたしが国外に出るための正当な理由が欲しかったんだって。

 いくらわたしが一介のランクC冒険者でも「活殺自在」には変わりない。不用意に国外に出てしまうのはユニリア王国的にリスクが大きいんだって。


「ただの小娘に大げさだなぁ」

「ただの小娘なものか大袈裟なものか。万一何かあったとき説明を求められるのは儂とエルリック殿だ。どのような経緯で国外に出たのか理由が要る・・・・・・半分はだが」

「半分?」

「お前が心配なのだ」

「卿人は切り捨てたくせに」

「そっ、それは演技じゃったろう?」


 嘘だ。あれだけは想定外だったはず。エルリックさまの突っ込みも自然だったし。

 まぁ、わたし達を心配してくれて考えてくれたことだろうし、あんまり虐めるのはやめておこう。


「ともかくどうするのだ? キルトハウゼンのご令嬢のご厚意で同行させて貰えるらしいぞ」

「いいのラベイラ? 聞いた感じ責任を全部押しつけられそうな感じだけど?」

「構いませんわ。雪華さんにはお世話になりましたもの。何か少しでも恩返しをさせてくださいな」

「・・・・・・ごめんね? 変なのに付き合わせて」

「変なの・・・・・・!?」


 また門倉さまが机とちゅーしてるけど無視。


「ラベイラ、ムルディオまでご一緒させてくれる?」

「もちろん。わたくしのお友達として招待いたしますわ。これでよろしいですわね?」


 何故かヒマリの方に確認を取るラベイラ。やっぱり直接は怖いらしい。


「という事ですが・・・・・・」

「う、うむ。しかと聞き届けた・・・・・・。ではエルリック卿、宜しく頼む」

「承った。私からキルトハウゼン侯爵には連絡を入れておこう、朧雪華は「ユニリア王国の」人物であるから「くれぐれも」丁重に扱っていただきたいとな」


 成る程、ふたりはわたしがキルトハウゼン侯爵にスカウトされたのを知ってるんだ。だからわたしが自由に動けるように便宜を図ってくれたと。


 ・・・・・・。


「有り難うございます。怒ったりしてごめんなさい」

「いや、私も悪ふざけが過ぎた」


 改めてふたりに向き直る。

 正直、ここでお別れするのは少し寂しかったから。


「じゃあラベイラ。ヒマリ。よろしくね?」

「こちらこそ、ですわ!」

「ああ、引き続き頼むぜ。よかったらまた鍛えてくれよ?」

「うん!」


 よかった・・・・・・卿人のために動けるなら、わたしは頑張れる。


 そう、思ってたんだけどなあ。


 まさか、1年も足止めされるなんて、この時は考えもしなかった。


雪華編、これにて終了です。

次回幕間を、挟むかも挟まないかも。


いずれにせよ次章は卿人編です。

少しは、格好良く書けたらいいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ