第59話 大量発生
宿場町のイメージが湧かないので映像が少なめです。
どうしても温泉街が出てきてしまって・・・・・・。
ネルソー西の森を抜けてすぐの街。
フォレスタと名付けられたこの街は、ユニリア王都とネルソーを結ぶ最短ルートに位置する宿場町として発展した街だ。ネルソーと共同運営を行っており、ネルソーの評議会に従っているためここも貴族の管理下には無い。ネルソーの衛星都市的な扱いだ。
フォレスタにたどり着くには森を抜けるのが最短ルートで、森の南を通って迂回することも出来るが、途中に大きな町も無く大回りすることになり、時間が掛かりすぎるのでまず使われない。
だからこの街は森を抜けるための装備をひととおり揃えることが出来、逆に森から抜けて来た者達に癒やしを提供出来るようになっている。
そのフォレスタの街に雪華達一行はたどり着き、冒険者ギルドに立ち寄って馬車を預け、とりあえず森の中では難しかった本格的な食事を摂るべくギルドの酒場に入ることにした。
時間も日没前で3人の胃がうるさいほどに空腹を訴えている。
ギルドの酒場はだいたいどこも似たような造りをしている。
カウンター席と3~8人程が囲めるテーブル席が並び、冒険者がバイトでウエイターやウエイトレスをしている。
冒険者が給仕というのはイメージにそぐわないと思われがちだが、ギルドの酒場はガラが悪いので一般人はなかなかやりたがらないのだ。
そこでギルドは依頼として給仕のバイトを募集した。
危険手当も付くし、そこそこいい報酬なので意外と人気がある。
そのまま専属の給仕としてギルド付き職員になってしまうことも珍しくない。
一部の冒険者からは蔑まれる事もあるが、だいたいの冒険者は生活することの苦労を知っているのでおおむね受け入れられている。
雪華も一時期やっていたし、そのおかげでネルソーの冒険者達とは顔見知りになり、いろいろな依頼を受けることができた。
3年程前のサハギンロード戦で有名になったいたのもある。
雪華を狙っていたリコのせいで、ウエイトレスはすぐに止める事になったが。
フォレスタの酒場は冒険者達でごった返していた。
森に魔獣や魔物が大量発生しているため、方々からやってきた冒険者が獲物をもとめてやってきているからだ。
雪華は何度もフォレスタには足を運んでいるが、ここまで混み合っているのを見るのは初めてだ。
何とか席を確保して席に着く頃には、ヒマリもラベイラもへとへとだった。
最初の野宿用施設を出発してからの道程は過酷だった。
通常森を抜けるまでに行う数倍の戦闘をこなした。
そのうえ冬季で肉食獣達は凶暴化しており、討伐推奨ランクひとつ上くらいの強さで襲いかかってくる。
おまけに野営中にも襲われることもあり、気の休まる暇がなかった。
普段この森で魔獣と遭遇することはあまりなく、遭遇しても弱い魔獣ばかりでランクDのパーディーなら余程運が悪くない限り問題無く抜けられるのだが・・・・・・。
現状、3人程度で森を抜けるのは至難の業といえよう。
それでも抜けられたのはやはり雪華の力が大きい。
普段群れないはずの大型の熊魔獣キラーベアに囲まれた時、ヒマリとラベイラは死を覚悟したが、雪華が1番大きな個体を投げ飛ばしたのを見て奮起。
見事な連携を見せて2体を倒し、その間に雪華が残りを片付けた。
「いやー・・・・・・雪華がいなかったらどうなっていたことか・・・・・・」
「そんなことないよ。ふたりが諦めないでちゃんと戦ってくれたから、わたしも心置きなく戦えたんだから」
「そうおっしゃってくださると救われますわ・・・・・・」
ぐったりしているふたりとは違い、雪華はぴんぴんしている。
気の鍛錬を修めた者は、ある程度大気中の気を吸収することが出来、それによって体力の回復が可能だ。
朧流最高の拳士たる「活殺自在」ともなると数分あれば全快してしまう。
もちろん栄養の摂取や睡眠は必要だが、常人よりははるかに長時間の連続戦闘が可能だ。
朧流格闘術の使い手が果国で恐れられた理由のひとつは、その継続戦闘能力にある。
もちろん他者も回復できるので、雪華はふたりにも回生気功を施していたが、立て続けに繰り返される戦闘のせいで体力より精神的に参ってしまったのだ。
「何故雪華さんはそんなに平然としてますの?」
「修行のひとつにね、完全に気を消した状態の師匠と戦うのがあって」
師匠と言うのは朧秋華の事だ。
その師匠が気の流れに加え気配も消された状態。拳や蹴りの振るわれる風切り音とカンだけを頼りに組み手をするのだ。
もちろん秋華の打撃に擦りでもしようものなら瞬時に気を流し込まれて悶絶する。
恐怖と緊張による精神的疲労はとんでもない。
「それを半日、目隠しした状態でやるのに比べればどおって事無いよ」
その時の事を思い出したのか、げんなりした表情で果汁を啜る雪華。
「聞くんじゃなかった」
ヒマリは天井を仰ぎつつ、麦酒のジョッキを傾ける。
ラベイラなど人目を気にする余裕も無いのか、テーブルに突っ伏してしまっていた。
「しっかし・・・・・・想定より魔獣の数が多いみたいだな。ここの討伐依頼の数が尋常じゃない。キラーベアの報告したらまた増えたぞ? ユニリアってこんな物騒だったのか?」
「まさか。ここまで異常発生したなんて聞いたことないよ」
「なにかありそうですわね・・・・・・」
少し復活したラベイラがコップに口を付ける。
中身は水だ。
「聞いた話じゃこの辺が1番厳しいらしい、こっから先は少し楽になりそうだ」
「そうでなければ困りますわ! 肉体より先に精神が死んでしまいます!」
「ラベイラ、しばらくこの辺で修行してみる? きっと前線で戦えるようになるよ?」
「謹まずにお断りしますわ!」
雪華の本気とも冗談ともとれない物言いに弱々しくラベイラが叫んだところで、料理が運ばれてきた。
冒険者ギルド定番のボアステーキだ。
上質の肉の焼けたかぐわしい匂いが胃袋を刺激する。
精神的な疲労感が食欲を増幅させ、空きっ腹という極上のスパイスが口内を涎で満たしていく。
「うまそう!」
「いただきます!」
「いただきますわ」
かっかっかっとリズミカルに肉を口に放り込む。
噛むたびにあふれ出す肉汁は脳にダイレクトに旨味を伝え、それを認識した胃袋はもっと寄越せと手を動かさせる。
「おいしい! おいしいですわ!」
「うめえ!」
美味だと連発するふたりに対し、雪華は黙々と食べているが、言葉にせずともおいしいと言っているのがひと目でわかる食べっぷりだ。
ギルド酒場の大盛りは成人男性でも音を上げるような量なのだが、雪華とヒマリはせわしなく手と口を動かし続けて皿の上のものを駆逐していく。
ラベイラは常人サイズの小盛りだ。
「最初はヒマリにも驚いたものですが雪華さん、食べたものはどこに消えていきますの?」
ヒマリはアタッカーで、筋肉がそれなりについているから大食いなのはまだ理解できる。
だが雪華は小柄で線も細く、とても大盛りの量を完食できるようには見えない。
雪華はくっと首をかしげて。
「普通に消化してると思うよ?」
「いいや、お前はの場合は胸に行ってる。絶対」
「え? 大きいと思う? ホントに?」
ヒマリが自分の胸と見比べてそんなことを言うと、雪華は食い気味に詰め寄った。
戦闘中でも無いのに凄い反射神経を披露してしまう。
「お、おう」
予想外の反応にたじろぐヒマリ。
てっきり「そんなことないよー」とか言ってくるものと思っていたのだ。
「よかったー。いやらしい目で似てくるおじさんとかは論外だし、メイちゃんとか仲の良い女の子は聞いてもあんまり答えてくれないから。よかった・・・・・・おっきいんだ」
「なんでそんな気にするんだ?」
「だって、卿人に結婚してって言ったら『おっぱいがでっかくなったらな』って毎回言うんだもん」
「それはただのへんたいなのではないのかですわ」
「ラベイラ落ち着け」
ラベイラの目が据わっている。
男に対して免疫はないが、男に対しての評価は容赦が無い。
「だって雪華さんのお胸は立派ですわよ! それをでっかくなったらななんて天罰を受けてもしかたありませんのですわよ!?」
「3年前まではぜんぜん無かったから・・・・・・」
「・・・・・・ならば照れ隠しですか・・・・・・雪華さんでなければ逆効果でしたわね。ヒマリ、卿人さんに会う機会があったら『テメー幸運だったな』とでも言ってやってくださいな!」
「やだよ、お前が言えばいいじゃないか」
「私が初対面の殿方とお話出来ると思って!?」
女3人寄れば姦しいというが、その見本のような光景が繰り広げられる。
この程度の会話は酒場の喧噪にかき消されてしまう程度のものだが、それを耳ざとく聞きつけて寄ってくる中年冒険者がふたりほど。
いかにも酔っ払っている風だが目つきは鋭く、目線は雪華のウエストポーチに固定されていた。
無防備に騒いでいる3人に向けてふらふらと近寄り、足をもつれさせたように見せかけて、雪華に覆い被さるように倒れ込む。
「おおっと! ゴメンよ嬢ちゃ・・・・・・」
後ろから抱きついて、その隙にウエストポーチから金目のものをすり盗ろうという算段だ。
ついでに胸を揉んでやろうと手の位置を調節して倒れ込む様は最早芸術的とさえ言えた。
だが抱きつく寸前、男の視界から雪華が消える。
「ぐえっ!?」
勢いのまま倒れ込んだ男は、派手な音を立ててテーブルのカドへ顔面を強かに打ち付ける。
さらに腕が不自然に泳いでいたため、手を着くことが出来ずそのままずり落ちて床にキスまでする羽目になった。
もうひとりの男は何が起きたか理解出来ずに呆然としている。
本来この男は、トラブルに発展した場合両者をなだめる役だ。相方の粗相を詫びるなり、抱きついた相方に非が無いと弁明したりするのが仕事だ。単純に戦力でもあるが、それは最後の手段である。
だが、今目の前で起きたことはどれにも当てはまらない。
男の目には雪華が突然横へと立ち上がったようにしか見えなかったし、事実雪華はそうしただけで、実行役の男が勝手に倒れただけにしか見えなかった。
「おにーさん大丈夫?」
当の雪華は倒れた男の隣にしゃがみ込み、心配そうにつんつんとつついている。
とても狙って避けたようには見えないし、あのタイミングで後ろから抱きついてきたのを避けるのはほぼ不可能だ。
ならば警戒して避けられたものだと推測は付くが、それを立証する手立てはない。
男にとって幸運だったのは、こんなケチなことをして小遣いを稼いでいる人間が持っている危機管理能力、それが特別高かったことだ。
この流れで女3人なら因縁を付けても良かったのだが、それを実行に移すことはしなかった。
危険。
単なる直感だが、男はこの手の直感を外したことがない。
目の前で無防備にしゃがんでいるのは小娘ではない。
命のやりとりを何度も経験した、手練れの冒険者だ。
ギルドの酒場で喧嘩など日常茶飯事。
自分に害がなければ基本放置されるし、むしろ協力的に場所を空ける。
それどころか冒険者ギルドには「決闘」と呼ばれる合法賭博システムがあり、もめ事が起きた際にはギルドが立会人となってその冒険者同士の喧嘩を許容する。
決闘と名は付いているが、相手を殺さなければ何でもありのまさに喧嘩で、勝敗にかかわらずそのもめ事はギルド預かりとなり、強制的に仲裁される。その際、互いに何かを賭ける。だいたいが金品だ。
ギルドが無用に死人を出さないために作り出したシステムだが、これが好評で頻繁に行われる。
もちろん彼我の実力差を正しく把握出来なければ無様をさらすだけなので、その辺りも冒険者自身の力量が問われる。
ここで無理に因縁をつけてその決闘をしかけたところで、この小娘には勝てない。
男はそう判断し、即座に撤退を選択。この場を不慮の事故として終わらせることにした。
「すまねえな嬢ちゃん! おらお前、酔っ払って人様に迷惑掛けてんじゃねえよ!」
伸びている相方を担ぎ上げようとかがむと、雪華と目が合う。
男はそこで始めて雪華の顔を正面から見て、思わずその可愛らしさに目を奪われた。
果国人特有の肌と、栗色の髪。くりっとした大きな琥珀色の瞳を左の泣きぼくろが飾り、ぷっくりとした唇は妙な色気を感じさせる。
「次は、怒るからね?」
見とれていたのもつかの間、雪華はにぱっと笑い、倒れた男の首根っこを片手で掴み、引き起こして差し出した。
その行動と笑顔のギャップに面食らうと同時、恐怖がこみ上げる。
こいつ! やっぱり気付いて!
「あ、ああ。すまねえ」
顔を引きつらせ、鼻血をだらだらと垂らして白目を剥いている男を受け取り、そさくさと去って行く。
「今の、何ですの?」
「スリだな。アタシも引っかかった事ある」
「スリ!? 今のが!? 雪華さんよくわかりましたわね」
「触ろうとしてくる人はわかるよ。悪い事しようとしてるのは特に」
突然の事に固まっていたラベイラだが、ヒマリの方はわかっていたらしく冷静だ。
口を挟まなかったのは雪華がどうするか様子を見ていたから。
といっても別に試すような事をしたわけでは無い。厄介ごとになれば当然雪華の味方をしていた。
単純に雪華がどう動くかを見たかっただけだが、結果はスリの方から逃げていくという結末。
「良かったのか? てっきりぶっ飛ばすとおもってたんだけど」
「・・・・・・」
雪華の顔には恥ずかしさと後悔の色が見て取れた。
ふたりにはわからないがこれはかなりレアな表情で、卿人ですら数度しか見たことがない。
「あん? 考えてなかったのか?」
「ううん、そうじゃなくてね・・・・・・」
「おう、やっぱりいたなミニオーガ!」
雪華が何かを言おうとしたとき、突然声を掛けられた。声の主はスキンヘッドと、顔を斜めに走る刀傷が印象的な中肉中背の中年男。
ここフォレスタの冒険者ギルドマスター。ヴィン・デンゾルだ。
振り向いた雪華は、冷や汗と共に苦笑いを浮かべた。
雪華ちゃん可愛い(親馬鹿




