第64話 獣の気配
「活殺自在」の詳細は雪華編の始め辺りをご覧ください
「「活殺自在」朧雪華の名において、ふたりを護ります」
朧雪華の名乗りに、ふたりは固まってしまった。
あれ? おかしいな? なにかしらリアクションがあると思ったんだけど。
あ、活殺自在ってそんなにポピュラーじゃないから知らないかな?
果国を除けばユニリア国外だとあんまり知名度がないらしい。
ええと、説明した方がいいかな?
「「活殺自在」っていうのはね」
「知ってるよ! 格闘家における最強の称号だよな!? お前の親父とか佐々木師匠がそうだよな!?」
「なんだしってるじゃん」
恥ずかしいことしちゃったかと思って焦ったけど、ホッとした・・・・・・。
「いやいやいや! 最強だぞ最強! いくら朧暁華の娘だからって・・・・・・」
「いいえ、ヒマリ。1年程前でしたか、新しく活殺自在が生まれたという情報がありました」
流石大貴族のご令嬢ってところかな。
普段なら絶対に出回らない情報を持ってる。
おばあちゃんからも言われたんだけど、侯爵以上の貴族は朧家の事情を知ってると思って間違いないんだって。
「確か、史上最年少の15歳で活殺自在の称号を得て、おまけにそれが史上2人目の女性だと・・・・・・雪華さんの年齢と性別に一致しますわ。聞いたときは何かの間違いかとも思いましたが、こうやって本人を目の前にしますと・・・・・・」
ラベイラはじっとわたしを見つめて。
「やっぱり信じられませんわね」
「おいい!?」
おもわず普段しないような突っ込みを入れちゃった。
「失礼。でもこれまでの道中での強さ、回生気功の腕前、なによりこんな大きなイノシシを仕留めてしまうような非常識さを見てしまえば、信じざるを得ませんわね・・・・・・」
半分潰れた頭部の口から血を垂れ流しながら仰向けに倒れているイノシシを見て、ため息を吐きながらそんなことを言う。
そんな憂鬱そうに言われても・・・・・・。
「ちゃんと技術で投げたよ? 重心が前に来たところをそのまま相手の突進力を使って浮かせただけだよ?」
「わかってます。見てました。ですが、良いのですか? 貴族に対してその名乗りをするという事は、そういうことですわよ?」
ラベイラの目はさっきと違って怜悧な光を宿してこちらを見ている。
冒険者じゃなくて、貴族の雰囲気を纏ったラベイラは別人みたい。
わたしは貴家に全面協力します。
そのためには自分の命も省みません。
あなたの言うことには全て従います。
そういうことですが、いいのですか?
そう、ラベイラは聞いている。
「出来れば今回限りでお願いしたいなぁ。わたしとしては「お友達」に協力したいだけなんだけど?」
わたしは首をすくめながらおどけて答える。
貴族相手に軽々しく約束をしてはいけない。
これは家族皆からさんざん言われてたこと。
でも、わたしはわたしの我が儘に付き合ってくれてるこのふたりを助けたいし、キルトハウゼン家の、ううん、ラベイラの矜恃は「活殺自在」が力を貸すのには充分な理由になる。
まあそれでも身動きがとれなくなるのは嫌だからこうやってお願いするんだけど。
我ながら身勝手さに呆れてしまう。
しばらくわたしを黙って見ていたラベイラだけど、不意に表情を緩めた。
「ふふふ・・・・・・解りましたわ。家にはたまたま居合わせた「活殺自在」の方に手伝っていただいたと説明させていただきますわ」
くすくすとおかしそうに笑いながら、そう約束してくれた。
「うええ、やっぱりこうゆう駆け引きは苦手だよ・・・・・・」
「なにをおっしゃいます、「活殺自在」を盾にとぼけてしまわれたら大抵の我が儘は通りますわよ? 特に上級貴族には効果覿面ですわ」
「まぁ、ラベイラに雪華をどうこうできる権限はないけどな!」
「え?」
じゃあ今のなんだったの?
「そんなことありませんわ! わたくしだってキルトハウゼンの三女ですわよ!?」
「『結婚相手は自分で探しますわ!』とか言って政略結婚が嫌で飛び出してきたんだから権限なんて残ってないと思うぞ」
「ぐぬぬ」
そんなやりとりを見てたらすっかりリラックスしちゃった。
さっきのラベイラの表情と雰囲気を見てちょっと警戒したんだけど、杞憂だったみたい。
このお話もヒマリが気を利かせて振ってくれたんじゃないかなぁ。
「で? どうするんだ? 行くのか? 退くのか?」
「もちろん進みます。「活殺自在」に安全を保証されて退くのは失礼に当たりますわ」
「おまかせあれ!」
ばちんとウインクひとつしてポーズを決める。
わたし格好いいぞ!
「・・・・・・急に不安になってきましたわ」
「同感」
「なんで!?」
その後、簡単な打ち合わせの後結界を解除。
速やかに奥に向かって進んでいく。
結界を解除しても敵の反応は動くことはなくて、やっぱりとどまったまま。
おかしい。
さすがに動かなすぎる。
「考えても仕方ないぜ。こんな時は速度の方が重要だ、時間を掛けるほど相手に有利に働く」
「・・・・・・そうだね」
実際その通りだし、わたしも賛成なんだけど・・・・・・。
嫌な感じを抱えながら走る。
ホントはこういう役回りは卿人のやることで、わたしは何も考えないで突っ込めば良かった。冒険者になってからそれじゃいけないことを学んだけど、どうにも思い切りが付かなくて良くない。
もっと、経験しなきゃ。
程なくして、広い円柱状の部屋にたどり着いた。
壁に沿ってぐるりと明かりの魔法道具が設置されていて明るさは充分。部屋の奥には禍々しい祭壇がもうけられているけど、不思議と汚い印象はない。
設置した人が几帳面な性格なのかもしれない。
祭壇の前には黄ばんだ白いローブを着た人影・・・・・・こちらに背を向けて、下を向いて座り込んでいるから人間種かどうかは解らない。
だけどその祭壇の少し上の空間には、黒い渦が、それこそ禍々しい気を放っていた。
それを見たラベイラの表情は真っ青で、かたかたと杖を持つ手が震えている。
ヒマリも似たような感じで額には脂汗が浮いてる。
「なんて醜悪なマナ・・・・・・何を召喚しようとしてるのでしょう・・・・・・?」
「こいつは、やばいな・・・・・・」
ふたりのつぶやきに反応したのか、それとも儀式が終わったからなのかはわからないけど、人影が立ち上がりゆっくりとこちらを振り向く。手には紅い宝石の付いた杖。
その顔は、狼の頭部をしていた。
ワービースト・・・・・・じゃない。よく見れば作り物だし、長い金髪がローブの胸元に垂れているのが見えた。
ただ、もちろん目の位置は合ってないし、口も閉じているからどうやって視界を確保しているのか気になるところ。
「まさか奥まで来るとは・・・・・・おとなしく引き返せば見逃したものを」
声が何重にも重なって男とも女ともつかない声でそれはしゃべり出した。
変声の魔道具かな。あのかぶり物がそうなんだろう。
「冗談きついぜ。何を召喚するか知らないがそいつをけしかけるつもりだったろうが!」
「人間種は1秒でも長生きしたいのだろう? 遅いか早いかの違いでしかないだろうに・・・・・・」
答えになってるのかなってないのか、聞いているのかいないのか微妙な回答をする獣面。
「ひとつ確認をよろしくて? あなたはワービーストでは無いのですね?」
「ワービーストは偉大なる悪魔種の使い。肉を捨てねば到達できぬ」
直接は答えない。わざとなのか、このひとの性格なのかはわからない。
気の流れを見る限り正常なんだけど・・・・・・。
「その言い回し・・・・・・悪魔種の信奉者ですわね」
「こんなとこにまで潜り込んでたか!」
ふたりには何者かわかったみたい。
悪魔種の信奉者・・・・・・?
ユニリアは悪魔種についてあんまりなじみが無いんだよね。
何十年も前に悪魔種関連の宗教団体が壊滅したって話は聞いたことがあるけど、それ以上のことは知らない。ちなみにおばあちゃんが壊滅させたんだって。
獣面はいらだった様子で手にした杖でこつこつと地面を叩く。
「愚かな生物共め、未だ偉大なる悪魔種の理想も受け入れられぬとは・・・・・・」
「おとなしく悪魔種の養分になれと? まっぴらゴメンですわ。だいたいあなた何が目的ですの!?」
「知れたこと。偉大なる悪魔種の恩恵の無いこの地に救いをもたらす」
初めて、質問に対して明確に答えた。
そして手にした杖を振るう。
「偉大なる悪魔種が降臨なさるための土壌、すなわち混沌を作り出し、一刻も早く理想の地を実現させるのだ!」
振るった杖の先。紅く輝いた宝石から光が放たれて、祭壇の上に浮かぶ渦に吸い込まれていく。
しまった! そのまま何か出てくるんだと思って警戒してたのに!
べらべら喋ってるから油断した・・・・・・。
紅い光を吸い込んだ渦が逆回転を始める。
どんどんと渦を巻く速さが上がっていって、ばちばちと赤黒い稲妻が奔りだした。
放電しながら拡大していって、そのうちに祭壇を飲み込むほどに大きくなる。
ずるり。
そんな音を立てて最初に現れたのは、右腕。
稲妻を吸収したみたいな紅と黒がまだらになった、丸太のような筋肉質の腕。
どういう理屈なのか解らないけど、渦の縁をがしりと掴んで、一気に全身を引き抜いた。
ずしんと音を立てて獣面の隣に着地、威嚇なのかぶしゅうと蒸気を吐く。
見上げるほどの大きな身体、隣にいる獣面がやけに小さく見えた。
体毛はなくて、額から後頭部にかけてカーブした太い角が2本生えている。
眼窩にはぎらぎらと紅に発光する瞳、口元には大きな牙が上あごから伸びていた。
全身が紅と漆黒のまだらに彩られた筋肉の塊。
その偉容は、ヒマリとラベイラの戦意を完全に削いでしまった。
「これ・・・・・・は・・・・・・なんだ?」
「まさか『デスペラード』だなんて・・・・・・冗談と言ってくださいまし!」
ラベイラなんかパニックになっちゃってるし。
デスペラードって聞いたことがあるような、ないような?
でもヒマリの反応からヤバい存在だって言うのはわかる。
確かに凄い気の量。普通のひとなら睨まれただけで気絶しちゃうかも。
わたしはその視線を遮るように、ふたりの前に立つ。
獣面はわたしに(多分)視線をよこして、大きく頷いた。
「率先して贄になるか。子供とは言えよくわかっている」
「子供じゃ無いし、わたしは食べてもおいしくないよ」
そう言い返すと、肩をふるわせて笑い出した。
「愚かなるもの。すなわち最初の犠牲者。さあ、混沌をもたらす第一歩だ・・・・・・喰らえ」
やっぱり微妙にかみ合わない感じで、獣面はデスペラードに命じた。
ごう!
そう聞こえる咆吼とともに、矢みたいな速度で突っ込んでくる赤黒い塊。
「雪華っ!」
後ろから聞こえるヒマリの悲鳴。
たぶんラベイラの方は反応もできていないはず。
ずしんと地面をたたき割り踏み込んできて、速度と体重を乗せた拳での突きが繰り出される。
うなりを上げて迫る丸太のような腕と拳、まともに食らえばただじゃすまないのは簡単に想像できた。
挽肉になるのはヤだから沈み込んで突きを回避。真下から「昇藤」の掌底で腕を跳ね上げる。
ごきんと骨の砕ける音がして、振り上がった腕に引っ張られるようにして後ろへとよろめいた所へがら空きの腹に向かって跳び蹴りを放つ!
「極楽鳥花!」
斜め下から突き上げるように足裏が腹筋に突き刺さって、巨体が放物線を描いて祭壇の方に飛んでいく。そのまま祭壇に直撃。がらがらと音を立てて崩れる祭壇の下敷きになってしまった。
わたしは油断せずにデスペラードが飛んでいった位置を見据える。
最初に殴った腕の感触がランドドラゴンのそれに似てた。
あの、気の鎧を纏っている感触。
ほんとうは「八重旭」でも良かったんだけど、吹き飛ばす方向に切り替えた。
・・・・・・わたしの身長だと股間に当たりそうだったからいやだったんだ。股間何もなかったけど。気分的に気持ち悪い。
とにかく手応えもちょっと変だったし、気も充分に流し込めてないだろうから多分まだ生きてる。
実際獣面はすぐ隣に巨体が飛んできたっていうのに動きもしないし、涼しい顔(?)をしてる・・・・・・あ、ちがうや。単純に何が起こったのかわかんなかったみたい。
だけど焦ってる感じもしないから、獣面にとってまだ慌てる状況じゃないって事なんだろう。
それに、ちょっと嫌な気の流れをしてる。
「すげえ! 活殺自在の名前は伊達じゃ無いな!」
「まだだよ! たぶん倒せてない! ラベイラ!」
「はっ!? な、なんでしょう!?」
パニックになってるのと戦闘の展開に追いつけてないラベイラ。酷かもしれないけど今はしっかりしてくれないと困る。
「あいつの特徴を教えて? 知ってるんでしょ?」
ちょっときつめの言い方になっちゃったけど、ラベイラも呆けてる場合じゃ無いって解ったのかきちんと答えてくれる。
「アレは・・・・・・デスペラードは悪魔種の亜種とでも言うべき存在とでも言いましょうか。言語を操ることはありませんが高い知能を有していますわ。見ての通りの怪力で、魔法は使いませんがそのかわり魔法が効きません。それだけなら魔獣にも見られますが、なにより恐ろしいのがその再生能力ですわ」
そこまで聞いたところで、祭壇だった瓦礫から姿を現すデスペラード。
ラベイラの言うとおり、砕けたはずの右腕は蒸気を上げて回復が始まってるし、蹴った腹部はボコボコと不気味な音をたてて傷がふさがっていってる。
なんて観察してる間に再生が終わっちゃった。
「わたしが言うのもどうかと思うけど、ずるくない?」
思わずぼやいてしまう。
回生気功でもあんなに早くは回復出来ない。
「ええ、首を落としても再生したという記録がありますわ! 攻城兵器で貫かれてもびくともしなかったとか。魔法は効かない、物理も効果が薄い、とにかく強くて暴れ回る事から付いた名前が無法者なのですわ!」
回復する様子を見てパニックが戻ってきたのか、ほとんど悲鳴で叫ぶラベイラ。
それに答えるみたいに、無法者は紅の目をこちらに向けた。
極楽鳥花
ストレチア、ストレリチアの名前の方が通りが良いかもしれませんね。
南国の鳥のように鮮やかな色彩の花を咲かせるため、この名前がつけられたとされています。
朧流では地上から飛び上がりざま、斜め上方に向けての跳び蹴りにこの花の名前がつけられています。両足で放っても名前は変わらないので、ドロップキックのような極楽鳥花も存在します。




