第70話 偉い人たち2
トゥアレルさんは目利きが良いので度々買い物に出てきます
「騎士団長と知り合いだなんて聞いてないぞ!?」
「言ってないからねえ」
「事前に教えてくだされば公衆の面前であんな大声を出さずに済みましたのに」
「わたしだって急にトゥアレルさんに会うなんて思って無かったよ」
エルリック邸の前で朧雪華は何故かヒマリとラベイラに詰られてる。
そんな事言ったってしょうがないじゃん。わたしもびっくりしてるんだから。
今は買い物に出てきていたというエルリック家の女中、トゥアレルさんの馬車に乗せてもらって邸についたところ。
前に見たときと同じすっごく豪勢な邸は、変わらない姿でわたし達を迎えた。いやちがう、壁が塗り直されてるし噴水とか増えてるし、所々バージョンアップしてた。花壇もより華々しくなってる。
わたし達のやりとりがおかしかったのか、少し先を歩いているトゥアレルさんが肩を震わせてる。
馬車の中でも同じ問答してたしね・・・・・・。邸を見たら現実感が追いついてきて混乱してるんだろうと分析してみる。何にもならないけど。
前に来たときも案内してくれた執事さんに連れられて中に入り、これまた前に来たときと同じ応接室に通される。
丁度エルリックさまがいらっしゃるらしくて、会ってくださるんだそう。
「しばらくこちらでお待ちください。お茶をお持ちします」
一礼して音も無く扉を閉めて出て行くのは流石プロだと感心しちゃう。
それにしてもなつかしいなぁ。前は卿人と門倉さまと一緒にここでまってたっけ。あのとき卿人が凄く緊張してて、解してあげようとふざけたら怒られちゃったっけ。
「そういえばすっかり聞くの忘れていましたけれど、騎士団長様とどうやってお知り合いになりましたの? 先ほどは追い返されましたが・・・・・・商業ギルド長といい、そう簡単にお会いできる方々ではありませんわ」
「門倉さまはホントに親戚みたいなものだよ。騎士団長さまは・・・・・・わたしというより卿人の話になるんだ、長くなるけどいい?」
「・・・・・・後でにしますわ。中途半端に聞くと余計気になりますし」
そうだね、わたしも途中で切りたくないし。
そのタイミングで丁度、ドアがノックされた。メイドさんがお茶をもってきてくれたみたい。
「失礼いたします」
そう言って入って来たメイドさんは・・・・・・。
ん? メイドさん?
燃えるような紅い髪の毛で筋肉ムキムキのおじさんがメイドさんの扮装をしてる。どうみてもエルリックさまなんだけど、頭が認めるのを拒否してる。
慣れた手つきで紅茶をサーブしていく姿が凄く様になってて、本職だといわれても納得しちゃうかも。
ええと。
どうしよう?
ヒマリとラベイラはあっけにとられてる。急にでてきたごっついメイド服のおっさんにどう反応したら良いか困ってる感じ。
そんなわたし達を余所にサーブし終えたゴリラメイドさんは、わたし達の正面にどっかりと腰をおろして、優雅な仕草で紅茶に口を付ける。
そしておもむろに口を開いた。
「久しいな朧雪華。5年ぶりか?」
「お久しぶりです、エルリックさま」
「ああ。九江卿人の事は門倉卿から聞いている。苦労したようだな」
「いいえ。卿人の大変さに比べれば、わたしは恵まれてると思います」
「そうか、外見はともかく「活殺自在」らしく落ち着いたようだ。成長したな!」
いや、ホントはわたしらしく元気に行きたかったけど、メイド服が気になってそれどころじゃないっていう。
ん? いま地味に馬鹿にされた? たぶん気のせいだね!
反応が劇的だったのはふたりの方。椅子を蹴って慌てて立ち上がると勢いよく貴族風の礼を取る。慌てすぎてずっこけそうになったラベイラを支えてやる。
「エルリック騎士団長閣下! 私たちは朧雪華さんの友人で・・・・・・」
「ああ、良い良い。話はトゥアレルから聞いている」
相手が騎士団長と知ってあわあわしてるヒマリにヒラヒラと手を振り、腰掛けるように促す。
「冒険者のヒマリとラベイラだったか? 朧の友人ならば私にとって客人だ、寛いでいけ」
「感謝いたします」
あからさまにホッとした表情をしてるヒマリとは対照的に、ラベイラはやや硬い表情。相手が男性だからって言うのもあるんだろうけど微妙に納得していない感じ。
それでも座り直して、紅茶に口を付ける。
「これは・・・・・・」
「ああ、口に合わなかったかな? ムルディオ産の茶葉だったんだが・・・・・・」
「いいえ、有り難うございます」
蚊の鳴くようなこえのラベイラに対して満足そうに頷くエルリックさま。
ええっと、どういうことだろう?
国外の侯爵様の娘さんだから扱いが難しいけど、あくまで冒険者として扱いますよ、ということかな? それでいてラベイラの国の紅茶を出したことで、きちんと侯爵令嬢としての待遇はします。って意味だと思う。たぶん。
わかんないけど変な空気になってないなら、いいか。
むしろ変なのはエルリックさまの方だ。
「ところで閣下、そのお召し物・・・・・・」
ほら、ヒマリの気が抜けて変な事いっちゃったじゃないかー。
言ってから失言だと気がついたのかそれとも同意を求めてるのか知らないけどこっちを見ないで欲しい。
エルリックさまもそんな微妙な目でわたしを見ないで!
「朧よ」
「はい」
「失敗か?」
「大失敗です。卿人が居たら曖昧に笑って黙るレベルです」
「そうか・・・・・・突っ込んでもくれないのか・・・・・・着替えてくる」
心なしか肩を落とした感じのエルリックさまは部屋を出て行き、入れ違いにトゥアレルさんを含めたメイドさんが数人入って来た。
「皆様失礼いたしました。主の稚気でご迷惑をおかけしたようで・・・・・・」
しょんぼりとした様子のトゥアレルさんだけど・・・・・・。
「トゥアレルさんは悪くないよ。エルリックさまが状況を読めなかったのが悪い」
「仰るとおりです・・・・・・あ! 主はとても立派な方なんですよ!?」
後半はヒマリとラベイラに向けての言葉。
ラベイラはゆるゆると首を振って。
「ええ、ええ、存じておりますわ。ユニリアの騎士団長エルリック閣下といえば英雄ですもの。あの大陸最強である朧暁華に届く実力者であり、不正を許さない高潔な方であるとムルディオまで聞こえておりますわ」
「そう言われると何ともむずがゆいな」
「着替えるの早っ!?」
もう戻ってきた! しかも適当な衣装とかじゃ無くて、キッチリとした貴族服を着てる! そのうえしっかりジャボも付けてるし!
気配も全く感じなかった。前にも思ったけどこの人やっぱり凄いや。
ラベイラは悲鳴を飲み込んで、小さな声で、それでもしっかりと。
「あの服のご趣味はいただけないと思いますわ」
流石に他国の騎士団長相手に緊張でしゃべれないとか言ってられないみたいで、一生懸命声を出してる。
エルリックさまは肩をすくめて「趣味ではないのだがな」とつぶやきながら再び席に着いた。
そして咳払いをひとつ。
「いや、確かに私が軽率だった。気を取り直してオルド・ジョハス・エルリックだ。ようこそ我が邸へ。歓迎する」
そういえば自己紹介もまだだったね。なんかメイド衣装のせいでぐだぐだになった感が凄かったから、仕切り直すつもりだな。
「それでだ。ラベイラ嬢。君は冒険者だが貴族相当として扱う、良いな?」
「はい」
「そちらの・・・・・・ヒマリは?」
「ラベイラに異論が無ければ、それでかまいま・・・・・・いいです」
ヒマリの口調が少しおかしい。どうキャラを作ったらいいか戸惑ってるんだろう。
「うむ。では確認だ。朧、お前は九江卿人と待ち合わせている。そしてそちらのふたりはムルディオから迎えが来るのを待っている。相違ないか? ・・・・・・ないな。ならば3人ともここに滞在していけ」
『はい!?』
わたしたち3人の声が綺麗にハモった。
「いえ、アタシ達はどこかに宿を取って・・・・・・」
ほとんど反射で答えるヒマリに対して、エルリックさまはまぁまぁと手で遮る。
「実はキルトハウゼン侯爵から個人的に連絡があってな。ラベイラ及びヒマリという冒険者を確認したら保護しておいて欲しいという連絡があった。重要人物だから丁重に扱って欲しいとな。故に君たちはユニリア王国で王城の次に安全なこの邸で預かろうと思うのだが、いかがかな?」
おお・・・・・・知らないうちに話が通ってたみたい。確かにヒマリが迎えに来るみたいなことは言ってたけど、まさかエルリックさまに協力を要請するとは思わなかった。
個人的にって事は、けっこう親しいのかもしれないね。
ん?
「じゃあなんでさっきみたいな回りくどい事したんですか?」
「最初に立場を明確にしておけば受けやすかろう?」
「メイドは関係ないんだ」
「それは忘れろ」
「はぁい」
思ったより強めの圧が飛んできたのでおとなしく受け流すにとどめる。
滑るのが恥ずかしいならやらなければいいのに・・・・・・あ、成功体験があるからか。
エルリックさまの提案はふたりに受け入れられた。お父上の意向なら断る理由もないしね。微妙に納得いかない感じに見えるのは気のせいというか、エルリックさまの話の振り方が悪いというか。
わたしは遠慮したい。
「えっと、わたしは門倉様の所にお世話になろうと思ってたんですけど」
正直その方が気が楽ではあるんだ。門倉さまは年に何回かネルソーに帰ってくるからそれなりに会ってるし。
だけどエルリックさまは露骨に渋い顔をすると、ため息交じりに反対した。
「やめておけ。妾のひとりだと思われていらん噂が立つ」
「わたしは気にしません」
「お前だけではない、門倉卿にもだ。ただでさえ『桃色大将』などというあだ名が付いて居るというのに、お前が出入りしていたら枕詞に「少女趣味の」という文言が追加されてしまう」
「・・・・・・そんなに見境無く?」
「実際に手を出した者は少ないようだが、囲っているのは事実。知らぬ者からしてみればハーレムに映るのは当然だろうよ。他に落ち度がないから商売敵もそればかり責めている状況でな。できれば門倉邸ではなくウチで妥協してもらいたい」
うーん・・・・・・。
わたしの我が儘で門倉さまに迷惑を掛けるのはイヤだし。てゆうか門倉さまも女の子にばっかり優しくするからそんなことになったんじゃ?
まあいいや。
「じゃあ卿人がくるまでお世話になります。そんなに長くはかからないと思いますけど」
「それがいい」
エルリックさまは満足げに頷いて紅茶をひとくち。
なんだか無駄に疲れたけど、これで卿人を待つ間の拠点は確保出来た。あとは卿人がどのくらいで来るかかな。
・・・・・・。
ところで格闘術士にとって重要な資質のひとつに「勘の良さ」っていうのがあるんだ。
第六感なんて言われたりするけど、格闘術士にとってのそれは経験に裏打ちされた技術のひとつ。今まで戦ってきた相手や流派、動きの癖。魔獣や魔物相手ならその生態とか何を武器にしているか。他にも足場、空気、天候なんかを総合的に判断して一瞬で次の行動を予測する。先読みって言われたりもするかな。
で。
何が言いたいかって言うと。
嫌な予感がする。
15歳の誕生日の時もそうだった。わたしが待ち構えてるとなにかしら問題が起こるんだよ・・・・・・。今の状況はその時とよく似てる。気のせいであってくれたらいいんだけど。嬉しくないことにわたしはこの手の予感を外したことがない。
そんなことを考えていたら執事さんが入って来て、小さな紙をエルリックさまに手渡した。
どうしよう、嫌な予感がどんどん膨れあがってくる。
紙を眺めるエルリックさまの顔が険しくなって、ため息をこぼすとわたしの方に視線を向ける。
あ、これダメなやつだ。
「朧。門倉卿からお前に伝言だ」
「はい」
震えそうになる声を押さえつけて返事をする。
そんな事をする意味はないのかもしれないけど。
「九江卿人は今、マディシリア南西部、ダナドブルグ帝国との国境にいるらしい」
「ええっと・・・・・・つまり?」
「ここに着くまで2年は見積もっておいた方が良い」
「2年・・・・・・」
まだエルリックさまが何か言ってるけど、全然耳に入ってこない。
おかしいな。
こうなることは覚悟してたはずなんだけど。
むしろここは苦笑いしながら「しょうがないなぁ」とか言ってわたしから迎えに行くくらいの気概は持ってきたはずなのに。
感情の方がそれを許してくれない。
自分の気の流れがぐちゃぐちゃになって、もどそうと必死に制御しようとするんだけど全然うまくいかない。
食道を酸っぱいモノが上がってくる。
いけない。
わたしは活殺自在だぞ!
そんなみっともないことできるか!
わたし自身にプライドなんてない。だから肩書きだけを頼りに意識をかき集めて気の流れを整える。
ふぅ・・・・・・。
なんとか、胃の中身をぶちまける事だけは阻止したぞぉ。




