第66話 悪魔種の信奉者
ヒマリさんがもりもり強くなってく・・・・・・。
ヒマリが獣面の杖をたたき落としたのを見た朧雪華は、辺りの索敵。
よし、反応は無し、戦闘終了!
キラーベアが3体倒れていて、その横ではラベイラが返り血を一生懸命拭ってる。2体くらい頭が割れてるから、ラベイラがトドメをさしたのかな?
高価な魔法道具の杖って凄いなあ・・・・・・。
あ、ヒマリが獣面を引き倒して踏みつけた。
なるほど。自殺するのを防いだんだね。自殺って意外と難しくて、道具無しに実行するには相当な根性が必要になる。らしい。朧流は戦乱時代の名残で自決する術をたくさん持ってるけど、実際使ったことが無いからよくわかんない。嫌な知識だけど、知っておくと人命救助にもなるから覚えておいて損はないんだよね。
「ふたりとも大丈夫ー?」
声を掛けながら近づくと、ラベイラが形の良い眉を眉間に寄せて振り向いた。
「ええ、私はドロドロですけれども」
うわぁ・・・・・・ラベイラのローブは濃い赤色だから、返り血を浴びた部分が黒く斑に染まっていて凄く毒々しい色合いになってる。
おまけに中身がこびりついて酷いことになってるし。
ヒマリの方は・・・・・・え? なんでわたし殺気向けられてるの?
バスタードソードの切っ先をこっちに向けて睨み付けられてる。
あ! 「四方見」のまんまだった!
いまヒマリはわたしから凄い威圧感を感じてるはず。目よりも先に感覚で「ヤバいのがいる」って思っちゃったんだろう。
「ヒマリ、わたしわたし。雪華だよ」
「え? ・・・・・・あ、ああ。ごめん、化け物かと思った」
わたしが声を掛けると、そう言って剣を下げてくれた。
「デスペラードを倒しただとっ!?」
驚いて暴れる獣面を改めて踏みつけなおすヒマリ。
その様子をみたラベイラが、何を今更とでも言うように口を開いた。
「何を言ってますの? 雪華さんは化け物ですわよ?」
「それ失礼じゃない!?」
「・・・・・・そうか、ラベイラにはわかんないか。後で説明するよ」
ヒマリは獣面から目を離さずにそういうと、ひとまずラベイラのことは放っておくことにしたらしい。ラベイラも不服そうな顔だけどひとまず疑問を棚上げしたみたい。わたしも同じ顔で黙ることにした。
まあ確かに、この状況で悠長にお話してるのはよろしくない。
「さて、無力化したはいいが。こいつどうするよ?」
「どうするも何も拘束して・・・・・・」
ラベイラがそこまで言って、何かに気付いたのか言葉に詰まる。
「雪華さん。ユニリア王国では悪魔種の信奉者の扱いはどうなっていますの? 冒険者ギルドに専門のカウンセラーはいらっしゃいます?」
「聞いたことないなぁ・・・・・・悪魔種の信奉者って名前自体、なじみが無いんだ」
「それは・・・・・・困りましたわね・・・・・・」
「普通に拘束してギルドに突き出すんじゃダメなの?」
「ダメですわ」
すっぱりと断言するラベイラ。
「この方達はまともな思考形態をしておりません。話が殆ど通じませんし、おまけに妙な催眠効果を持っているのか、意志の弱い方ですと仲間に引き込まれてしまいます」
「怖っ!?」
「ええ、怖いです。ですからムルディオ公国の冒険者ギルドには専門のカウンセラーが常駐しておりますの」
「くくく・・・・・・杞憂という言葉を知っているか?」
突然ヒマリに踏まれている獣面がしゃべり出した。ヒマリの足を掴んでる、けどあの体勢からじゃ何も出来ないと思うけど。
なんだろう、嫌な感じがする。
「黙れ、あとでいくらでもしゃべらせてやる」
「ああ、だが、だが、口惜しや・・・・・・人間風情に・・・・・・」
ヒマリに制止されるのもかまわず、ぎりっと唇をかみしめると、掴んだ足と逆の手。指輪の嵌まった方の手を胸元に置いて。
「偉大なる悪魔種様! 申し訳ありません!」
ばちん! と何かがはじけるような音がして、獣面の身体が跳ねる。
その反動、というよりびっくりしたらしくてヒマリが足をどける。
「うそっ!?」
わたしは思わずそう叫んでた。
ダッシュで痙攣してる獣面の元に向かって回生気功を施す。
・・・・・・。
だめだ。
気の流れが戻らない。
ううん。
戻らないと言うより、回生気功を受け付けてない感じ。
まるで、死んでから凄く時間がたってるみたいに。
「これって・・・・・・はじめから死んでた?」
ちがう、そんなはずない。気の流れも正常でちゃんと生きてた。
あれ?
気の流れが正常だった・・・・・・!?
これから自殺しようとしたヒトの気の流れが正常?
なんなの!? どういうこと!?
「雪華さん、ちょっと見せてくださいまし」
「う、うん」
わたしがショックを受けているとラベイラがやって来た。素直に場所を譲る。
ラベイラは獣の面・・・・・・狼型のマスクを脱がす。
酷い・・・・・・。
土気色の肌、落ちくぼんだ目、乾いてひび割れた唇、無数に刻まれた皺・・・・・・。
でもそれは年をとっているからじゃなくて、完全に栄養失調のそれだった。金髪だと思っていた髪の毛も、色素が抜けた茶髪だった。
続いて前あわせのローブをはだける。
「こりゃあ・・・・・・」
ヒマリが息を呑む。
ローブの下は裸だった。骨格からして女性だと思うけど、からからに乾いていてまるでミイラみたいだ。こんな状態で今まで生きていたなんてとても信じられない。
「・・・・・・指輪は微量の電撃を流す魔道具だったようですわね。それでも事切れてしまうくらい弱っていた様です」
ラベイラが干からびた肌を押しながら言う。
押すたびにぱりぱりと音を立てていて、今にも崩れてしまいそうだった。
「これ、なんなの?」
震える声でわたしはつぶやく。
実家の診療所の手伝いでいろんな患者さんを診てきたけど、ここまでおかしな生者も死者も見たことない。
「これが、悪魔種の信奉者の末路です。捕らえたり死んでしまった信奉者達は皆こんな体つきをしていました。今までどうしてこうなるのか不思議でしたが・・・・・・やっと分かりましたわ。あの魔道具の仕業ですわね」
ヒマリにたたき落とされて転がっている杖に目を向ける。
先端に禍々しく光る紅い宝石を付けただけの杖。
「触らないでくださいまし! おそらく持っているだけで汚染されます」
拾い上げようとしていたヒマリの手が止まる。ぎぎぎ、という音がしそうな感じで首を巡らせてラベイラを見た。
「マジ?」
「マジ、ですわ。効果と形は違えど似たような物を彼らは全員持っていたそうです。私が実際見たわけではありませんがおそらく、間違い無いでしょう。報告書が正確ならば、放っておけばその魔道具は壊れるはずです」
ラベイラがそう言うと同時、ぱきんと音を立てて杖の宝石が砕け散った。そのまま地面に吸い込まれるように破片も消えて無くなってしまう。同時に、宙に浮いていた渦も消え去った。
「生命力の供給が断たれて形を保てなくなったようですわね・・・・・・」
「もしかして、さっきの宝石がこのヒトの命を吸ってたってこと?」
「ええ、おそらく。宝石の形を保つのに必要なマナと、魔法を発動するためのマナを生命力を変換して賄っているようですわ。正直、どうやっているのか見当も付きませんが・・・・・・ただこれで、悪魔種の力の一端が明らかになりましたわね」
ラベイラの言葉に文句を言おうとして、止めた。
あまりにも淡々とした言葉とは裏腹に、ラベイラの顔がとても辛そうだったから。
「もう少し辺りを調べてみましょう。何かあるかもしれません」
ラベイラの提案に従って辺りを探索する。
広間の壁面に穴が開いていて、中は小さな部屋になっていた。ここで生活をしてたみたいで、中には寝袋と、お金、それから小瓶。部屋の中に大量に散乱してる。
殆ど空だけどいくつか中身が残ってる。たぶん、大陸に住んでるなら誰しもが飲んだことのあるものだと思うけど・・・・・・。
ラベイラが中身のあるものをひとつ手にとって、蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
「マナポーションですわ。これをがぶ飲みして身体を保たせていたんですわね・・・・・・」
「凄い量だな。どうやって運び込んだんだ?」
「一度にでは無いでしょう。補給はフォレスタでしていたはずですから」
「あの格好で買い物をしてたのか? 目立ちそうだけど」
「魔法でしょう、見た目くらいならなんとか取り繕えますし」
「成る程、目立たないように買い物するくらいなら難しくも無いか」
ふたりが話しているのを聞いていたけど、わたしは全然別の事を考えていた。
こんな大量のマナポーションを飲みながら魔獣を召喚し続ける。
しかもあんな身体、ちょっとショックを受けたら止まってしまうような心臓の状態で。
脅されているとか、操られているとかじゃなくて。
自分の意思で。
わたしだって卿人のためだったら何だって出来るけど、それは卿人が一緒にいてくれるからだし・・・・・・。
そっか。
それをやるだけの価値があると思ってたんだ。
そんな風に思ってしまえるほどの魅力があるってこと。
正気のまま自殺してしまえるほどの、何か。
「雪華さん? どうなさいました?」
わたしが考え込んでると、心配そうな顔でラベイラが声を掛けてきた。
「うん・・・・・・考えてみたらわたし、悪魔種の事殆ど知らないなって」
「興味がありますの? おすすめしませんが・・・・・・」
わたしの言葉に眉をひそめるラベイラ。
勘違いだよ!?
「違くて! 悪魔種がヤバいモノだっていうのは分かってるんだ。師匠とか両親からさんざん怖いものだから、出会ったら殲滅しなきゃいけないって言うのは聞かされてるし!」
「そこでまず殲滅という単語が出てくるところが恐ろしいですわね」
「あはは・・・・・・だけどね? わたしは悪魔種が人間種を食い物にしようとしてるって事しか知らなくて。そんなのに協力しようとする人間種がいるなんて知らなかったんだ」
「・・・・・・それを説明するには少し長くなりますわ。お聞きになります?」
「うん、お願い。たぶん、将来的に必要になると思うから」
卿人と旅に出たとき、絶対に必要な知識になると。わたしの直感が言ってる。
「わかりましたわ。でも今はここを調べましょう。あまり長居したくありませんし・・・・・・」
「あっ! ご、ごめんね? すごくショックだったから!」
ラベイラはふふっと笑って。
「雪華さんはそんなにお強いのに、繊細なところがあるんですのね。安心しましたわ」
「そう言われると少し複雑かも?」
「褒め言葉だろ。その年で完全無欠だったら怖すぎる」
「ですわ」
そんな会話をしながら小部屋を調べたけど、特にめぼしいものは出てこなかった。
でもここで魔獣を召喚していたことは間違い無いみたい。
しかもひとりで。
マナポーションの空瓶の数から相当な数の魔獣が召喚されていて、今回のデスペラードは長い時間を掛けて召喚されたみたい。
獣面の言葉からもそんな風に推測できる。
あとは倒したっていう証拠だけど、これは獣面のかぶってた狼型のマスク(ややこしいよね)と、デスペラードの溶けた液体。なんでも魔法を使う実験の触媒になるらしくって、充分に証拠になるんだとか。
デスペラードはもともと溶けるものなんだね・・・・・・。びっくりした。
あとはここに誰かが入ってこられないように結界を張って保存、しかるべき調査隊を派遣して貰うんだって。
獣面の死体だけど・・・・・・。放置することになった。
ホントは火葬して埋めるなりしたいのだけど、調査対象になるらしくってそのままにしておくことに。
ほとんどミイラ化していて腐敗の心配もないから、そのまま放置で良いんだって。
死体は小部屋の寝袋の上に寝かせた。
ラベイラに「随分丁重に扱いますのね」って不満そうに言われた。
これはわたしの、というより朧家のしきたりみたいなものだからね。全力で戦った者には敬意を払う。たとえそれが、どんな悪人であろうと、天敵であろうとそれは変わらない。
ひととおりの作業を終わらせて洞窟を出ると、すっかり暗くなっちゃってた。
夜の森は危なすぎるから、洞窟内で一泊することになったんだけど、気が抜けたのかふたりが倒れた。
ヒマリは気の運用のしすぎでダウン。ラベイラは心労みたい。
ちょっと無茶しちゃったもんね・・・・・・。
ヒマリもどちらかと言えば精神にきてるみたいだから、体力だけ回生気功で回復してあげて無理に起こすのはやめておいた。
翌朝、日が昇りきらないうちにふたりをたたき起こしてフォレスタへと戻る。
かなり恨みがましい目で睨まれた。わたしだって寝かせてあげたいけど早く戻らないとまた野宿になっちゃうのも嫌だからね!
帰り道は殆ど魔獣と出くわさずに済んで、わたし達は無事、日が暮れる前にフォレスタまでたどり着くことができた。
さあ。ボアステーキ食べるぞ!
雪華ちゃんの戦闘状態におけるカロリー消費量は男性アスリート並です。
ちょっと過剰かなと思うくらい食べないと体質も手伝って痩せてしまうので、
体型を維持するために食べるという食べ方になります。
もともと食べるのが好きな子なのは幸運ですね。




