第62話 洞穴
どのRPGでも迷いの森って苦手です
深まった秋の森。水分のすっかり抜けた落ち葉をかさかさと蹴飛ばしながら歩いて行く。
森の奥まで入ってきたけれど、そんなに景色はかわっていない。むしろ大きな木が増え、樹木の間隔が広がったせいで少し明るい気もするくらい。
朧雪華達は予定通り、洞穴の付近まで来ていると思われる。
なぜ思われるとかちょっと不確定な感じかと言うと、急に方向感覚がなくなってしまったから。
目印の無い森を歩くのはもちろん危険なことだけど、わたしが気の探知をすればだいたいの位置は把握出来る・・・・・・はずなんだけど、さっきから変な感覚があって同じ所を回っているみたいなんだ。
何か妨害を受けているのかなと思ったのだけど、引き返そうとすればあっさり戻れるあたりそうゆうことでもないみたい。
「んー・・・・・・?」
まただ。洞穴の方に向かおうとすると、急に気の探知が効かなくなる。
自分の気の流れに変化がある訳じゃないから、変な魔法をかけられてるのでもなさそうだし・・・・・・。
わたしが立ち止まって首をひねっていると、フードを目深にかぶった魔法使いラベイラが、こつこつとメイジスタッフでその辺の岩をつつき始めていた。
「雪華さん、もしかしてこの岩を超えると違和感があったりしませんか?」
「うーん・・・・・・。うん、言われてみればそうかも。でもわたし、精神干渉系の魔法は打ち消せるはずなんだけど・・・・・・」
ラベイラが示したのは何の変哲も無い岩だ。
苔むしていて年期の入った大岩。
気の流れも感じないから生物じゃないのは間違い無いけど・・・・・・ゴーレムとか魔法生物ならそれくらいは解る。
「なら結界系の魔法ですわ。空間自体に魔法を掛けるので個人のレジストはあまり関係ないんですの」
ラベイラはおもむろにその岩に手をついて押し始めた。
うんうん言いながら一生懸命やってるけど、びくともしない。
・・・・・・もしかして動かそうとしてるのかな?
人くらいの大きさはある岩だ。
ちょっとやそっとじゃ動かないと思う。
わたしはラベイラの横に並んで、掌を岩に押しつけた。
「えい」
ぐいと押してやると岩がずりずりとスライドする。
「にゅわっですわ!?」
急に動いたからなのか、体重を掛けていたラベイラはつんのめる。
そんなに力一杯押してたの・・・・・・?。
「どうした?」
悲鳴を聞いて後方を警戒していた軽戦士のヒマリが駆け寄ってくる。
ラベイラはつんのめった勢いのまま座り込んで、なにやら地面を調べていた。
そこには動かした岩にぴったり隠れるくらいの魔法陣が描かれていて、淡く光を放っている。
魔法陣というのは魔法式を円形に書き連ねたもので、魔法道具もこの魔法陣を彫り込んであるんだって。
普通の魔法式と違うところは、閉じた魔法式にマナが循環して効果が長続きすること。
でもマナの供給がされないと効果が無いから、普通は魔鉱石とか魔宝石に彫ってあるんだけど・・・・・・。
この魔法陣は地面に直接描かれているようにみえる。
「設置型の魔法陣ですわね・・・・・・成る程、マナ吸収の魔法式を組み込んで大地からマナを吸い上げて・・・・・・。この辺りは魔鉱石の鉱脈がありそうですわ」
「へえ! 魔法っていろんな使い方が出来るんだね?」
「魔法使いが廃れない理由のひとつですわ。マナの感知も素質もなく作成出来て、誰でも扱うことが出来る魔法道具にとって変わられないのは、こういった応用の広さ故でしょうね・・・・・・っと、解りましたわ。これは「迷子」の結界ですわね。問題は何故こんな物が設置されているかですが・・・・・・」
無闇にこの結界を解除するわけにはいかないもんね。
人の出入りを防ぐみたいな魔法陣が敷かれているってことは、来て欲しくない理由があるって事だけど、それが今回の事と関係があるかは解らないし。
「いいんじゃないか? あからさまに怪しいだろ、こんなの」
「でも全く関係ない人がやってたんだとしたら怒らせちゃうよ?」
「そんときゃ謝れば良い。だいたい時期からして魔物の大発生が起こる前に設置されたのはほぼ間違い無いんだ、関係なくても後ろ暗い理由があるに決まってる」
「・・・・・・ちょっと乱暴ですがそう考えた方が自然かも知れませんわね。この結界を張っている間も魔物に襲われるでしょうし、怪我やトラブルで動けないのならこんなモノを設置する余裕すら無いでしょうから」
それでも少し無理があると思うけど。でも。
「それに、調査はしなくちゃいけないもんね」
「その通りですわ、ですので無効化しましょう。責任はギルド持ちで。ならばもうひとつ探さなければいけませんわ」
ラベイラは辺りに視線を走らせて、やがて目当ての物を見つけたみたいでそちらの方へてててっと走って行く。
「ちょっと! ラベイラ待って!」
あわててラベイラについて行く。
危ないなあ。
いくら周りに気配がないからって無防備すぎるよ。
ヒマリは慣れたものみたいですぐ後ろを追いかけてた。
「悪いな雪華。あいつ魔法の事になると周りが見えなくなるんだ、フォローしてやってくれ」
「わかった。見ておくよ・・・・・・あ」
「あ?」
「わきゃっ!? ですわ!」
ラベイラがつんのめってたたらを踏んだけど、なんとか持ち直して進む。
ちょっとは腿上げの効果が出てるのかもしれないね。
彼女が次に目を付けたのは太い樹木だった。
トレントやドライアドじゃないみたいだから心配はなさそう。
と、突然その樹木の洞に頭を突っ込んで、暗くて見えなかったのかすぐに首を抜いて、多分だけど暗闇を見通す魔法をかけて、もう一度頭を突っ込む。
「ぎゃあ! 虫まみれですわ! 気色悪いですわ!」
そう叫びながらも首を抜かないのはちょっと尊敬する。
なかなか魔法陣が見つからないのか、時々「無礼でしてよ!」とか悲鳴をあげつつも出てこない。
そのうちぐりんと体勢をいれかえて、木の洞に首をつっこんだブリッヂという凄く器用な格好になった。
「あれ服に虫が入りそうだけど・・・・・・」
「確実に入る。後でみてやらないといけない」
「ありましたわ! ええと・・・・・・この繋ぎ方ならどうにかなります!」
ずぼっと首を抜いて・・・・・・うわぁ! 綺麗な茶髪にいっぱい虫付いてる!
でもそれに気付かないのか、それとも気にもとめてないのかわからないけど、かまわず手にしたメイジスタッフで地面にがりがりと魔法式を描いていくラベイラ。
その間にわたしとヒマリで虫を払っていく。
ああもう! 髪の中まで入ってるし!
うええ・・・・・・気持ち悪いよう・・・・・・。
「出来ましたわ! これで進めるはずです・・・・・・ひいぃ! 服の中でもぞもぞしてますわ!」
集中が切れて我に返ったのか、虫まみれの自分を認識して暴れ始めるラベイラ。
うん、そうなるね。
じゃなくて!
「ラベイラ動くな! 捕れなくなる!」
「身体よじらないで! 潰れる!」
「いやあああああああああですわぁ!?」
そんな騒がしい感じを続けていたんだけど、魔獣やら魔物やらが寄ってくる様子がない。
こんな時に襲われるのはちょっと嫌だからありがたいけど、この結界はそれだけ強力みたい。
何とかラベイラの服に入り込んだ虫を駆除し終わって、一息ついた。
ちょっとパニック状態になっていたラベイラも落ち着いて、叫びすぎで喉が渇いたのか水をがぶ飲みしている。
「えらいめに遭いましたわ・・・・・・おふたりとも有り難うございます・・・・・・」
「ああ、いいって。それで? 通れるようになったのか?」
「ええ、この魔法陣は一定範囲を点で繋いで護るタイプですわ。ですから先ほどの岩の下にあった魔法陣と、洞の間の接続を切りました。もう惑わされることはありませんわよ。ただ・・・・・・」
ラベイラはそこで言葉を切って、悔しそうに続ける。
「多分術者に妨害したことがばれてしまいましたわ。気を付けたのですけど・・・・・・」
「お前がその手の工作をミスるのは珍しいな」
「術式がとても緻密でした。かなりの使い手と思われますわ。お気を付けて」
結界を無効化できたという事だから、索敵をしてみると・・・・・・。
「大きな反応はないよ。進もう」
というか、不自然なくらい反応がないなぁ。
この分だと洞窟まで戦闘はなさそうな感じかな? そううまく行けば良いけど・・・・・・。
そんなわたしの心配を余所に、特にトラブルも襲われるような事もなく洞窟までたどり着くことが出来た。
岩肌の露出した、切り立った崖にぽっかりと開いた大穴がわたし達を出迎える。
馬車も通れそうなほどの大穴だ。特に高さが凄い。
馬車で来れば良かったかな? とか思ったけど道中が無理か。
「なにもなかったな。ちょっかいくらい掛けてくるかと思ったけど」
「嫌な感じですわね」
わたしも同感なんだけど、それにしては・・・・・・。
「奥の深いところに反応ひとつしかないんだけど、どう思う?」
「単に罠なのか、それとも本当に籠もってるかだな」
「行かなければわかりませんわね。私が先頭を・・・・・・」
「ダメ、先頭はわたしが行く。物理的な罠ならなんとかなるし、魔術的な罠ならラベイラが見つけてくれるでしょ? だからヒマリは殿、ラベイラは真ん中でお願い」
「でもそれだと雪華さんに負担がかかりすぎですわ・・・・・・」
食い下がるラベイラに少し違和感。
貸し借り、という話じゃなくて、なんだかわたしを保護しようとしてる感じ?
でもここはわたしが先頭じゃないと危ないと思う。
「ありがと。でもラベイラが1番危ない役どころなのはダメだよ、わたしもヒマリも危なくなっちゃうから」
「・・・・・・わかりましたわ」
うん、きちんと話せば納得してくれるなら問題無いかな。
ずっと口を出そうとしていたヒマリだったけど、最後まで口を挟まなかった。
「決まりだな。行こうぜ、日が暮れる前に出たい」
それだけ。
きっと何か思うところがあったんだろうけど、わたしに任せたんだろうな。
洞窟に入ると急に気温が下がった。
日が届かないから当然なんだけど、この感覚はどうしても慣れないなぁ。
腰からランタン型の明かりの魔法道具を取り外して、辺りを照らしながら進んでいく。
所々スコップやつるはしで彫ったような跡が残っているし、崩落防止用の梁が組まれていて元々は採掘に使用された坑道だったみたい。
やっぱり索敵には何も引っかからない。
ホントに何も起こらないで目的地までたどり着けたり・・・・・・んん!?
急に気の反応が移動した?
でも一瞬で凄い距離移動したけど・・・・・・。
ぞわりと総毛立つ感覚。
いけない! これヤバいやつだ!
慌てて注意を促す。
「ラベイラ! 多分異常事態! なんか捕まった!」
「確認しましたわ! これも結界です!」
ラベイラが悔しそうにギリギリと歯ぎしりをしている。
「二重結界ではなく最初の結界を解除した時点で発動する結界ですわ! してやられました・・・・・・」
「悔しがるのは後にしろ! この結界に捕まったらどうなるんだ!?」
「・・・・・・おそらく直接の攻撃ではありません。先ほどの「迷子」もそうでしたが、結界自体に攻撃力を持たせるのは現実的ではありません。とにかく魔法陣を見つけない事にはどんなものか正確にはわかりませんわ」
「残念ながらそんな時間はなさそうだよ・・・・・・」
わたしがそう言うと同時、奥の方からうなり声と、大型魔獣特有の地響きにも似た足音が響いてきた。
明かりの魔道具で照らされた洞窟の先、少しカーブになったところから現れたのは・・・・・・。
横幅が洞窟にぎりぎり収まるサイズという巨大なイノシシだ。
そいつはこっちを視認すると瞳をぎらつかせて、2、3度地面を前足で掻くと、いきなりトップスピードで突っ込んできた!
「ブオオオオオオオオオオオオ!」
「にげろおおおおおおおおおお!」
ヒマリの叫びとイノシシの咆吼がシンクロする。
そのままヒマリはラベイラを担ぎ上げて、ダッシュで元来た道を戻る。
もちろんわたしもすぐ後ろについていく。
あんなの正面から相手してられないよ!
身体の大きさもあって凄く速い。
ヒマリにラベイラを運ばせてるのは失敗だったかもしれない。
彼女の習得してる身体強化は人を担いで運ぶのには向いてないから、すぐにばてちゃうと思う。
ほとんど反射的に担いでたから仕方ないかもだけど。
「『足枷』!」
逆向きに担がれてるラベイラが魔法を放つと、鈍色の輝きがイノシシにまとわりつき、走るスピードが目に見えて落ちた。
これなら出口まで逃げ切れる!
急な方向転換は出来なさそうだから出口の横からどついてやる!
だけど、しばらく走ってもいっこうに出口が見えてこない。
たぶん来た道の倍くらいは戻ってるはずだけど、え? なにこれ?
「ヒマリ! スピード落ちてますわよ! 轢かれますわよ!?」
「うるせえ! 放り出すぞ!」
ヒマリもラベイラも余裕がなさそうだから自分で考えよう・・・・・・。
こういう時は卿人の考え方を真似するといいんだよね。
ええと、ラベイラが言うにはコレは結界。そしてたぶん、空間をいじくるタイプ。
卿人の話だと強力な魔法を扱えるほど他系統の適性が下がるらしいから、さっきの「迷子」の結界があった事からもそう考えた方が自然。
たとえばコレが幻覚を見せる結界だったとする。
だけどイノシシからはしっかり気を感じるし、興奮している以外はおかしな所もない。すくなくともイノシシは幻覚じゃない。
幻覚でぐるぐる同じ所を回っている?
ううん。洞窟は一本道だったし、もし通路をふさぐような事をすればこれだけの大きさの洞窟だから、かなり大きな音がするはず。
あれ? あの柱の傷・・・・・・。
「ラベイラ、同じ場所を繋げるような魔法ってある?」
「ありますわ! 「牢獄」という封印指定魔法が・・・・・・もしかしてループしてますの?」
「たぶん。さっき同じ傷の入った梁があった!」
「結界魔法以外で発動するのは困難な魔法ですわ! 魔法陣を探し出して解除しないと閉じ込められたままです!」
「おいおいじゃあなんだ!」
ヒマリが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
気付きたくない事に気付いてしまった、そんな感じ。
「詰んでるんじゃないか!?」
無限ループって怖くね?




