第69話 偉い人たち
2回目の王都ユニリアです
じりじりと駆動音を響かせる暖房の魔法道具。
やたらと豪奢なユニリア王都商業ギルド本部の一室。ギルドマスターの執務室は最上階に位置している。
その部屋は紙と羊皮紙の書類で埋め尽くされ、しかし積み上げられる事無く整然と棚に収まっている。
机の上にはやはり書類の束が。どれもが承認待ちであり、部屋の主からのサインを待っている。その主は革製のプレジデントチェアに深く腰掛け、煙管を銜え紫煙をくゆらせながら正面の女性が読み上げる報告を聞いていた。
オールバックの長い白髪、無数の皺が刻まれた顔には長い白髭。深縹とねずみ色を基調とした上等な羽織に紬の着物。足下は雪駄と思いきや焦茶色の革靴を履いている。齢は70に手が届くかと言ったところ。
その目は中空を見つめており、豊かな白髭に覆われた口元からは感情が読み取れない。僅かに目元に疲れが見えるが、それだけだ。
商業ギルド統括ギルドマスターの門倉伊助。
真面目に報告を聞いているように見えるがその実、殆ど頭に入っていない。報告を聞くという名目で煙管を楽しんでいるのだ。
自らがギルドマスターになった時点で優秀な職員をしかるべき部署に据え、有能な秘書を付けた。後は人間関係や給料など細々とした調整をきちんとしていけば、そうそう潰れるようなことはない。
もちろん言うは易く行うは難し。門倉の観察眼と経験、綿密な細工があってのことで、そうそう容易いことでは無い。
だが手を抜かずそれを実践したことで、やがて門倉の仕事はほぼ、書類に承認のサインをするだけになった。
もちろん有事の際には動かねばならないが、就任してからの3年間、自分まで上がってくるような案件は数えるほどしか無い。
だから今秘書が喋っているのは事後報告に近い物であり、わざわざ門倉が口を出さなければならないような事は無い。
「つつがなく終了」「問題ありません」「対処は完了しております」
そんな台詞を聞き流すのも通常通りであるし、異常を聞き逃すほど耄碌もしていない。
「以上が本日の報告となります」
美しい金髪の秘書がそう締めくくる。
どうやら今日は大きな問題も無く業務を終えることが出来たようだ。年明けの早い時期だ、なかなかせわしない気分が抜けきらない中、職員達は奮闘したらしい。
「ふむ、やはり優秀だな」
夕空に視線を移して独り言のようにつぶやく老商人。毎日そう思っているが、言葉に出して実感するのが門倉の癖でもある。
「自らお選びになったのでしょう? 自画自賛ですか?」
冷たい声色で言われた門倉は眉根を寄せて唸った。
この秘書は美人で優秀だが、何かと門倉の言葉に突っかかってくる。
いや、原因は分かっているのだ。そのつもりは無いのだが、どうやら女癖が悪いと思われているらしい。
たくさんの女性のパトロンをしているだけで、手を出しているわけでは無い。
だがこの秘書にはそうは映らないようだ。
「さらりと言葉に棘を混ぜるのは勘弁してくれんか?」
「統括が巷で何と呼ばれているかご存じで?」
「いや?」
「桃色大将です」
「・・・・・・なァ、トリスよ」
「何でしょう?」
「今日は何故そんなに当たりが強いのだ?」
秘書・・・・・・トリスは澄ました顔のままファイルを閉じ、執務机に乗せる。
そのまま机越しに門倉の顔をのぞき込んだ。
「統括、私は統括を尊敬していますし、人格者だと確信していますから面会の女性を通せと言われれば通します。しかしあんな子供に手を出すのはどうかと思いますよ? 人として」
「何のことだ?」
トリスは身を引いて腕を組み、蔑むような視線を門倉に送る。
「あんな小さな娘に手をだしていたなんて・・・・・・流石に引きます」
「待て待て待て! 本当に何のことだ!?」
実際門倉には身に覚えが無い。自身に少女愛好の趣味は無いのだ。
「とぼけても無駄です。「門倉さまの身内だから会わせて欲しい」なんて・・・・・・」
それを聞いて門倉はピンと来た。
雪華だ。
事前に卿人の父親、九江十三郎から雪華を宜しく頼むと連絡をうけていたし、追加の伝言も聞いているが・・・・・・。
いかん、これはいかんぞ。
門倉は直感的に悟り、己の失敗も同時に理解した。
受付やトリスには、果国人の女性が訪ねてきたら自分の所に案内して欲しいと頼んである。だが果国人はユニリア人から見れば幼く見えるし、特に雪華は未成年に見られてもおかしくない。
受付はきちんと報告したのだろうが、迎えに来たトリスが勝手に追い返してしまったのだろう。
説明不足と、日頃の自分の行いが悪さが原因である。
「トリス、その者は儂の孫みたいなものでな?」
「では、お孫さんではないのですね?」
「話を聞いてくれ!」
「いいえ聞きません!」
統括に対して酷い言いようだが、全面的に門倉が悪いので強く出られない。秘書という立場から自分を心配してくれているのも分かる。
ただ的外れなだけだ。
結局、門倉がトリスの誤解を解くの手間取り、雪華と会うのは翌日の事になる。
◇
「うえー・・・・・・どうしよう・・・・・・」
日の傾き掛けた王都の大通りを歩きながら、朧雪華は途方に暮れていた。
いや、そんな深刻な状況じゃないけどね。
フォレスタを出発した後は特別何も無くて、順調に王都までたどり着くことが出来たんだけど・・・・・・。門倉さまに連絡が入ってるはずの商業ギルドに門前払いされた。
金髪のキレーなお姉さんに何故か変な顔をされて。
「統括は現在入院中です」
とかいわれて追い返された。
あからさまに嘘だって分かったから自己紹介をして、門倉さまの身内だよって説明したけどとりあってくれなかったし。
たくさんいるお妾さんのひとりと勘違いされたのかもしれない。
老いてはますます壮んなるべしとは言うけど、盛んすぎだよね・・・・・・。
とりあえず今は、付き合ってくれてるヒマリとラベイラと一緒にこれからどうしようかと大通りをぶらついている。馬車は着いてすぐにギルドに返却しちゃったから、ちょっと荷物が多い。
そう、王都に着いたらふたりとはすぐに解散かと思ったら、卿人と会うまでは一緒にいてくれるんだって! あ、でも卿人目当てだったら少し嫌かも。
「卿人さんには興味ありますが、雪華さんをひとりにする方が怖いですわ」
「え? なんで?」
横目でこちらを見るラベイラに聞き返すと、今度はヒマリからため息が飛んできた。
「お前王都に近づくにつれてだんだん上の空になってただろ? 一個前の村でナチュラルに痴漢の股間を抹殺しそうになったの忘れたとはいわせねえぞ」
「えーでも、痴漢なんて五体が爆散しても誰も困らない存在だよ?」
「その意見には全くもって賛成です。しかしやってしまったらただの殺人鬼ですわ」
「・・・・・・そうだね」
ヒマリに言われたとおり、すこしぼーっとしてる自覚はある。卿人とあったらどうしてくれよう、もとい、どう声をかけようってそればっかり考えてる。それでも危険察知は働くから、害意のあるヒトとかには反射的に反撃しようとしちゃう。無意識だから加減がきかないんだよね。
突然誤作動起こして爆発する魔法道具みたいなものかな? 自分で言ってて嫌になるけど・・・・・・。
「ありがと、こんなやっかいなのに付き合ってくれて」
「まぁ、おかげでこっちは雪華に引け目を感じなくてすんでるんだけどさ」
実はそれが一番ありがたかったりする。わたしが「活殺自在」だってわかっても、ふたりは態度を変えないで居てくれてるのが嬉しい。急に畏まられたりよそよそしくなられたらヤだもん。
卿人はそうならないのか心配じゃ無いかって?
・・・・・・もしそんな目で見られたらわたし死ぬかも。
「さて、どうなさいますか? このまま歩いてもただ疲れるだけですわよ?」
「そうだな、お前の分の荷物雪華が持ってるもんな」
「私お嬢様ですから!」
「よし、ラベイラはスクワットしながら歩いてね?」
「突然なんですの!? お断りですわ!」
などと騒ぎながら歩いていると。
「あの、失礼。もしや朧様ではありませんか?」
後ろから声を掛けられた。
声からして女のヒトだけど、王都に知り合いなんて居なかったはずだけどなぁ?
とか思いつつ振り返ると、メイド姿で巻き髪のおねえさんが居た。
そのメイドさんはわたしの顔を見るとにっこりと笑顔で小走りに近寄ってくる。
「ああ! やっぱり! お久しぶりです、朧様! 5年ぶりになりますか?」
「トゥアレルさん!」
5年位前、わたしと卿人が王都に来たときに良くしてもらったヒトだった。王都に不慣れなわたし達を連れて、いろんなお店につれてってくれたっけ。
「朧様お変わりなく・・・・・・失礼しました」
失言だと思ったみたいで、慌てて頭を下げるトゥアレルさん。
確かに成長期を経た女の子に言う台詞じゃ無いかもだけど、わたしは全然気にならない。
「ううん! 変わってないのはホントだし、それで見つけてもらえたんならむしろ得してるよ! トゥアレルさんこそ、全然変わってない」
「恐縮です・・・・・・」
そう言って顔を上げて微笑んでくれた。そのままヒマリとラベイラを見たところで、ぴしりと表情が固まっちゃった。
あ。もしかしてラベイラの事知ってる!?
さあどうやって説明しようかと迷っていると、ラベイラが自分から一歩前に出た。
「お初にお目に掛かります。雪華さんのお友達で冒険者のラベイラと申します。お見知りおきくださいまし」
「同じくヒマリだ、宜しく」
さすがラベイラ。察しが良いね! ヒマリも間髪入れず追いかけたから、ふたりをわたしの友達として扱う事が出来る。
トゥアレルさんはハッと我に返って。
「ご挨拶が遅れました。さるお方の女中を務めさせていただいております、トゥアレル・ケーゼクーヘンと申します」
「ケーゼクーヘン?」
「ええ。実家が南西部で菓子店を営んでおります。ダナドブルグに訪れる事があれば是非ご贔屓に」
きっちりとお辞儀をしてみせて顔をあげると、少し辺りを見渡して怪訝そうな顔をする。
「ところで・・・・・・九江様はお元気ですか? お姿が見えないようですが」
「卿人はちょっと遠い所に行ってて」
「申し訳ございません!」
悲壮な表情でいきなり謝り始めるトゥアレルさん。
え?
「知らぬ事とは言え大変失礼な事を聞いてしましました! あのときの耳飾りを付けていらっしゃるということは・・・・・・ああ、今でも思い続けていらっしゃるのですね」
「いやもちろんそうだけど、ちょっとまって」
「いいのです。ああ、辛い思いをなさっているのですね・・・・・・」
「ええと・・・・・・」
どうしよう、ものすごい勘違いをされてる!?
「今のは雪華さんが悪いですわ。まるでお亡くなりになったように聞こえましてよ?」
「いや、この人もちょっと慌てすぎだろ」
冷静に分析してるふたりはおいといてとにかく誤解を解かないと!
なんとか落ち着いてもらって、ついでにわたしが王都に来てる理由も説明できた。
「私としたことがお恥ずかしい・・・・・・重ね重ね失礼いたしました・・・・・・」
すっかりしょんぼりとしちゃってる。
こんなに慌ただしいヒトだったっけ?
「いえ、またあの夫婦漫才が見られるかと思ったら年甲斐も無く興奮してしまって・・・・・・ええと、とにかく立ち話も何ですし、邸の方で少し休んでゆかれませんか?」
「え? いいの? すっごく助かるけど」
「良いも何も。主からは九江様か朧様を王都で見かけ次第捕獲し、全力でもてなして自分が戻るまで引き留めておくようにと仰せつかっております」
捕獲て・・・・・・指名手配犯みたいな扱いだなぁ。
でもこの状況だとありがたい。ここは甘えちゃおうかな?
「ってゆうことらしいんだけど、ふたりはそれでいい?」
「わたし達もご一緒してもよろしいんですの?」
「もちろんです。むしろあなた方を拒んだら主からおしかりを受けてしまいますよ」
言われてラベイラはちょっと嫌な顔をした。たぶん自分の立場を利用されるんじゃないかと思ってるのかも知れない。
「それは・・・・・・失礼ですがご主人のお名前を伺っても?」
「ユニリア王国騎士団、騎士団長。オルド・ジョハス・エルリック閣下でございます」
「ああ、騎士団長様ですか」
「左様でございます」
ん? ふたりとも何でわたしの顔見るのかな?
『騎士団長っ!?』
「ふたりともうるさいよ」
次回は個人的に好きな騎士団長様のお出ましです
設定がすごく多い人なのですが、それが活かされる日が来るのかは不明です




